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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第1章 裏切りの三姉妹

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Ⅴ.出発、灰の渓谷へ

7


ザンブロスにようやく静寂の夜が訪れた。


炎のフレイムリングの広間では、戦闘後の後片付けを終えた団員たちが、一つ、また一つと灯りを落としていく。


三姉妹と団長ラオは出発に向け、最後の準備を整えていた。


「灰の渓谷アッシュ・バレー……か」


オルディナが地図を見つめながら呟く。


「イグニファと契約した場所でもある。あの子がまだ、あそこにいるって確証はないけど……でも、行くしかない」


「渓谷はすでに立入禁止区域になってるわ」


ロゴスが記録帳をめくる。「王国が精霊の暴走以来、接近を禁じている。理由は“封印と保護”……けれど、実際は監視と威圧よ」


「灰の渓谷……うん、あたしも昔、姐さんに連れてってもらったことある。すっごく綺麗な火口湖があったっけ」


ラオが懐かしむように語る。「でも……今は、何もかも焼けてるって」


アクシオンはそっと瞼を閉じた。


「精霊の記憶が、あの地に留まっている。……まだ、消えたわけじゃない」


三姉妹はそれぞれ別々の部屋に与えられ、束の間の休息を得ていた。


──オルディナは寝床に転がりながら、拳を見つめる。


「……あたしの拳、やっぱり鈍ってるな。あの時みたいにはいかない」


だがその目に、迷いはなかった。むしろ、燃えていた。深く、静かに。


──ロゴスは演算盤の前に座り、戦闘データとルミナの推移を再計算していた。


「……あの黒紫色のルミナは、通常の炉構造では生成不可能。外部からの干渉がある……やはり、あの石碑に刻まれていた影の者の分霊体か」


目を伏せ、ゆっくりと息をつく。静寂の中、演算盤の光だけが淡く瞬いていた。


──アクシオンは蝋燭の灯を見つめながら、目を閉じていた。


「……問いは、終わっていない」


その唇は、確かにそう呟いた。


そして夜が明ける──


8


まだ朝霧の残るザンブロスの街に、旅立ちの気配が静かに満ちていた。空には微かな薄明が差し始め、煙突の影が街路を斜めに貫いている。


フレイムリングの中庭、赤鉄の階段に腰をかけていたオルディナのもとに、ラオが水筒を手にやってきた。


彼女の肌は陽光のように温かく、肩までの金髪は毛先にかけて柔らかく紅が差していた。金細工の耳飾りが耳元で揺れ、えくぼ混じりの笑顔にはいつもの気さくな無邪気さが滲んでいた。


「昨日は眠れた? オル姐?」


その声に、オルディナは肩越しに振り返る。彼女の髪はまだ少し乱れていたが、瞳はまっすぐに澄んでいた。


「うん、よく眠れたよ。ありがとう。」


「なら、そろそろ出発する?」


「……うん。でも、ラオ。本当に一緒に来るの? フレイムリングの団は?」


「大丈夫! ヴェーラがいるからさ!!」


得意げに胸を張るラオに、背後から冷ややかな声が差し込んだ。


「オルディナ様の迷惑にならないよう、勝手な行動は慎めよ。ラオ。」


そこに立っていたのは、黒紫の戦装を纏ったヴェーラだった。編み込まれた深紅の髪が背に流れ、胸元にまで届く二本の三つ編みが印象的だった。冷徹な紫の瞳は、常に整然と命令を処理する副官のそれであり、どんな情動にも決して左右されない冷静さがあった。


「わかってるよ!……ヴェーラ、あたしが留守の間、ここお願いね。」


ヴェーラは無言のまま、ゆっくりと頷いた。


門の前に、ロゴスとアクシオンが既に揃っていた。それぞれに整えられた旅装──結界布のマント、耐熱処理された衣、防塵のバイザーが、精霊干渉区域への準備を物語っている。


フレイムリングの団員たちが無言で見送る中、三姉妹とラオは、ゆっくりと門を後にした。ザンブロスの外縁から見える山嶺の向こう、目指すは禁域《灰の渓谷アッシュ・バレー》──


そこは、かつてオルディナが火の精霊イグニファと契約を交わした聖域。いまは王国の禁制がかけられ、精霊の暴走による“封印”とされている地。


しかし三姉妹は知っていた。それは真実の一端にすぎず──本当の理由は、そこに眠る“問い”と“記憶”が、誰かにとってあまりに都合が悪いからだと。



9


途中、道は険しく、かつての山道はほとんど崩れかけていた。


崖下には黒灰色の霧が立ち込め、風に混じるのは焦げた石と、燻された木の匂い。


「……見えてきた」


ロゴスが最前列から指差す先に、巨大な岩の弧が見えた。


天然の火口が侵食で崩れたものだろう。その中央に、かすかに光を放つ印章のようなものが見えた。


「ここだ……ここで、イグニファと誓った」


オルディナが一歩、渓谷の中央へと踏み出す。


その瞬間、地面が唸りをあげた。


爆ぜるような轟音。火口の縁から、異様な影が立ち上がる。


巨大な猪のような輪郭。だが、身体の半分は黒紫の紋様に覆われ、片目は赤く染まっていた。


「イグニファ……?」


しかし、それは返答ではなかった。


咆哮。地を揺るがす吼え声が、三姉妹の鼓膜を打ちつける。


「……来たか、裏切りの娘たちよ」


声に含まれたのは、怒りではなく、深い寂しさだった。


「イグニファ……私たちは、真実を知るために来たの」 アクシオンが前に進み、静かに語りかける。


「あなたは……本当に、私たちを焼こうとしているの?」


イグニファの表情が揺れた。一瞬、微かな懐かしさが浮かぶ──だが、すぐに消える。


「命じられたのだ。お前たちは世界を乱した。契約を破り、主を裏切ったと……」


ロゴスが演算盤を起動しながら呟く。「記憶が……混濁している。複数の層が上書きされているようね」


「ねえ、イグニファ。思い出して。昔、ラオのこと助けたじゃない。まだ小さかった頃」 オルディナが切り込む。


「……ラオ?」 イグニファが目を細める。


その名を聞いた瞬間、イグニファのルミナの流れが一瞬だけ揺れた。


ラオが一歩前に出た。「あたしの命、あなたが救ってくれたんだ。あの日、ザンブロスが火に包まれて……みんな逃げた。でも、あなただけが残って、あたしを包んでくれた」


「そんな記憶……いや……ある……確かに……」


イグニファの身体が震え始める。「違う……わたしは、お前たちを……焼かなければ……」


その時、影の者の気配が揺らめく。イグニファの頭上で“影の者”の分霊が、黒い蝶の群れのように広がり、イグニファの身体へ吸い込まれていく。イグニファの周囲で黒紫のルミナが波打ち、イグニファを包み込んでいく。


「まさか……!イグニファも昨夜の憲兵みたいに!?」オルディナが駆け寄ろうとするが、ロゴスが制止する。


「ダメ。力で抑えても、記憶が戻らなきゃ意味がない」


「……っイグニファ! しっかりして!!」


オルディナの叫びに応えるように、燃え立つ精霊の核が、悲鳴のような咆哮を上げた。 紅蓮の炎が黒紫に染まり、空間がねじれる。イグニファの姿が、歪んでいく。


「……あれはもう、ただの精霊じゃない」 ロゴスが震える眼で《オラクル・アイ》を起動する。「精神構造に干渉されたまま、暴走の中枢が発動してる……」


「でも……感じるの。奥に、イグニファがまだいる。揺れてるの。迷ってる」 アクシオンが囁く。


イグニファの瞳が、三姉妹を映した。 その奥にある、どこか懐かしげな、幼子のような光──


「……お願い、もう一度だけ、思い出して!」 オルディナが叫ぶ。「あたしたちが交わした、あの言葉……誓いを……」


だがー必死の声は届かず、爆発的な炎があたりを包み込む。地が揺れ、谷が崩れ、紅蓮の嵐が三姉妹に襲いかかる。


「防御結界、展開!」ロゴスの詠唱が間に合い、光の盾が辛うじて炎を遮る。


炎の中に立ち上がる影は、もはや精霊ではなかった。 炎は紫黒く濁り、熱ではなく“瘴気”のような異質な波動を放っていた。

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