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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑪緋鎖で結ばれた賭け──オルディナ、影の奥へ墜ちる

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

21.



『どうしちゃったのさ~オルディナ~?』


黒紫のルミナを揺らしながら、カリンが不気味な笑みを浮かべ、身体をくねらせた。


その声音は甘く、軽く、まるで冗談を投げかけるようだった。


けれど、舞台結界を満たす瘴気は、確実に濃度を増している。


オルディナは、目を閉じていた。


これまで交わしてきた言葉。


触れ合った刃。


抱き締められた温度。


そして――ほんの一瞬、拳を交えたときに“聞こえた声”。


それらを、一つひとつ噛み締めるように、心の奥へ沈めていく。


……やっと、見えた


あの少女は、すべてを語っていなかった。


いや――語れなかったのだ。


「オルディナさん?」


ミカゲの、抑えた声が響く。


書き手としてではなく、仲間としての、切実な呼びかけ。


やがて、オルディナはゆっくりと目を開けた。


『何か掴んだのですね……』


頭上から降り注ぐサクヤオロチの声は、確信を帯びていた。


「うん……」


オルディナは、はっきりと頷いた。


「私が見えているあの娘は……“本物”じゃない……」


その言葉は、断定ではなく、実感だった。


「どういう意味です?」


ミカゲが眉を寄せる。


『あれは……器、というわけですか』


サクヤオロチの問いは、静かだった。


「そうだと思う……」


オルディナは視線をカリンに向けたまま、続ける。


「あの娘と交えていると……“本当”の声が聞こえた気がするの」


それは怒りでも、嘲りでもない。


置き去りにされたまま、呼び続けていた声。


『おーい、オルディナ!』


カリンが手を振り、無邪気に笑う。


『どうしたの~? こっち来て、うちとあそぼぉよ~』


その仕草はあまりにも自然で、あまりにも“生きている”ようで――だからこそ、痛々しかった。


オルディナは、深く息を吸った。


「ミカゲ……サクヤ……」


声は震えていなかった。


「ちょっと、試したいことがあるの。協力してくれないかな?」


彼女が語った“作戦”は、ミカゲの表情から一瞬で血の気を引かせた。


「……それは危険すぎます……無茶です……!」


ミカゲは思わず、オルディナの手を掴んだ。


「でも……これしかないと思うの。それに……」


オルディナは二人を、まっすぐに見た。


「私は、あなたたちのことを信じてる……大丈夫。絶対、戻ってくるから」


その微笑みは、覚悟の裏返しだった。


サクヤオロチは、しばし目を閉じていた。


やがて、静かに瞼を開く。


『……いいでしょう。オルディナ。あなたの賭けに、私ものります』


「サクヤさん……!」


ミカゲが息を呑む。


『ミカゲ……私たちは、この幕の助演です。 この幕の行く末は、オルディナに託されてい   る』


「……わかりました……」


ミカゲは一瞬だけ唇を噛みしめ、そして頷いた。


「……万が一の時は、私が必ず、あなたを連れ戻します……」


「ありがとう。二人とも」


オルディナは、心から笑った。


その瞬間。


『もぉ~、がまんできない!!』


カリンが黒紫のルミナを爆ぜさせ、跳躍する。


『オルディナ! うちから突撃しちゃうからねっ!!』


「チャンスは一度だけだよ!」


オルディナは前へ踏み出した。


「ミカゲ! お願い!」


その声に応え、ミカゲは凛と詠唱する。


「《白蛇縛環ハクジャ・シルヴァイン》──」


地面から現れた無数の白蛇の緋鎖。それは音もなく、カリンと――


オルディナを、同時に絡め取った。


二人は、緋鎖によって“結ばれた”。


『きゃぁぁ、なにこれー? おもしろーい!』


カリンは楽しげに笑い、抵抗すらしない。


「カリン……いくよ……」


オルディナの身体を、温かな生命ルミナが包み込む。


その光は、緋鎖を伝い、まっすぐにカリンへと流れ込んだ。


『むぉぉ……どういうつもり? オルディナ?』


余裕の仮面が、わずかに揺らぐ。


オルディナの脳裏に、あの詞が蘇る。


傷は、閉ぢて消ゆるにあらず。抱かれてこそ、はじめて輪となる。


……知りたいあなたの“本当の声”を……


生命ルミナは、潤朱色へと変じた。再生ルミナの象徴。


それに反応するように、カリンの表情が歪む。


『……ちょ……いい加減にしてよ……』


黒紫のルミナが噴き上がる。


『やめて……やめてぇぇ!! 私の中に、入ってこないでぇ!!!!』


叫びは、初めて“恐怖”を帯びていた。


緋鎖を介し、二つのルミナが激しく拮抗する。光と影が、互いを侵し、溶かし合う。


やがて、影が逆流する。黒紫の瘴気が、オルディナの身体へ流れ込み、再び、禍々しい紋様が浮かび上がる。


『……もういいよ……オルディナ……』


カリンの声は、低く、冷たく変わった。


『ころす……』


凄まじい殺気が奔流となり、オルディナを呑み込む。


「っ……!」


「オルディナさん!!」


ミカゲの叫びが、遠くで響いた。


「……心配しないで……ミカゲ……」


闇に沈みながら、オルディナは微笑む。


「……必ず、帰ってくるから……」


次の瞬間、影の少女から溢れる憎悪と殺気が、彼女を完全に覆った。


世界は、闇に閉ざされた。



22.



ぽちゃん。何かが一滴、地面に落ちた。


音だけが、闇の中に溶けていく。空気は冷たく、澱んでいた。生命ルミナの流れは感じられない。ここに満ちているのは、邪悪な黒紫のルミナだけ――


それは、深い愛が歪みきった果ての苦悩、届かなかった想いの悲哀、そして、向けられることのなかった温もりが変質した、殺気を孕む感情の残滓だった。


オルディナは、ゆっくりと瞼を開けた。暗い。どこまでも暗い。上下も、距離も、境界も曖昧で、闇そのものが空間になったような場所。


だが――その闇の奥に、何かが“いる”。小さく、脆く、それでいて、確かな存在感を放つもの。


目が慣れるにつれ、それは人の形をしていることがわかった。


あちらも、こちらに気づいたようだった。『こんなところまで入ってきたのは、 あのお姉ちゃん以来だよ……』


声は幼く、けれどどこか底知れない冷たさを帯びていた。


さらに闇がほどける。


そこにいたのは、小さな黒髪の女の子だった。ずぶ濡れのように乱れた髪。痩せた肩。そして――紫色の閃光を宿した両眼。


まるで、オルディナの命など、いつでも奪えると言わんばかりの光。


『そんなところに突っ立ってないで、 こっちにおいでよ。紅蓮のお姉ちゃん』少女は、無邪気に手招きをした。


オルディナは言葉を返さず、ゆっくりと、その歩みを進めた。足音は、闇に吸い込まれて消える。


「わたし、オルディナっていうの。 あなたのお名前は?」


『わたしの名前……?』少女は一瞬、言葉に詰まった。


『……わからない』


「そっか……」


『でもね…… あのお姉ちゃんは、わたしのこと ネスちゃんって呼んでたよ……』


“お姉ちゃん”。


その言葉が、オルディナの胸に小さく引っかかる。


だが、問い詰めることはしなかった。


「ネスちゃんね。私もそう呼んでいい?」


『いいよ』ネスは、ほんの少しだけ、笑ったように見えた。


「ネスちゃんは、ここに住んでいるの?」


『そうだと思う。 気づいたときから、ずっとここにいたの』


「……独りで?」


『うん。 ここが、わたしのすんでいるばしょ』


「……ママは?」


『ママ? 知らない…… ネスは、ずっと独りだったよ……』


オルディナの背に、冷たい汗が伝った。胸の奥で、否定したい仮説が、はっきりと形を取り始める。


――まさか。――この子が。


だが、口には出さなかった。確信を突きつける言葉は、この場所では、刃になる。


その沈黙を破ったのは、ネスだった。『でもね…… ずっと、わたしのなかで 浮かんでは消えるきもちがあるの』ネスは、小さな手を胸に当てた。


「……どんな気持ち?」


『どうして、置いていかれたんだろう?って…… それが浮かぶとね、 ここが、すごくいたいの』胸を押さえ、ネスは声を震わせた。


やはり――。この子が、あの時、オルディナの内側に聞こえた“声”の主。そう理解してなお、オルディナは首を振った。――まだ、決めつけるには早い。


『おねえちゃん?』


「ううん。何でもないよ。 それより…… もっとネスのこと、聞かせてくれる?」


オルディナは、ネスの隣に、そっと腰を下ろした。


『いいよ。 ネスがおねえちゃんの おはなしあいてになってあげる』その声は、どこまでも無邪気だった。


それから、とりとめのない話をした。時間の感覚は、とうに失われていた。


『ふぁ〜…… ちょっと、ねむくなってきちゃった……』ネスが、大きなあくびをする。


オルディナの瞼にも、重みが落ちてきた。「……ちょっとだけ、一緒にお昼寝しよっか」


二人は、闇の中に横たわった。


『おねえちゃん』


「なあに?」


『また…… ネスと、おはなししてくれる?』


答えようとした。だが、言葉は形にならなかった。


オルディナは、そのまま深い眠りへと落ちていった。



――つづく


ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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