⑫統合設計図(凍結)—完成図書
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
12.
ルナエール中央図書館の閉架式書庫――
そのさらに奥、石壁の内側に埋め込まれるようにして存在する《セフィロス・ガバナンス・システム・アーカイブ》。
扉の向こうは、図書館とはまるで別世界だった。
壁一面に観測装置と受信装置、無数のサーバーラック、電源設備、束ねられた通信ケーブル。
冷たい風のように機械音が鳴り続け、秒単位で送られてくるデータが、ひたすら吸い込まれていく。
紙とインクの匂いの代わりに、金属の匂いと、微かな焦げの匂いがする。
「ルナエールと感じが違うね……ここだけはナヤカみたいだ」
ロゴスは目を細め、灯りの反射を眺めた。
「“記録”を保管するという意味では、変わらないよ……媒体が違うだけでね」
ツキハネが、少しだけ苦笑いする。
「中央の検索装置から、格納データを閲覧できますわ」
モナが、室内中央に設置された検索端末――幾つものディスプレイが並ぶ卓を指差した。
古い図書館の地下に似つかわしくない、硬質な光がそこだけ明るい。
「わかった……試しにW-07の観測データを見てみる」
ロゴスはそう言って歩み寄り、キーボードに指を置く。
打鍵音が、静かな室内でやけに乾いて響いた。
検索窓に区画番号を入力し、時刻を“直近”に合わせる。
ディスプレイに吐き出されるログは、秒刻みで流れ続けた。
測定トリガーとなった現象。
住民の影負荷。
エリアの秩序係数。
判断結果。
処置内容。
画面に並ぶ文字列は整然としていて、一見すると、ただ淡々と“健全に”動いているように見える。
「ぱっと見た感じはシステムは健全に稼働しているようだけど……」
ツキハネが目を細めた。
ロゴスは返事をせず、画面を追う速度だけを上げた。
指が無意識に、ほんのわずか震える。
――嫌な既視感がある。
“整いすぎている”ものは、たいてい何かを隠す。
「ええ……でも、ここ見て」
ロゴスは囁くように言い、視線だけで行を示した。
いつの間にか青碧の瞳が淡く光り、《オラクル・アイ》が展開されている。
「測定結果では、影負荷は上昇しているのに、秩序係数は上がっていない……ふつう、両者は同方向に動くベクトルのはず」
モナが片腕で肘を抱え、口元に指を添える。
「確かに……住民の影負荷が上がれば、集団の秩序も荒れる。秩序係数も上がるはず……でも、システムはそう判断していない……気味が悪いですわね」
ロゴスはさらにログを掘った。
判断結果は“安定”。
処置内容は“通常監視継続”。
その文言が、何度も、何度も繰り返される。
だが――
同一系列のはずのログの中に、ほんの一行だけ、タイムスタンプが僅かにずれているものがあった。
0.2秒。
誤差として片付けるには、妙に“作為的”なズレ。
「測定時間のログを見てみて。このパターンはある一定間隔で発生してる……発生場所は……ええと」
ロゴスは素早く画面を切り替え、W-07の地図を呼び出す。
ログの該当箇所を抽出し、発生地点を順に表示していく。
“点”が増える。
そして点は、時間とともに“移動”しているように見えた。
「ロゴス……これ、何か変じゃない?」
ツキハネがモニターを凝視する。
「ゆっくりと、何かがW-07内を動いているように見えるよ」
ツキハネの言う通りだった。
影負荷が上がるのに秩序係数が上がらない――その現象が、時間経過とともにW-07の各地点で“順に”起きている。
まるで、誰かが意図的に“足跡”を刻んでいるように。
「あ……」
モナが突然、息を呑む。
「どうしたの?」
ロゴスが顔を上げる。
モナは小さく震えだした。
震える指先で、モニターの点群を示す。
「ロゴス様……今ハイライトした位置……線で結ぶと、刻印に見えてきませんか……勘違いかもしれませんが……」
ロゴスは無言で頷き、点と点を線で結び始めた。
一本。
二本。
――線が増えるほど、胸の奥が冷えていく。
やがて、ひとつの“未完成”の紋様が浮かび上がった。
「……」
三人が同時に沈黙したのは、その形を“知っている”からだ。
月光を模した巨大な輪。
あの礼拝堂で見た光輪。
あの地下で、あの男の背に揺らめいていた残像。
ロゴスの喉が、僅かに詰まる。
記憶の封印の継ぎ目が、細く軋むような痛み。
それでも、言葉は出た。
「月華教団……また、あいつらか……」
ロゴスは深く息を吐く。
「でも……あの教団は、私たちが以前退けたはずですよ?」
モナの声が震えている。
「壊滅していなかったということでしょうか?」
「あのイカれた教祖、まだ生きてるのかな……」
ツキハネが、嫌なものを思い出すように耳を伏せた。
「どちらにせよ、こいつらが関わっている可能性があるなら、見過ごせない」
ロゴスは青碧眼でモニターを睨み、吐き捨てる。
「今度は、システムを掌握しようとしてるってことよ」
「システムを掌握するなんて、あの教団にできるのかな? システムは完璧だよね?」
ツキハネが疑問を投げる。
「でも、実際にシステムは誤判断してる。本来なら、何らかの処置を施すはずなのに、何もしていない」
ロゴスは即答した。
――いや。
“何もしていない”のでは、ないのかもしれない。
測定は、されている。
異常は、観測されている。
ただ、その結果が“白く塗り潰されている”。
“無かったこと”にするかのように。
ロゴスは目を見開いた。
システムは本当に測定できていないのだろうか。
――違う。
“測定できないようにされている”。
あるいは、“測定してもそれを採用しないように”仕様で縛られている。
「モナ……このアーカイブ室って、開発当時のS.G.Sの設計資料とか残ってたりしないのかな?」
ロゴスは低い声で尋ねた。
モナは小さく頷き、検索端末の操作を促す。
「お目当てのものかは存じませんが、その検索モニタのトップ画面に戻って頂けますか?」
ロゴスは言われた通り、トップ画面へ戻した。
検索窓の下に、格納データのフォルダ名がずらりと並ぶ。
その最下段に、ひとつだけ妙に古い、無機質な名称があった。
《統合設計図(凍結)》――旧称:完成図書
「おそらく、これが該当するかと……」
モナが言う。
ロゴスがクリックすると、すぐに警告が表示された。
《閲覧にはパスワードが必要です》
「パスワードがわからないので、私も中身自体を確認したことがないのです……」
モナが申し訳なさそうに言う。
ロゴスはツキハネを見る。
ツキハネも首を横に振った。
「じゃあ、当たって砕けるしかないね」
ロゴスは淡々と指を動かした。
「S.G.S」
エンター。
《不一致》
「セフィロス」
《不一致》
「シグマ」
《不一致》
「フリギア」
《不一致》
「“フリギア”でもダメか……」
ロゴスはため息をつく。
「開発責任者の名前でもないのか……」
ツキハネが呟き、少しだけ目を細める。
「にしても、フリギアって、また懐かしい名前を……」
ロゴスはふと、ツキハネを見た。
何気ない言葉に、引っかかりが残る。
懐かしい――それは、ツキハネにとっての懐かしさであって。
ロゴス自身は、“懐かしさ”の輪郭が曖昧だった。
「ねぇ……ツキハネ」
ロゴスは神妙な面持ちで言った。
「フリギアって私たちのルミナ、論理ルミナの始祖でしょ?どんな思想でこのシステムを開発したんだろ?」
ツキハネが、ふっと微笑む。
その笑みは優しいのに、どこか痛ましい。
「あれ……ロゴス、前にも同じことを聞いたよね……」
ツキハネは言葉を選ぶように間を置く。
「あっ……あなたが女王に記憶封印されてるの、忘れてた……」
「どういうこと?」
ロゴスが訝しむ。
「前に、おんなじ質問を私やシエンにしてたんだよ……」
ツキハネは遠い目をした。
「そうだね……確か、あの神器の定期調整の直前だったかな?」
モナが、息を潜めるように二人を見つめている。
「フリギアは、人の可能性に賭けたんだよ」
ツキハネの声は静かだった。
「元々、セフィロス地区は論理ルミナで文明が発展した。合理的に進め、最適解を追求する……物質的な文明を築く上では、正解に近い」
そこで、ツキハネは一拍置く。
まるで“核心”を言葉にするのを恐れるように。
「でも……人間も精霊も、時には理屈抜きで感情で動く生き物だ。合理性が進みすぎると、感情は置き去りになる」
ツキハネは続けた。
「合理性を追求した結果、感情が置き去りに……影となり沈殿する……」
ロゴスは、ほとんど無意識に復唱していた。
言葉が口から零れた瞬間、自分の中のどこかが“そうだ”と頷いた感覚がある。
「ロゴス様……それは……」
モナが驚いたように呟く。
「さすがだね……フリギアが言ったことそのまんまだ……」
ツキハネの声が少しだけ沈む。
「フリギアは単に暮らしを快適にするためにシステムを作ったわけじゃないんだね」
ロゴスが静かに言った。
「実態はそうなってないかもしれないけどね……」
ツキハネは視線を落とす。
「フリギアはシステムに、人の感情も影も統合しようとした。――測れないものを、測れる形にして」
「てことは……沈殿していく影を測定できるようにしているはずよね……影負荷とは別に……」
ロゴスが顎に手を添え、思考に沈む。
目を閉じる。
これまでの出来事が、点として浮かび、線を結び始めた。
G1封鎖。
置き去りのスーツケース。
女学生の不可解な転落事故。
システムの誤判断。
フリギア。
合理性と感情。
感情と影。
モナとツキハネが、黙って見守っている。
機械音だけが、時間を刻む。
やがてロゴスは、青碧の目を開けた。
「……位相をずらすとか?」
「え?」
モナとツキハネが顔を見合わせる。
ロゴスは息を吐き、ダメ元で入力した。
キーを叩く指は、今度は迷いがなかった。
「影位相」
一瞬、画面が暗転する。
検索端末が“認証”の音を鳴らした。
カチリ、と扉の錠が外れるような乾いた電子音が響く。
《統合設計図(凍結)》フォルダが、ゆっくりと開いた。
そこに表示された最上段のファイル名を見た瞬間、モナの顔色が変わる。
ツキハネの耳が、ぴくりと震えた。
――《禁忌仕様:再ラベリング》
――《禁忌仕様:空白生成》
――《影位相係数:観測/隔離プロトコル》
ロゴスの背筋に、氷の筋が走った。
「……やっぱり、あった」
声は小さかった。
だが、重かった。
このシステムは、“完璧”のために。
最初から、禁忌と隣り合わせに設計されている。
そして今――
誰かが、その禁忌を“起動”しようとしている。
――つづく
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