⑰中枢を裂く天雷
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
17.
礼拝堂の地下へ降りた瞬間、空気が変わった。
そこは祈りの匂いではなく、金属とオゾンと熱の匂いが支配する空間だった。
地下室は機械工場のように、壁一面にサーバーや電源が埋め込まれている。
装置間を接続する計装ケーブルや電源ケーブルはケーブルダクトにまとめられ、地下室中に張り巡らされていた。
ランプが規則正しく点滅し、ファンが一定の回転音を刻む。
機械特有の音が地下室に木霊する。
その一定のリズムは、まるでシステムがメロディを奏でているかのようだった。
――地上の教会が飾りなら、ここが本物の神殿だ。
信仰が死んだ街で、人々が祈るのは神ではなくS.G.S。
ならば、その祈りの“心臓”は、祈祷ではなく稼働音で脈打つ。
そのメロディのアクセントのように、地下室にコツコツと靴音が鳴り響いた。
ロゴスはもう、目的地までの道筋を把握していた。
彼女のオラクル・アイは、地下室に張り巡らされたダクトを流れるルミナを捉えている。
目に見えない流れが、透明な河川のように配管の中を走り、装置群を伝っていく。
ルミナが流れる大元。
そこがシステムの中枢だ。
ロゴスはそれを追う。
言葉より先に、視線が答えに辿り着く。
ダクトの合流点。
回路の結節。
ノイズのない純度の高い光。
ルミナの流れを辿ると、やがて目の前に、ひときわ明るい空間が現れた。
目的地だ。
ルミナは確かに、その空間から流れ出している。
入口の目の前に、無造作に修道服が抜き捨てられていた。
布地が床に落ちる形が、あまりに雑で――まるで、役目を終えた仮面を脱ぎ捨てたみたいだった。
「……」
招かざる客は先に到着しているらしい。
そして、それはシスターではない。
ロゴスは確信を持って、その空間に入り込んだ。
中は、真っ白な絵の具で塗りつぶしたかのような――どこまでも白い空間だった。
白いのに眩しくない。
白いのに冷たくない。
空間の境界線がわからない。床も壁も天井も、ただ“白”の情報だけが並んでいる。
思考が滑る。
オラクル・アイが掴もうとする“手がかり”が、白に吸われて消える。
これは清潔な白ではない。
不要な情報をすべて削ぎ落とし、世界を単純化した白だ。
空間の中央に一つだけ、青白く光る結晶が鎮座していた。
ケーブルも、配管も、接続も見当たらない。
それなのに、ルミナはそこからはっきりと流れてくる。
――あれが中枢。
ナヤカの心臓。
そのオブジェクトの目の前に、一人の少女が立っていた。
ロゴスは無言で背後から近づく。
少女はロゴスの気配に気づき、くるりと振り向いた。
「あ~やっときたぁ……もぅ遅すぎぃ」
体にまとわりつくような甘ったるい声。
この場に似つかわしくないほど、軽い。
ロゴスは目を見開いた。
そこにいたのは、自分の想定と異なる存在だったからだ。
「なぁに~じろじろ見て~?」
少女は紅蓮がかった黒髪の先を指でくるくる巻きながら呟く。
無邪気な仕草。無邪気な声。
だが、その瞳は濡れている。偏愛に濡れた光だ。
「あっ、自分の予想が外れてたから驚いてるんでしょぉ!そうでしょ!」
少女は口に手を当て、けたけたと笑った。
明るい笑い声が逆に不気味だった。
その笑いの奥に、人も精霊も平然と壊す“影”が見える。
ロゴスの脳裏に、ルミナを介して姉二人と話した時間がよぎる。
オルディナが語ってくれていた、“心を蝕む存在”。
特徴が一致する。
その名は――
「カリン……」
ロゴスがその名を口にすると、少女の瞳が一層きらきらと輝いた。
「そそ!カリンちゃんだよぉ!」
影の少女――カリンは、嬉しそうに弾む声を出した。
「なぜ……あなたがここに……」
ロゴスはなおも腑に落ちていなかった。
この空間はシステムの中枢。
本来、誰も辿り着けないはずの“白”だ。
「ちょっと……こっちでも色々あってね……」
カリンは一瞬だけ言葉を選んだ。
その一瞬に、彼女の中の“計画”の残骸が見えた。
だが次の瞬間、感情が爆ぜる。
「もぉ……こうなったのも全部“ソリア”のせいだよぉ!!」
「何が完璧な計画よぉ!勝手に出向いて、勝手にやられちゃってさぁ……!」
怒りに満ちた目で愚痴をぶちまける。
甘い声のまま、言葉だけが刺さる。
ロゴスははっとした。
勝手に出向いた?
どこに?
なおもカリンは喚き散らす。
「オルディナはあたしのものなのにぃ……勝手に会いに行っちゃってさ……その上……やられるなんて……ホントあり得ない!!」
カリンは地団駄を踏んだ。
靴音が白い空間に木霊する。
白が揺れ、結晶の光が一拍だけ震えた。
――なるほど。そういうことか。
どうやら元々は、カリンがオルディナのもとへ、ソリアがここへ来る予定だったのだろう。
私たちを抹殺し、今度こそ完全に力を奪うために。
だが、風向きが変わった。
ソリアの方がオルディナに会いに行った。
そして姉は、その脅威を退けた。
修行を乗り越えたということだろう。
――姉は、強くなった。
その事実が、ロゴスの胸を静かに満たした。
ロゴスは、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「なにニヤニヤしてんの?ロゴス?ちょっとムカつくんだけどぉ」
カリンの目から怒りが消える。
代わりに、純粋な殺意が溢れ出した。
笑いの温度が、急に冷える。
「いえ……あなたのおかげで状況が理解できたから……ありがとう……」
ロゴスは青碧の目で見つめ返す。
礼を言う声音は穏やかだが、視線は刃だった。
「あっその顔……ムカつく……完全に頭にきた……」
カリンは舌を打つように笑う。
「あんたの魂を持っていけば、オルディナもあたしに夢中になってくれるかなぁ……」
「だ・か・ら……ここで死んで?ロゴス?」
次の瞬間、カリンが黒紫の刃を両手に纏い、襲いかかった。
ロゴスは即座にオラクル・アイで動きを予測する。
ロゴスの目には、カリンの予測される動きがストロボ写真のように細かく写し出された。
踏み込み。体重移動。刃の軌道。肩の角度。視線の先。
「そぉーらぁ!!」
カリンは黒紫の刃を振るいまくる。
狙いは正確だった。
ロゴスの心臓。
一撃で終わらせる気だ。
だがロゴスは、すべてを華麗に躱し続ける。
オラクル・アイの前では、純粋な体術は意味をなさない。
予測が秒単位で更新され、回避は呼吸のように自然だった。
目で分かっても体が追いつかなければ意味がない――
だがロゴスにとって、それは愚問だった。
ロゴスは後方へ下がりながら、カリンの攻撃の予測に合わせて術式を展開する。
近接は読める。
問題は――生命に影を載せた火力。
ならば、戦術は三つだ。
距離を取る。
乱す。
仕留める。
「《次元ノ閃撃》!!」
幾重もの透明な風刃がカリンを襲った。
「な……マジ?」
カリンは攻撃のモーションを止めきれず、反応が遅れた。
刃が皮膚を裂き、黒紫の血にも似た霧が散る。
「きゃぁぁ……いったぁーいぃ!!」
鋭い風の刃が容赦なく傷つける。
だが致命傷ではない。
――硬い。再生も早い。
ロゴスは冷静に分析する。
戦闘スタイルは姉オルディナのように近接特化。
それに……影ルミナの奥に、炎のような生命ルミナが強く脈打っている。
ならば……熱。燃焼。酸素。電位差。
空間の条件をこちらで握れる。
ロゴスはカリンから一定の距離を取り、彼女を中心に走り出す。
「なになに……なにするの~?」
カリンが興味深そうに目を細める。
ロゴスは無言で走りながら、一瞬姿を消しては、姿を表した。
モナほどではないが、ロゴスも《次元忘却》を扱える。
今展開しているのは、その応用技。
視界の死角に滑り込み、敵の判断を遅らせる。
ここね……
「《凍界ノ断晶》!」
冷たい声とともに、四方八方から無数の氷の刃がカリンを襲う。
「いゃぁ……」
カリンは氷の刃を黒炎で昇華させたり、ステップを踏むように躱した。
凍結と燃焼が接触するたび、白い霧が生まれ、空間に溜まっていく。
「ちょこまかと……うっとうしいぃぃい!!」
カリンが吠え、体から同心円状に黒炎の波が溢れ出した。
氷の刃は炎に呑まれ、一瞬で昇華する。
辺り一面が、溢れんばかりの温かい水蒸気で包まれていく。
温かい水蒸気はカリンの頭上へ上昇し、やがて雲を形成していった。
白い空間の上方にだけ、濃い影が生まれる。
まるで、白に黒が“描かれていく”。
すると、青白い結晶から優しい声が発せられた。
「異常な電気溜まりを検知しました……」
「システム保護のため、セーフティモードを即時展開します……」
「外部脅威への反撃を許可……」
「落雷後の電圧降下にご注意ください……」
システムは淡々と警告を発した。
まるでそれが、攻撃の許可であり、執行の宣告であるかのようだった。
雲が鳴った。
雷鳴ではない。
空そのものが、低く唸り声を上げたような音だった。
「落雷……?」
カリンが不思議そうに顔を上げる。遅い。
その瞬間、雲海の奥に“何か”が走る。
白い閃光の輪郭が獣の背骨のように連なり、天井を這った。
次いで静寂。
息を吸う音すら許されない間が落ちる。
白い空間が一拍、止まったように見えた。
「《白虎ノ天雷》」
ロゴスは静かに手を下ろした。
空が裂けた。
落ちてきたのは光ではない。
牙だ。爪だ。
白虎の咆哮をそのまま凝縮した“天の刃”が、一直線に地上へ突き刺さった。
カリンの身体を中心に白雷が炸裂する。
眩しさが遅れて来た。
視界が真っ白に塗り潰され、鼓膜が破れるほどの衝撃音が遅延して叩き込まれる。
爆風が床を舐め、霧と破片を獣の鬣みたいに巻き上げた。
空気が燃え、匂いが変わる。
服を焦がす臭い。髪が焼ける臭い。
そして――黒紫が、甘ったるい憎悪の匂いを混ぜてくる。
白雷はカリンを中心に渦を巻き、白虎の輪郭を描くように四方から食らいついた。
爪が走り、牙が噛み合い、肉体と防壁の境目を区別なく引き裂いていく。
カリンの叫びは雷鳴に飲まれた。
だが……
白雷の中心で、黒紫が“芯”のように残っていた。
焼け焦げたはずの影が、笑い声みたいに蠢く。
終わっていない。
白い空間の中央で、青白い結晶は何事もないかのように光を保ち続けていた。
まるで、次の判断を待つ観測者の目のように。
――つづく
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