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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第6章 譜面の戦場

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④甘い同化

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

4.


 


リユニエ城の女王の執務室は、禍々しい黒紫のルミナに包まれていた。


本来なら、金の蔦飾りと、白い石壁が陽光を跳ね返し、王権の“光”を誇示するはずの部屋だ。

だが今は違う。

金はすすけ、白は薄闇に沈み、豪勢さそのものが静かに腐っている。


床の中央には、薄い紫の血で書いたような魔方陣が刻まれていた。

紋様の各頂点に置かれた蝋燭が、黒紫の炎をゆらゆらと揺らしている。


その中心に、ひとりの女性が立っていた。


煌びやかな白金の髪。

ルビーの宝石が装飾されたティアラ。

透き通るような白い肌。


――アマリリス女王。


胸元には、時計型の結晶が掲げられている。

王家に代々受け継がれてきた中核――

《ユニエ・コア》だ。

かつては光を宿していたそれは、今、煤のように黒く変色し、脈打つたびに黒紫の影を滲ませていた。


光のルミナで築いたリユニエ文明。

その背に置き去りにしてきた影のルミナが、ユニエ・コアを介して、確かな“意志”になり、女王の奥へ奥へと入り込んでくる。


「あ……」


甘美な声が、喉の奥から漏れた。

恥ずかしいと感じるべきなのに、恥ずかしさの輪郭が溶けていく。

自分の境界が、ほどけていく。


「いい子ね……アマリリス……」


耳元で、声が囁かれた。

不気味なのに、甘い。

怖いのに、恋しい。


それは背後から抱き締められるような感覚でもあった。

けれど、抱擁と呼ぶには、あまりに冷たい。

腕ではない。触れられているのは皮膚ではない。

心を撫でられている。


「わたしは、あなたと一つになれて嬉しい……」


「……う、れしい……」


アマリリスは、咄嗟に笑おうとして、笑えなかった。

笑うための筋肉ではなく、笑うための“理由”が、どこかへ流れていく。


青かったはずの瞳が、揺らいだ。

泪が一筋、頬を伝う。

泣いているのに、悲しくない。

悲しみと呼ぶには、あまりに心地よい。


「アマリリス。この先、どうするか……わかっていますね?」


問いは静かだった。

だが、拒む隙がない。

拒否という言葉が、頭の中で形になる前に、甘い霧に溶けて消える。


「……承知しています……影のものよ……」


女王の声は、透き通っていた。

透き通っているのに、底が暗い。


「わたくしは……あなたの思想に則り……必ずや、リユニエを一つにして見せます……」


「そのためにも……邪魔者は……抹殺せねばなりません……」


「よろしい……」


囁きが笑った気がした。

笑い声はない。

ただ、黒紫の炎が一瞬だけ強く揺れた。


「ただ、焦りは禁物です。あの忌々しい“光の三姉妹”は……力を取り戻し始めている。」


その名を聞いた瞬間だけ、胸の奥が“ひやり”とした。

ほんの一瞬。

氷片のような抵抗が、まだ残っていたのだと知る。


「はい……だからこそ……こちらも手段を、もう一段階上げる必要があります……」


「アメリと、よく相談しておきなさい。龍を取り込んだあの娘の力があれば……必ず、成し遂げられるでしょう……」


「承知しました……」


「最後に、本日の調律を。」


蝋燭の炎が一層大きくなる。

魔方陣の紋様が黒紫色に激しく輝いた。


ユニエ・コアが、怪しく脈打つ。

そこから黒紫のルミナが、細い触手のように溢れ出し、女王の身体へ絡みつく。

衣の上を撫で、鎖骨を辿り、胸の中心へ――“鍵穴”を探すように潜り込む。


「あ……あ、あ……」


息が震えた。

甘さが増すほど、思考が薄くなる。

危険だと理解するほど、その危険が蜜になる。


それでも――

アマリリスは、最後の糸を切らないように、唇を噛んだ。


リユニエは――わたしの国……


その言葉だけが、泡のように浮かび、すぐに沈んだ。


黒紫の炎が、部屋の壁を舐める。

そして、調律は静かに終わった。


 


カツ、カツ、と。

乾いた靴音が回廊から近づいてくる。


アマリリスは執務椅子の背に深く身を預けた。

指先が微かに震えている。

それを隠すように、女王は手を組み、机の上に置いた。


扉の前で足音が止まり、憲兵の声が聞こえる。


「女王はご在席かな?」


いなすように軽い声。

けれど、その軽さの下に、剣の刃がある。


「はっ!先刻、調律が完了し、ご在席しております……!」


――調律。

その単語が口にされた瞬間、胸の内側が、もう一度だけ甘く疼いた。


扉が数回ノックされる。


「……どうぞ」


アマリリスが答えると、扉が開いた。


淡いラベンダー色の髪を、艶やかに下ろした女性が入ってくる。

姿勢は美しく、歩みは迷いがない。

黄金と紫のオッドアイが、光を冷たく反射する。


――アメリ。


城の者が、息を止める理由がわかる。

彼女は、恐怖を振りまくタイプではない。

恐怖の必要がないと知っているタイプだ。


「同化は……着々と進んでいるようだな、アマリリス」


アメリの視線が、女王の胸元へ落ちる。

黒く染まったユニエ・コアが、答えるように微かに脈打った。


「ええ……もう、ほとんど一つよ」


アマリリスは自分の手の甲を、ゆっくり見下ろした。

指先に、黒紫の“余韻”が残っている。


「……この手に、はっきりと影のルミナを感じるもの……」


「それは何よりだ。あのお方も、さぞ喜ばれているだろう」


アメリは薄く笑った。

八重歯が、ほんの少しだけ覗く。


「そうね……」


アマリリスは目を細め、机上の蝋燭を見た。

黒炎が、言葉の裏で揺れている。


「それで……用件は?」


アメリは答える代わりに懐から、一つの封筒を取り出した。

紙の色は上質なものだった。

だが、封蝋の印は腹立たしいほど端正だった。


「アステリアから抗議文書が届いた。早速、餌にかかってきたというわけだ」


「抗議文書?」


アマリリスは封筒を受け取り、指先で封を切った。

紙の匂いがする。

“正義”の匂い。

薄くて、青い。


アマリリスは素早く文書に目を滑らせる。


 


リユニエ王国 アマリリス女王殿

件名:アステリア交易路境界に配置された構造体の即時撤去


先日未明、アステリア交易路の境界に配置された貴国の構造体が発動し、交易路を航海していた雲鯨およびその乗客の命が危険な状態に晒された。

一人の女性の介入により難を免れたが、この事態は極めて遺憾である。

当該構造体は今も境界に沿うように配置され、住民と交易利用者に不安を与えている。

また、ルミナ経路の検証により、元源は貴国側から発信されていることを確認した。

よって、当該構造体の即時撤去を要求する。

従わない場合、当方は本件を公にすることも辞さない。

貴国の人道的判断に期待する。


アステリア セレノス王


 


読み終えた瞬間、アマリリスの口元が、勝手に弧を描いた。


「あの老いぼれ……相当お怒りのようね……」


声が、甘い。

笑い声も、甘い。

甘さの奥に、黒い粘りが絡む。


アメリは肩をすくめる。


「どうする? 要求を呑むか?」


「呑むのも面白いけれど……」


アマリリスは手を口に当て、くすり、と笑った。


「ここは丁寧に返してあげるのが礼儀でしょうね」


「何と?」


「言いがかり、ってね」


女王は淀みなく言った。


「そもそも空の海はアステリアのものだと、誰が決めたの?リユニエを統治する我々が、空の海も管理に置くのに……誰の許可が要るのよ」


アメリの瞳が細くなる。


「正論だ。むしろ我々から見れば……忠誠を誓っていない彼らの方が、反逆者だな」


「そういうこと」


アマリリスは椅子に深く座り直す。

背もたれに体を預けると、ユニエ・コアが黒く光った。


「徹底的に抗議するわ。理屈で殴るのよ。冷たく、丁寧に。……彼らが嫌う形でね」


アメリは頷いた。


「では、国政庁の連中に指示しておく」


女王は軽く頷いた。


アメリが一歩近づく。

声が少し低くなった。


「アマリリス。アステリアが先に手を出せば……こちらも“防衛的報復措置”を取る。そういう認識でいいな?」


「ええ……もちろん」


女王は一拍置き、窓の外から空を見つめた。


「我々としても、ノアグリフ地区は完全掌握し、リユニエの空を制したい。ここで空を取れば……カリンとソリアがしくじった穴は、何とでもなるわ」


アメリの目が、ほんの少しだけ冷える。


「カリンとソリアは傷を癒している。だが、早々に復帰とはならん」


「あら、残念」


アマリリスは笑った。

残念ではないのに、そう言う。

言葉の意味が、甘い同化で入れ替わっていく。


「アステリアと衝突となれば……あなたが総指揮を取りなさい、アメリ」


「そのつもりだ」


アメリは薄く笑い、言った。


「あのお方をこの地に完全顕現させるために……“聖典”を手に入れてくる」


「ええ……」


アマリリスの瞳が、ゆっくりと艶を増す。


「奪うのではなく……開かせるのよ」


黒炎が、机上で怪しく揺れた。

その揺らぎが、二人の影を重ねる。


――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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