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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第7章 虹色の祝福

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92/94

➉虹色の矢

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

10.



白い触手を押し上げていた三色の球体――紫紺・紅蓮・青碧。

それは三姉妹の魂ではない。幽明鏡で言葉を交わした、古代賢者ツクヨ、フリギア、ルミアナの“魂核”だった。


三つの魂核は、互いを頂点として正三角形に配置される。

宙に浮かんだまま、わずかに脈動し、三色の光が細い線となって結び合った。


すると、三姉妹を包む空間が――黄金に染まった。


金色の膜が立ち上がる。盾だ。

だがそれは、壁のように“拒む”盾ではない。

触れたものを跳ね返すでも、折り返すでもない。


受け入れて、ほどいて、沈めていく。


「おのれぇ……消えろぉぉ!!」


白いアマリリスが吠えた。

その声は少女の喉から出ているのに、封印の間の闇がそれを増幅し、別の声――泣き声、呻き声、嗤い声――まで重ねて響かせる。


ヴォイドゾーアが呼応し、巨大な口から真っ黒な涎を撒き散らしながら、奈落の底を擦るような雄叫びを上げた。

顎の奥で白雷が弾ける。火花が骨を叩く。

次の瞬間、白雷の光線が閃き、一直線に黄金の盾へ叩きつけられた。


眩い。


視界が白に塗り潰される。

だが、黄金の盾は崩れない。

光線を“受け止める”のではなく、吸い込む。


ジュゥ……と、何かが蒸発するような音。

白雷に混じった怨念が、声にならないまま盾の内側へ流れ込み、やわらかい金の粒子へほどけていく。

絶叫は、怒号は、悲鳴は――泡のように溶け、静かな光へ変わっていく。


それはまるで、許されなかった叫びが、ようやく居場所を与えられたみたいだった。


「ぎゃおおおおおおおお!!!」


ヴォイドゾーアが巨岩のような体をじたばたさせ、苛立ちを露にする。

触手が床を叩き、石が砕け、黒い涎が飛び散る。

封印の間の空気が歪むほどの圧が、盾の外側で渦巻いていた。


「このルミナ……古代賢者ねぇ……!!!この老いぼれどもがぁぁ!!!」


白いアマリリスの眉間に黒い血管が脈打った。

その憎悪が伝わるように、ヴォイドゾーアの六つの眼も不気味に白く燃え上がる。


「死ねぇぇ!!!消え去れぇぇ!!」


憎悪の攻撃が幾重にも重なって、黄金の盾に激突する。

憤怒の白炎――蒸発、霧散。

憎悪の雷――吸収、霧散。

悲哀の氷槍――粉砕、霧散。


攻撃は、盾に触れた瞬間“終わる”。

無情なまでに、何も残らない。


それでも――三賢者の魂核が、ほんの僅かに震えた。

光の線が細く揺らぐ。

盾が吸い込む量が増えすぎれば、いつか飽和する。

守りは永遠ではない。


アクシオンは喉の奥が乾くのを感じた。

下腹の傷は塞がっている。それでも、先ほどまでの失血の冷えが身体の奥に残っている。

妹たちも同じだ。オルディナの拳はまだ微かに震え、ロゴスの視線は鋭さの裏に痛みの影を抱えている。


――今、決めなければ。


「はぁ……はぁ……うぷ……」


白いアマリリスが咄嗟に口を抑えた。

指の隙間から、黒い血が奔流のように流れ出す。


「……ぐぉぉぉおお……」


ヴォイドゾーアの白い眼の発光が弱まった。

圧が一瞬だけ落ちる。


まずい……力が……


アマリリスの焦りが空気を刺す。

その瞬間――彼女の胸が、黄金に輝き出した。


「くっ……今度はなんだ?」


白い肌の奥から浮かび上がるように、《ユニエ・コア》が顕現する。

黄金の光は、照準器のように一本の“調律線”となり、黄金の盾の内側――三姉妹へ真っ直ぐ伸びた。


「アウリア……まだ邪魔するかぁぁ!!!」


アマリリスが黒い血を吐き散らした。


照準を受け取った瞬間、アクシオンの背後で空気が鳴った。

紫紺のルミナが、骨格のように編まれ、衣のように降り、ひとつの形を結ぶ。


巨大な紫色の巫女が顕現する。

ただの巫女ではない。巫女衣装には黄金の調律線が刻まれ、頭上には黄金の円環が鎮座していた。

存在そのものが“矢を放つための器”に変わっている。


「ロゴス……あたしと“矢”を編むよ」


オルディナの一声に、ロゴスは短く頷いた。

二人は巫女の巨大な右手に、迷いなく手を重ねる。


熱が走る。

紅蓮の光が指先から溢れ、青碧の光がその隙間へ流れ込む。

互いに弾き合うはずの性質が、黄金の微粒を媒介に、静かに結び合っていく。


オルディナの紅蓮は、ただ燃える炎ではない。

生命の鼓動。脈打つ熱。

拳に宿る「守るための意志」が、矢の芯を形作っていく。


ロゴスの青碧は、ただ凍らせる冷気ではない。

裁断する論理。寸分の誤差も許さない軌道計算。

矢尻は氷のごとく研ぎ澄まされ、触れれば“生命”を断ち切る刃になる。


巫女の手のひらの中で、二つの光が絡み合い、編み上げられる。

羽中節は紅蓮の炎を煌々と燃やし、生命ルミナの流れになびいた。

矢尻は青碧の氷が結晶化したように冷え、空間そのものを切り裂く気配を帯びる。


アクシオンは紫紺の瞳を大きく見開いた。

三重螺旋が回転し、痛みが目の奥で火花のように散る。

だが、今は痛みに構っていられない。


巫女の左手に、紫紺の弓が編まれていく。

弓幹はしなやかで、竹のように真っ直ぐ。

弦は、触れれば切れそうなほど細い光――黄金の調律線がそれを張り渡し、鳴る前の音を孕んで震えている。


三姉妹は互いに顔を見合わせた。

言葉はいらない。

呼吸の速さ、目の揺れ、喉の乾き――全部わかる。

それでも、三人は短く頷いた。


「「「《純光天之波士弓ジュンコウ・アメノハジユミ》――《虹霆天羽々アメノハバヤ》」」」


同時詠唱。

巫女の右手と左手が重ね合わさると、弓は黄金に――矢は虹色に変化した。


虹色は眩しいのに、不思議と目に優しい。

痛みを拒まない色。

受け入れ、包み込み、ほどいていく色。


「なんだ……それは……」


白いアマリリスの声が、初めて揺れた。


「やめろぉ……やめろぉ!!!」


女王がヴォイドゾーア上でじたばたすると、影の化身が呼応し、狂ったように攻撃を繰り出す。

触手、白雷、白炎――だが、それらは黄金の盾に飲まれ、形を失う。


盾の外側で暴れる絶望。

盾の内側で、静かに引き絞られる希望。


「アマリリス……あなたの虚構もこれで終わりよ……」


アクシオンの声は震えていた。

怒りではない。憎しみでもない。

それでも、確かに“終わらせる”と決めた声。


「さよなら……」


涙声が喉から漏れた瞬間、シュパッと乾いた音が封印の間に響いた。


三賢者の魂核が張っていた黄金の盾が、ふっとほどける。

守りを解いた、その刹那――虹色の矢は風圧を伴って、黄金の照準器に乗った。


ヒュン。


虹色の残像が宙に浮かび上がり、一直線にアマリリスの胸へ飛び込む。


ズカッ。


虹色の矢はユニエ・コアに深くめり込んだ。


「あ……」


白いアマリリスの短い声。

それと同時に、ヴォイドゾーアの金切り声が封印の間を包んだ。

巨大な口から黒い血を撒き散らし、悲鳴と呻き声が重なる。


アクシオンは視線を天井へ向けた。

リユニエを覆う赤黒い空の中心――リユニエ城上空に鎮座していた、黒紫色が幾重にも重なる円環にひびが走り、そして――砕け散った。


それを合図に、封印の間の割れた床から凄まじい吸引力が発生した。

うううーん、と、床の奥から真空ポンプで引っ張られるみたいに。

ずずずーん、と地響きを立てながら、ヴォイドゾーアの巨体が床へ吸い込まれていく。


「ぎゃおおお……」


ヴォイドゾーアが雄叫びを上げ、触手を側壁に吸盤のように貼り付け抵抗する。

だが、床の奥から黒い手が幾重にも這い上がった。

黒い手はヴォイドゾーアを抱え、引きずり込む。


「いやだ……いきたくない!!」


白いアマリリスの悲鳴が割れる。

黒い手はそんなことお構いなしに、影の化身を床の奥――“影界”へ引きずり込んでいく。


「ぉぉぉぉ……」


抵抗は虚しい。

吸引と黒い手に呑み込まれ、ヴォイドゾーアは最後の呻きを残して消えた。


バタン、と扉が閉まるような音。


封印の間に空いた穴は修復され、歯車陣も何も刻まれていない大理石で覆われた。

黒紫の瘴気が、霧のように薄れていく。

空気が、ようやく息をし始める。


「……やったの……?」


オルディナは肩で息をしていた。呼吸が荒い。

黄金と紅蓮のルミナは消えかかり、指先が微かに震える。

勝利の実感より先に、身体が限界を訴えていた。


「……瘴気が消えてく……勝ったんだわ……」


ロゴスが青碧の眼を向ける。

幾何学的紋様は薄れ、視線の奥に残る痛みも、ゆっくりと引いていく。


アクシオンは無言で封印の間の床を見つめていた。

そこにはもう、歯車陣も穴もない。

何もなかったかのように、滑らかな大理石が広がっている。


――けれど、何もなかったはずがない。


胸の奥が、ずきりと痛む。

矢を放った瞬間の、涙の熱。

「さよなら」と言った、自分の声。

そして、影界へ引きずられていく女王の悲鳴。


両眼から、静かに雫が流れ落ちた。


勝ったのに。

救えたのに。

――それでも、心のどこかが、置き去りにされたままだった。


床の奥。影界。

今もそこに、アマリリスの虚構は沈んでいる。


封印の間の静けさが、逆に不気味なくらい深くなっていた。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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