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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第7章 虹色の祝福

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⑦虹色の救済

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

7.



謁見の間は静謐な空気で満たされていた。

魔獣の灰の微粉が、ちらちらと宙を舞っている。


アクシオンは静かに倒れた騎士を見つめていた。

紫紺の瞳からは螺旋の紋様は消え、彼女の背後に鎮座していた巫女は消失していた。

再び開いた右肩の傷口から赤黒い血が、細い水流のように腕を伝って床に落ちていく。ぽた、ぽた、と音が遅れて響いた。


アクシオンは痛みで顔を歪めた。

血を流しすぎた。

意識が朦朧としてくる。

血の気が引いて、後ろに重心が傾く。


重力に逆らうことなく、そのまま床に伏せようとすると、温かい何かにあたった。


アクシオンはぼんやりと視線を上に向けると、顔に紅蓮の髪の毛がかかった。


「アク姉!大丈夫?血が……!!」


オルディナが心配そうな顔をこちらに向けている。

紅蓮の瞳の縁から、今にも雫がこぼれ落ちてきそうだ。


「……大丈夫よ、けど、ちょっと血を流しすぎたかも」


アクシオンは優しく微笑んだ。声がわずかに掠れていた。


オルディナとロゴスは慎重にアクシオンをその場に座らせた。

緊張の糸がほどけたのか、アクシオンの体ががくがくと震え出した。肩で呼吸をしている。


「アクシオンお姉ちゃん……血を止めないと……」


ロゴスが神妙な面持ちで姉に視線を向けた。


「ロゴス……安心して!私の生命ルミナをアク姉に流し込むわ!」


オルディナはアクシオンの体を支えていた手から紅蓮の光を漏らし、アクシオンを包み込み出した。

熱いのに優しい。焚き火に近づいたときの温もりみたいに、骨の奥まで染みていく。


「あ……」


アクシオンが短く声を漏らすと、体内の血流が温かな生命ルミナで抱え直されるのを感じた。

出血は止まり、肩の傷口がみるみる塞がっていく。裂けた肉が寄り、皮膚が縫い合わさるように滑らかになっていった。


「すごい……」


ロゴスが感嘆の声を出す。


「アク姉……どう?」


オルディナがまじまじとアクシオンを覗き込んだ。


血やルミナの流れが先ほどよりも安定している。

何より体がぽかぽかと温かくなっていた。


「ありがとう……オルディナ……落ち着いたわ」


紫紺の瞳がずきずきと鋭い痛みを訴えていたが、先日のアステリアでの戦争ほどではない。

頭が妙に冴えていて、意識がはっきりしてきた。


アクシオンはゆっくりと体を持ち上げた。

体が軽い。

オルディナから流し込まれた生命ルミナが、背中を支えてくれている気がした。


アクシオンは倒れたルーガのもとへ歩いていった。

背後からオルディナやロゴスが、とぼとぼとついてくる。

砕けた大理石を踏むたび、靴底が乾いた音を立てた。


「……さすがですな……アクシオン殿……影のルミナをもろともしない、その力……」


ルーガの口がぱくぱくと動いた。今にも消え入りそうな声だった。

胸が上下するたび、かすかな呼吸が白い霧のように漏れる。ギャンベゾンの隙間から滲んだ血は、もう乾きかけている。


すぐさま、オルディナがルーガに駆け寄り、生命ルミナを流し出す。紅蓮のオーラがルーガを優しく覆い始めた。


「オルディナ殿……なにをしているのです?」


「アンタを助けるに決まってるでしょ……あたしはもう誰も死なせない!!」


怒号とも似てもつかない声が謁見の間に木霊した。

生命ルミナが傷ついた騎士の肉体を癒していく。幾多の切り傷は消え、傷口から溢れる出血は止まり、みるみる傷口が塞がれていった。

だが、ルーガの顔色は相変わらず青白く血の気が引いていた。唇は青紫色のままだ。胸の奥――“流れ”そのものが、戻ってこない。


「なんで……ルーガのルミナの流れが戻らない……」


オルディナの額から汗が流れ出す。

焦りが生命ルミナの奔流を乱してくる。紅蓮が一瞬だけ熱く尖り、すぐに揺らいだ。


「無駄なことはおよしなさい……オルディナ殿……あなた方には成すべきことがあるはずだ……」


「うるさい……ちょっと黙って!」


オルディナの手から溢れんばかりの生命ルミナが漏れ出した。

紅蓮の奔流は激しくルーガを包んだ。けれど――“経路”の黒紫だけは、まるで岩のように動かない。


「外的な傷は癒えてるのに……内的な……つまり、ルミナ経路が影で穢れているのね……」


オルディナの隣でロゴスの《オラクル・アイ》から青碧色の光が鋭く光った。

彼女の視線は、ルーガの体内を走るはずの道筋――そこに絡みついた黒紫の“棘”を見抜いている。


アクシオンは深呼吸した。

オルディナのルミナだけでは足りない……

なら、私たちのルミナ全部を掛け合わせれば……


アクシオンは一歩前に出て、オルディナの手に細い手を重ね合わせた。


「アク姉?」


オルディナが首を傾げる。


ロゴスは紫紺の姉の意図を察し、アクシオンに倣って小さな手を重ねた。


「オルディナ……ロゴス……目覚めの祠でやったときと同じよ……私たちのルミナを重ね合わせるの……」


アクシオンがそう言うと、二人の妹は黙って頷いた。

三人の指先が揃い、掌の温度が重なる。


「なにを……」


ルーガの青紫色の口が微かに動いた。


すると、重ね合わされた手から紫紺、青碧のルミナが漏れだし、紅蓮の奔流に合流する。

三つの色鮮やかなルミナは互いに混ざりあい、一つの虹色のルミナとなり、ルーガの体を覆った。


黒紫のルミナが、逃げるように体の内から這い出てきた。

喉の奥から、胸の奥から、血管の縁から――煙のように、細い糸のように。

だが、虹色のルミナはその黒紫を“弾き飛ばす”のではなく、覆い被さるように包み込んだ。まるで、ここにいていいと受け入れるかのように。


悲痛な叫びや金切り声、怒号が三姉妹の鼓膜を揺すった気がした。

声にならなかった苦しみや悲哀の叫びが虹色のルミナを穢そうとしていく。

それでも……三姉妹は拒まなかった。

ただ、ルミナを流しつづけ、全てを受け入れた。


やがて、叫びが慟哭のようなうめき声、すすり泣く声に変わった気がした。

黒紫のルミナは激しく逃げ足すのを止めて、大人しくなり、静かに消えていった。

ルーガの体内に、細い“道”が一本、戻る。次にもう一本。呼吸に合わせて、流れが整っていく。


ルーガの顔に血の気が戻っていた。

整った呼吸音がアクシオンの耳に入ってきた。


「ふぅ……これでよしと……」


オルディナが満足そうな笑みを浮かべ、額の汗をぬぐった。

ロゴスも優しく微笑んでいた。


「……あなたたちは、本当にお人好しな人たちだ……」


「言ったでしょ?私たちはこれ以上誰も死なせない……必ず救うって」


アクシオンは紫紺の瞳をルーガに向けた。

そこには憎悪も憤慨もない……慈愛に満ちた表情を浮かべていた。


「あなたたちなら……女王も影も救えるかもしれませんね……」


ルーガは言い終わると、静かに目を閉じた。


「行きましょう……」


アクシオンはすぅっと立ち上がり、封印の間へ続く二枚扉を見つめた。

彼女の両隣でオルディナとロゴスが並ぶ。

三人の背に、砕けた月光が薄く差していた。



封印の間へ続く二枚扉は、ぎぃぃ……と鈍い音を立てて動いた。

張り詰めた空気が黒紫のルミナに乗って溢れ出してくる。

足を踏み入れると、血生臭い匂いがアクシオンの鼻腔を刺した。


間は暗い。

漆黒の闇が封印の間全体を覆っていた。

中心にぼんやりと黒紫の炎が見えた。蝋燭だ。


雲に隠れていた月が顔を出し、月光が封印の間を照らし出す。

封印の間の明るさが増し、中央に二人の女性の影が露になった。


アクシオンは息を呑んだ。


「アウリア!!」


隣でオルディナが悲痛な声を上げた。


「ちょっと……遅かったわね……あなたたち」


アマリリス女王の透き通った声が、妙に封印の間に響いた。

彼女の右手は黒紫の刃を纏い、純光の始祖の胸を貫いていた。

貫かれた胸からどっぷりと赤黒い血が奔流のように滴り落ちる。床に落ちるたび、黒紫の歯車陣がぴくりと脈打った。

アマリリスの右手はアウリアの血で真っ赤に染め上がっていた。


「ぐ……」


アウリアが顔を歪めながら、アマリリスの右手を掴んだ。指が震えている。純光が、今にも掻き消えそうに揺らいでいた。


「あら……まだ生きてたのね?」


アマリリスの冷ややかな目がアウリアに向く。


次の瞬間。

アクシオンが一歩踏み出し、背後に紫紺の巫女が立ち上がる。

同時に、オルディナの気配が鋭く跳ね、ロゴスの視線が床の歯車陣を読むように走った。


紫紺の巫女の拳と、見えない拳が同時にアマリリスの頭上から振り下ろされた。


「ちっ……」


アマリリスは舌打ちし、アウリアの胸から右手を抜くと体を後方へ翻した。

抜き取った反動で赤黒い血の滴が宙を舞う。

床に落ちる前に、黒紫の触手がそれを舐め取った。


拘束を解かれたアウリアは崩れ落ちかける。

その肩をロゴスが滑り込み、腕を回して支えた。次いでオルディナが駆け寄り、生命ルミナを押し当てる。

アウリアの体が、ぎりぎりで“床に落ちる”のを免れた。


二つの拳が封印の間の床を叩きつけ、地響きのような音が鳴り響いた。

土煙とともに、ぱらぱらと床から大理石の破片が舞った。


「ずいぶんな挨拶ね……いきなり叩きつけてくるなんて……」


アマリリスは右手の血を舐めていた。

口許が、愉しそうに歪む。


「どうして、アウリアを……アウリアはあなたの……」


アクシオンは怒りのこもった紫紺の瞳を向けた。


「そんなことあなたにいちいち言われなくてもわかってるわ……」


アマリリスは右手をぶらぶらさせた。つまらなさそうな顔をしている。


「たとえ、私の先祖様であっても、儀式に必要だから、こうしたまでよ……」


アクシオンの隣からか細い呼吸音が聞こえてきた。

オルディナがアウリアに駆け寄り、懸命に生命ルミナを流している。だが――生命の温もりが届く前に、黒紫が“穴”を空けて逃げていく。純光の輪郭が揺らいで、薄く滲む。


「さて……これで必要なピースは全て……揃ったわ……」


アマリリスは左手にアステリアから強奪された聖典を持っていた。

表紙の血は乾きかけ、頁の縁が不気味に波打っている。


「させない!!」


アクシオンが叫び、再び彼女の背後に紫紺の巫女が顕現しようとした――その瞬間。

女王の胸の《ユニエ・コア》が、不気味に光った。


ヒュン、と皮切り音がした。

見えない波がアマリリスから発せられたと思うと、アクシオンの背後で形作られようとしていた巫女が、ふっと消えた。

霧が吸い込まれるみたいに、存在だけが抜かれる。音も熱も残さずに。


「なっ……」


アクシオンの声が震えた。

三姉妹の周りに冷たい冷気が漂う。

喉が乾き、口の中がからからになる。

ルミナが“引き剥がされた”感覚――体の内側の回路だけが空洞になる。


アクシオンはもう一度、全身のルミナを紫紺の瞳に流し込む。

だが、螺旋の瞳が発動できなかった。

回り始めるはずの螺旋が、瞳の奥で空回りして、何も噛み合わない。


魔術が発動しない……


アクシオンは唇を噛んだ。


アウリアを包み込んでいた生命ルミナのオーラが弱まっている。

オルディナは困惑の表情を浮かべた。

ロゴスの青碧の瞳からは幾何学的な紋様は失われていた。

《オラクル・アイ》の“目”が、閉じられている。


「邪魔はさせないわ……」


アマリリスは封印の間に敷かれた神器ユニエ・アークの歯車陣の中心に立った。

歯車陣から黒紫の触手が漏れだし、蠢いている。

まるで、“待っていた”みたいに、女王を抱き上げるように絡みつく。


アマリリスは、純光の血で真っ赤になった右手と、聖典を持った左手を掲げた。


「我……純光の名を元にここに神器を解放せん」


女王の凛とした声が封印の間に木霊した。

歯車陣が、ぎり、と歯を噛み合わせるように鳴った。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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