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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑮紅蓮の始祖──ルミアナの手、託された力

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

28.


 

式座の中央で、大きな蝋燭の炎が静かに揺れている。


炎は、呼吸するかのように伸び、また縮み、


周囲の影を柔らかく、ゆっくりと揺らしていた。


——もう、何度この光景を見ただろう。


オルディナは、重たい身体を引き起こすようにして、ゆっくりと身を起こした。


目の前には、白と緋の衣を纏った巫女がしゃがみ込み、


こちらを案じるような眼差しで覗き込んでいる。


「……うわ……びっくりした……」


反射的に身を引いた拍子に、


ずきり、と身体の奥から痛みがぶり返した。


「いっ……」


視線を落とすと、腕にも脚にも、無数の切り傷が残っている。


その隙間には、まだ完全には消えきらない黒紫の紋様の残滓が、


薄く、影のように滲んでいた。


それを見た瞬間、オルディナの表情から、色が落ちた。


——そうだ……


——私は、また……


仲間を守れなかった。


影に、呑まれた。


唇を噛みしめ、俯いたまま、


一粒、また一粒と、涙が手の甲へ落ちていく。


その手に、そっと温もりが重なった。


白と緋の巫女——ルミアナが、


優しく、確かに、オルディナの手を握っていた。


「……ルミアナ?」


顔を上げると、彼女は変わらぬ微笑みで、静かに頷く。


「泣きたいときには、泣いたらいいのよ。

 笑いたいときには、笑ったらいい。

 そしてね……

 それを分かち合える人が、一人でも隣にいてくれたら——

 それで、いいの」


その言葉は、慰めでも、戒めでもなかった。


ただ、在り方を肯定する声だった。


「……でも……」


オルディナの声は、震えていた。


「その大切な人たちを……私は、また守れなかった……私は……また、影に屈服して……」


ルミアナは、首を横に振る。


「屈服なんか、していないわ」


その声は、やさしく、しかし確かだった。


「あなたのその痛みも、嘆きも……

 受け入れようとする心こそが、弱さであり、強さなの。

 ——逃げずに、向き合おうとした。

 それだけで、あなたは前に進んでいる」


オルディナは、はっとして、ルミアナの顔を見つめた。


彼女は、ただ静かに、微笑んでいる。


「……まだ……間に合うのかな……」


独り言のような問いに、


ルミアナは迷いなく頷いた。


「ええ。もちろん」


その一言で、胸の奥に溜まっていた何かが、


すっとほどけた気がした。


——ああ……


——やっぱり、この人が……


「聞きたいことは……たくさんあるけど……」


オルディナは、遠くを見るように呟いた。


「今は……ミカゲたちのところに、戻らなきゃ……」


「そうね」


ルミアナは小さく笑う。


「あの“バカ虎”を、一刻も早くどうにかしないとね」


「……バカ虎?」


首を傾げるオルディナに、

ルミアナはどこか懐かしそうに目を細めた。


「昔から、ああなのよ。

 変に冷めた頭でっかちで……

 器を変えても、態度はそのまま」


「あはは……」


オルディナも、思わず笑っていた。


胸に残っていた重さが、少しだけ軽くなる。


そのとき、

オルディナの身体が、紅蓮のルミナで淡く光り始めた。


切り傷は、

黒紫の紋様の残滓は、

いつの間にか、跡形もなく消えている。


「よかった」


ルミアナは、感心したように言った。


「あなたのルミナの流れ……ちゃんと、戻っている」


——戻っている。


その言葉を噛みしめた瞬間、


オルディナは、自分の意識が現実へ引き戻され始めているのを感じた。


ルミアナも、それに気づいたようだった。


「時間、みたいね……」


少し名残惜しそうに、オルディナを見る。


「今日は、ここまでかな」


「……ルミアナ……」


「オルディナ」


彼女は、最後に、静かに告げる。


「あなたには、もう——

 私の力の一部を、託してある」


その意味を悟ったのは、

手を握られた、あの瞬間だった。


「ありがとう……ルミアナ……」


意識が遠のく中で、オルディナは叫ぶ。


「私……もう一回、頑張ってみるよ!」


紅蓮の始祖は、

その声を受け止めるように、

ただ、やさしく微笑んでいた。



29.



蛇の祠の参道や木々は氷柱となり、凍てつく冷気が、静かに、しかし確実に流れ込んでいた。


『うふふ……中々お粘りになりますのね……』


ソリアは、地に伏したままのオルディナを見下ろし、


愉快そうに微笑んだ。


オルディナはうずくまったまま、動かない。


身体中にはなお無数の切り傷と、


黒紫の紋様が生々しく浮かび上がっている。


『もう待っているのも飽きてしまいましたわ……さっさとあなたを連れていくことにしましょう……』


ソリアはミカゲや精霊たちを一瞥し、

淡々と、しかし冷酷に言い放つ。


『もっとも……あなたたちには、死んでいただきますがね……』


その瞬間。


ソリアの身体から、禍々しい黒紫のルミナが溢れ出した。


周囲の空気が、きしむように冷え込む。


刺すような寒気が、肌を裂く。


――ぴく。


オルディナの指先が、わずかに動いた。


『……?』


次の瞬間、


オルディナの身体から、まばゆい光が炸裂した。


『なっ……』


ソリアが思わず目を閉じた、その刹那――

紅蓮の拳が、彼女の顔面を正面から打ち抜いた。


『ぐふ……ッ』


ソリアは声にならない音を漏らし、そのまま吹き飛ばされる。


同時に、オルディナから溢れた紅蓮の生命ルミナが、周囲一帯の氷を一瞬で昇華させた。


しゅうううう――


氷が気化する音が参道に響く。


イグニファやサクヤオロチを拘束していた氷虎も、

まるで幻のように消え失せた。


『……よくも……』


ソリアが、ふらつきながら立ち上がる。


『よくも……よくも、よくもよくも……私の顔を……傷つけましたねぇぇ!!!』


感情が爆ぜる。


そこにあったはずの知性は消え、ただ喚き散らす、赤子のような怒りだけが残っていた。


ソリアは青碧眼を見開き、オルディナの方へ視線を叩きつける。


――だが。


『……なっ……』


その瞳に、困惑が走った。


『……なぜ……あなたが……こんなところに……いるのよ……?』


震える声。


理解できない、という感情が、はじめて浮かぶ。


『サクヤよ……このルミナ……懐かしいのう……』


イグニファが、低く、感慨深く呟く。


『ええ……間違いありません……』


サクヤオロチも、目を細めた。


ソリアの前に立っていたのは、

紅蓮に煌めく髪を下ろし、白と緋の衣を身に纏った女性。


金色の髪飾りが、静かに揺れている。


「久しぶりに会ったっていうのに、

 その言いぐさはないんじゃないの?」


ルミアナは、凛とした紅蓮の瞳で問い返した。


「――ソリウス?」


『……全部お見通し、って訳ね……』


ソリアは一瞬だけ言葉を失い、


すぐに冷静さを装った。


『さすがは始祖……と言うべきかしら……』


『でも、いいですこと?たとえあなたが生命ルミナの始祖であっても、私には通用しませんことよ?』


「へぇ……」


ルミアナは静かに、しかし冷ややかに言った。


「……まだ、そんな冗談が言えるんだ。それ、かなり重傷だよ」


その言葉が、決定的にソリアの何かを壊した。


『――その減らず口ッ!!』


叫ぶと同時に、ソリアが突っ込む。


『切り刻んでくれる――』


――が。


言い終わるより早く、再び、右側から顔面を殴り飛ばされた。


『がっ……!!』


次の瞬間、


今度は左から、平手打ちを受ける。


だが――


ルミアナは、その場から一歩も動いていない。


ただ、そこに立っているだけ。


――見えない組手。


生命ルミナの“流れ”そのものが、


容赦なくソリアを追い詰めていた。


「……すごい……」


ラオが、思わず声を漏らす。


「……あれは……力、というより……在り方ですね……」


血色を取り戻しつつあるミカゲが、低く呟いた。


「分かったでしょ、ソリウス?」


ルミアナが、紅蓮の瞳でソリアを見据える。


「あんたが、どれだけ生命ルミナの流れを解き明かしても……私には、関係ない」


『その名前で……私を呼ぶなぁ!!』


ソリアが、なおも突進する。


「……憐れな子」


ルミアナは、静かに告げた。


「フリギアに、説教でもされてきなさい」


そう言って、彼女は淡々と術を発動する。


「《紅蓮の冥福》」


次の瞬間。


ソリアの周囲に、幾重もの鳳凰が現れた。


紅蓮の炎は、優しく、しかし逃げ場なく、彼女を包み込む。


『ぐっ……こんなもの……』


ソリアは全身からルミナを噴き上げ、鳳凰を凍らせる。


だが――


凍った端から、溶け、焼かれていく。


『……な……なんで……』


理解できない。その事実が、ソリアの声をかすれさせた。


『や……やめて……熱い……痛い……!!』


悲鳴が、参道に響く。


炎は、容赦なく、彼女の身体と存在を削り取っていった。


『……やむを得ませんわ……』


ソリアは、最後の理性で呟く。


肉体を捨て、彼女はルミナの塊となって、空へと逃げ出した。


『ルミアナ……いえ……オルディナ……』


その声は、すでに歪んでいる。


『この屈辱……覚えてなさい……私は……失ってなど……』


言葉は、最後まで紡がれなかった。

浮遊するルミナは、どこか欠けた輝きを残したまま、空へ溶けるように消えた。


鳳凰の炎が天へ舞い上がると、雲は裂け、クヅラハに夕焼けが差し込む。


氷は溶け、参道に、静かな温もりが戻っていった。



第4章 完

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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