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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑬影が立ち上がる参道

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

25.



私は、石段を登っている。


いつから登り始めたのだろう。


思い出せない。


雨上がりの石はひどく滑りやすく、


私は足元を確かめながら、一歩、また一歩と歩を進めていた。


――なぜ、ここへ?


ふと、そんな疑問が胸をよぎる。


だが、その問いはすぐに薄れていった。


そうだ。


じいやと、よく来た場所だから。


久しぶりに、あの景色が見たくなったのだ。


……本当に?


心の奥で、かすかな声が囁いた。


けれど、その違和感は、


まるで誰かに優しく頭を撫でられるようにして、


静かに押し沈められていく。


「大丈夫よ」


そう囁かれた気がして、


私はまた歩き出した。


やがて、参道が見えてくる。


蛇の祠。


この街を見守り続けてきた、古き場所。


――だが。


……ん?


足が、前に出ない。


いや、確かに踏み出している。


それなのに、進んでいる感覚がない。


まるで、目に見えない何かに、


行く手を阻まれているかのような――


「どうされました?婆や。珍しいですね。ここに来られるなんて」


はっとして顔を上げた。


そこには、ミカゲが立っていた。


「いやぁ……久しぶりに、じいやとよく見ていたここに来たくなってね……」


私はそう答えた。


――少なくとも、答えたつもりだった。


けれど、自分の声は、


どこか遠くから聞こえてくるようで、


自分のものではない気がした。


ミカゲは、穏やかに微笑んでいる。


だが、その瞳は笑っていなかった。


「なるほど。じい様がご存命の頃は、よく来られていたと仰っていましたね。


ですが……こんな雨上がりに、またどうして?」


「さぁて……年寄りは、急に突拍子もないことを考えるもんさね」


そう言いながら、


私は自分自身の言葉に、わずかな空虚さを覚えていた。


ミカゲは、じっと私を見つめている。


その視線が、妙に重い。


「……婆や?」


「なんだい?」


「……いえ。何でもありません」


ミカゲは一度、目を伏せた。


そして、再び顔を上げたとき、


その表情から先ほどまでの柔らかさは消えていた。


「ふふ……では、その“影”に連れているのも、突拍子もないこと、なのかしら?」


――影?


私は思わず、自分の足元を見下ろした。


そこに伸びる影は、確かに私のものだ。


だが――


……おかしい。


影が、濃すぎる。


雨上がりの曇天にしては、


あまりにも、くっきりとしすぎている。


そして何より――


影が、笑っているように見えた。


影は、ゆらりと揺れ、


次第に、私とは異なる輪郭を形作っていく。


結い上げた髪。


細身のシルエット。


手にした、一本の傘。


影は平面から厚みを持ち、


立体として、私の前に立ち上がった。


そこにいたのは――


黒と青の髪を高く結い上げた、異国の装いの女性。


雪の結晶を散りばめた紺色の傘を携え、


黒いレースの衣装を纏ったその姿は、


まるで冬の夜を人の形に閉じ込めた人形のようだった。


だが、その青い瞳は――


氷よりも冷たく、


そして、どこか愉しげに輝いている。


白い肌に映える水色の唇が、


ゆっくりと弧を描いた。


『お初にお目にかかります、ミカゲ様』


その声は、甘く澄んでいて、


それでいて、底知れぬ冷気を孕んでいた。


『私の名は、ソリア。シグマより参りました』


彼女の周囲に、季節外れの雪の結晶が、静かに舞い始める。


冷たい風が、参道を吹き抜けた。


『こんな素敵な街で、こんな素敵な“器”に出会えるなんて……』


ソリアは、楽しげに微笑む。


『――私、とても幸運ですわ』


傘をくるりと回すと、


それに呼応するように、


私の身体が、糸で操られる人形のように、ぎくりと揺れた。


「あ……ああ……?」


喉から、掠れた声が漏れる。


ミカゲの表情が、一気に険しくなる。


「……婆やから、離れなさい」


『まあ、怖い顔』


ソリアは悪びれもせず、肩をすくめた。


『でも、ご安心を。

 この方は……ちゃんと、お返ししますわ』


一拍置き、


彼女は傘の先を、そっと地面に突く。


『ただ――その前に』


青い瞳が、真っ直ぐミカゲを射抜いた。


『少しだけ、お話がしたいのです』


その唇が、ゆっくりと形を作る。


『――“紅蓮の娘”について』


その言葉に、

ミカゲの目が、鋭く、氷のように光った。



26.



蛇の祠の参道に、凍えるような冷気が吹き抜けた。


雨上がりの湿った空気が、一瞬で白く凍りつく。


ミカゲは、静かに視線を上げた。


その先にいる女――ソリアを見据える。


「……“紅蓮の娘”?」 低く、問いかける。


『とぼける必要はありませんわ』

ソリアは薄く笑みを浮かべたまま、視線だけを祠へ向けた。


『あなたの背後から、はっきりと生命ルミナを感じます。隠し立てできるほど、未熟な力ではありませんもの』


傘の先が、わずかに地面を叩く。


『大人しく差し出してくださるなら――』一拍、間。『このおばあ様は、無事にお返ししますわ』


冷たい声だった。


そこに交渉の色はあっても、情は一切ない。


「……交換条件、というわけですね」

ミカゲは一歩も退かずに言った。


『ええ。お話が早くて助かりますわ』

ソリアは愉快そうに傘の柄をくるりと回す。


「では……断る、と言ったら?」


『……それでも構いません』

声色が、わずかに落ちた。

『順番が逆になるだけ。まずは――このおばあ様ごと、あなたを殺すだけですから』


空気が、さらに冷えた。


凍てつく殺気が、刃となって放たれる。


「ひっ……」 婆やが思わず声を漏らし、その場に崩れ落ちる。


――それでも。


ミカゲは、己の胸中だけを見つめていた。


クヅラハを守る当主。


始祖ルミアナが遺した、生還ノ舞の書き手。


そして――後継者、オルディナを守る賢者。


どくん。


胸の奥で、再生ルミナが脈打った。


それは、これまで仮初めだった蛇精霊との繋がりを、さらに深く、太く、確かなものへと変えていく鼓動。


ミカゲは、静かに息を吐いた。


「……よろしいでしょう。ソリアとやら」

その声は、凛として揺るがない。

「このミカゲ、クヅラハの当主にして――  オルディナ様を守る《生還ノ書き手》として、あなたをお相手します」


『……まあ』

ソリアの口元が、わずかに吊り上がる。

『美しい意志ですこと。紅蓮の子を守る覚悟が、あなたを正式な賢者へと昇華させた……そういうわけですのね』


傘の中から、細身のサーベルが抜き放たれた。


『でしたら――守ってみなさい』 刃先が、婆やへと向く。


――カン。


鈍い金属音。


白蛇の紋様を帯びた再生ルミナが、刃を阻んだ。


白蛇が、優しく婆やを包み込む。


「……そのまま、安全な場所へ」

ミカゲは背を向けず、静かに告げた。


『お見事』 ソリアは感嘆するように言った。

『ただの書き手ではありませんのね』


『ミカゲ』

背後から、サクヤオロチの低い声が響く。

『私たちは正式な契約に至ったばかり。幻界昇華の最大出力は上がるでしょうが……呑まれぬように』


「ええ。心得ています」

ミカゲは振り返らずに答えた。


『では――』

ソリアが、傘を地面に突き立てる。

『蛇の巫女の力、拝見いたしましょう』


その瞬間。


参道一帯が、音を立てて凍結した。


パキ、パキ、キキ――


木々も石段も、瞬時に氷に覆われる。


『来ますよ!』 サクヤオロチが叫ぶ。


氷の地面から、牙のような氷柱が次々と突き出し、ミカゲを貫こうとする。


ミカゲは舞うように躱した。


再生ルミナの紋様が全身に浮かび、雨上がりの光を受けた橙銀の髪が宙を泳ぐ。


『……器用な方』 ソリアが呟く。


「《白潮蛇刃ビャクチョウ・セイジン》……!」


高圧の水流が刃となり、氷の牙を切り裂きながらソリアへと迫る。


ソリアは、右手でそれを受け止めた。


触れた先から、水刃が凍結していく。


『固い水ですこと……』 冷ややかに微笑む。

『ですが、低温では水は凍るのみ。物理法則は、ご存知でしょう?』


「……油断しましたね」 ミカゲの瞳が、赤く光る。 「《妖熱閃》」


次の瞬間、水刃が波打ち、湯気を立てた。


しゅううう――


凍結が解け、熱が奔る。


『……っ』

ソリアは手を引き、距離を取る。

右手に、かすかな火傷の痕。


『……なるほど』 声が、さらに冷たくなる。

『私の体に、傷をつけるとは』


水色の唇から、鋭い牙が覗いた。


『……もう、容赦はいたしません』


一瞬で、水刃が完全に凍結する。


「……!」 ミカゲは術を解除した。


『《嘆きの黒虎雪》』


氷から、二匹の黒紋の虎が跳び出す。


「《白蛇縛環ハクジャ・シルヴァイン》──!」


緋鎖が絡み、虎を止める。


だが、次の瞬間――白蛇は凍り、砕け散った。


氷虎が、ミカゲに喰らいつく。


「……っ」 肩と腿から、深紅の血が噴き出す。


『ミカゲ! 再生ルミナで止血を!』

サクヤオロチが叫ぶ。


だが、冷気が体温を奪い、ルミナは思うように巡らない。


噛みつかれた箇所から、身体が凍り始める。


はぁ……はぁ……


痛みすら、遠のいていく。


『さあ』

いつの間にか、目の前にソリアが立っていた。

『最後の機会です』


冷たい青の瞳が、ミカゲを射抜く。


『紅蓮の娘を――私に差し出しますか?』


走馬灯のように、オルディナの笑顔がよぎる。


――オルディナさん、わたしは……


「……断じて、断りますわ」

血の気を失いながらも、ミカゲは言い切った。


『……そう……では、ここで幕引きですね』


刹那。


影からの刺客の、無慈悲な一閃が――


古都の巫女へと振り下ろされた。


 

――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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