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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第6章 譜面の戦場

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①薄い空

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

1.



空は、いつもより薄かった。

雲の層が痩せ、光の膜が頼りなく透けている。

“空の海”が、今日は底まで見えそうな気がした。


城のバルコニーから見下ろす航路には、リユニエ各地からアステリアへと、特産物や人を乗せた交易が列をなしている。

交易船といっても、ただの船ではない。


アステリアの空の海を泳ぐ天空魚――

雲鯨が、背に荷を結びつけて、緩やかに列を引いていた。

雲鯨は、雲の流れに合わせて尾をひと振りするたび、銀色のしぶきを散らすように光をこぼす。

その背中に吊られた木箱や籠が、風に揺れて、ちいさく鳴った。


「また……増えてる……」


アクシオンは、雲鯨たちの泳ぐ空の水平線へ視線を向けた。


水平線の向こう。

ちょうどリユニエ王国が位置する方向に、黒い飛行物体が見える。

点――いや、点がいくつも。

ひとつがふたつになり、ふたつがいつの間にか、群れのように不規則にうごめいている。


アクシオンは紫紺の瞳にルミナを流し込んだ。


――ルミナ・レクイエム。


静かに世界の輪郭が研ぎ澄まされ、音のない波が胸の奥に触れてくる。

わずかに、例の黒紫のルミナの“匂い”が混じっていた。


船なのか、魔物なのか。判別はつかない。

だが、その数は日に日に増えており、アステリアを包囲するように、一定の距離を保ちながら巡っている。

まるで――こちらが動くのを待っているみたいに。


「“偵察”……のつもりかしら?」


ひとりごちた声が、薄い空に吸われた。


彼女がここに来て、数ヶ月の月日が流れている。

外の情報は、交易船に乗った商人から、ほそぼそと伝わるだけだった。


クヅラハで雪が降った。

ナヤカで大規模な騒乱が起きた。


どの話も、どこか“遠い”のに、胸の内だけが近づいてくる。

妹たちとも連絡がつかめない。


ルミナの流れがおかしい。

彼女たちのルミナは感じ取れる。

生きていることは、わかる。

なのに、ルミナを介した呼びかけが、途中でほどけて消える。

見えない壁が、アステリアの空の海に張られているようだった。

ジャミング――そんな言葉が頭をよぎる。


「オルディナ……ロゴス……大丈夫よね」


言いながら、言葉で自分を落ち着かせようとしているのがわかった。

嫌な予感が、胸の奥で小さく鳴っている。


「ここいたのね……アクシオンちゃん」


背後から、透き通った声がした。


振り向くと、白いドレスの女性が立っていた。

ぱっくりと背中の空いた透き通った白。

光をまとっているのに、どこか影が差して見える。

長い桃色の髪は、丸くお団子でまとめられている。

金色の蝶の髪飾りが、ふわりと揺れて眩しい。


「エリシア……会議はどうだった?」


アクシオンが尋ねると、エリシアは肩をすくめて、苦笑した。


「うーん……中々パパ……あっ、王も家臣も納得してくれないわね……今日も、流されちゃった」


その言い方が、妙に慣れていた。

慣れたくないものに慣れてしまった人の、笑い方だった。


「そんな……エリシアの言うことに、聞く耳を持たないなんて……」


アクシオンが眉を寄せると、エリシアは軽く手を振った。


「ううん。聞いてはいるのよ。ちゃんと“聞いたふり”はするの」


「……どういうこと?」


「私が話すでしょ?家臣が頷くでしょ?王が微笑むでしょ?

それで最後にね――“聖典の教えに照らせば、今は静観が最善だ”って言うの。はい、おしまい」


エリシアは自分の胸元を指でちょん、と叩いてみせる。

まるで台本の確認みたいに。


「今日なんて、私の言葉、議事録に一行も残ってないのよ?

書記官がね、“姫の発言は雑談枠に”って顔をして、最初から筆を止めてた」


笑いながら言っているのに、目が笑っていない。


アクシオンの胸が、ちくりと痛んだ。


――お飾り。

それは言葉で言うほど簡単じゃない。

場の空気が、“姫の意見は採用されない”ことを前提に動いている。

姫の存在は、民に希望を見せるための装飾。

王政の決めた方針を、美しく見せるための額縁。


「仕方ないわ……私はあくまで王政のお飾り。

指示されたことを“歌って”、祈って、笑って……それだけ。

そこに、発言権なんて、最初から置いてないのよ」


エリシアは半ば諦めたように、でもどこか怒っているように、息を吐いた。


アクシオンは視線を逸らせなかった。

逸らしたら、彼女のこの表情まで、誰にも残らない気がしたから。


「でも……エリシア、見て。……また増えてるのよ」


アクシオンは、空の海を指差す。

黒い飛行物体はなおも不規則にうごめいていた。


「うん……ほんとね……」


エリシアの反応は薄い。

薄いのは、無関心だからじゃない。

見ても変えられない現実に、何度もぶつかった人の、あの乾いた薄さだ。


「エリシア……私の方から王に打診してみようか?」


アクシオンが言うと、エリシアは即座に首を振った。


「それはやめておいた方がいいわ。アクシオンちゃんの立場が、余計に悪くなる」


今のアクシオンは、真実はどうであれ、リユニエ王国から「裏切り」とされ、指名手配の身。

アステリアの王政も、できれば厄介事を抱えたくない。

ここでアクシオンが前に出れば、王政は“面倒”を見つけた顔で距離を取るだろう。


「パパは古くさい人間だからね……過去の栄光にすがって、

“私たちこそがリユニエを光に導く存在だ”って豪語してる」


エリシアは冷めた目で言った。


「でも……それなら尚更、確かめた方がいいんじゃないの?

あれ、間違いなくリユニエ王国からの偵察よ?」


アクシオンは紫紺の瞳を黒い斑点へ向けたまま言った。


「言ったでしょ?パパは“聖典”さえあれば、この先も大丈夫って信じてるの。

都合のいい解釈だけ拾って、都合の悪い現実は見ない。

……それで、城で贅沢に暮らせればいいだけ」


「そう……」


アクシオンは短く言った。


つまり、アステリアの王は、自分がリユニエ王国をも越える存在と豪語しながら、実態は何もしない。

彼がそこまで意固地なのは、例の聖典のせいだろう。

“書かれていることが全てで、意味のあること”

――そう信じている。

そこに、人の恐れや葛藤が入り込む余地はない。


……なら。

その“意味”が、間違っていたら?


アクシオンは深く息を吐いた。

目立つ行動は控えたかった。けれど、この際仕方がない。


「わかったわ……エリシア」


「――あれは、私が調べる。近くまで行けば、何かわかるかもしれない」


「どうするの?」


エリシアの声が少しだけ揺れた。

止めたいのと、止められないのと、頼りたいのが混ざっている。


「考えがあるわ」


アクシオンはそう言うと、雲鯨をじっと見つめた。

ゆるやかに泳ぐ巨体。

群れは、雲の潮目に合わせて数を変える。

交易便の雲鯨が一匹増えたところで、誰も不思議に思わない。


アクシオンは静かに踵を返した。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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