Ⅶ.還るべき地、進むべき地
12.
イグニファに取り憑いていた邪悪なルミナを浄化し、彼との再契約を果たしたラオと三姉妹は、無事ザンブロスへ帰還した。フレイムリングの本拠では、彼らの帰還とイグニファ救出を祝して、街は火の祭りのような騒ぎに包まれていた。
マグマの熱が足元から微かに伝わり、赤い石造りの壁に揺れる光が踊る。祝宴の熱気は、酒の匂いと溶岩の鼓動を混ぜ合わせ、まるで都市そのものが笑っているかのようだった。
ラオは緊張の糸が切れたのか、ひどく酔いどれ、祭壇の石碑に登っては団員たちと笑い転げていた。副団長のヴェーラもこの夜だけは重たい鎧を脱ぎ、軽装で宴の中に身を置いていた。
その喧騒の外れ、三姉妹は静かに角のテーブルに並んでいた。
「……みんな、楽しそうね」
「ザンブロスを覆っていた邪悪なルミナが消えたからだわ」
「ラオとイグニファの暖かなルミナで、満ちているのね」
「さすがは、伝説の三姉妹じゃな──」
いつの間にか、大ババ様が隣に腰かけていた。
「ビックリした~! いつからそこに!?」
オルディナが飛び跳ねるように声を上げる。
「ふぉふぉふぉ、そんなことより。おまえさんたち、次のあては決めてあるのかい?」
「まだ特には……ただ、空白の七ヶ月とアマリリス女王を操った影の者の正体、王国と各地の状況を知らねばなりません」
アクシオンが真剣な眼差しで応える。
「ほう。それなら、ひとつ思い出したことがあるよ」と、大ババ様は杯を傾ける。
「おまえたち、以前に“石碑”を見つけたと言ってたね。あれとよく似た石碑が、この街の奥――マグマ湖のほとりにもある、という言い伝えがあるんだよ」
「ほんとー?それはぜひ行ってみなきゃ!」
オルディナが目を輝かせる。
「石碑には何が記されているのですか?」
とロゴスが問う。
「……古くより語られておる。かのマグマ湖の石碑には“転送魔方陣”の秘密が刻まれており、ザンブロスは元よりリユニエの他地区との裏口に当たる場所だったと」
「ふるき言伝えによれば── 『書の門、月に通じ、火の底より知が来たる』 そう、語られておる」
「書の門……まさか!」
ロゴスが目を見開く。
「ルナエール。セフィロス地区の月華図書館都市……」
「なるほど。そこから本が持ち込まれていたとすれば、繋がりは自然ね」
アクシオンが目を細めた。
「じゃあ、あたしたちの次の行き先はルナエールだね! ……って、セフィロスって、ここと気候真反対だよね。寒いの苦手なんだけどなあ」
「意外ね、オルディナ。あれだけ紅蓮のルミナを持っていながら、自然の寒さには勝てないなんて(笑)」
三姉妹の会話を聞いていたラオとヴェーラが、興味深そうに近づいてきた。
「姐さんたち、何の話?」
オルディナがざっくりと大ババ様との話を説明すると、ラオは目を丸くし、ヴェーラは頷いた。
「ザンブロスのマグマ湖にそんな秘密が……ヴェーラ、知ってた?」
「初耳だ。だが、もしルナエールに向かうなら、この地図を持っていくと良い」
ヴェーラはそう言って、リユニエ地方の地図を広げた。
その地図には、ルミナの源たる王都を中心に、かつて紅蓮を統べしオルディナと、天翔ける鳳凰カリエンの《ルゼア》、霧の記憶を継ぎしアクシオンと、悠久の竜アメジスの《ノアグリフ》、そして理の書を守るロゴスと、蒼き白虎ソリウスの《セフィロス》が、静かなる筆致で描かれていた。
「ありがとう、助かるわ。……ホントに真反対に行くことになるのね」
「女王が中央集権を進めて以来、各地の交流は遮断されてるし、憲兵の報告も信用できない」とラオが呟く。
「そうね。だからこそ、ルナエールには意味がある。今なお全知識が集まる都市――精霊ユメハネの消息も、そこなら何かわかるかもしれない」
その晩、一行はマグマ湖への探索を翌日に定め、宴の灯が消えるまで語らい、飲み、笑い続けた。
祝福の喧騒が、火山都市ザンブロスの夜を包んでいた。
13.
翌朝。三姉妹とラオは、ザンブロスの奥深くにある“マグマ湖”を目指していた。
「最後の最後まで付き合わせて、悪いわね、ラオ」
「いいえ。姐さんたちがいなければ、イグニファも、この街も、今ごろどうなってたか……これくらい、朝飯前だよ」
「にしても、昨日あれだけ飲んでたのに、元気ね(笑)」
「オルディナ姐さんほどじゃないけどね(笑)」
笑いながら歩を進めると、彼方に赤い霧が立ち昇り、やがて地鳴りと共に、“呼吸するようなマグマの湖”が姿を現した。
ぐつぐつと煮えたぎる湖底からは、まるで地の心臓の鼓動のような熱が漂い、どこか懐かしく、三姉妹を歓迎するような気配すらある。
「見えてきたわ」
ロゴスが《オラクル・アイ》を起動し、周囲を見回す。
「……あれじゃないかしら?」
霧の彼方に、小さな石造りの祠が見えた。目覚めの時に彼女たちが最初に目覚めた“祠”と酷似している。
祠の奥には古びた魔方陣が刻まれており、その中心に、風化した石碑が立っていた。
ロゴスがそっと手を当て、石碑に刻まれた文字を読み上げた。
【表層に刻まれた言葉】
書の門、月に通じ、火の底より知が来たる。古き知は、紅蓮に抱かれて運ばれ、蒼穹に問いかけ、螺旋をもって呼び覚ます。汝、三つの魂を合わせしとき、門は再び開かれん。
「大ババ様の語った通りのようね……」
アクシオンが石碑に触れた瞬間、彼女の片目に螺旋の紋章が浮かぶ。
「……やっぱり。目覚めの石碑と同じ。特定の力を持つ者にしか見えない文章があるわ」
彼女の視界には、さらに続く文が現れていた。
【アクシオンに映る隠された文】
問う者の瞳よ。意志は剥がれ、歴史は歪む。されど、意志を問うまなざしは常に因果をつなぐ。あなたの内に眠る、“揺らがぬ問い”こそが、道をひらく。
「わたしもやってみる!」
オルディナが紅蓮のルミナを掌に灯し、そっと石碑に手を当てる。
【オルディナに映る隠された文】
炎の者よ。怒りも哀しみも、力に変えよ。紅蓮の火は焼き尽くすためでなく、包み込むためにある。その光は、宿主の闇すらも、温もりに還すだろう。
「……これは、宿主の中に巣食う“邪悪なルミナ”のことね。わたしたちがどう対処してきたかの答えでもある」
ロゴスも《オラクル・アイ》を発動し、石碑に手を伸ばす。文字が、脈を打つように浮かび上がる。
【ロゴスに映る隠された文】
識る者よ。邪悪とは、感情の澱み。無知の結晶。青碧の眼は、記憶の奥底に触れ、宿主の“起源の声”を目覚めさせる。真なる問いを告げよ。そうすれば、封ぜられし扉は、再び音を立てて開く。
ロゴスが静かに呟いた。
「三つの力……紅蓮の光、青碧の眼、そして問いの瞳。わたしたち、それぞれの力の意味が、この石碑でつながっている……」
「だったら、姐さんたちの力があれば、なんだって解決できるってことじゃない?」
ラオが明るく言うと、アクシオンはふっと笑い、首を横に振った。
「……そう簡単にはいかないわ。影の者が、これを黙って見過ごすとは思えない。あの者は、三大精霊をも喰らい、神器すら手中にした。まだ、何か“奥の手”がある……そんな気がするの」
重く、静かに、石碑の魔方陣がうっすらと光を帯びはじめた。
月へと通じる書の門が、再び目覚める気配があった。
14.
祠の奥、古の魔方陣が紅蓮の光に包まれ、再び“目覚め”の兆しを帯びていた。
「……動き出してる」
ロゴスが静かに呟くと、アクシオンが頷いた。
「石碑に記された言葉は、鍵だったのね。三人の力で“封印”が解かれたということ」
魔方陣の文様が光を放ち始めた。螺旋のように交わる紅と青の光線が、次第に風となって三姉妹の足元を包み込んでいく。
ラオがひとつ、踏み出した。
「……姐さんたち、ここから先は、あたし、行けないんだよね?」
オルディナがゆっくりと振り返る。
「うん。でも、ラオ。あなたはもう──私たちの一員だよ」
「イグニファを救ってくれたのは、あなただからね。ザンブロスを守る“炎の環の守護者”……誇りをもって」
ラオの目に、光がにじむ。
「……うん。ありがとう、オル姐、ロゴス姐、アク姐。……あたし、ちゃんと守る。ザンブロスも、団員たちも、イグニファも!」
ロゴスが一言、呟いた。
「ラオ、私たちとあなたは繋がってる。ルミナの律動が合えば、時も場所も越えて言葉を交わせる。……声にならぬ声も、心の底から響くよ」
アクシオンが静かに祈るように呟いた。
「我が名において、転送陣よ……次なる地へと、道を開きたまえ」
その言葉を合図に、魔方陣の中心に星型の光が浮かび上がった。
オルディナがくるりとラオの方を振り返る。
「行ってくるね、ラオ。……あたしたち、まだまだ問いの途中だからさ」
「うん。……姐さんたちも、気をつけて…….」
光が爆ぜるように拡がり、三姉妹の身体は紅と碧の風に包まれて浮かび上がる。
ラオが手を伸ばす。
──その手は、届かない。
だが、確かに、祈りは交差した。
次の瞬間、三姉妹の姿は、祠の中からかき消えた。
残されたラオは、拳を握る。
「……あたしも、自分の道を、ちゃんと歩かなくっちゃ」
マグマ湖の光が、再び静寂へと還っていった。
15.
ここは、リユニエ王国の宮廷、女王の執務室──
アマリリス女王の胸元にある《ユニエ・アーク》、スピネルから邪悪なルミナの気が静かに消えていく。
「三姉妹が目覚めたようね……」
女王は静かに呟いた。その瞳には、かすかな愉悦とも、諦念ともつかぬ揺らぎが宿っている。
「こうなることも、あの者の計画通りということかしら?」
執務室に張り巡らされた金糸の帳が揺れ、赤き翼が姿を現す。鳳凰の名を持つ霊獣、カリエンが柔らかな炎を纏って現れた。
「アマリリスよ。良いのか? イグニファはザンブロスの連中と再契約を果たしたようだぞ。神器の制御に影響は出ないか?」
「問題ありません」女王は静かに笑んだ。
「イグニファが抜けた分は、例の“黒のルミナ”で補填します。むしろ、今後の展開には好都合ですわ。予定より少し早まりましたけど……」
「……あの計画を続ける気か」
「ええ。すべては《星環計画》のために──」
アマリリス女王は椅子を立ち、窓辺に歩を進めた。王都上空に浮かぶ“星環”の影が、うっすらと夜空に姿を見せていた。
「三姉妹よ。今は好きに動きなさい。けれどその歩みの先が、再び我が掌に絡め取られているとも知らずに……」
女王の指が《ユニエ・アーク》に触れたその瞬間──
鈍く、しかし深淵な光が、王宮の奥底から静かに点った。
つづくー




