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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第7章 虹色の祝福

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④女王の剣

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

4.



虹色の光が視界からゆっくりと消えていく。

まぶたの裏に残っていた残光が、潮が引くみたいに薄れていく。


アクシオンはぼんやりと目を開けると、薄暗い空間が目の前に広がっていた。

石の匂い。火薬の匂い。鉄の匂い。

鼻の奥が少しだけ痺れる。

――ここは、城の“腹”だ。


天井からカンテラがぶら下がっている。炎は小さく揺れていたが、どこか不自然に、揺れ方が規則正しい。

目が暗闇に慣れてきて視界が開けると、木製の棚に弾薬、大砲の玉が敷き詰められているのが見て取れた。

火薬の匂いが鼻につく。

壁には剣や槍が所狭しと掲げられ、刃の並びが影を作り、まるで無数の牙がこちらを向いているみたいだった。


「どうやら……着いたみたいね」


アクシオンは声量を落として言った。


「武器庫かな……」


ロゴスが傍らで呟く。


「武器庫って確か城の地下にあったところよね?」


オルディナが確認するように言った。


「なんだ……ここもまだ使われていたのか……私が治めていた時と変わらないな……」


アウリアは懐かしむように言った。

その声に、空間が一瞬だけ応える。

武器庫は無人なのに、どこかに“耳”がある気がして、アクシオンの喉が小さく鳴った。


「あっアウリアは生きてたときは女王様だったのか……今も生きてるけど……ややこしいな」


オルディナが頭を掻きながらぼそっと呟いた。


「まぁ今は死んでいると言っても過言ではないさ……私が治めてたのは何百年も前の話なのだから……」


アウリアは苦笑しながら言った。


ロゴスが視線だけを上へ向け、瞳孔をわずかに細める。

《オラクル・アイ》の気配が、薄暗い天井をなぞった。


「城内のルミナの流れが激しいわ……黒紫のルミナの膜で覆われてるみたいだけど、個々のルミナが忙しなく動いてる……」


「個々って憲兵の連中?」


アクシオンが紫紺の瞳でロゴスに視線を向ける。


「うん……活発なルミナは大臣や召使いのものじゃないね……闘志と忠誠を感じるから……」


ロゴスは声を潜めて言った。

その言葉を聞いた瞬間、アクシオンの舌先が、ひやりと痺れた。

城全体を覆う黒紫の膜――触れなくても、皮膚の上に薄い粉が降り積もるみたいに、感覚だけがまとわりつく。


「え?気付かれたかな?」


オルディナは顔を曇らせて言った。


「あり得るな……城が黒紫のルミナで包まれているなら、それは結界の類いかもしれん……私らがここに着いた時点で感知された可能性もある」


アウリアは顎に手を当てて考えるようにして言った。


「それか……アマリリスが神器解放の儀式のために、警備を固めてるせいかもしれないわ」


アクシオンが言った。


「まぁいずれにせよ……聖典を手に入れたアマリリスは神器の封印解放の儀式を進めているはずだ。となれば、目指すところはただ一つ……」


「……封印の間だ……」


アウリアが人差し指を立てて言うと、三姉妹は深く頷いた。


「お主らは憲兵の目を避けながら、封印の間を目指せ」


アウリアは静かに言った。


「アウリアはどうするの?」


アクシオンが尋ねた。


「私はお主らより速く動けるからな……アマリリスの儀式を"妨害"しておくよ」


アウリアはにやっと笑って言った。

その笑みは頼もしいはずなのに、胸の奥に、冷たい棘が一本だけ刺さる。

――純光の匂いが、遠ざかる前に一瞬だけ焦げた気がした。


「わかったわ……気を付けて……」


アクシオンが心配するような声で言うと、アウリアは無言で頷き、ふっと姿を消した。

足音も衣擦れも残さない。光だけが、すっと抜けていく。

先ほどまで感じていた純光のオーラが武器庫からみるみる遠ざかっていく。

やがて、そのオーラはアクシオンの感知可能範囲外を容易に抜け、彼女には追従できなくなった。


武器庫に三つの光がぽつんと取り残された。


パキッとカンテラの炎が蝋を燃やす音を発した。

やけにその音が武器庫に木霊し、反響する。

反響が遅れて戻ってくるまでの一拍が、妙に長い。


「私たちも行きましょう……」


アクシオンが静かに言うと、ロゴスが姉二人の肩に手を置いた。


「私たちも姿を隠そ……私の《次元忘却(ネムレイン)》を応用させて、二人の姿も見えないようにするわ……」


ロゴスがそう言うと、彼女の指先から青碧のルミナが流れだし、オルディナとアクシオンを薄く包む。

それは光学迷彩の膜というより、存在の“輪郭”を溶かす薄い霧だった。

声さえも、輪郭を削がれていく。囁きは届くが、遠くには落ちない。


やがて、三人の体が光学迷彩で覆われたようにして、武器庫から消える。

誰もいない武器庫から今にも消えそうな声が聞こえてくる。


「わぉ!ロゴスもアク姉も見えなくなった!」


オルディナが感心するようにして言った。


「オルディナ姉ちゃん……城内に入ったら、もう少し声量落としてよ……」


ロゴスが苦笑しながら言った。


「ありがとう、ロゴス。これなら、憲兵の目は誤魔化せるわね」


アクシオンは静かに言った。


武器庫から地上へと続く石畳の螺旋階段に、規則正しく乾いた音が鳴っている。

三姉妹は慎重に一段一段階段を登っていた。

地上へ近づくにつれて、黒紫の膜が濃くなる。肌がざらつき、息が少し重くなる。

青碧のルミナの薄膜で覆われたオルディナは内側から生命ルミナを纏わせ、城内の人間のルミナに意識を傾ける。

ロゴスは《オラクル・アイ》を展開し、城内をスキャンし、憲兵の警備配置を把握する。

アクシオンは《ルミナ・レクイエム》を展開し、アマリリスから発せられている黒紫のルミナを探す。


階段を上がりきると、城内へと続く扉が現れた。


「大丈夫……扉の向こうの回廊には今誰も通ってない……」


ロゴスが声を潜めるようにして言うと、オルディナが頷き、扉をゆっくりと開けた。

人一人分すり抜けられる程度の幅まで開けると、三姉妹は潜入部隊のように扉からするりと抜け出した。

そのまま近くの城柱の影に身を隠す。


回廊には月明かりが照らされていた。

けれど月光は冷たく、妙に薄い。

音が――死んでいる。

自分たちの足音さえ、壁に反響せず、吸われていく。


「えっと……ロゴス、封印の間にはどうやって行く?」


オルディナが尋ねた。


「ここは城の西側だから、東に向かいましょ……」


ロゴスが囁くようにして言った。


「中心の謁見の間をまず目指すのね……謁見の間の奥に封印の間はあるから。」


アクシオンがそう言うと、ロゴスが軽く頷いた。


三姉妹は柱を隠れ蓑にするようにして、回廊を東の方向へ進んでいった。

進むにつれて、回廊を巡回する憲兵とすれ違う頻度が高くなった。

鎧が擦れる音、槍の石畳を叩く音、息の音。

それらがすぐ隣を通るのに、憲兵は誰一人として、三姉妹に気付くことはなかった。


「ホントに誰も私たちに気付かないね!」


オルディナが目を輝かせる。声を出そうとして――


「しっ!!」


ロゴスが先回りして口を塞いだ。

オルディナは不満そうに頬を膨らませる。


アクシオンはそんな妹たちのやり取りを見て、ほんの少しだけ微笑む。

だが胸の奥の棘は、まだ抜けない。


やがて、三姉妹の目の前に謁見の間へと続いている扉が姿を表した。

金の蔦飾りと宝石が余すことなく装飾された大きな二枚扉。

不思議なことに二枚扉の前には憲兵が誰一人として警備に配置されていなかった。


「これは……絶対罠だね……」


オルディナが苦笑した。


「二人とも……警戒を緩めちゃダメよ」


アクシオンがそう言うと、二人の妹は深く頷いた。


オルディナがゆっくりと扉を開け、中を確認する。

謁見の間には誰もいなかった。

――静かすぎる。

空気が冷たく、広いはずの空間が、狭く感じる。

玉座の方から、見えない視線だけが降りてきている。


三姉妹は忍び寄るように抜き足差し足で謁見の間の中心へ歩いていく。

中心に立つと、冷たい空気がアクシオンの肌を撫でた。

そしてその冷たさは、ただの温度ではない。

黒紫の膜が、薄く舌の上に貼り付く感覚。


アクシオンの目の前には封印の間へ続く二枚扉が鎮座している。

扉を両側から囲むように円上の階段があり、その頂上に玉座が鎮座していた。


玉座に人影が見えた。


「あっ……」


アクシオンが短く声を漏らした時と同じくして、三姉妹を囲むように、数十人の親衛隊兵が現れた。

柱の陰、幕の裏、階段の脇――最初から“そこにいた”かのように、影から影が起き上がる。


バタバタ……

ジャキン。


統制された動き。無駄のない構え。

鋭い目付きで剣や槍を構え、円を狭めてくる。


「お久しぶりですな……三姉妹の方々……」


玉座から低い声が聞こえた。

三姉妹が玉座の方を向くと、ルーガ隊長が足を組んで深く座っている。


「ルーガ……」


オルディナが紅蓮の瞳でにらみ返す。


「城には必ず出向くと考えておりましたよ……大人しく拘束されて頂けますかな?」


親衛隊兵が三姉妹にゆっくりと距離を詰めてくる。

靴が擦れる音が響き、金属がかすかに鳴る。


「愚問ね……」


アクシオンがそう言うと、紫紺の瞳の外縁に三重螺旋の紋様が浮かび上がる。


「《ルミナ・レクイエム》……」


アクシオンが螺旋の瞳で近衛兵を一瞥する。

一人は膝から崩れ、剣だけを落とす。声も出ない。

一人は息を呑んだまま硬直し、次の瞬間に糸が切れたように倒れる。

一人は構えたまま前のめりに沈む。目を見開いたまま。

抵抗はできない。意志が落ちる。

ドミノのように、親衛隊兵が倒れていく音が謁見の間に響いた。


「相変わらず……鮮やかですな」


ルーガ隊長が玉座から乾いた拍手を送ってくる。

彼はゆっくりと玉座から立ち上がった。甲冑がカチャカチャと揺れる音がした。

その音だけが、やけに“生きて”聞こえた。


「余興はこれくらいで良いでしょう……」


ルーガは静かに言った。


「あなたも投降するなら今のうちよ?」


ロゴスが《オラクル・アイ》の鋭い眼差しをルーガに向ける。


「確かにそれもいいかもしれませんが、私としてはもう少しあなたたちに抗ってみたい……」


ルーガはゆっくりと階段を降り、封印の間へと続く二枚扉の前に立ちはだかった。


「だが……女王の剣といわれた私があなた方……伝説の三姉妹を一人でお相手するのは少々荷が重いですな……」


三姉妹は無言でルーガを睨み付けている。


――バサッ。


アクシオンの背後で翼が上下する音が聴こえてきた。

空気が震え、黒紫の膜が一瞬だけ濃くなる。

謁見の間の高窓が、びり、と鳴った。


「避けて!!」


ロゴスが叫ぶと同時に三姉妹は三方に退避する。

次の瞬間、二つの影が空から落ちるように舞い降りた。


二匹の空を飛ぶ魔物は、ルーガの両隣にバサッと翼を唸らせながら降りてくる。

爪が石畳を削り、火花が散った。

その音が、開戦の合図みたいに胸を叩く。


「グギャオオオオオ!!」


二匹のグリフォンの甲高い咆哮が謁見の間に響く。

ステンドグラスも天井窓もビリビリと震えている。

一匹は漆のごとく真っ黒な毛並みで覆われ、もう一匹は全身を陶器のごとく真っ白な毛並みで覆われていた。

だが二匹とも、鋭い赤い魔眼で三姉妹に凍てつく眼差しを向けている。


黒と白。対の獣。

忠誠と葛藤。

光と影。

まるで、ルーガ自身が二つに引き裂かれているみたいだった。


「グリフォン……アステリアの……」


アクシオンが紫紺の瞳で睨み返しながら呟いた。


「三姉妹の皆さん……リユニエ親衛隊隊長……ルーガ・フェンディアスが直にお相手いたしましょう……」


ルーガは不気味な笑みを口許に浮かべた。

そして、腰の銀の剣に指をかける。

鞘が鳴り、金属が呼吸する。


――その音が、戦いの始まりを告げていた。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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