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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第6章 譜面の戦場

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⑦螺旋の瞳

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

7.



「そういえば、まだこの聖典で"ツクヨ"が書いた断簡は目にしてないわね」


アクシオンは胸に抱えた聖典を見つめるように言った。


祭壇の蝋燭に灯る紫色の炎が、呼応するように少しだけ大きくなる。

ぱち、と乾いた音がして、紫の火が一瞬だけ細く尖った。


「実はツクヨ様のお記しになられた断簡は一つしか確認できていないのです……」


司祭は静かに言った。


「え?」


アクシオンは虚を突かれたような顔をした。


「ちょっと聖典を貸してください」


司祭が言うと、アクシオンは無言で頷き、聖典を差し出した。


司祭は聖典の頁を丁寧にめくっていく。

指先は慎重で、触れるたびに紙が小さく鳴いた。

やがて、ある頁でめくる指を止めた。


「ここです……」


司祭はある頁をアクシオンに指し示した。


「問いの娘」

時の末端、問いの娘たちよ。

この地に再び汝らの足が触れるとき、王の器はすでに歪み、神器は渇きを覚える。


来る日、影の者は“現れる”。

――否、封印の奥より“滲み出る”。


彼は名を持たず、虚構に名を借り、

“声”をもって真なる意志を封じるだろう。


この地は一度、虚構の平和を取り戻さん。

だがそれは、真なる調律の前奏に過ぎぬ。


忘れるな。

精霊は力ではなく、記憶と誓いによって共に在る。


汝らが“問い”を再び灯すその時、円環は回り、

時の歯車は、逆光を指す。


過去すら設計された、未来のために。


「これは……」


アクシオンの脳裏に、ザンブロスの近くで目覚めた祠の石碑が浮かぶ。


「あの石碑と全く同じ碑文だわ……」


「なんと……ご覧になったことがあるのですか?」


司祭は尋ねる。


「ええ……私たち姉妹があの夜から七ヶ月後に目覚めた祠に石碑があったんだけど……そこに刻まれている文章と全く同じなのよ……」


アクシオンは震える声で言った。


「その石碑もツクヨ様……いえ、大賢者様方が残された、あなたたちへのメッセージなのかもしれませんね……」


司祭は目を細めて言った。


アクシオンは頷くと、聖典に視線を落とした。


ツクヨたちは、影のものが現れることを予測していた……

いや――「封印の奥より滲み出る」。

その言い方が、胸の奥に嫌な形で残る。


そんなバカな……


アクシオンは頭を振り払うようにして、そのシナリオを拭い去ろうとした。

だが、そうするほど、思考の隙間に妙にこびりついてくる。

まるで、言葉そのものが“溶けて”入り込んでくるみたいに。


「司祭……ツクヨの断簡は本当にこれだけなの?」


アクシオンは気を紛らわそうと、話題を変えた。


「はい……これと隣の頁だけだと思われます……この頁以降は空白が続くのですよ」


司祭はそう言って、該当する頁を指し示してくれた。


アクシオンは息を呑んだ。


「螺旋の瞳」

螺旋の瞳を持つ者よ。

そなたが再びこの地に顕現されるとき、聖典に刻まれた真の意味が浮かび上がることになろう。


「どういう意味?」


アクシオンは首を傾げる。


「申し訳ないのですが、さっぱりです……」


司祭は溜め息をつく。


「少なくとも、螺旋の瞳は、私の《ルミナ・レクイエム》のことよ」


アクシオンは紫紺の瞳に螺旋状の紋様を浮かばせる。

すると、聖典の空白の頁の上に、紫色の文字が“滲む”ように浮かび上がって見えた。

紙の白が、ほんのわずかに呼吸している。


「……なるほど」


アクシオンは浮かんできた文字を捉えるように、空白の頁を指でなぞった。

その瞬間だった。


典礼院の“意味ルミナの流れ”が、きい、と逆向きに擦れた。

部屋の空気が一拍遅れて沈み、床が遠のく。

――この部屋そのものが、書の中へ沈んでいく。


次の瞬間、暗転が下りたように典礼院は暗くなる。

明かりになるのは祭壇に灯る三つの蝋燭だけ。

だが、真ん中の蝋燭の炎は黄金から黒色へ変化していた。


アクシオンの額から冷たい汗が流れる。

鼻の奥に、雨上がりの土みたいな匂いと、ほんの少し金属の匂いが混じった。

胸が嫌にざわつく。


「司祭?」


祭壇の前には、先ほど話していた男の姿はなかった。

代わりに一人の青色がかった長髪の女性が祭壇に祈りを捧げている。

言葉を切る度に、黒色の炎は呼応するかのように激しく燃えた。

火の揺れが、まるで“声”に反応している。


アクシオンは再び、その光景を眺めていた。

先ほど司祭が祈りを捧げていたときと同じように。

違うのは、空気の温度がほんの少し低いこと。

そして――呼吸をするたび、胸の奥がきしむこと。


やがて、祈りを捧げていた女性はこちらに向き直り、アクシオンに優しく微笑んだ。


「お待たせしました……」


「あ……」


アクシオンは驚きの声をあげた。


その女性は巫女衣装を身に纏っており、美しい青色の髪には金の髪飾りをつけている。

青色がかった瞳には、アクシオンと同じ螺旋状の紋様があった。

声は透き通っているのに、どこか息の温度が近い。

触れたら壊れそうで、でも目が逸らせない。


「あなたが……ツクヨ?」


「はい……やっとお会いできましたね……アクシオン」


ツクヨは透き通った声で返した。

その語尾が、ほんの僅かに震えた気がした。


「聖典に術式をかけていたの?」


「はい……私と同じ目を持つ者が聖典に触れると起動できるように、組み込んでおきました……」


ツクヨは弱々しく答えた。

アクシオンと同じその目はどこか儚げで、影を抱えている。


「……ツクヨ……あなたは一体何を見たの?」


アクシオンは緊張を噛み締めながら、恐る恐る聴いた。


ツクヨは一度、祭壇の方に視線を移し、黒色の炎をまじまじと見つめた。

そして、こちらに向き直し、か細い声で言った。


「影のものの思いです」


「なっ……」


アクシオンは目を見開いた。


「ちょっと待って……あなたたちが生きていたとき、影のものが現れたの?」


「ええ……あの者は……かつてリユニエに顕現し、厄災をもたらしました……」


ツクヨは静かに真実を語り始めた。


「影のものがもたらした厄災により、リユニエの山や川は枯れ果て、人々はあの影のルミナに苦しみました」


「信じられない……今起こっていることと殆ど同じだわ……何で、そのことは語り継がれていないの?」


アクシオンは半信半疑で聞いた。


「それは……」


ツクヨは少し先を言うのを躊躇ったようだった。

唇が、ほんの僅かに噛み締められる。


「私たち賢者が"厄災"という事実を歴史から抹消したからです」


「え……どうして……」


アクシオンは理解できなかった。

語り継いだ方が、後世に意味があるのではないか――

そう思うのに、胸が冷える。


「混乱するのはわかります……アクシオン。でも、あのときはそうするしかなかったのです……」


「私たちは十二精霊と結託し、影のものを追い詰めました。でも……何度試みても殲滅には至らなかった……それほど強大だったのです……私たち賢者は何度死んだか……わからない……」


「私たちが殲滅に失敗し、死ねば……時間を巻き戻し、再度試みる……そんなことを繰り返しました」


ツクヨはか細い声で言った。


「戻るたびに……私たちは、誓いを一つずつ失いました」


「名前も、顔も、順番も……ほどけていった……それでも、止められなかった」


アクシオンは胸が締め付けられそうになった。

世界の行く末が、民の希望が、重くのしかかっていたのだ。

彼女たちは命と引き換えに挑んだ。

何度も、何度も、ほどけながら。


「それで……結局どうしたの……」


アクシオンは恐る恐る聴いた。


「私は何度も影のものの心に接触を試みたことで、彼の思いの一端を掴めたのです」


「あの者は、なぜ自分だけが置いていかれたのかを知りたがっていました……そして、光と再びひとつになりたいと」


アクシオンの背筋に嫌な汗が流れる。


「それは……つまり、影のものは、シン・ルミナが作り出したもう一人の使者――"影の使者"ってこと?」


「ええ……そう考えて間違いありません」


ツクヨははっきりと言った。


「"抱え込む"性質を与えられた影の使者は、人や精霊の痛みを余すことなく受け入れました。でも……誰も……光の使者さえも、彼自身を気にかけることはなかった……」


ツクヨは涙まじりの声で言った。


「膨張した痛みはやがて、膨大な影ルミナとなって……厄災として……リユニエに落とされたというわけね……」


アクシオンは言った。


「その通りです。膨大な試行の末、辿り着いた結論――私たちは選択を迫られました。殲滅か、統合か……そして、共生かを」


ツクヨは遠くを見つめるように言った。


「でも……あの時の私たちには決めれなかった……というより……もう残された時間がなかった。私たちの魂は崩壊寸前だったのです……」


ツクヨはここで優しく微笑んだ。

その微笑みにアクシオンは心が痛んだ。


「だから……"神器"に封印したのね……」


アクシオンは確信づいて言った。


ツクヨは虚を突かれたような顔をした。


「さすがですね……アクシオン」


ツクヨは一度、大きく息を出すと、言った。


「ごめんなさい……未来のあなたたちを巻き込みたくなかったのだけれど……あの時は封印しかなかった……」


ツクヨはここで唇を噛んだ。


「ううん……そんな謝る必要なんてないわ……むしろ、ありがとう……ツクヨたちのおかげで……今があるんだよ」


アクシオンは言った。


「ありがとう……優しいのですね」


ツクヨは微笑んだ。

だが、その背後で揺れている蝋燭の火が、小さく、頼りなくなっている。


「アクシオン……わかっていると思いますが、影のものは復活を企てているでしょう」


アクシオンは深く頷いた。


「私には残された力が殆どありません……ゆえに……あなたに何も託すことができない……」


ツクヨは今にも消え入りそうな声で言った。


「十分よ……あなたは十分、リユニエを救ったわ……その思いを私は託されたと理解してる。だから、もうゆっくり休んで……」


アクシオンは涙まじりの声で言った。


「ふふ……本当に優しいのですね。あなたが私の目を受け継いでくれて誇らしいです……」


ツクヨは微笑んだ。


「そろそろ時間のようですね……アクシオン……これから、どんなに苦しい決断を迫られても逃げてはなりません……あなたの妹たちが力になってくれます。」


「うん……」


アクシオンは短く返事をした。


「それと……聖典を影に奪われてはなりません……あれは神器の――鍵……」


ツクヨの声が細く途切れた。

次の瞬間、視界がぼやけ、最後まで輪郭を掴めなくなる。


気付くと、元の典礼院に戻っていた。


司祭が不思議そうにこちらを覗き込んでいる。


「どうかされたのですか……アクシオン殿?随分と物思いに更けていたようでしたが……」


「ううん……大丈夫よ……そろそろ戻るわね」


アクシオンはそう言うと、聖典を司祭に差し出した。


彼の背後では、黒色ではなく、黄金の炎が紫色の炎と一緒にゆらゆらと揺れていた。

さっき嗅いだ金属の匂いだけが、わずかに残っている気がした。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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