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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第5章 優しい喉

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⑪閉架へ—バックアップ・アーカイブ

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

11.

 


ロゴスはカゲツと別れた瞬間、もう決めていた。

ナヤカの異常を追うなら、行き先はひとつ――

ルナエールだ。


ナヤカのターミナルを抜け、ルナエール行きの汽車が流れ込むプラットホームへ向かう。

床には白線が引かれ、空気は過剰に整っていた。整いすぎて、どこか息苦しい。


「7番ゲートからルナエール行きの電車が参ります」

「危ないですから、白線の内側までお下がりください」


白線の内側で待つ。

プラットホームの先、トンネルの闇から汽笛が唸り、汽車が滑り込んできた。金属が擦れる音、蒸気の匂い。

その瞬間、ゲート前で、いつもの“優しい声”が淡々とアナウンスした。


「乗車希望者の基礎情報を検索します」

「……No.653。ロゴス様。シグマ研究開発機構――最高顧問」

「影負荷:30。平常域。統治介入不要域。統治リスク:低」


一拍。

あまりにも丁寧な間が、妙に長い。


「出国を許可します……」


ロゴスは小さく息を吐き、汽車に乗り込んだ。

許可――その言葉だけで安心してしまう自分が、少しだけ怖かった。


 


ルナエール中央駅に到着したのは夕暮れ時であった。

汽車が古びた石造りのホームに流れ込むと、世界の温度が変わった。


湿った冷気が肌にまとわりつく。

かすかなインクの匂いと、羊皮紙の乾いた香り。

視界のすべてが柔らかな白い霧に包まれていて、街全体が“記録の呼吸”をしているように感じられる。

ナヤカの光は鋭い。

けれど、ルナエールの光はどこまでも鈍く、静かだ。


駅を後にしたロゴスは、その足でルナエール中央図書館へ向かった。

モナに会うためだ。

彼女は今や大司書として、ルナエールに集約されるすべての情報を記録し、管理している。

――“記録”はここでは、武器であり、盾であり、ときに鎖でもある。


都市中央にそびえ立つ巨大な図書館に足を踏み入れ、受付に向かう。

受付には一人、若い女性が今日の貸し出し記録を整理していた。ペン先の音が、小さく規則正しく響く。


「あの……モナ大司書はいらっしゃるかしら?」


ロゴスが声をかけると、記録を整理していた手が止まった。

ふと顔を上げ、ロゴスの顔をじっと見る。


「ロゴス様!!ご無事だったのですね……」


トゥリムの国際展覧会の事件が耳に入っていたのだろう。

確かに、ロゴスはあのときカゲツとともに、女王の追っ手から何とか脱出したのだった。


「ええ。おかげさまで。それもモナのおかげなんだけどね」


ロゴスは微笑み返す。

受付の女性はほっとしたように頷き、すぐに仕事の顔へ戻った。


「そうでしたか……モナ様は、まだ執務室におられますよ」

「執務室は右手の階段を登った先、奥にございます」


「ありがとう……」


ロゴスは礼を言い、踵を返して執務室へ向かった。


 


執務室をノックすると、

「どうぞ……」

と、静かで優しい声が返ってきた。


扉を開けた瞬間、壁一面にぎっしりと納められた書棚が目に飛び込んでくる。

書棚の前、応接用のテーブル、ソファ。

奥の執務机の周りにまで書物が積み上げられ、机の上は書物と大量の書類束でいっぱいだった。

その中心で、夜のように落ち着いた黒のドレスをまとった女が、書類に目を通している。


ドアが開く音に、その女が顔を上げた。


「ロゴス様……ご無沙汰ですわね……」


長い黒髪と、知性に満ちた瞳。

その目の奥は、いつも静かに燃えている。


「うん、こんばんは。モナ」

「相変わらず忙しそうだね……」


ロゴスは部屋一面に視線を向けながら言った。


「このご時世ですからね……怪しい記録や怪文書の類がないか、一つ一つ目を通しているようにしているんです」

「言われもないことでも、小さな種がやがて大きな火種となって、降りかかってくることもあるでしょうから」


「さすがだね……でも、ちゃんと休まなきゃダメだよ?」


ロゴスは神妙な面持ちで言う。

モナはわずかに微笑み、けれど笑みの奥に疲れが滲んだ。


「お気遣いに感謝します……」


一呼吸おいて、モナが訊く。


「今日こられたのは、ナヤカの件ですわよね?」


「ええ……システムに異常が起きているの。おそらく外部から、誰かが干渉しているわ」


ロゴスは目を細めながら言った。

“干渉”――その言葉が、ナヤカの整いすぎた空気を思い出させる。


「概要は事前の通知で確認済みですわ」

「あなたの言う通り、ここルナエールには、ナヤカの実証記録、観測データのバックアップが流れ込んできます」


モナは脈々と話した。

それが“当然の構造”であるかのように。

だが当然ほど、壊れたとき怖いものはない。


「その記録はやっぱり、ここに?」


「はい……ルナエール中央図書館の閉架式書庫で厳重に管理されています」


「わかった……見てもいいかな?」


「もちろん……ことは一刻を争うみたいですし、今から参りましょう」


そう言ってモナは席を立った。


 


モナにつられて、ロゴスは付いていく。

先ほど登ってきた階段を下り、地下へ向かう。


地下室の扉を開くと、そこには螺旋状の階段が下まで続いていた。

ロゴスが覗き込むと、真っ暗な闇が口を開けているようだった。


「行きましょう……この下です」


モナが灯りを灯しながら先導する。

ロゴスは黙って続いた。


階段の一巻きの高さ、ワンフロアの段差。

頭の中で大まかな数値を置き、巻き数を数えながら地上からの深さを見積もる。

数字に落とせば、不安は少しだけ形になる――それが、ロゴスの癖だった。


やがて、階段が終わりを告げる。


そこには古びたドアがあった。

だがドアには、うっすらと文字が刻まれている。


――セフィロス・ガバナンス・システム

――バックアップ・アーカイブ


目的地はここで、間違いがなかった。


「遅かったね……」


ドアの前に、小さなウサギの精霊が片耳を立てて佇んでいた。


「ツキハネ……あなたも来てくれたのね」


「うん……この扉は私とモナで共同照合しないと、開かない仕組みだからね……」


ツキハネは軽く笑い、すぐに真剣な顔になる。


「じゃ、早速中に入ろっか!モナ!」


「はい……ツキハネ様」


モナはそう言うと目を閉じ、静かに呟いた。


「月華の記録者として、入室許可を申請します」


すると――驚いたことに、その扉から“あの優しい声”が返ってきた。


「入室許可申請を検知しました……」

「申請者……モナ様……月華の記録者……ルナエール中央図書館大司書……兼務」

「精霊ツキハネのルミナも検知しました……入室条件を満たしています……申請を許可します」


告げ終えると、がちゃりと音を立て、扉がゆっくりと開いた。


扉の向こうから、システムがロゴスらを歓迎するかのように、記録の受信音が聞こえてきた。

――まるで、“こちらへ”と誘う合図のように。



--つづく

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