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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第5章 優しい喉

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⑭沈黙するシステム

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

14.



ロゴスは地上へと続く螺旋階段を、息を切らせて駆け上がった。

一刻を争う。

端末に残った、途切れ途切れの文。

そこにあった“シスター”。


脳裏に、かつてルナエールの礼拝堂で対峙した、すすり泣く影が蘇る。

ヴェールの内側は“影”そのもののように沈み、輪郭のはずの場所に、人間の手触りが無かった。


――あれは、姉が倒したはずだ。


それがまた現れたのなら、今のカゲツには不利すぎる。

彼女はシステムにより、ルミナ出力をロックされている。


唇を噛む。

階段の終端、扉の隙間から月光が差し込んでいた。冷たく、白い。まるで“出口”の形をした警告のように。


ロゴスは受付をすり抜け、ルナエール中央図書館を飛び出した。


「ロゴス様!!」


呼び止められて、反射的に振り向く。

そこにモナがいた。肩の上にはツキハネ。先ほどまで地下深くにいたはずなのに、二人は息一つ乱していない。


対照的に、ロゴスの胸は焼けるように上下していた。


「落ち着きなよ……ロゴス……らしくないよ……」

ツキハネが、心配そうに片耳を伏せる。


ロゴスは答えかけて、言葉が喉で途切れた。

“落ち着け”――その言葉が、いま一番難しい。


「ロゴス様……あのシスターがまた現れたのであれば、一刻を争うのは理解していますわ……」

モナの声が、震えのまま硬質に響く。


「それだけじゃないの……」

ロゴスは焦りを噛み殺しながら言った。

「カゲツは、今はいつもの力を発揮できない。最初から不利なの……」


ツキハネが小さく息を呑む。


「それは……不味いね……」


短い言葉なのに、重かった。

ロゴスは頷き、踵を返そうとする。


「お待ちください……ロゴス様」

モナが一歩、前に出た。

「であれば――私の術で共に参りましょう……」


「でも……モナはここに――」

言い終える前に、モナが首を振った。


「心配には及びません。司書の皆さんは優秀です。私が少し席を外したところで、職務は滞りませんわ」

そして、ロゴスをまっすぐ見据える。

「私は“月華の記録者”として、あなたを守る責務がある……一緒に行かせてください」


胸の奥が、ふっと緩む。

こんなにも慕ってくれる仲間がいる。頼れるときは頼っていい。大切な人を守るためなら――。


「……ありがとう、モナ。ツキハネ」


声が、少しだけ掠れた。


「モナ……早速でごめん。私たちをナヤカまで届けられる?」

ロゴスが訊くと、モナは静かに頷く。


「カゲツ様とシエン様のルミナは微弱ですが……感知できていますわ。これを座標にしましょう」

青白い光が、モナの指先に集まっていく。


ツキハネが鼻先をわずかに上げ、空気を嗅ぐ仕草をした。


「でも……深い霧みたいなものがある。変だね……」


「“隔離”かも」

ロゴスは即答した。

「W-07を……中から閉じてる」


「まぁ、私たちには関係ないけどね……座標が決まれば、どこでも飛べるよ……」

ツキハネが、強がりじゃない声で言う。


ロゴスは知っていた。あの力が嘘じゃないことを。

トゥリムで、何度も“現実”を飛び越えさせられた。


「捉えましたわ……いつでもいけます」

モナの体が青白いルミナに覆われる。


「うん……お願い」

ロゴスが言う。


「はい……《次元忘却ネムレイン》」


次の瞬間、三人の輪郭が青碧の柱となり、空間から抜け落ちた。



――光がほどける。


ロゴスは、青碧の目をゆっくり開けた。

そして、一拍だけ……自分が“何をしようとしていたのか”が、わからなくなった。


忘却の底に沈みかけた言葉が、次の瞬間、鋭く浮上する。

カゲツ。


目の前に広がっていたのは、無惨な光景だった。

火。煙。折れ曲がった車体。血。泣き叫ぶ子どもを抱き締める母親。人と人との衝突。怒号と悲鳴。


――地獄だ。


ロゴスは端末へ視線を落とす。

通知は、来ない。

S.G.Sが恐ろしく沈黙している。


そのとき、サイレンが空気を裂いた。

パトカーと救急車、消防車が雪崩れ込み、警備ドローンが低空を走る。上層が異常を認め、特例で動かしたのだろう。


それでも、システムだけは黙ったままだった。

この沈黙が、いちばん気味が悪い。


「ロゴス様……こちらにおられたのですか?」


公安の男が駆け寄ってくる。目の奥に焦りがある。


「今、着いたところよ。何が起きてるの?」

ロゴスが訊くと、男は一息で言った。


「住民から通報があり、監視で確認しました。この有り様です。」

「本来なら出動はシステム指示のはずですが……沈黙しています。上層判断で特例派遣になりました」


「……わかったわ」

ロゴスは頷く。喉が乾く。

「カゲツは?どこにいるの?」


男の顔が曇る。


「彼女とは連絡が取れません。数時間前、女学生を単独で追っていたログが最後です」

男は端末を示しながら続けた。

「……この周辺で、通信が途絶えています」


ロゴスの背中に、冷たい汗が流れる。

転送された地点。W-07の中心――。


ツキハネが、モナの肩の上から男へ顔を向けた。


「ねぇ……このあたりで、住民がよく集まる場所ってある?」


男は躊躇なく、古い広場の奥を指差した。


「あります。ナヤカでも唯一の“教会”です」


ぽつん、と古びた教会が建っている。

月光が、その輪郭だけを冷たく縁取っていた。


「もっとも、この地では信仰は意味を持ちません。住民が祈るのは神ではなく、S.G.Sです。……所詮、ただのお飾りですよ」


――飾り。

その言葉が、逆に嫌な確信を呼ぶ。


表向きは空席の舞台。

中枢を隠すなら、これほど都合のいい“飾り”はない。


「ありがとう」

ロゴスは男に告げた。

「私たちはその教会へ行ってみるわ。カゲツがいるかもしれない……それに……黒幕も」


男は短く頭を下げた。


「わかりました……本来なら我々が行くべきですが……この状況です。お願いしてもよろしいですか?」


「ええ」

ロゴスは視線を戦場のような街へ向ける。

「あなたたちは、人命救助と鎮圧を優先して……」


「了解しました。では、お気をつけて」


男は一礼して、現場へ戻っていった。


ロゴスは踵を返す。

モナとツキハネが並ぶ。


「さて……向かいましょう」

ロゴスの声は、震えていない。

震えを、奥へ押し込めただけだ。


古びた教会が、歓迎するように月光に照らされていた。


――つづく

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