①「おかえりなさいませ」──優しいノイズの入国ゲート
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
1.
『現在、入国ゲートG1は封鎖中です。入国希望の方は、G2へお越しください。』
頭上から、優しい声色の機械音声が降ってくる。
ロゴスは踵を返し、G1とは真反対のG2へ足を向けた。
カゲツは一足先に別のゲートからナヤカに入っている。関係者用入国ゲートG3――監査評議会や公安関係者だけが通過可能なゲートだ。
「いちいち、めんどくさいなぁ」
ぶつぶつ言いながら、カゲツはG3へ消えていった。
ロゴスはその背中を、少しだけ可笑しそうに見送った。
セフィロス・ガバナンス・システム。通称S.G.S。
この街では、誰がどの門を通るかすら、“優しく”決められている。
G2へ向かう道すがら、ロゴスはそれとなく人々を観察した。行商人、旅行客――厚いコートの襟に顔を埋め、列に従って歩く。
ナヤカはリユニエ北部、セフィロス地区。研究都市シグマと図書館都市ルナエールの、その間に挟まれた幻影都市。
やがてG2が見えてくる。入国待ちの列。
ゲート前で人は一度止まり、S.G.Sの審査を受ける。流れ作業のように、滞りなく。
ロゴスの番が来た。指定位置で立ち止まる。
途端に、声が降り注いだ。
『入国希望者の基礎情報を検索します。』
『……入国希望者No.653。ロゴス様。シグマ研究開発機構――最高顧問。』
『影負荷:32。平常域。統治介入不要域。統治リスク:低。』
淀みなく読み上げられる言葉に、ロゴスは小さく苦笑した。
まだ、私は“そこに所属している”扱いか。
『入国を許可します。……おかえりなさいませ、ロゴス様。』
ゲートがゆっくりと開き、冬の冷気が流れ込んできた。
——その瞬間。
音声が、ごく短く、言葉にならないノイズを噛んだ気がした。
ほんの一拍。すぐに、何事もなかったように静寂が戻る。
ロゴスは、足を止めずに、胸の奥だけで呟いた。
……今のは、何?
ロゴスは久しぶりに、機械に統治された都市へ足を踏み入れた。
不気味なほど静謐だ。均一に並ぶビル群。そこにだけ、ネオン調の灯りが冷たく差し込む。
道路は磨かれたように整い、車が規則正しく流れていく。
運転席に人影はない。停車、扉の開閉、発進――すべてが同じ間隔、同じ角度、同じ速さ。
歩道の住民は、誰も車を“操る”必要がない。
彼らが確かめるのは、腕の端末に浮かぶ数値だけだ。
ルミナ系統――そして、影負荷。
「……ここも相変わらず、変わってないのね」
ロゴスが小さく呟いた、その先。
ゲートから少し歩いた場所に、黒髪を垂らした侍姿の女が立っていた。カゲツだ。
機械タバコの煙を細く吐き、都市の無機質さの中で――妙に“生きた匂い”だけが浮いている。
ロゴスの視線に気づいたのか、カゲツが軽く手を上げた。
「お、来た。……思ったより遅かったね。何かあった?」
「G1が封鎖されてた。G2から入ったの」
「封鎖?」
カゲツの目がわずかに鋭くなる。携帯端末を叩き、ホログラム画面を高速で流した。
――通知はない。事件性も警戒も、何も。
「……気になるね」
トゥリムから逃れたばかりだ。胸の奥の警戒が、嫌な形でざわつく。
「都市もシステムも、安定してるように見えるけどね」
ロゴスがオラクル・アイを起動しかける。
カゲツが、即座に手で制した。
「あー……ロゴス。言いにくいんだけどさ。その目、ここじゃあんまり使わない方がいい」
「システムが干渉してくる?」
「干渉っていうか……“観測”がログに残る。変な観測は、向こうの都合で“矯正”される。システムは女王側とは独立してる。だから影に察知される心配は薄いけど――念のためね」
「……うん。わかった。ありがとう」
ロゴスが微笑む。
「ところで……あなたのそれは? システムは干渉してこないの?」
ロゴスが機械タバコを指すと、カゲツは白い歯を見せて、にっと笑った。
「これ? 今まで一度も言われたことないな。……職務特権ってやつじゃない?」
「……とりあえず、G1を見に行く。封鎖理由が“通知なし”ってのが一番嫌だ」
カゲツが機械タバコをしまいながら言った。
「私もついていっていい?」
ロゴスが尋ねた。
「いいよ。むしろ助かる。まだ事件性も何もないなら、うちの連中は動かない。……だから余計に、嫌な予感がする」
カゲツはそう言って歩き出した。
二人が都市側からG1へ向かうと、ゲートは確かに封鎖されていた。
警備ドローンが横一列に並び、封鎖線は“美しいほど”正確に引かれている。
「ほんとに封鎖されてる。原因は……」
カゲツは一体の警備ドローンに近づき、端末を操作する。S.G.Sの最新ログを引き抜いた。
[S.G.S / Gate-G1 / Ward-03 / 06:14]
秩序係数: 45 /100(安定)
影負荷 (平均): 38 /100(安定) / 分散: 中程度
判定: 個別介入
処置: L2 → L3(段階移行待ち)
カゲツの眉が、わずかに寄った。
「……秩序も影負荷も安定。なのに、L2? しかもL3移行待ち……重すぎる」
「システムが干渉しすぎってこと?」
ロゴスがそれとなく尋ねる。
「干渉だけならまだいい。問題は――」
カゲツは端末を軽く揺らした。
「段階移行が出てるのに、公安に通知が来てない。普通なら、この時点であたしらの端末が鳴る」
「……通知経路が切られてる?」
「か、通知を出せない理由がある。……どっちにしても、気味が悪い」
G1周辺に、目に見える破壊や血痕はない。
ルミナの流れも――異常なくらい正常だ。
ただ、封鎖線の外側だけが、やけに“片付いて”見えた。
ロゴスはふと封鎖線の外に目をやった。
誰かの荷物だろうか。スーツケースがいくつか、そのまま放置されている。
「カゲツ……あれ」
ロゴスが指差すと、カゲツも目を向けた。
「スーツケース?」
カゲツは駆け寄り、ロゴスも続いた。
端末でスキャンすると、システムの優しい音声が流れた。
『照合に失敗しました。所有者情報が確認できません。入国記録:該当なし。……ご安心ください。回収手続きを開始します。』
「……マジか。記録がないのに、ゲートを通過したの?」
カゲツが唸る。
「荷物だけここに運ばれてきたわけないよね?」
「たぶん、それはない。貨物輸送ならG1は使われない」
「じゃあ、この持ち主はどこに行ったんだろうね」
「……あーもう。帰ってきて早々、気味が悪いね……」
カゲツは黒髪をかきむしり、端末をロゴスに向けた。
「ロゴス。悪いけど、先にあたしの家に帰っててくれる?」
住所が転送される。
「いいけど、あなたは?」
「こういう“記録欠落”は現場で触るなって決まりなんだ。上に上げる」
そう言い残して、カゲツは公安庁へ走り出した。
ロゴスはその背を見送りながら、胸に込み上げる不吉な違和感を覚えていた。
何か重大なことが、静かに起き始めている。
ふと都市の方へ顔を向ける。
ビルに嵌め込まれたスクリーンが妖しく光り、
「街は安定しています」とだけ表示していた。
--つづく
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