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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第7章 虹色の祝福

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⑧影の厄災

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

8.



アマリリスの宣誓とともに、停止していた歯車陣がゴゴゴゴとゆっくりと回り始めた。

回転する歯車陣の隙間から更に黒紫のルミナが溢れんばかりに漏れ出てくる。

アマリリス女王に絡み付いていた黒紫の触手は、宣誓を祝福するかのように彼女の体を抱き締め、やがて、呑み込んでいった。


バチバチと火花が散り、黒紫の瘴気が漏れ出す。

瘴気は床を這い、壁を舐め、封印の間をあっという間に満たして闇を生んだ。

胸の奥まで沈むような冷えが、三姉妹の喉を締める。


アクシオンは息を呑んだ。

オルディナの額からは変わらず汗が流れている。

ロゴスは小刻みに体を震わせていた。


やがて、アマリリスが黒紫の触手に完全に呑まれると、歯車陣の回転が止まった。

回転音が消え、封印の間は一寸の間、真空のような静寂に沈む。


――次の瞬間。


床が、粉々に割れた。


パリン……パリパリ。硝子板が砕けるような音が連なり、破片が宙へ舞う。

割れた床の裂け目から、唸り声と笑い声が絡み合ったような、不協和音が這い出してきた。

黒紫の光線が、触手を伴い、湧水のように噴き上がる。

光線は封印の間の天井を突き破り、夜空に登った。


リユニエ城上空に、黒紫色が幾重にも重なる円環が出現する。


「空が……」


アクシオンの喉から声が漏れた。

円環を中心に、空がじわじわと赤黒く染まっていく。

リユニエ全土が、一瞬で赤黒い天蓋に覆われた。


それだけではない。

光線を軸にもくもくと立ち上った黒紫の瘴気が開いた天井から漏れ出し、リユニエ全土の空気を汚染していく。


「まずいわ……森や川が汚染されていく……」


ロゴスが微弱な論理ルミナを介して、遠方の“歪み”を拾っていた。


「自然だけじゃない……人や精霊みんながあの瘴気に苦しめられてる……」


オルディナの声が震える。

精霊や動物は瘴気を吸い、自己の制御を失う。

街では頭痛、目眩、呼吸困難、臓器損傷、精神の異常――叫びが連鎖し、暴徒化する者さえ現れていた。


光のルミナで栄えたリユニエの終末が到来したかのようだった。


光線がふっと消え、代わりに黒紫の瘴気が渦を巻いた。

大きな渦が封印の間の中心に鎮座する。

渦の奥で紫の雷が走り、火花が弾け、黒紫の繭のような塊がゆっくりと形を得た。

繭から触手が生え、蠢く。

中央がぱっくりと割れ、獣のような不揃いの牙が覗く――大きな口。

その上に四つ、下に二つ。紫色に光る瞳が、三姉妹を見下ろしていた。


四つの瞳の額の位置――そこに、白い繭が浮かび上がる。


「あれは……」


アクシオンが紫紺の瞳を細めた。


白い繭が割れ、中からアマリリスが現れた。

髪も肌も雪のように白い。目に光はない。

色を失った女王の瞳は、虚構を見つめている。


化身は呻き声、叫び声、笑い声を幾重にも重ね、封印の間の空気を震わせた。

音そのものが、骨に触れる。


「……影の厄災……ヴォイドゾーア……」


背後で、消え入るような声がした。


振り返ると、アウリアが立っていた。

オルディナが肩に手を回し、体を支えている。

胸の傷は塞がりかけ、血は止まっていたが、呼吸は粗く、血の気が引いていた。


「アウリア……無理しちゃ……」


「そうも言ってられない……あんなものを前にしたらな……あれは無理矢理、神器の封印を裂いて出現したものだ。」


「どういうことですか?」


ロゴスの震える声が、薄い闇を裂く。


「不完全に復活したということだ……本来、神器の解放には、ユニエ・コア、聖典、十二精霊、四大ルミナ系統の血を継ぐ者の魂が必要になる……」


アクシオンが、唇を噛みながら頷く。


「なるほど……ユニエ・コア以外は全て揃ってないわね……奪われたのは聖典も精霊も一部だし、私達もまだ生きている……」


「そういうことだ……だから、アマリリスは私の血を利用した。解放に足りない贄を埋めるためにな」


アウリアの声は、今にも消えそうなのに、芯があった。


「わかったわ……あれは私達で止める……」


アクシオンの紫紺の瞳が、静かに光る。


「でも退けるにも……あたし達、ルミナを封じられてる……どうすれば……」


オルディナが唇を噛む。


「安心しろ……私がお主らに純光のルミナを授ける……」


アウリアの体から、目映い光が溢れ出した。

魂の最後の残火を燃やすような光だった。

アクシオンの脳裏に、神器暴走の夜が走馬灯のように過ぎる。

裂け目の向こうから現れた三大精霊――竜王アメジス、白虎ソリウス、鳳凰カリエン。

彼らが発した最後の光と、今のアウリアの光が重なった。


「だめ……そんなことをしたら……」


アクシオンが叫ぶ。


だがアウリアは首を横に振る。

かつての三大精霊と同じように。


「これは犠牲ではない。祈りだ。私達賢者の成し得なかったことをお主らに託すためのな。」


アウリアは両手を掲げた。

黄金の光は三つに分かれ、三姉妹の胸へすぅ、と吸い込まれていく。


暖かい。

凍りかけていたルミナの流れが、内側からほどけていく。


「アクシオン、オルディナ、ロゴス……アマリリスを……リユニエを……頼んだぞ……」


声が、粒子にほどける。

アウリアは目映い光を発しながら光の粒子となり、霧散した。


その瞬間、ヴォイドゾーアの口が、愉快そうに歪んだ。


「あら……あの人……やっと死んだのね……」


白いアマリリスが不敵な笑みを浮かべる。

ヴォイドゾーアも満足そうに、けたけたと笑う声を重ねた。


「三姉妹よ……あとはお前らだけだ……お前らの血を私達に捧げてもらうとしよう……」


虚無の眼差しが、三姉妹を貫く。


「捧げないわ……」


アクシオンが一歩、前に出た。


「リユニエはあなたには渡さない……」


紫紺の瞳に三重螺旋が灯る。

オルディナも命門を解放し、紅蓮の奥に黄金が混ざる。

ロゴスの眼には幾何学的紋様が浮かび上がり、青碧の光に純光の粒が舞う。


「……アウリアから何を貰ったのか知らないけど、できるものならやってみなさい……」


白いアマリリスは口許に手を当てて笑った。


次の瞬間。

ヴォイドゾーアの六つの眼が、紫から赤へ変わる。


地響きのような唸り声。

大きな口が開き、灼熱の炎が吐き出された。

だがそれは、ただの炎ではない。

熱とともに、胸の奥の“血の流れ”を乱すような感覚が混じっていた。


「あの炎……生命ルミナの……」


オルディナが呟いた瞬間、ロゴスが二人の姉の前へすっと出る。


「任せて……」


ロゴスは両手を大きく広げ、呪文を繰り出した。


「《輪廻ノ氷門(リンネ・ブリザード・ゲート)》」


三姉妹の前に凍てつく冷気を纏った氷の門が幾重にも出現する。

門には幾何学的な文字が刻まれ、黄金に輝いていた。

灼熱の炎は門に激突し、凄まじい蒸発音を立てながら霧散する。

白煙が立ち込め、視界が白く揺れた。


――その白煙の裏で、ヴォイドゾーアの眼が、紫へ戻る。


次の瞬間、雷を纏った触手が、氷門の“継ぎ目”だけを狙って叩きつけられた。

ただ壊すのではない。門の構造を知っているかのように、弱点を裂く。


雷鳴。

鉄槌のような衝撃が連なり、氷門がバラバラに砕けた。

破片が白煙とともに宙を舞い、視界がさらに曇る。


「今度は……アク姉のルミナ……」


オルディナが生命ルミナを全身に纏う。

紅蓮のオーラに、黄金の輝きが混じった。


「《命門……紅蓮律動(クリムゾン・ビート)・多重連打!!》」


見えない拳の連打が触手へ叩き込まれる。

ガンガンと音が鳴り、触手が次々に潰れて落ちていく。

だが、ヴォイドゾーアは“潰された触手”から黒い液体を散らし、床に染み込ませた。

床の黒紫が、歯車陣の残骸と繋がって脈打つ。


ロゴスの肩が、ぴくりと跳ねた。


「……っ」


「ロゴス!?」


オルディナが振り返る。

ロゴスの唇が白い。

氷門の“反動”が、彼女の論理ルミナへ逆流していた。

純光が混ざったはずの流れが、黒紫に噛まれて、冷たい棘に変わる。


――読み負けた。

敵は、三姉妹の純光の“流れ”そのものを嗅ぎつけて、構造を割ってきたのだ。


「大丈夫……!」


ロゴスは震える声で言い、無理に視線を上げる。

その瞬間、ヴォイドゾーアの眼が青碧に変わった。


青碧の眼が妖しく光る。

三姉妹の頭上に、凍てつく氷の槍が“落ちる”のではなく、“固定されて生まれた”。

逃げ道を消すように、座標ごと縫い止める槍だ。


アクシオンが巫女を呼び出すと、三姉妹を包み込むように紫色の巫女が顕現した。

巫女は巨大な氷の槍を真剣白刃取りで受け止める。

指先が発光し、氷の槍を粉々に打ち砕いた。

氷の破片が雹のように降り注ぐ。


「がら空きよ……」


アクシオンの声が、凛と落ちる。


「《紫紺麻迦古弓シコン・マカコユミ》──《羽々ハバヤ・連》!!」


白煙を突き破り、六本の紫紺の矢が走った。

矢の群は正確に、ヴォイドゾーアの青碧の眼へ突き刺さる。


「ぐぎゃああああっっ!!!」


影の化身が金切り声をあげ、巨岩のような体を大きくのけぞらせた。

封印の間に地響きが響く。

六つの眼から黒い液体が、血の涙のように流れ落ちた。


「ぐっ……」


白いアマリリスの口許からも、静かに黒い血が落ちる。


「やむも得ないわ……」


白いアマリリスの虚無の眼が発光した。

それに呼応するように、ヴォイドゾーアの六つの眼が、青碧から――真っ白へ変化する。


「ぎゃおおおおお!!!」


雄叫びとともに、眼に突き刺さっていた紫紺の矢は、一瞬で霧散した。

まるで“刺さった事実”そのものが、塗り替えられたみたいに。

封印の間の闇が一層濃くなる。


「なっ……」


アクシオンが目を見開く。

胸の奥に入った純光が、ひやりと冷えた。

“色”が、剥がされる。

“意味”が、漂白される。


「ふふ……あなたたちの肉体がどこまでもつか見物ね……」


白いアマリリスが、くすりと笑った。


「《虚影ノ裁晶》……」


ヴォイドゾーアの大きな口から、骨のような棍棒が姿を表す。

次の瞬間、それは鞭のように伸び、三姉妹へ迫った。

骨に絡まった黒い涎が、ぼとぼとと床へ落ちる。


アクシオンは両手を広げた。

紫紺の巫女が三姉妹を包むように、防御へ回る。

だが――骨が巫女の右手に突き刺さった瞬間、突き刺さったところからヒビが入り、白い灰のように散りになっていった。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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