⑥灰に帰る獣
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
6.
「ぐぉぉぉぉぉ!!!!」
影の半人半獣に変化したルーガの雄叫びに呼応するように、オルディナとロゴスに襲いかかっていた二匹のグリフォンがピタッと動きを止めた。
「な、なに……?」
オルディナは動きを止めたグリフォンからすかさず距離を取り、雄叫びの上がった方向に視線を向けた。
謁見の間の奥――玉座の影が濃い場所で、黒紫の気配が盛り上がっている。空気が重く、ステンドグラスから落ちる月光まで薄く濁って見えた。
「なに……あれ……」
オルディナは震える声を喉から絞り出した。
「ルーガだよ……」
オルディナの隣で、青碧の眼光が鋭く光った。
「え?ほんと?原型留めてないよ……」
「黒紫のルミナに覆われているけど、あの魔獣の中から微かにルーガのルミナを感じるわ……」
ロゴスが目を細めながら呟いた。彼女の《オラクル・アイ》は、見たくないものまで“解析”してしまう目だ。
だからこそ、ロゴスのまぶたがほんのわずかに震えているのが、オルディナには分かった。
その時――頭上で、地鳴りのような音が降り注いだ。
オルディナとロゴスは体をびくつかせ、上を見上げる。
すると、白翼と黒翼――真っ白なグリフォンと真っ黒なグリフォンが、円を描くようにぐるぐると飛び回っていた。
その円周の軌跡に、黒紫のルミナが遅れて追いすがる。
触手のように伸びた黒紫の糸が、空そのものを縫い留めるみたいに、グリフォンの逃げ道を塞いでいく。
グリフォンは逃げているようだった。
だが――逃げ切れる速度ではない。
黒紫の触手が二匹の胴へ絡みつき、次の瞬間、容赦なく引き裂いた。
月明かりの下で、白と黒の羽毛が舞い散り、硝子片みたいに光った。
耳をつんざくような金切り声が天井に木霊した。
バキバキ、ゴキゴキ――骨が軋む音が続く。
そして遅れて、温い滴が降ってきた。
オルディナは見上げたまま動けなかった。
血の匂いだけが先に落ちてきて、次に――赤い雨が降った。
「ちょ……仲間割れ……?」
オルディナがか細い声を放った。
「違う……ルーガの黒紫のルミナが強制的にグリフォンを何かに作り変えようとしている……」
ロゴスの《オラクル・アイ》を展開した瞼が震えた。
それは“作り変え”というより、“上書き”だ。生き物の意志を押し潰して、別の形に組み替える。
「え……」
オルディナが反応し終わらないうちに、二匹はとうとう声を失った。
ボトボトと、頭、翼、足、尻尾が落下してくる。
大理石の床にぶつかる音が、妙に乾いて響いた。
間髪に入れずに、それらは黒紫の触手に拾われる。
拾われた部位が、黒紫の糸で“丁寧に”編まれていく。
縫い合わせる糸は優しくすら見えるのに、そこに慈悲はない。命令だけがある。
やがて――黒白が左右対称の、グリフォンみたいな魔獣が生まれ落ちた。
首からは真っ白な顔と真っ黒な顔が伸びていた。
二つの頭の上に、黒紫のルミナの円環が顕現し、色を失っていた四つの瞳が紫色に光る。
「ぐぎゃあああえええおおおお!!!」
二つの頭から放たれた雄叫びは爆風を生み、ステンドグラスを粉々に破壊した。
月光の模様が砕け、謁見の間に無数の影が踊る。
「わっ!!」
オルディナとロゴスは風圧に耐えられず、謁見の間の最後方まで吹き飛ばされた。背中が柱に当たり、肺から空気が抜ける。
「ちょっと……これは不味いかもね……」
オルディナが口許に、乾いた笑みを浮かべた。
恐怖じゃない。戦いの匂いを嗅いだ時の、あの笑みだ。
「お姉ちゃん?」
ロゴスが不思議そうに紅蓮の姉に首をかしげた。
「ロゴス!出し惜しみはなしよ!さっさとこの気持ち悪い魔獣を倒して、アク姉の援護に回らなきゃ!!」
オルディナがそう言うと、彼女を包んでいた生命ルミナの質が変わった。
彼女の周りだけ、音が遠のく。心臓の鼓動が、世界の拍を奪っていく。
ただ熱いだけではない。暖かいだけではない。
研ぎ澄まされた煉獄の炎のごとく、生命ルミナがオルディナを包み込んでいく。
ロゴスは察し、深く頷くと、両目を閉じた。
彼女の周りにも、氷土の刃のごとく論理ルミナの青碧の光が灯り出す。
逆に、凍えて身動きが取れなくなるくらいの冷気が、床を這って広がった。
「ぎゃおお?」
ただならぬ生命と論理ルミナのオーラを感じ取った融合獣が襲いかかってきた。
二つの嘴が同時に開き、赤い舌が月光を切り裂く。
ぴくっとオルディナの指が動いた。
オルディナはゆっくりと紅蓮の瞳を頭上に向けた。
「見せてあげる……生命ルミナの最頂点ってやつを!!」
「《命門……紅蓮律動》……」
融合獣は何か固いものに激突したかのように空中で動きを止めた。
「ぐぎょおおおお?」
融合獣は頭を振り、牙をガチガチ鳴らしながら迫ろうとする。
だが――ボゴン、と鈍い音が鳴り、腹の奥が抉られたみたいにへこんだ。
見えない。だが、確かに“拳”が入っている。
生命ルミナで構築した巨大な組手が、融合獣を殴りつけているのだ。
融合獣は金切り声を上げ、天井へ叩きつけられた。
砕けた木材と石片が舞い、落ちてくる。
獣は恐れを感じたのか、翼を大きく広げて空へ逃げようとした。
――けれど、逃げられない。
ガシッ、と両翼が何かに掴まれた。
空気に接着されたかのように、びくともしない。
「無駄だよ……私の生命ルミナの組手から逃れられるわけがない……」
オルディナは冷たく言い放った。
紅蓮の瞳は笑っていない。
融合獣は、紅蓮の少女の背後から凍てつく殺気を感じ取った。
死期が近いと悟ったのか、余計に体をじたばたさせる。
「ロゴス……決めて……」
オルディナが短く言うと、ロゴスは頷いた。
ロゴスの頭上には青碧色の小さなティアラが浮いている。
彼女のオラクル・アイにはさらに幾何学的紋様が刻まれていた。
視る、測る、断じる――そのための目。
ロゴスは指を二回、短く鳴らした。
パチン、と乾いた音が謁見の間に木霊する。
「《輪廻ノ氷審》」
青碧のルミナが空を走り、円環を描いて連結する。
氷結晶が噴き上がり、幾何学の輪――“審判の環”が融合獣の足元に刻まれた。
円環の内側で、黒紫のルミナが細い糸のように引き伸ばされる。
それは融合獣の体と体を繋ぎ止めていた縫合糸だ。
――黒紫の糸は、ただの縫い目じゃない。
“命令”そのものだ。抜けば、形は保てない。
ロゴスの論理ルミナが、その命令の"矛盾"を見抜き、解除している。
抜糸をするかのように、するすると黒紫のルミナが抜かれていく。
融合獣は雄叫びを上げるが、次第に声が弱々しく、かすれていった。
「判決を言い渡す……判決……融合強制解除。灰に帰りなさい……」
ロゴスが慈愛の満ちた声で言い放つと、融合獣の周りから黒紫のルミナが霧散した。
支えを失った肉体は、白く乾いた脆い質へ変わっていく。
そして――崩れた。
ドサッ、と白い灰が二人の前に降ってきた。
微粉が宙を舞い、月光に溶けていく。
オルディナとロゴスは、しばらく黙ってそれを見つめていた。
「ぎゃお?」
ケンタウロスと化したルーガの赤い目に、アクシオンの背後で灰となり崩れ去ったグリフォンが映った。
「……油断したわね……」
アクシオンは間髪入れずに紫色の巫女を全身顕現させ、ルーガを拳で叩きつけた。
ドン、と床が沈む。空気が鳴る。
だが同時に、視界の端が白く滲んだ。
紫紺の瞳の上で三重螺旋が激しく回り、目が焼けるように痛む。
「ぐっ……」
アクシオンは痛みに顔を歪め、螺旋の瞳を手で覆った。
呼応するかのように、紫色の巫女の体がゆらゆらと揺れる。
“ぶれる”――それだけで、致命傷になる。
体勢を整え直したルーガが後ろ足をバネのように蹴り、猛スピードで迫ってきた。
握られた黒い槍が月光を浴びて怪しく光る。
あれに触れれば、肉だけでは済まない。ルミナごと裂かれる。
長引けば負けるわね……
アクシオンは唇を噛んだ。
口の中に、鉄の味が溶けた飴玉のように広がった。
近接戦は無理だ。右肩が動かない。
ならば――距離を取る。
すると、アクシオンは大きく左手を上げた。
巫女の左手が呼応するように空へ上がる。
手のひらで紫紺のルミナが、細いしなやかな竹のような“幹”を合成していく。
焦ってはならない。でも遅くてもダメだ。
黒い槍は、処刑を執行するかのごとく一直線に迫っている。
ガシッと巫女の左手が紫紺に輝く弓幹を掴んだ。
触れれば切り落とされそうな弦が、ぴんっと張られる。
ルーガの目が見開く。
それとともに、彼の速度が一層増した。怒りとも恐怖ともつかない咆哮が喉の奥で渦を巻く。
アクシオンは射手のように左肩を前に突き出した。
右肩の傷は止血していたはずなのに、熱が戻り、血がまた滲み始める。
アクシオンは深呼吸し、右手で弦を引くような動きを取った。
途端に右肩に激痛が走る。痛みで顔が歪む。
止血していた右肩から再び血が溢れだした。
こんなところで……立ち止まってなんかいられない!
アクシオンは螺旋の瞳を大きく見開く。
三重螺旋が再び高速で回転を始めた。
呼応するかのように、巫女の右手に鋭い紫紺の矢が構えられる。
「ぐぎゃああああ!!!」
ただ事ではないと悟ったルーガが雄叫びを上げ、黒い槍を前に突き出してきた。
アクシオンは静かに呟いた。
「《紫紺麻迦古弓》──《羽々矢》」
巫女の右手から矢が離れると、ピンっと張られた弦が弾かれ、微細に振動した。
矢は真っ直ぐに、ルーガの黒い槍へ突き当たる。
高い金属音が一瞬木霊したかと思った刹那――
黒い槍の先端が粉々に砕け散った。
ルーガがそれに目を見開いた、その次の瞬間。
紫紺の矢は、肥大化した胸へ突き刺さった。
「ぎゃぃややあああ!!」
ルーガが、もはや冷徹な騎士とは呼べない金切り声を上げた。
矢は魔獣化した肉体を貫き、玉座へ突き刺さる。
貫かれた箇所から、黒紫のルミナがぷしゅぅうぅと音を立てて霧散していった。
まるで、穴の開いた風船から空気が漏れ出てくるみたいに。
謁見の間に、再び月光が差してくる。
砕けたステンドグラスの欠片が床に散り、淡く光っている。
かつて同じものを見ていた者同士――騎士と巫女。
いつしか運命の歯車は外れ、血を流し合う羽目になった。
月光は優しく、戦いに破れ倒れた騎士を照らしていた。
――つづく
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