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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第7章 虹色の祝福

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②四つの光

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

2.



三姉妹一行はザンブロスから北東へ進んだ。

黒鉄の峡谷の縁に沿って、道はいつしか獣道のように細くなり、赤茶の岩肌も苔の色に侵食され始める。火山の熱が遠のくにつれ、空気は冷え、耳の奥が静かに締まっていった。

ザンブロスの喧騒はもう背中の遥か後方だ。代わりに、靴裏で砕ける小石の音と、谷を渡る風の擦過音だけが、一定のリズムで一行の足取りを刻む。


やがて、崖沿いに埋もれた洞の入口が姿を表した。

よく見ないと誰も気に留めない風貌。石の割れ目にしか見えないその口は、しかし確かに“奥へ誘う”気配を持っていた。

裂け目の縁には、長い年月で黒ずんだ苔が張り付き、湿り気を含んだ冷たい空気が、口を開けた獣の吐息のようにこちらへ流れ出ている。


「行きましょう……」


アクシオンが静かに言うと、皆深く頷いた。

ラオは一度だけ唾を飲み込み、ミカゲは袖口を整え、モナは胸元の飾りを押さえる。カゲツは煙を吸うのをやめ、機械タバコを指先で弄びながら、ほんの僅かに目を細めた。

エリシアは祠の入口を見上げ、何かを祈るように目を閉じてから、そっと息を吐いた。


祠の中は、三姉妹が目覚めたときと変わらず、湿った石が冷たく、かすかな燐光だけが闇を撫でている。

ポチャンと、水滴が天井から地面に落ちた音が、祠の内部に響いた。

続いて、パシャパシャ……と、靴が水溜まりを踏む音が一定の間隔で耳に入る。

繁茂した苔の匂いが鼻に付く。土の匂いとは違う。眠りと年月が、ここに層を作っている匂いだ。

濡れた石は光を吸い、光は濡れた石に溶け、祠の奥へ奥へと沈んでいく――そんな錯覚に、アクシオンは一瞬だけ囚われる。


ルミナが奥へ奥へと流れ込んでいる。

その流れに引かれるように、アクシオンの青紫の髪が微かに揺れた。まるで見えない水の中を歩いているみたいに。

オルディナは足元を確かめるたび、わずかに眉を寄せる。ロゴスは《オラクル・アイ》の気配を消さず、淡い警戒のまま、周囲の“情報”を拾い続けていた。


やがて、祠の最奥部――

三姉妹が目覚めた場所に辿り着いた。


「あった……」


アクシオンは、石碑が変わらずそこにあることに胸を撫で下ろした。

碑文も月詠聖典で確認した文章と同じ。削れた溝に、古い祈りの温度が残っている気さえする。

石碑の表面に指を近づけると、ひやりとした冷気が皮膚から骨へ沁み、逆に胸の奥は、なぜか熱を帯びていく。


アクシオンは深呼吸した。

ここは影のものの手を免れているのだろうか。禍々しい黒紫のルミナを、まるで感じない。

代わりに、体の内側へ――柔らかな光が、静かに流れ込んでくる。

冷えたはずの指先が、じんわりと温まった。

優しい女神の手で包み込まれていくような感覚が、胸の奥にまで沁みていく。

それは甘い慰めではない。もっと根源的で、言葉より先に“安心”として沈殿してくる種類の光だった。


アクシオンはもう一度、石碑に目を落とした。

碑文の末尾の下に、紫紺色の文体がうっすらと見えることに気付く。文字でも模様でもない、“隠された文”だけがそこに沈んでいる。

燐光の角度が変わるたびに、その文体は見えたり、消えたりする。まるで「見たければ、見ろ」と挑発するみたいに。


「こんなのあったかしら?」


アクシオンは首を傾げた。


「どうしたの?アク姉?」


オルディナがアクシオンの肩から顔を覗かせる。ロゴスも《オラクル・アイ》を展開して、それに倣った。


「隠された……文章かな……色から判断して意味ルミナの系統ね。」


ロゴスが冷静に呟く。


「じゃあ……私の目で試してみるわ……」


アクシオンはそう言うと、三重螺旋の紋様を紫紺の目に浮かび上がらせた。

視界の奥で、紫紺の文体が“言葉”へ変わっていく。音が、字になる。字が、祈りになる。

石碑の沈黙が、ほんのわずかにほどけていく。


――光のルミナを宿し娘が再び集うとき、純光が全てを導かん


たったそれだけの文章だった。

アクシオンは目で読み取った文章を、声に出して読んだ。凛とした声が祠に響き、反響が遅れて戻ってきた。


「どういう意味?」


オルディナの頭上には、はてなマークが浮かんでいるように見える。


アクシオンは苦笑し、大ババ様の方を向いた。

大ババ様は猫目でじっとこちらを見つめている。いつもの飄々とした気配が、今だけはひどく重い。

その沈黙は、知らないから黙っているのではない。知っているからこそ、言葉を選んでいる沈黙だった。


「大ババ様……あなたならこの文章の意図が分かるのではないですか?」


アクシオンは尋ねた。

大ババ様は無言のままだ。祠の燐光だけが、皺の刻まれた横顔を淡く撫でている。


「いえ……“アウリア”と呼ぶべきかしら?」


アクシオンが静かに言うと、そこにいる者が全員彼女の方を見た。


「アク姉……それってどういう……」


オルディナが戸惑いながら言い終わらぬ内に、大ババ様の体がまばゆい黄金の光で包まれ始める。


「なっなに!?」


大ババ様の隣に付き添っていたラオが驚きの声を上げ、体をのけぞらせた。


黄金の光は火山の炎とは違う。熱を持たないのに、目を逸らせない眩しさだった。

空気が白く鳴り、祠の奥でルミナの流れが、ほんの一拍だけ“逆流”する。

水滴の音すら、ひと呼吸止まったように思えた。


光に包まれながら、大ババ様の体がみるみる若返っていく。

皺の入った肌は、薄い月光を受けた雪のように透き通った白へ変わり、曲がっていた背は静かに伸びた。

骨が軋む音すら聞こえそうなほど、時間が巻き戻っていく。

束ねられていた銀白の髪はほどけ、さらさらと肩を越え、胸元まで流れ落ちた。

その髪は、祠の燐光を受けるたび、淡く虹色の粒を孕んでいるように見えた。


そして――

顔を上げた眼差しは瑠璃色ではない。

深い光を湛えた、静謐な眼。

世界のどこにも属さない“純白の輪郭”を持った、美しい女性がそこに立っていた。

頭上の光が、歯車にも月輪にも見える金の円を描き、花びらのような光の欠片が、ゆっくりと舞い落ちる。


祠に流れていたルミナの質が明らかに変わった。

生命でも論理でも意味でもない。

光の基礎三系統をさらに包み込み、統合するように、

純真であり、

純白であり、

純粋であり、

純一である――

ルミナ。純光ルミナで満ち溢れていた。


「……気付いてたのか……アクシオン?」


アウリアは貫禄のある声で言った。


「確信はなかったけど……」


アクシオンは目を伏せながら言った。


「あなたの神出鬼没な動き……言葉から……もしかしたらと思って……」


「ふむ。」


アウリアは腕を組みながら、短く言った。


「アク姉……この方は?」


ラオが口をぷるぷる震わせながら聞いた。

あまりにも衝撃的なことが目の前で起きて理解の範疇を越えているのだろう。

彼女の金色の瞳は大きく見開き、焦点が合っていない。


「純光ルミナの始祖……アウリア様よ……かつて私たちのルミナの始祖と共に、影のものの厄災から、リユニエをお守りになられた。それは今でもね。」


アクシオンは紫紺の瞳を細めながら言った。


「ラオよ……正体を隠していてすまなかったな……だが、この機会になるまで、決して影に存在を悟られるわけにはいかなかったのだよ……」


アウリアは白銀の髪を掻き分けながら言った。


「ううん……謝らないでよ、ババ様……」


ラオの目が潤んでいる。


「ただ……おばあちゃんがこんな絶世の綺麗な人に変わっちゃったもんだから……頭が混乱してて……」


ラオが取り乱したように話す。


「ラオ……私も同じ……ここがまだばくばくしてる……信じられない……」


オルディナは胸をおさえながら、声を絞り出した。


アウリアは、ほんの一瞬だけ三姉妹の顔を順に見た。

その瞳に浮かんだのは、叱責でも命令でもない。

長い年月を越えて、ようやく辿り着いた者を迎える――静かな安堵だった。


「あはははははっっ!!」


アウリアが声を上げて高らかに笑った。

彼女の破顔した笑顔はこちらも自然に笑ってしまうくらい魅力があった。

祠の最奥部は温かな笑いに包まれた。


「アウリア様は当時から今までずっと生き長らえてきたのですか?」


ロゴスが青碧の目をアウリアに向ける。


「そうだ。影の大厄災が起きたとき……私たち四人――純光のアウリア、意味のツクヨ、論理のフリギア、生命のルミアナは、十二精霊と最後の力を振り絞り、神器に影を封印した。」


アウリアは当時を回想するかのように遠くをみながら言った。


「その時、神器に私のルミナ炉も一緒に封印した。――純光の核だ。影が内部から漏れないようにな……」


「同時に、ルミナ炉を殆ど失ったこの肉体は人間のように老いが始まった。と言っても、普通の人間と比較すれば、ものすごく進行は遅いがな。光の使者から授かった光の残滓は伊達ではなかったのだよ……お陰で、数百年の年月も経ったが、お主らの時代まで婆さんのまま生き長らえることができた。」


「肉体が若返ったのは、私たちと関係があるの?」


アクシオンが静かに聞いた。


「ああ。お主ら三姉妹が各地の繋がりを紡ぎ直し、再びルミナをその身に取り戻してくれたお陰だ。私の仲間には会ったのだろう?」


アウリアが深い光を湛えた静謐な眼を三姉妹に向けた。

三姉妹はゆっくりと縦に頷いた。


「うむ……であれば、話は早い。」


アウリアはうんうんと首を縦に振りながら言った。


「お主らで今度こそ、影のものを打ち倒すんだ。だが……選択はすまないが……お主らに任せる……私はただお主らをそこまで導くことしかできない……」


アウリアは目を伏せながら言った。


「わかってるわ……アウリア……私たち姉妹で影のもの、それにアマリリスを救ってみせる……」


アクシオンが紫紺の外縁に三重螺旋の紋様を浮かび上がらせながら言った。

オルディナとロゴスも縦に頷く。


「わかった……」


アウリアは短くそう言うと、右の手の甲を前に差し出した。


「私の手にお主らの手を順に重ねろ……」


三姉妹は言われた通りに右手を重ねた。

下から、純光、生命、論理、意味――光の全ルミナ系統が一つに重なる。


すると、重ねた手から、黄金の光、紅蓮の光、青碧の光、紫紺の光が糸状のルミナとなって溢れ出す。

糸状のルミナは、彼女らを中心に地面に魔方陣を編んでいく。

黄金、紅蓮、青碧、紫紺――四色の光が絡み合い、虹色の円環を描く。

祠の燐光が、その虹色に押しやられ、闇は後ずさった。


「綺麗……」


エリシアが口に手をあてて、感嘆な声を漏らす。

皆は黙って見つめていた。

ミカゲの紅蓮の瞳は揺れ、モナは唇を結び、カゲツは煙を吸うのを忘れたように動かない。

ラオだけが、驚きと誇りと不安をごちゃ混ぜにした顔で、じっと魔方陣を見つめていた。


やがて、魔方陣が完成すると、アウリアが静かに言った。


「では……リユニエ城に参ろう……」


三姉妹は短く頷いた。

オルディナは魔方陣と自分達を凝視する視線に気付いた。ラオ、モナ、ミカゲ、カゲツ、エリシアが心配そうな目をこちらに向けている。


「みんな……ここまでありがとう!今度は絶対……勝つよ!」


オルディナはウインクした。


「みんな…私たちとはルミナで繋がってるから……心配しないでね……」


ロゴスが微笑みながら言った。


「また会いましょ!必ず帰ってくるわ!」


アクシオンは凛とした声で言った。


彼女が言い終わると同時に、虹色の魔方陣から凄まじい量の虹色のルミナエネルギーの柱が放出した。

四人の影はみるみる消えていく。

光の柱の中で、アウリアの白銀の髪だけが、最後まで静かに揺れていた。


完全に影が消えたところで、プツンと虹色の柱は消え、魔方陣の発光が止まった。

一拍遅れて、ポチャン――と、水滴の音が帰ってくる。

石が吸った水の匂いと、苔の匂いが、また祠の“現実”として戻ってきた。

残された者たちは誰も言葉を発せず、ただ、消えた場所を見つめていた。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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