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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第6章 譜面の戦場

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③雲港が戦場になる前に

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

3.



雲港に戻ると、人だかりでごった返していた。


怒鳴り声。泣き声。怒号。

雲の海を渡る風に混じって、港の空気そのものがざらついている。


アクシオンが子鯨の背から降りると、子鯨が心配そうに鳴いた。


「キュぅ……」


「大丈夫よ……」


アクシオンは優しく子鯨を撫でた。

口の奥に、まだ鉄の味が残っている。さっきのルミナの反動だ。飲み込んでも、消えない。


「ありがとう……あなたのお陰でみんな助かったわ……」


「キュ~~」


子鯨は嬉しそうにその場で跳ねた。

アクシオンは微笑み、気持ちを切り替えるように息を整えると、受付の方へ向かった。


「あの結晶体はなんだ?」


「何が起こってるの?」


「帰らせてくれ! すぐにアステリアを出たい!」


受付には、状況説明を求める者、すぐにでもこの地を立ち去りたい人が殺到していた。

係員たちの声はかき消され、雲鯨たちも落ち着かない様子で低く鳴く。


アクシオンは例の雲港務官を探した。

受付の一つで人波を押し返しながら対処している。向こうも彼女の視線に気付いたようだ。彼は同僚に軽く耳打ちすると、すぐにこちらへ駆けてきた。


「アクシオンさん……お怪我はありませんか?」


「ええ……大丈夫よ……あの構造体の近くにいた鯨や乗客は?」


アクシオンが静かに聞く。


「問題ありません。あなたのお陰で、誰一人怪我人は出ておりませんよ」


男は息をつきながら言った。

周りは騒がしい。突然の出来事に混乱する人々で溢れかえっている。


「落ち着くのに……時間がかかりそうね……」


「仕方がありません……あんなことが起きたのですから……」


「王政は?」


「もう少し経てば、王政から軍隊が派遣されてくるはずです。現場確認と整備のためにね……」


男がそう言った矢先だった。


雲港に、淡い白色の軍服にサーベルを腰に差した集団が一斉に入ってきた。

雲の海が静かなぶん、靴音がやけに響く。


集団を先導していた者が声を張り上げる。おそらく少尉クラスだろうか。


「アステリア軍、マーラ師団第一部隊――スコット部隊だ。アステリア王の勅命により、これから現場を確認する。ここにいる者はしばし待機してもらいたい。混乱を煽る発言は控えろ」


雲港に重苦しい空気が漂う。

先程まで喚いていた人々が、言葉を飲み込んで硬直した。


隊員たちはすぐさま受付各所の人々に事情聴取を始め、構造体の近くにいた雲鯨の状態の確認、交易路の記録の回収に動いた。

ただの“慰め”ではない。軍の動きだ。


先導していた者がこちらへ近づいてきた。アクシオンの前で敬礼する。


「スコット少尉と申します……アクシオン殿。雲鯨と乗客をお守り頂き、深く感謝いたします」


少尉は深く頭を下げた。

その動きが、軍人のそれだった。礼が早い。そして、次に切り替わるのも早い。


「礼には及ばないわ……当然のことをしたまでよ」


アクシオンも礼を返し、静かに言う。


「……失礼。現場の優先順位を誤りました」


少尉は顔を上げた。目の光が変わる。


「まず確認します。あれは――何です?」


少尉は当然の疑問を口にした。


「まだ確定ではないけど……おそらく、リユニエ王国からもたらされたものよ……」


アクシオンは声を潜めた。


「なっ……」


少尉の喉が鳴る。驚きと、理解が同時に走った顔。


「王国の狙いは?」


「そこまでは……でも、あなたも薄々感じているはずよ。あんな攻撃してくるものが交易路の外にあるってことは……おそらく」


「侵略……ですか」


少尉が、恐る恐る言った。


「おそらくね。でも、まだ確証は持てない。下手にこちらから迎撃すれば、相手の思うつぼかもしれない……」


少尉は唸った。

そして、港の水平線――

黒点が漂う方角を一度だけ見た。


「……線を引く者が、ルールを作る。境界の既成事実化というわけですね……」


少尉が低く呟く。

アクシオンは一拍置いて頷いた。


「そう。こちらが撃てば、“防衛”って言い張れる。そういう形を作りたいのよ」


「何てことだ……知らぬ間に、我々は包囲されていたのか……」


「今は、何もしないで。あれを変に刺激したらダメよ」


「わかりました。現場検証までに留めます。――アクシオン殿はどうされます?」


少尉は重苦しい声で言った。


「私はこれから王に謁見を請うわ。この事を報告しないといけないし」


「それならよかった……私が勅命を受ける際、あなたを城に呼ぶよう指示されております。すでに馬車も用意してあります」


「わかったわ……」


「こちらへ」


少尉が短く指示を飛ばす。隊員が道を作り、人の波が割れた。


「じゃあ、行くわね……」


アクシオンは雲港務官にも目を向ける。男は深く頷いた。

その顔に、“面倒ごとが現実になった”という疲れが滲んでいた。


アクシオンは踵を返し、混乱に陥った雲港を後にした。


馬車の窓から見える街は、いつもの華やかさを保とうとしているのに、どこか薄い。

人々の目が、雲の海を探っている。

空がきれいすぎるほどにきれいで――

だからこそ、不気味だった。


やがて、アステリアの中心に鎮座するアステリア城が見えた。

淡い紫を基調とした城壁が陽光を弾き、装飾がきらめく。天空に浮かぶ城として、確かに美しい。


だが、外観とは異なり、城の内部では混乱と焦り、恐怖が渦巻いていた。


アクシオンが謁見の間へ歩を進めると、先ほどまで騒がしかった官僚たちがぴたりと口を閉じた。

沈黙が落ちる。


玉座にはアステリアを統治する王――

セレノス王が鎮座している。

傍らにはエリシアが立ち、こちらを心配そうに見つめていた。唇が、僅かに震えている。


「帰ったか……アクシオン」


地響きのような低い声で王が話しかけた。


「はい……ただいま戻りました」


「無傷で帰ったのか……さすがよのう」


王は目を細める。


「何とか……あれぐらいで済んだのは幸運でした……」


アクシオンはゆっくり答えた。


「あれは一体なんだ?」


王の短い言葉が、謁見の間にいる全員の疑問を代弁した。


アクシオンは深呼吸する。

ここで言葉を誤れば、取り返しがつかない。

だが、曖昧に濁せば、判断が遅れる。


「あれは……リユニエ王国の“軍事”兵器と思われます……」


思われます。

断定はできない。

だが、あの黒紫のルミナ――

その癖は、王国の“影”と同じだった。


謁見の間は重い空気で満たされた。

王の眉間の皺が、さらに深くなる。


「王国はこの地が欲しいのだな……」


王はゆっくりと口を開いた。


「偵察のつもりか……交易路の境界に配置しおって……」


怒りが滲む。


「王よ……このまま黙って見ているわけにはいきません。即刻あの兵器を迎撃してはどうかと」


隣に控えていたマーラ師団長が進み出る。


「ダメよ!!」


アクシオンが慌てて制した。


「なぜです?アクシオン殿」


師団長が視線を向ける。


アクシオンは一度目を閉じた。

自分の言葉に責任を持つために。


「こちらから手を出せば、それが相手にとっての“正当化”になるからよ……」


「あの構造体が出現したのは、雲鯨が交易路の境界を僅かに越えた直後だった。つまり、これは何を意味するのか……」


アクシオンは淀みなく仮説を組み立てる。


「交易路の外側は“相手の領海”だと言いたいのよ。意図的でなくても、侵入してきたものは敵とみなし、防衛的処置として――あれは起動する」


「そんな……それはあまりにも横暴が過ぎませんか……」


師団長の顔がひきつる。


「ええ……その通りよ。今まで、空の海に明確な境界なんて、取り決めてなかったはずよ……そうでしょ?」


「はい……これまでは、アステリアの領海と呼ぶべき領域を、明確に定義したことはありません」


「ふざけるなぁ!」


謁見の間に怒号が鳴り響いた。


王が玉座から立ち上がり、怒りを露にしている。


「アステリアはこれまでリユニエの空を統治してきた……ここにきて領海だと……ふざけたことをほざきおって……!」


「パパ……落ち着いて……まだそうと決まったわけじゃ……」


エリシアがたしなめる。だが、その声は細い。

――私、何もできない。

そう言ってしまいそうな顔だった。


「落ち着いてなどいられるか!」


王が雷のごとくぴしゃりと言う。

エリシアの背筋がぴんと伸びた。


「そんな道理はまかり通らん!即刻あれを破壊するのだ!」


「王よ……お気持ちは理解します。しかし、アクシオン殿の言うことも一理あります……」


師団長は丁寧に言葉を選んだ。


「ここでこちらから破壊工作に転じれば、最悪の場合――リユニエ王国と戦争になりますよ?」


戦争。

その言葉が、やけに重く聞こえた。


王の血の気が引いた。

さっきまでの怒りが、現実の重みに塗り替えられていく。


王はへなへなと玉座に座り込む。

エリシアが慌てて父の肩に手を添える。


「アクシオンちゃん……でも、このままではいられないはずよ……何か策はあるの?」


エリシアが聞いた。

涙ぐんでいるのは恐怖だけじゃない。

“また黙って見ているだけの自分”が悔しいのだ。


「まずは文書で正式に、今回のことをリユニエ王国へ伝えるべきでしょうね。抗議文書として」


アクシオンは静かに言った。


「あちらは、しらばくれるのではないですか?」


師団長は目を細める。


「それでも、まずやれることはそれしかないわ。こちらから強行手段に転じるのは危険よ。事実関係と、あの構造体の即時撤去を要求すべき」


王はどっと疲労の表情を浮かべた。

誇りが、現実に押し負けている。


「……よかろう。ここはアクシオンの策にかけようではないか……」


王の声は弱々しい。


「返信が返ってくれば、連中が何を考えているのか掴めるかもしれん……」


「師団長よ……書記官に抗議文書作成を指示せよ……」


「承知しました……」


師団長はそう言うと、謁見の間を出ていった。


「すまぬが、わしを休ませてもらう……アクシオン……報告ご苦労だった……」


王はのそのそと裏方へ消えた。


残されたのは、沈黙と、胸のざわめきだけ。


「アクシオンちゃん……」


玉座の傍らに残ったエリシアが、涙ぐんだ面持ちで呼ぶ。


「さっき……パパの背中が、急に小さく見えたの……」


アクシオンは胸が締め付けられた。


「大丈夫よ……乗り越えられるわ……」


大丈夫。

大丈夫なんかじゃないのに、そう言うしかなかった。


アクシオンは唇を噛む。

口の奥の鉄の味が、また少し強くなった気がした。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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