表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/94

⑫「ただいま」から暗転へ──影の仮説、ソリアと名乗る者

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

23.



「……ぉるねぇ……!」


遠くで、誰かが呼んでいる。


「おるねえってば!!」


……あれ?


私、さっきまで……何をしていたんだっけ。


胸の奥に、ひどく静かな感覚が残っている。


温度も、重さも、はっきりしないまま――


けれど確かに、そこに“誰か”がいた。


何だか、前にも同じように


――こうして、戻ってきたことがあったような。


「オルディナさん!!」


もう一人、声が重なる。


二人から、同時に呼びかけられている。


どうして……?


さっきまで、わたしは――


……ネス。


髪の濡れた少女。


紫色の瞳。


闇の中で、こちらを見上げていたあの小さな存在。


オルディナは、はっと目を開いた。


視界が一気に明るくなる。


目の前には、泣きじゃくった顔で必死に自分を呼び続けていたラオ。


その隣で、赤い瞳に涙をいっぱい溜めたミカゲが、今にも崩れそうな表情でこちらを覗き込んでいた。


「……あっただいま……」


自分でも驚くほど、間の抜けた声が口からこぼれた。


次の瞬間、ラオが思いきり抱きついてきた。


金色の髪が頬にかかる。


「めちゃくちゃ……心配したんだから……

 無茶しすぎだよ……」


言葉にならない泣き声が、オルディナの肩を濡らす。


オルディナは、ゆっくりとラオの背に腕を回し、優しく頭を撫でた。


「ありがとう……ラオ」


少し落ち着いたところで、視線をミカゲに向ける。


「ミカゲも……ごめんね。

 ちょっと……無理しちゃった……」


ばつが悪そうに言うオルディナに、ミカゲは小さく首を振った。


「いえ……無事にお戻りになられたので、それでよいのです……」


声は落ち着いているが、赤く腫れかけた目が、どれほど案じていたかを雄弁に語っていた。


オルディナは周囲を見渡す。


気づけば、そこは蛇の祠の式座だった。


ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯が、現実に戻ってきたことを静かに告げている。


「……帰ってこれたんだ……」


ぽつりとこぼしたその言葉に、深い安堵が滲んだ。


『会えたのですか?』


ミカゲの背後から、サクヤオロチがそっと顔を覗かせた。


「うん……私が聞こえた声の子に、会えたと思う……」


オルディナは、破の修行の中で起こった出来事――


カリンの内側で見たもの、聞いた声について、ゆっくりと言葉を選びながら説明した。


「……オルディナさん。

 とすると、その少女というのは……」


ミカゲの声が、わずかに強張る。


「うん……断定はできないけど……

“影の者”だと思う……」


式座の空気が、ぴんと張り詰めた。


「で、でも……

その正体が、少女の姿なんて……」


ラオは戸惑いを隠せない様子だった。


『……カリンという娘が、影の者の“器”に過ぎないとすれば……そして、これまでのルミナの歴史を踏まえれば……あり得なくはないのかもしれません……』


サクヤオロチは、言葉一つひとつを慎重に踏みしめるように語った。


『オルディナよ。お主は、かつてのルミアナが到達できなかった領域に、踏み込んだのかもしれん』


イグニファの低い声が響く。


「え……?」


オルディナは思わず首をかしげた。


『私たちも……ルミアナから、影の者について直接聞いた覚えはないのですよ……それなのに……どこか、違和感がある……』


サクヤオロチは、珍しく言葉を濁した。


『まるで……私たち精霊自身の中から、ある記憶が抜け落ちているかのような……』


オルディナは、はっと息を呑んだ。


失われた記憶。


目覚めの祠の石碑。


ルミアナの残した舞と物語。


修行の数々。


カリン――


そして、ネスの存在。


「……ちょっと待って……まさか……影の者って、過去にも……似たようなことを、起こしているんじゃ……」


言葉の途中で、オルディナは口を閉ざした。


だが、頭の中で散らばっていたピースが、静かに噛み合い始めている感覚があった。


『言いたいことは、わかります……オルディナ。私も、同じ考えです。ですが……断定はできません』


サクヤオロチは静かに言った。


『その仮説を確かめるには……お主の妹と姉の力が必要になるだろう』


イグニファが続ける。


妹と姉――


ロゴスとアクシオンの顔が、自然と脳裏に浮かんだ。


「……そうだね。

 お互いが知っていることを、補完し合わないと……」


『それがよいでしょう』


サクヤオロチは、ひとつ深呼吸をして言った。


『あなたの修行も……これで一段落ですから』


「え?……そうなの?」


オルディナは、きょとんとした。


『自分の身体を、よく見てみるといい』


イグニファが、どこか誇らしげに微笑んだ。


オルディナが視線を落とす。


右手の甲に、情熱ルミナの紋様。


左手の甲に、再生ルミナの紋様。


どちらも、淡く、しかし確かに刻まれていた。


――破まで、修行を完遂した証。


「……成功してたんだ……」


オルディナは、静かに呟いた。


『明日からは……あなたが取り戻したルミナを基に、最終調整に入りましょう……』


サクヤオロチの言葉に、皆が深く頷いた。


――だが。


この時点で、誰一人として気づいてはいなかった。


古都クヅラハへ、

氷のように冷たく、

ことわりそのものを削ぎ落とす脅威が、

すでに迫りつつあることを。



24.



明くる日は、あいにくの雨だった。


冷気を帯びた雨が、古都クヅラハに静かに、しかし確かに降り注いでいる。


屋根を打つ雨音で目が覚めた。


オルディナは数日ぶりに、ミカゲの住む屋敷で眠っていた。


「ふぁ……今日は雨か……」


重たい身体を起こし、布団から抜け出す。


縁側に足を下ろした瞬間、ひやりとした空気が肌に突き刺さった。


「さむっ……」


思わず肩をすくめながら身支度を整え、オルディナは小走りで蛇の祠へ向かう準備を始めた。


 


カツ、カツ、カツ。


クヅラハの地に、ゆっくりと歩を進める者がいた。


異国の意匠が施された傘を差し、鼻歌を口ずさみながら、濡れた石畳を踏みしめている。


その足取りは軽く、迷いがない。


『雨……。私を祝福してくれているのかしら?』


くるりと傘を回し、その者は微笑んだ。


そして、何のためらいもなく、古都クヅラハの地へと足を踏み入れる。


 


蛇大路は、雨にもかかわらず賑わいを見せていた。


商人たちは声を張り上げ、行き交う人々はそれぞれの用事に追われている。


『ここが……クヅラハ……。

 シグマとはまるで違うルミナが流れていますわね……新鮮……』


その者は、興味深そうに周囲を見渡した。


やがて、行き交う人々の視線が、自然とその者に集まり始める。


見慣れぬ装い。


古都には似つかわしくない異国の風貌。


中には、はっと足を止め、見惚れる者もいた。


「旅のお嬢さん……こっちで雨宿りがてら、お団子でもどうだい?」


甘味処の婆やが、暖簾の下から手招きしていた。


『私のこと?』


「そうさね……あんたさん以外、そのような格好の人はおらんよ」


『では、お言葉に甘えて』


その者は素直に傘を閉じ、甘味処の中へと足を踏み入れた。


 


団子の甘い香りと、焙じ茶の湯気が店内を満たしている。


「何にするかね?」


『あなたのおすすめでいいわ』


「はいよ。ちょっと待っておくれ」


婆やが厨房へと引っ込むのを見送り、その者は通りを行き交う人々に視線を向けた。


『……のどかなところですのね……』


しばしして、盆に団子と湯気立つ茶を載せた婆やが戻ってくる。


「お待ちどおさん」


『まあ……なんて美しい……いただきますわ』


団子を口に運ぶ。


ゆっくりと噛みしめる。


――おいしい。


初めて口にする味かもしれない。


続いて、茶を一口。


ふふ。


何だか……おかしくなってきますわね。


こんな、人間じみたことをしているなんて……。


その者の唇に、静かな笑みが浮かんだ。


水色に塗られた唇が、雨明かりを受けて妖しく光る。


「お嬢さん、どこから来なさったんだい?

その格好……セフィロスの方からだろう?」


『ふふ……正解ですわ、おばあ様』


婆やは小さく驚いたように目を瞬かせる。


「雪国から、こんなところまで……。

 何しに来たんだい?

 ……いや、事情があるなら、答えなくてもいいがね」


『ぜひ、この目で見たいものがありますの』


その者は、静かに言葉を紡いだ。


『この街には、舞踊の文化が残っていると伺いました。代々伝わる舞台稽古小屋……そう呼ぶのでしたかしら。私、そういう歴史ある建築物に目がないのです』


「歴史好きってわけかい……。

 それなら、ここはうってつけだね」


婆やは少し誇らしげに続けた。


「この通りを北へ行くと、クヅラハ山がある。

 そこを登ると、小さな祠があってね。

 この街の者は、よくお参りに行くんだよ」


『まあ……ぜひ見てみたいですわ』


「あいにくの雨だけどね。

 晴れた日には、ここら一帯を一望できるんだ。

 昔は、じいやとよく見に行ったもんさ」


『それなら……おばあ様。

 この私と、一緒に行きませんこと?』


吸い込まれそうな視線。


婆やは一瞬、言葉を失ったが、首を振った。


「残念だけど、店番があるからね……

 すまないね……」


『そう……ですよね。

 ごめんなさい、急に変なことを……』


「いやいや……お気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ。

 ……おや、雨が止んだようだね」


確かに、先ほどまで響いていた雨音は、いつの間にか消えていた。


『まあ……ついておりますわ。

 では、私はこの辺で。

 その祠というものを、拝見してきます』


その者は立ち上がり、暖簾へと向かう。


背後から、婆やが慌てて声をかけた。


「あっ……お嬢さん。

 お名前を、聞いてもいいかい?」


その者は、ぴたりと足を止めた。


ゆっくりと振り返る。


『ソリアと申します……以後、お見知りおきを』


その名を耳にした瞬間、


婆やの視界は、音もなく暗転した。



――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

ブックマークで追ってもらえると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ