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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第6章 譜面の戦場

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⑨静かすぎる勝利

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

9.


 

アクシオンはエリシアとともにマーラ師団長の後についていった。

マーラ師団長はアステリア城の地下へと螺旋階段を降りていく。


石段は冷え切っていて、足裏から体温を奪っていく。

降りるほど空気が重くなる。湿り気を含んだ匂い――古い金属と、乾いた油と、長い時間の沈黙。

それだけで、ここが「眠っていた場所」だとわかった。


アクシオンの歩幅は重い。

地下へと近づいていく度に、これから起こることの重大さが肩に重くのし掛かってくる。


「アクシオンちゃん……まだ気にしているの?」


隣でエリシアが心配そうな顔を覗かせる。

桃色の瞳は、いつもより揺れているように見えた。


「ごめんね……エリシア……私のせいだ」


アクシオンは絞り出すような声を発した。

拳を握ると、爪が掌に食い込む。痛みがなければ、今の自分はここにいられない気がした。


「そんなことないよ……気にしすぎだってば……」


エリシアは明るい声を出す。

明るくしようとしているのが、逆にわかってしまう。

それでも笑う。

――強い。


「アクシオンちゃんが私のためにパパにあそこまで抗ってくれたの本当に嬉しかったんだよ?」


アクシオンはエリシアの顔を見る。

エリシアは優しく微笑んでいる。

その微笑みが、どこか薄い硝子みたいに見えて、アクシオンは息を詰めた。


「それに私の歌でアステリアを守れるのなら、嬉しい。ほんとよ?今までは何も許されていなかったんだから。」


エリシアは言った。


――許されていなかった。

聖典。象徴。歌姫。

言葉は綺麗なのに、鎖の匂いがする。

アクシオンは喉の奥に鉄の味を感じて、息を整えた。


「ありがとう……エリシア……あなたは必ず私が守るわ……」


アクシオンは凛とした声で言った。

エリシアは深く頷く。


「お二方……見えてきましたよ」


先を歩いていたマーラ師団長が言った。


階段を降りきると、そこには広い空間が広がっていた。

天井は高く、壁は古い石で組まれ、ところどころに金の紋様が走っている。

人の声が反響して、ざわめきが二重に聞こえる。


中央に黄金の装飾で形作られた砲台のような装置が鎮座している。

槍を模した長い砲身。

台座は祭壇のように円形で、複数の輪が重なっている。

それは武器というより、儀式の器だった。


既に、その装置を中心にマーラ師団の研究軍隊が忙しく動き回っている。

金属を叩く乾いた音。

ルミナ計測器の甲高い信号。

小声で交わされる確認。

それらが渦になって、空間を満たしていた。


「あの中央にある装置が《天雷槍座》です。」


マーラ師団長は指を指しながら言った。


「今まで稼働させたことはあるの?」


アクシオンは聞いた。


「いえ……現在の王の代になってからは今回が初めての試みです。」


マーラ師団長は言った。


「ぶっつけ本番か~」


エリシアが抜けた声を出す。

その軽さが、逆に痛い。

怖さを飲み込むための声だ。


「姫……王もおっしゃられた通り、あなたにはあの兵器の調整を担って頂きます。あなたの歌と天馬精霊ラファルの力で雷槍の出力を調律するイメージです……」


師団長は淀みなく言った。


「ええ……わかってるわ……」


エリシアは短く答えた。

声は震えていない。けれど、指先だけが小さく強張っている。


「準備にはどれくらいかかるの?」


アクシオンが尋ねる。


「研究部隊の報告によれば、あと十八時間あれば、完遂できます。」


マーラ師団長は忙しく動き回る研究部隊の方を見ながら言った。


「思ったより……早いのね……」


十八時間後、作戦が決行される。

つまり、開戦の狼煙が上がる。

そう思うと、アクシオンは身震いした。


外れれば、次はない。

――そんな言葉が、どこからともなく胸に落ちた。


 



 


明け方、アステリアの空の海は静まり返っていた。

普段であれば、始発の雲鯨が交易路を緩やかに泳ぎ始める時間帯だ。

しかし、今日は違う。

雲鯨は一匹たりとも交易路を泳いでなどいない。

全匹、雲港に避難させており、交易路は封鎖されている。

空の海が、呼吸を止めているみたいだった。


交易路の境界には例の黒点がゆらゆらと揺れて、じっとアステリアを見つめている。

数は増えた。

間隔は揃いすぎている。

そこに「意思」があるのが、嫌でもわかる。


アステリアには、雲港の目と鼻の先に、大きな円状の広場がある。

広場の中央が、ぱっくりと割れていく。

石が擦れる低い唸り。

地面の奥から吹き上がる、古い金属の匂い。

割れ目の奥に光が走り、やがて《天雷槍座》とアクシオンらが姿を現した。


「……まさか、アステリア城の地下がここまで繋がってるなんてね……」


アクシオンが感嘆な声をあげる。

同時に、背筋に冷たいものが走った。

この兵器は、元から「ここで撃つ」ために作られていたのだ。


「この搬出システムは古代から存在しているようです。」


マーラ師団長が目を細めて言った。


彼女らの目の前に交易路から監視している黒点が見て取れる。

黒点は、こちらの動きを眺めている。

まるで――「撃たせる瞬間」を待っているみたいに。


「静まり返ってますな……不気味なくらいだ……」


マーラ師団長は交易路の方を見て言った。


「まぁ……あちらが心変わりして、先に手を出してくる前に……始めましょう……」


マーラ師団長はそう言うと、咳払いした。


「では、これより、黒構造体の迎撃作戦を開始する……皆……配置につけ……」


軍員は統率の取れた動きで、各配置につく。

装置の周囲に円が生まれる。

人の配置が、まるで術式の陣形みたいに見えた。


「エリシア姫……こちらへ」


マーラ師団長が手招きし、エリシアは《天雷槍座》の台座に腰を下ろす。

腰を下ろした瞬間、エリシアは小さく息を呑んだ。

座面が冷たい。

それでも背筋をピンと伸ばした。

台座が彼女の意思に反応するように、微かに震えた。


「雷槍の基礎稼働を開始します……」


ある軍員がそう言うと、黄金の装飾で散りばめられた槍砲台から、ウゥーンと唸るような音が聞こえ出した。

音は、地下の眠りから起き上がる獣の喉みたいだった。


「ルミナ出力安定しています……稼働状態に問題ありません……」


軍員がマーラ師団長に言った。

師団長は頷くと、エリシアに言った。


「エリシア姫、お願いします。」


「はい……ラファちゃん合わせるよ……」


エリシアの足元から金と銀のルミナが舞い上がり、空を駆ける天馬精霊ラファルと共鳴する。

空気が震えた。

透明な糸が無数に張られて、広場の上に“線”が見える気がした。

――楽譜の五線譜みたいに。


天雷槍座を風と音の旋律が包み込み始める。


「……アステリアの"天空の歌姫"の名のもとに、己の歌声を雷槍に捧げん……」


エリシアが覚悟のこもった声で言ったその瞬間、

バリバリッ

と、雷槍が願いに応えるかのように雷を蓄え始める。

同時に、

プシュゥゥゥ

と、高密度のエネルギーを高速で生成し始めた反動か、雷槍の各部から煙が立ち込める。


アクシオンの《ルミナ・レクイエム》の目には、神話のごとき光景が広がっているようだった。

歌声が“照準”になる。

一本の槍が、無数の矢へほどけていく。

――そんな予感が、目に見える形で膨らんでいく。


静まり返った雲の海に、歌姫の意思に呼応するかのように命を吹き込まれた神の雷槍は黄金のごとく眩しく輝いていた。


アクシオンの脳裏に聖典にあった一節が浮かぶ。

――黄金を纏う天雷は、正義を勝ち取る開戦の合図となろう。


「……マーラちゃん……いつでもいけるわよ……」


エリシアが言うと、マーラ師団長は深く頷いた。


「総員……戦闘配置につけ……」


「目標は……アステリア交易路境界に配置された黒構造体の殲滅……」


マーラ師団長の声が、広場に落ちる。

その一言で、世界が一段階冷えた。


「では……打てぇ!!」


マーラ師団長が声高らかにそう言うと、

エリシアを包み込んでいた金銀のルミナの輝きが一層強くなった。


「《天雷槍座》……!!」


エリシアがそう言うと、雷槍が唸るような音を上げて、砲口から高密度のエネルギー光線が放たれた。


エネルギー光線は真っ直ぐに黒点へと向かっていく。

距離を縮めていくなかで、光線は幾重にも分岐した。

――エリシアの歌が、黒点ひとつひとつに名前を与え、同時に縛り、同時に撃ち抜く。


分岐した光は一斉に全ての黒点へ着弾した。


どごごごごご


爆発音が静寂な空の海に木霊する。

続いて……パキパキと機械が燃える鈍い音も。

焼けた金属の匂いが、風に乗って広場へ届いた。


「全弾命中!!」


軍員が声を張り上げる。


アクシオンは黒点から目を離さなかった。

彼女の目の前には爆発の衝撃で生じた黒煙の渦が広がっている。

黒煙は昇っているのに、どこか“留まっている”ように見えた。

まるで――扉の前で、誰かが立っているみたいに。


「やったわ……」


エリシアがしおれたような声を出す。

緊張の糸が途切れたのか、肩がわずかに落ちた。


アクシオンは胸騒ぎがしてならなかった。

本当にこれで終わりなのだろうか……


雲の海に生じた黒煙の渦は、ただ静かに空へ昇っていた。

――静かすぎる。

勝利の後の静けさが、いちばん嫌な音を立てていた。


 


――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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