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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第6章 譜面の戦場

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②迎撃を撃たせる装置

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

2.


「だから、ダメですってば……いくら姫の許可があるからといって、雲鯨で空の海に出ようなど、私は許可できません!!」


男の緊迫した声が雲港に響き渡る。


アクシオンはアステリアの城を離れ、雲鯨に乗ってきた人や荷物が行き来する空の玄関――雲港を訪れていた。

雲の海に面した桟橋には、荷を背負った雲鯨がゆるやかに並び、係員たちが結び目を確かめ、声を掛け合いながら慌ただしく動いている。


「そこを何とか……事は一刻を争うのよ……」


アクシオンは静かだが凛とした声で言う。


「アクシオンさん……ご自身の置かれたお立場を考えてごらんなさい……」


受付台の向こうにいる男――

雲港務官は、眉間に皺を寄せたまま、ぴしゃりと言う。


「あなたのことは小耳に挟んでいます……私も王国が嘘を流布していると思っています。でも……今のあなたは、微妙な立場だ。ここで騒ぎを起こせば、アステリアの住民も不安がります」


「騒ぎを起こすつもりはないわ」


「問題はそこじゃありません。姫の許可“だけ”じゃ出せないんです」


雲港務官は言い切り、唇を固く結んだ。


「雲港は王政の管轄です。姫の許可は、せいぜい“通行”まで。出航の許可は――王と、港の監督官の印が要る。これは規則です」


なるほど。

至極まっとうな意見だ。

だが、アクシオンもそんなことで引き下がれなかった。


「そんなことは百も承知よ……でも、無理にでも行動に移さないと、状況は悪くなる一方よ」


アクシオンは静かに言った。


「アステリアでは、何も悪くなどなってないでしょう?」


男は首を傾げる。


「“今”はね。だからこそ、確かめに行くの」


「確かめるって……何をです?」


男の声音に、苛立ちと困惑が混じった。


「これから起こる可能性の確度をよ。あの雲の海の水平線に見える黒点――普通じゃない」


「黒点? あんなの雲海に浮かぶごみやほこりですよ。ルミナの粒子に反射して、黒く見えているだけでは?」


男は胡散臭そうに目を細める。


「それはないわ……減るどころか増えてる。

それに――“ただ漂ってる”動きじゃない」


アクシオンは淡々と言った。

淡々としているのに、声の奥がわずかに硬い。


「増えてる、というのは……?」


男が言い返そうとした、その勢いが少しだけ鈍る。


アクシオンは一拍置いて、言葉を選ぶように続けた。


「距離を保って、同じ帯に留まってる。

近づきすぎず、離れすぎず……まるで、こちらの反応を見てるみたいに」


男の眉がぴくりと動いた。

彼も港に立つ者だ。空の“流れ”を毎日見ている。


「……では、そうではなかったら、なんだと言うんです?」


男は努めて平静に尋ねた。


「それは……仮説の域を出てない。だから、確かめに行くのよ……」


「話になりませんな……」


男はもう切り上げたそうだった。だが、その足が、完全には向きを変えない。


「あなたにそれを話したら、考え直してくれるの?」


アクシオンは紫紺の目で見つめる。


男はしばし黙った。

周囲では荷が運ばれ、雲鯨の背が揺れ、空気のざわめきが絶えない。

けれど二人の間だけ、妙に静かだった。


やがて、男は少し顔を強ばらせながら口を開いた。


「……いいですよ。何を考えているんです?」


「私はあれを王国からの“偵察”だと考えてる」


男の喉が小さく鳴った。


「偵察で済めばいい。でも、偵察をするってことは……次がある。

こちらの迎撃範囲、航路、港の癖――全部、測ってる」


アクシオンはここで辺りを見回す。

雲港には多くの人が往来している。

荷を下ろした業者が忙しなく動いている。

彼女らのやり取りは、誰も気に留めていない。


だからこそ、声を落とした。


「……“軍事侵攻”よ」


男の顔から血の気が引いた。


重い空気が、その場に静かに流れ込む。


アクシオンは背筋に冷たい汗をかいた。

言いすぎだっただろうか。

自分の能力を使えば、この男を屈服させることもできる。

――でも、それでは意味がない。

ここで必要なのは、恐怖で従わせることではなく、“理解”だ。


男は逡巡した。

目だけが忙しなく動く。

水平線の方を一度だけ見て、そして、唇を噛んだ。


「……いいでしょう」


男はぼそっと言った。


「航海目的は、臨時の交易路の整備にしておきましょう。

ただし、出航記録は残します。戻らなければ――私も責任を問われる」


「わかってる」


アクシオンは短く頷いた。


男はくるりと踵を返すと、手続きのため受付の奥へ消えた。


「ありがとう」


アクシオンは深く礼をした。


礼をしたのに、胸のざわめきは消えない。

むしろ、決まってしまったことで、いよいよ現実になった。


――行かなければ。


雲鯨の背が、ゆっくりと空気を揺らしていた。





「キュ~~」


交易路を緩やかに泳ぐ雲鯨の列に逆らって、一匹の小さな子鯨がすいすいと泳いでいく。

整備用の若い雲鯨は、小回りが利く――

雲港務官がそう言っていた。


アクシオンはその背に座り、じっと黒点が集まる付近を見つめていた。


黒点は交易路の“外側”に、ぎりぎり沿うように漂っている。

不自然に列をなしているようにも見えて、不気味だ。


「……意図的に、踏み入れてないようね」


アクシオンはつぶやいた。

その瞬間、胸の奥に、小さな冷えが落ちる。


――境界。

ここから先は“別の海”だ。


「ルミナ……レクイエム」


アクシオンの紫紺の目に、螺旋状の紋様が顕現する。

視界の“奥”がほどけ、黒点の輪郭が、輪郭以上のものを持ち始める。


黒点同士が、神経細胞みたいに繋がっていた。

黒紫のルミナが網目状に伸び、点と点が、情報をやり取りしている。


偵察。

観測。

そして、反応待ち。


アクシオンはさらにルミナを流す。

視界を広げる。


黒点の集まりの“後方”。

そこに、一本ずつ伸びる黒紫の糸が見えた。

糸は束になり、太い幹みたいになって、雲の下――地上の方へ沈んでいく。


「あの方向……やっぱり、リユニエ王国……」


確信が、胸の底に沈む。

黒紫のルミナは、間違いなく“向こう”から来ている。


「……これは、一刻も早く――」


王に伝えなきゃ。

アクシオンが踵を返そうとした、そのときだった。


一匹の交易路を泳ぐ雲鯨が目についた。


蛇行している。

背に乗せた人が多いのか、荷が重いのか。

見るからに、その雲鯨は苦しそうだった。


「……無茶して……」


雲鯨は必死にバランスを取ろうと、大きく体を翻す。

その拍子に、交易路の境界を――ほんの、わずかに越えた。


その瞬間。


黒点が、一斉に灯った。


アクシオンの目には、網目の中を流れる黒紫のルミナの“流速”が、跳ね上がったように見えた。

活性化――いや、起動。

まるで、侵入検知の合図みたいに。


「まずいっっ!!」


アクシオンは叫ぶ。


「雲鯨!速度上げて!」


「キュっ!!」


子鯨が反応し、泳ぎが一気に速くなる。

背中が小さく揺れ、雲の海がざわついた。


黒点はくっつき始めた。

一点一点が結合し、密度を上げ、より大きな塊になっていく。

細胞分裂の“逆”――吸い寄せられるように、統合していく。


「なに……あれっっ」


雲鯨の列から声が上がる。


「見て見て!外にへんなのがいるぞ!」


「……でも、綺麗……」


綺麗。

その言葉が、ひどく嫌だった。


黒点の統合体は、黒紫の結晶みたいな幾何学構造体へ変わり、まばゆく光り出した。

雲の海が、怪しく照らされる。


だが、アクシオンの目には、その内部に――

黒紫の高エネルギーが、高密度に“練られている”のが見えていた。


しかも――

一発じゃない。


まず、細い線。

次に、太くなる予兆。

そして最後に、刺す。


段階がある。

警告射撃みたいに。


「……やめて……間に合って……!」


アクシオンは一度目を閉じ、自分のルミナを練る。

喉の奥が、からりと乾く。


次の瞬間。


幾何学構造体が、黒紫のルミナを吐き出した。

ビーム――

いや、槍みたいな一本線が、乗客船めがけて走る。


「うわ!!」


「鯨!!よけ――」


ギュイイイイイ――


凄まじい金属音。

線は乗客船の直前で遮られ、空気そのものを削るみたいに震えた。


「……な、なんだ?」


乗客が目を凝らす。


そこにいたのは、青紫の長髪の女性。

子鯨の背で、静かに佇む。


そして、その前に――

紫紺の“掌”が、幻影として現れていた。


「《巫女の遮手ミコノシャシュ》……」


掌が、黒紫の線を受け止める。

だが、容赦なく圧が増していく。

警告が終わり、“本射”に移る。


パキ……

パキ、パキ……


掌に、ひびが走る。


「……っ」


口の中に、鉄の味が広がった。

血だ。

自分のものだと、すぐにわかった。


――この程度で。

それでも、噛み締めるしかない。


「仕方ないわ……」


アクシオンはもう一度、目を閉じる。

次に開いたとき、瞳の螺旋が“二重”になっていた。


視界の端で、世界がわずかにズレる。

音が遠くなり、逆に、黒紫の脈動だけが近い。


紫紺のルミナが溢れ出し、背後に神々しき装束を纏った巫女の上半身を形成していく。

祈りの形をした、暴力。


「フルパワーでいくわ……

《ルミナ・レクイエム──律巫顕現スティリア・ノクターナ》……!」


顕現した巫女の幻影が、掌ごとビームを掴み取った。

握りつぶすのではなく、“向き”をずらす。


軌道が歪む。

黒紫の線が、雲の海へ逸れて、遠くで爆ぜた。


構造体が事態に気づき、怪しく光を増す。

再びエネルギーを練ろうとするが。


遅い。


黒点の統合が、ほどけ始めた。

分裂みたいに、細かく、黒紫の煙となって、交易路の外縁へ“縫い戻される”ように吸い寄せられていく。


撤退じゃない。

再配置。


……学習してる。


「……助かった……!」


乗客船から歓声が上がる。


「ありがとうございます!!アクシオン様!!」


手が振られる。

声が飛ぶ。


アクシオンは肩で息をしながら、かろうじて、そちらへ手を振り返した。

口の中の鉄の味を、飲み込む。


間に合った。

でも……終わってない。


アクシオンは交易路の境界へ視線を戻す。


そこには変わらず、黒点の群れがいた。

さっき“姿を変えた”ものとは別の帯域で、同じ距離を保ち、同じ角度でこちらを見ている。


観察。

記録。

そして……次の手順へ。


「……迎撃、じゃない……」


アクシオンは、喉の奥で呟いた。


「迎撃を……撃たせるための“装置”……」


境界を越えた瞬間に反応した。

段階を踏んで撃ってきた。

しかも、相手は引いたのではなく、整列を戻した。


……このまま、アステリアが迎撃を動かせば。


向こうは言える。

“撃たれた”と。

“侵攻された”と。


そして、次は“正当化”の番だ。


アクシオンの背筋を、冷たい汗が伝う。


「……急いで戻らなきゃ……」


雲の海が、薄く鳴った。



――つづく


ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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