➉虹色の矢
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
10.
白い触手を押し上げていた三色の球体――紫紺・紅蓮・青碧。
それは三姉妹の魂ではない。幽明鏡で言葉を交わした、古代賢者ツクヨ、フリギア、ルミアナの“魂核”だった。
三つの魂核は、互いを頂点として正三角形に配置される。
宙に浮かんだまま、わずかに脈動し、三色の光が細い線となって結び合った。
すると、三姉妹を包む空間が――黄金に染まった。
金色の膜が立ち上がる。盾だ。
だがそれは、壁のように“拒む”盾ではない。
触れたものを跳ね返すでも、折り返すでもない。
受け入れて、ほどいて、沈めていく。
「おのれぇ……消えろぉぉ!!」
白いアマリリスが吠えた。
その声は少女の喉から出ているのに、封印の間の闇がそれを増幅し、別の声――泣き声、呻き声、嗤い声――まで重ねて響かせる。
ヴォイドゾーアが呼応し、巨大な口から真っ黒な涎を撒き散らしながら、奈落の底を擦るような雄叫びを上げた。
顎の奥で白雷が弾ける。火花が骨を叩く。
次の瞬間、白雷の光線が閃き、一直線に黄金の盾へ叩きつけられた。
眩い。
視界が白に塗り潰される。
だが、黄金の盾は崩れない。
光線を“受け止める”のではなく、吸い込む。
ジュゥ……と、何かが蒸発するような音。
白雷に混じった怨念が、声にならないまま盾の内側へ流れ込み、やわらかい金の粒子へほどけていく。
絶叫は、怒号は、悲鳴は――泡のように溶け、静かな光へ変わっていく。
それはまるで、許されなかった叫びが、ようやく居場所を与えられたみたいだった。
「ぎゃおおおおおおおお!!!」
ヴォイドゾーアが巨岩のような体をじたばたさせ、苛立ちを露にする。
触手が床を叩き、石が砕け、黒い涎が飛び散る。
封印の間の空気が歪むほどの圧が、盾の外側で渦巻いていた。
「このルミナ……古代賢者ねぇ……!!!この老いぼれどもがぁぁ!!!」
白いアマリリスの眉間に黒い血管が脈打った。
その憎悪が伝わるように、ヴォイドゾーアの六つの眼も不気味に白く燃え上がる。
「死ねぇぇ!!!消え去れぇぇ!!」
憎悪の攻撃が幾重にも重なって、黄金の盾に激突する。
憤怒の白炎――蒸発、霧散。
憎悪の雷――吸収、霧散。
悲哀の氷槍――粉砕、霧散。
攻撃は、盾に触れた瞬間“終わる”。
無情なまでに、何も残らない。
それでも――三賢者の魂核が、ほんの僅かに震えた。
光の線が細く揺らぐ。
盾が吸い込む量が増えすぎれば、いつか飽和する。
守りは永遠ではない。
アクシオンは喉の奥が乾くのを感じた。
下腹の傷は塞がっている。それでも、先ほどまでの失血の冷えが身体の奥に残っている。
妹たちも同じだ。オルディナの拳はまだ微かに震え、ロゴスの視線は鋭さの裏に痛みの影を抱えている。
――今、決めなければ。
「はぁ……はぁ……うぷ……」
白いアマリリスが咄嗟に口を抑えた。
指の隙間から、黒い血が奔流のように流れ出す。
「……ぐぉぉぉおお……」
ヴォイドゾーアの白い眼の発光が弱まった。
圧が一瞬だけ落ちる。
まずい……力が……
アマリリスの焦りが空気を刺す。
その瞬間――彼女の胸が、黄金に輝き出した。
「くっ……今度はなんだ?」
白い肌の奥から浮かび上がるように、《ユニエ・コア》が顕現する。
黄金の光は、照準器のように一本の“調律線”となり、黄金の盾の内側――三姉妹へ真っ直ぐ伸びた。
「アウリア……まだ邪魔するかぁぁ!!!」
アマリリスが黒い血を吐き散らした。
照準を受け取った瞬間、アクシオンの背後で空気が鳴った。
紫紺のルミナが、骨格のように編まれ、衣のように降り、ひとつの形を結ぶ。
巨大な紫色の巫女が顕現する。
ただの巫女ではない。巫女衣装には黄金の調律線が刻まれ、頭上には黄金の円環が鎮座していた。
存在そのものが“矢を放つための器”に変わっている。
「ロゴス……あたしと“矢”を編むよ」
オルディナの一声に、ロゴスは短く頷いた。
二人は巫女の巨大な右手に、迷いなく手を重ねる。
熱が走る。
紅蓮の光が指先から溢れ、青碧の光がその隙間へ流れ込む。
互いに弾き合うはずの性質が、黄金の微粒を媒介に、静かに結び合っていく。
オルディナの紅蓮は、ただ燃える炎ではない。
生命の鼓動。脈打つ熱。
拳に宿る「守るための意志」が、矢の芯を形作っていく。
ロゴスの青碧は、ただ凍らせる冷気ではない。
裁断する論理。寸分の誤差も許さない軌道計算。
矢尻は氷のごとく研ぎ澄まされ、触れれば“生命”を断ち切る刃になる。
巫女の手のひらの中で、二つの光が絡み合い、編み上げられる。
羽中節は紅蓮の炎を煌々と燃やし、生命ルミナの流れになびいた。
矢尻は青碧の氷が結晶化したように冷え、空間そのものを切り裂く気配を帯びる。
アクシオンは紫紺の瞳を大きく見開いた。
三重螺旋が回転し、痛みが目の奥で火花のように散る。
だが、今は痛みに構っていられない。
巫女の左手に、紫紺の弓が編まれていく。
弓幹はしなやかで、竹のように真っ直ぐ。
弦は、触れれば切れそうなほど細い光――黄金の調律線がそれを張り渡し、鳴る前の音を孕んで震えている。
三姉妹は互いに顔を見合わせた。
言葉はいらない。
呼吸の速さ、目の揺れ、喉の乾き――全部わかる。
それでも、三人は短く頷いた。
「「「《純光天之波士弓》――《虹霆天羽々矢》」」」
同時詠唱。
巫女の右手と左手が重ね合わさると、弓は黄金に――矢は虹色に変化した。
虹色は眩しいのに、不思議と目に優しい。
痛みを拒まない色。
受け入れ、包み込み、ほどいていく色。
「なんだ……それは……」
白いアマリリスの声が、初めて揺れた。
「やめろぉ……やめろぉ!!!」
女王がヴォイドゾーア上でじたばたすると、影の化身が呼応し、狂ったように攻撃を繰り出す。
触手、白雷、白炎――だが、それらは黄金の盾に飲まれ、形を失う。
盾の外側で暴れる絶望。
盾の内側で、静かに引き絞られる希望。
「アマリリス……あなたの虚構もこれで終わりよ……」
アクシオンの声は震えていた。
怒りではない。憎しみでもない。
それでも、確かに“終わらせる”と決めた声。
「さよなら……」
涙声が喉から漏れた瞬間、シュパッと乾いた音が封印の間に響いた。
三賢者の魂核が張っていた黄金の盾が、ふっとほどける。
守りを解いた、その刹那――虹色の矢は風圧を伴って、黄金の照準器に乗った。
ヒュン。
虹色の残像が宙に浮かび上がり、一直線にアマリリスの胸へ飛び込む。
ズカッ。
虹色の矢はユニエ・コアに深くめり込んだ。
「あ……」
白いアマリリスの短い声。
それと同時に、ヴォイドゾーアの金切り声が封印の間を包んだ。
巨大な口から黒い血を撒き散らし、悲鳴と呻き声が重なる。
アクシオンは視線を天井へ向けた。
リユニエを覆う赤黒い空の中心――リユニエ城上空に鎮座していた、黒紫色が幾重にも重なる円環にひびが走り、そして――砕け散った。
それを合図に、封印の間の割れた床から凄まじい吸引力が発生した。
うううーん、と、床の奥から真空ポンプで引っ張られるみたいに。
ずずずーん、と地響きを立てながら、ヴォイドゾーアの巨体が床へ吸い込まれていく。
「ぎゃおおお……」
ヴォイドゾーアが雄叫びを上げ、触手を側壁に吸盤のように貼り付け抵抗する。
だが、床の奥から黒い手が幾重にも這い上がった。
黒い手はヴォイドゾーアを抱え、引きずり込む。
「いやだ……いきたくない!!」
白いアマリリスの悲鳴が割れる。
黒い手はそんなことお構いなしに、影の化身を床の奥――“影界”へ引きずり込んでいく。
「ぉぉぉぉ……」
抵抗は虚しい。
吸引と黒い手に呑み込まれ、ヴォイドゾーアは最後の呻きを残して消えた。
バタン、と扉が閉まるような音。
封印の間に空いた穴は修復され、歯車陣も何も刻まれていない大理石で覆われた。
黒紫の瘴気が、霧のように薄れていく。
空気が、ようやく息をし始める。
「……やったの……?」
オルディナは肩で息をしていた。呼吸が荒い。
黄金と紅蓮のルミナは消えかかり、指先が微かに震える。
勝利の実感より先に、身体が限界を訴えていた。
「……瘴気が消えてく……勝ったんだわ……」
ロゴスが青碧の眼を向ける。
幾何学的紋様は薄れ、視線の奥に残る痛みも、ゆっくりと引いていく。
アクシオンは無言で封印の間の床を見つめていた。
そこにはもう、歯車陣も穴もない。
何もなかったかのように、滑らかな大理石が広がっている。
――けれど、何もなかったはずがない。
胸の奥が、ずきりと痛む。
矢を放った瞬間の、涙の熱。
「さよなら」と言った、自分の声。
そして、影界へ引きずられていく女王の悲鳴。
両眼から、静かに雫が流れ落ちた。
勝ったのに。
救えたのに。
――それでも、心のどこかが、置き去りにされたままだった。
床の奥。影界。
今もそこに、アマリリスの虚構は沈んでいる。
封印の間の静けさが、逆に不気味なくらい深くなっていた。
――つづく
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