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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第5章 優しい喉

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②受動観測──“安定”の裏で見られている

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

2.


ロゴスは、カゲツから送られてきた住所へ向かって歩いていた。


超高層ビル群を横目に、凍てつく冷気が頬を刺す。息を吐くたび、白い霧がひとつ、機械の街に溶けていった。


ナヤカは、リユニエでも屈指の超高度経済を獲得した都市だ。


その基盤にあるのは、セフィロス地区が築き上げた“循環”――都市間の役割分担と、利益と情報の循環構造である。


研究都市シグマは、技術開発と研究の中枢。


そこで生まれた高度技術は、リユニエ王国だけでなく、ナヤカに「社会実証」という形で降りてくる。


ナヤカはその実証から生まれた収益をライセンスフィーとしてシグマに投資し、シグマはさらに技術を研ぎ澄ませる。


そして、シグマとナヤカで得られた実証結果は、パッケージとしてルナエールに保管・管理される。


技術が“情報”に変換され、蓄積され、流通する。


さらに、製造技術の一部は要塞都市グラマティカにライセンスされ、軍事生産へと落とし込まれていく。


――均衡は、美しい。


だからこそ、ひとつ歯車が欠けたときの音は、いちばん大きい。


ロゴスは、その循環を思い出しながら小さく溜め息をついた。


シグマとグラマティカは女王に忠誠を誓っている。戦争となれば、女王側に利がある。


ナヤカはシステムが支配しているとはいえ、兵糧戦に持ち込まれれば――。


だが、この方向へ思考を深めても、今は明瞭な答えに辿り着かない。


ロゴスはそこでいったん思考を打ち止めた。


気づけば、都市の中心から離れ、繁華街地区に足を踏み入れていた。


ネオン調の看板がビルの隙間から顔を出し、夕暮れの空に冷たい色を塗り足している。


どこの店にも、ひらひらと人影があった。


酒が入って、陽気になっている住民の笑い声も聞こえてくる。


――なのに。


笑うタイミングが、妙に揃っている。


同じ角度で肩を揺らし、同じ拍で声を上げる。まるで、見えない指揮者がいるように。


道の端に設置されたスクリーンが、ゆっくりと文字を流した。


【街は安定しています】


【あなたの選択は最適化されています】


ロゴスは、胸の奥がひやりとするのを感じた。


「……こんなところに?」


疑問が、そのまま口から漏れた。


やがて、カゲツから教えられた地点に到着する。


灰色のコンクリート調の建物。ナヤカでは絶滅危惧種――と言い切りたいほど、“無防備”な住宅アパートだった。


少なくとも、ナヤカの街並みに馴染むはずのセキュリティゲートは見当たらない。


「……珍しい、はずよね」


ロゴスはひとりごちて、入口に入った。


部屋番号は……501号室。


エレベーターを探したが、ない。あるのは各階を行き来する螺旋階段だけだった。


「カゲツらしいっちゃ、カゲツらしいのかしら……」


苦笑しながら階段を上る。


五階の廊下は老朽化が進んでいるのか、電灯が切れかけていた。


光が、一定の周期で“弱くなる”。その不安定さが、ナヤカの完璧さと妙に噛み合わない。


そのとき、廊下の奥から足音がした。


ひとりの女性が、買い物袋を提げて階段を上がってくる。


住民――いや、住民のはずなのに、息が乱れていない。


女性はロゴスを一瞥すると、すぐに端末を見た。


画面に淡い光が浮かび、優しい声が廊下に滲む。


『現在、この区画は安定しています。……落ち着いて行動してください』


女性は「はい」とだけ返し、笑った。


その笑みは、温度がないわけではない。けれど、角度が――整いすぎている。


「……いま、誰と話してたの?」


ロゴスが思わず問うと、女性は首を傾げた。


「え? S.G.Sですけど」


当たり前のように言って、また笑う。


「今日、ちょっとだけ秩序係数が揺れたって。だから、焦らないでって」


「……揺れたのに、あなたは平気なのね」


「平気ですよ。だって、“大丈夫”って言ってましたし」


その言葉の軽さが、ロゴスの胸に薄い針を刺した。


大丈夫――誰が、何を基準に?


女性は扉の前で立ち止まり、生体認証に目を近づける。


『影負荷:低。統治介入不要域』


『おかえりなさいませ。』


扉が開く。


住宅の扉にまでS.G.Sが入り込んでいることに、ロゴスは今さら背筋が冷えた。


女性は振り返りもせず、静かに室内へ消えた。


廊下には、切れかけの灯りだけが残る。


ロゴスは自分の掌を見た。


ここでは、人が“自分の心臓の音”より先に、システムの声を聞く。


——それが、正常として流通している。


ロゴスは501号室の前に立ち、扉の横に設置された生体認証装置へ目を近づけた。


――ピッ。


スキャン音が廊下に響く。


解析結果を待つわずかな間、沈黙が肌に貼りつくようだった。


『測定完了……』


優しい声。


だが、その声は、ほんの一拍だけ“空白”を挟んだ。


『入室許可希望者……ロゴス様。……シグマ研究開発機構、最高顧問。住居人の事前申請により、入室を許可します。いらっしゃいませ』


「……まだ、その肩書きなのね」


ロゴスが呟くと同時に、施錠が解除される音がした。


ガチャ。


玄関に入った途端、室内照明がゆっくり点灯する。


リビングに入って、ロゴスは再び苦笑した。


喫煙とアルコールの匂い。


部屋の中央のソファ周りには酒瓶が溢れ返り、ローテーブルの前には灰皿から溢れんばかりの機械タバコの吸い殻が積み重なっている。


整いすぎた都市の中に、ここだけ“人間の乱れ”が置かれていた。


「……この人、ほんとにシステムから何も言われてないのかしら」


ロゴスは首を傾げながらベランダ窓を開けた。


冷気が一気に流れ込み、匂いが薄まる。肺の奥が少しだけ楽になる。


ベランダに出ると、下層の繁華街の様子が見えた。


笑い声、呼び込み、グラスの触れ合う音。


それらが――“にぎやか”であるはずなのに、どこか均一だ。


波が立っているのに、同じ高さで揃っている。


ロゴスは高層ビル群の方へ目を向けた。整いすぎた光。整いすぎた車列。整いすぎた静けさ。


あのスーツケースの持ち主はどこに消えたのか。


なぜシステムは、段階移行付きの封鎖判断を下したのか。


手がかりが少なすぎる。


思考を回しても、答えに届くための“歯”が足りない。


ロゴスは溜め息をつき――その瞬間。


携帯端末が短く震え、カゲツからの通信が表示された。


『上が動かない。“問題なし”で処理された』


『いま戻ってる。ロゴス、部屋から出ないで。窓際にも立ってはダメ。アンタの目で周囲をスキャンしないでね……』


ロゴスは眉をひそめた。


「……窓際にも?」


問い返そうとして、指が止まる。


画面の下部に、見慣れない小さなログが一瞬だけ走った気がした。


[ S.G.S / Residential / Passive Observation : ON ]


――何、それ。


次の瞬間、遠くのビル壁面スクリーンが、淡々と光った。


《街は安定しています》


その文字が、ほんの一拍だけ――滲んだ。


まるで、“見ていること”そのものが、検知されたみたいに。


ロゴスはゆっくりと視線を逸らし、窓を閉めた。


室内に戻った空気は、喫煙とアルコールの匂いに混じって、どこか甘く腐っていた。


カゲツは帰ってくる。


そう頭では理解しているのに、胸の奥の違和感だけが、静かに増していく。


――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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