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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第5章 優しい喉

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58/94

➉"隔離"という名の地獄

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

10.



礼拝堂の空気は冷たかった。

肌に張りつく冷気の底に、黒紫の“異質”が、薄く――確かに溶けている。


その中心に、シスターが立っていた。


漆黒の修道服。

半月の印が刻まれたヴェール。

顔は見えない。

見えるはずなのに、視線がそこに“届かない”。


なのに、すすり泣きだけが、はっきり聞こえる。


ステンドグラスを透けた月光が、シスターの肩とヴェールの縁を照らした。

……口元だけ、上がっていた。


カゲツは喉の奥で小さく息を呑んだ。


なに……こいつ……


沈黙が落ちる。

さっきまで洪水のように押し寄せていたS.G.Sの通知も、嘘のように止まっている。


――にもかかわらず。


外が、やけに騒がしい。


怒号。悲鳴。嘆き。

焦げたような臭い。

ガラスが割られる乾いた音。

車のクラクション。

何かと何かが衝突する鈍い音。


異常が起きている。区画が割れている。

“今、外で人が死ぬ”。


それでも、S.G.Sは静かだった。

異常が起きているはずなのに、システムは介入してこない。


「カゲツ……まずいぞ……」

背後から、猿精霊シエンが苦悶のように声を絞り出す。


彼もまた、ナヤカを守る精霊だ。

人々のルミナの流れを読むなど容易い。

――その流れが、異常に乱れている。裂けた布みたいに。


システムで言えば、個々の“影負荷”が急上昇しているということ。


カゲツは返事をしない。

踵を返し、礼拝堂の入口へと駆けた。


逃げるためではない。外へ出るためだ。

外で起きている“現実”に、公安官として介入するために。


シスターは、それをじっと見ている。

まるで“許可”を出すかどうかを測っているような目で。


カゲツが扉に手を伸ばす、その瞬間――


礼拝堂の入口が、自動で閉じた。


ばたん。


閉じられた音が、石造りの空間に木霊する。

この音だけが、やけに大きかった。


「……!!」

カゲツは目を見開く。


振り向くと、シスターが不気味な笑みを浮かべていた。

すすり泣きは止まらない。泣いているのに、笑っている。


「邪魔しないでよ……」

カゲツは鋭く睨み返す。


効果はない。

視線が刺さらない。

相手が“ここにいる”のに、“ここにいない”みたいだった。


カゲツはふと、入口から礼拝堂内を見回した。


長椅子の所々に――修道士が座っている。


いつからいた?


気配がない。呼吸がない。

それなのに、全員が同じ角度でこちらへ顔を向け、同じ速度で瞬きをする。

纏う服の胸元には、例のシスターと同じ半月のエンブレム。


「……いつの間に……」


背筋がぞわりと粟立つ。

カゲツは咄嗟に視線を教壇へ走らせた。


――そこに、ユノがいた。

そして、ユノの背後に、男が立っていた。


銀白の法衣。

顔の上半分を白磁の仮面で覆い、仮面には大きな斬撃の痕。

傷は口元まで刻まれ、しかし、その口元には張りついた微笑みが絶えない。


ユノは正気を失っているようだった。

目は虚ろで、焦点が合わない。

血に濡れた指の感触を、まだ“安心”だと信じ込んでいる顔だ。


男が、柔らかく――甘い声で言った。


「お初にお目にかかります。公安官殿……」

声色は礼儀正しい。だが、礼儀の形で刃を隠している。


「完璧なシステムにより最適化されたこの地に、我が教団を招待いただき……光栄です」


「教団?」

カゲツの頭に、かつてロゴスから聞いたルナエールでの出来事がよぎる。


「アンタたち……まさか……」


男は、嬉しそうに微笑みを深くした。


「おや……我々、“月華教団”をご存知でしたか……」

「それは……とても、嬉しいですね……」


「ルナエールでロゴスがボコボコにされたんでしょ? まだ懲りてなかったの?」

カゲツは目を細める。


男の笑みが、ふっと消えた。


代わりに――研ぎ澄まされた憎悪と復讐心。

感情が黒紫のルミナで増幅され、礼拝堂ごと飲み込んでいく。


「その愛しきロゴス殿は……ここにおられるのでしょう?」

男は、穏やかに尋ねた。

穏やかだからこそ、ぞっとする。


「ぜひ――お礼を申し上げたいのです」


「教えるわけにはいかないね」

カゲツは即答した。突き返す。


男は感心したように目を細める。


「ほぉ……こんな状況で、まだそんな余裕が……」

「……まぁ、良いでしょう」


男は、静かに言い切った。


「ロゴス殿が出ざるを得ないようにすれば、良いだけです」


男が、長椅子に座る修道士たちを一瞥する。

彼らは、こくりとうなずいた。


次の瞬間――


修道士たちは、音もなく消えた。

まるで“席”だけが残され、そこに座っていた事実が最初から無かったかのように。


そのとき。


天井のスピーカーから、S.G.Sの“いつもの優しい声”が降ってきた。


「システムに複数の不正アクセスを検知しました」

「発信元はW-07各地……」

「解析のため、W-07を隔離します」


「……!」

カゲツは息を呑む。


隔離――。

つまり、外の地獄を“中で完結させる”。

助けも救急も、公安の増援も、通さないという意味だ。


「……何をしたの……」

カゲツはまっすぐ男を見据える。


男は微笑みを戻した。

この戻し方が、いちばん嫌だった。


「いえ……何も」

「ただ、神に少しお近づきになろうとしているだけですよ」


「カゲツ」

シエンが低く告げる。


「先ほどの修道士たちの数……W-07でお主が発見したピンの数と一致している」


「まさか……」

カゲツは歯噛みする。


「あのピンを介して、あいつらがシステムに干渉してるってこと?」

信じがたい――

が、目の前の現象はそれ以外で説明がつかない。


男は、少しだけ眉を上げた。


「干渉などとは、心外ですね……公安官殿」

「我々の行為は、神に認められている」


「神は存在しない」

カゲツが吐き捨てる。


男は、肩をすくめるように言った。


「では、なぜあなた方は――システムの“推奨”に従うのです?」

「神がいないと言いながら……神の声の代わりに、声を欲している」


カゲツは答えない。

今は議論をしている場合ではない。


「こうしちゃいられない……早く対処しないと……」


カゲツは扉へ駆け、ドアノブを掴む。

だが無情にも、扉は閉じたまま動かない。


「無駄ですよ……公安官殿……」

男が、優しく言った。


「あなたには――特別にここで」

「我々と神への謁見を、ご覧いただきましょう」


「ふざけるな!」

カゲツは怒鳴り、ルミナロックがかかったままの愛刀を鞘ごと抜き出す。

ミラージュ・ヴェルナーダ。


鞘のままでも、骨を折ることはできる。

躊躇なく、教壇へ向かって走り出した。


――その前に、シスターが立ちはだかる。


「どうしても出ていこうとするのであれば……仕方ありませんね……」

男の声が礼拝堂に響く。


「この“シスター”さんが、あなたのお相手をしてくれましょう」


「そこをどきなさい!!」

カゲツが怒号のように吐き捨てる。


シスターは黙って、彼女を見つめていた。

目が見えないのに、“見られている”と分かる視線。


「……しっ!!」


カゲツは神速で鞘ごと刃筋を走らせる。

だが、その刀筋は――空を斬った。


当たらない。

確かに“そこ”を斬ったのに、そこに“実体”がない。


シスターは動かない。

だが、その存在だけが、こちらの呼吸を奪っていく。


霊的な存在か……

カゲツは唇を噛む。


ルミナ出力がロックされている以上、ルミナを載せた攻撃は今の彼女には不可能。

システムに睨まれている以上、シエンの力を借りるのも難しい。

――絶望的だ。


男が、ぽつりと呟く。


「ですが……こうもちょろちょろ動かれるのも、少々面倒ですね」


男の微笑みが、ゆっくり歪む。


「それに……あなたの魂を神に献上すれば」

「神は、きっとお慶びになられる」


「……っ」


「シスター……」


男は、それだけを告げた。


次の瞬間。


ヴェールの下――

ぽっかりと口を開けた闇の中心で、赤い双眼が妖しく灯った。


「え……」


カゲツの体が、ふっと軽くなる。

足元が消える。

次いで――四肢が、見えない“何か”に固定される感覚。


気づけば、磔のような姿勢で宙に浮いていた。


力を込めても、びくともしない。

骨も筋肉も、命令を拒否されている。


視線を落とすと、シスターの目の前に――愛刀が落ちていた。

手から滑ったのではない。

“奪われた”。


男が、祈りのように囁く。


「これより……神へのご献上を……」


黒い炎が、カゲツのつま先に着火する。

音も匂いも少ないのに、燃える“感覚”だけが過剰に伝わる。

冷たいのに、熱い。

痛いのに、まだ痛みが“完成していない”。


「ぐ……っ」

カゲツが呻く。


「カゲツ、待っておれ!! 今助ける!!」

シエンが慌ててルミナ結界を張る。


だが、邪悪な黒炎の勢いのせいか。

それとも、シエン自身がシステムに睨まれているせいか。


結界は薄く、炎の進行を止めきれない。


カゲツは歯を食いしばり、最後の力を指先へ集めた。

宙に縫い付けられたまま、携帯端末を引き寄せる。


画面が滲む。指が震える。

それでも、打つ。


「……W-07……月華教団……シスター」

「ピン……中継……隔離……」

「中で……全部……罠……」


短い名詞だけ。

それでも、伝わればいい。


“送信”ボタンを、震える指でタップした。


同時に、黒炎が足首を越え、膝へと舐め上がる。

視界の端が黒く欠けていく。


「……く……そ……」


カゲツの意識は、闇に落ちた。


――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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