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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑨破、開幕──書き手の継承と「向き合う覚悟」

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

17.





クヅラハに、再び朝が訪れた。


煌びやかな陽光が古都を照らし、瓦屋根の連なりを淡く染め上げている。


オルディナは、恐る恐る蛇の祠の式座へと足を踏み入れた。


――まずは、謝らなくてはならない。


ミカゲにも、ラオにも。昨夜の自分の行いを思えば、それは避けて通れなかった。


式座の内は、ひどく静まり返っていた。


昨夜まで揺れていたはずの蝋燭の火はすでに消え、空気には、修行の余熱だけがかすかに残っている。


奥の袖から、微かな寝息が聞こえた。


ラオだろう。序の修行で、彼女もまた限界まで消耗していたはずだ。


オルディナは、その眠りを妨げぬよう、足音を殺して式座の中心へ進んだ。


そこで、彼女は一人の巫女の姿を見つけた。


銀髪の女性が、筆を握ったまま、うつ伏せに伏している。


ミカゲだった。


どうやら眠気に抗えず、そのまま筆を置いたらしい。


彼女の傍らには、幾重にも積まれた紙束があった。


生還ノ舞――序の修行録。


その一枚を、オルディナはそっと手に取る。


「……綺麗な字……」


思わず、素直な感想が零れた。


草稿に目を通すと、昨夜の光景が鮮明によみがえる。


イグニファの詞。


五枚目の炎の環。


囁く声。


影に呑まれた、自分自身。


その記述に差し掛かった瞬間、オルディナは思わず目を伏せそうになった。


――だが。


「……ゆっくりでいい……」


夢の中で聞いた言葉。


姉の声。


ルミアナの微笑み。


オルディナは、深く息を吸い、ゆっくりと目を開いた。


ゆっくりでいい。


でも、ここから目を逸らすわけにはいかない。


『戻られたのですね、オルディナ』


背後から、不意に声がかかる。


オルディナは思わず肩を跳ねさせ、声を殺して振り向いた。


「サクヤ……! びっくりさせないでよ……」


『ああ……ミカゲたちは眠っていますからね。失礼しました』


サクヤオロチは、どこか悪戯めいた眼差しでそう言った。


「……ううん。こっちこそ、ごめん……。突然、飛び出したりして……」


『気にする必要はありませんよ。

むしろ、あれほどで済んだのは幸運でした』


その声音は静かだが、確かな重みを帯びていた。


『それで――覚悟は、できたのですね?

あの者……カリンと、向き合う覚悟が』


サクヤオロチの視線が、まっすぐにオルディナを射抜く。


「……うん……」


オルディナは俯き、かすかに震える声で続けた。


「このまま……あの娘から目を背けているだけじゃ……ダメだと思うの……」


『怖いのですね』


その一言に、オルディナは何も否定できなかった。


『再び呑まれてしまうのではないか。

その時、また大切な者たちを傷つけてしまうのではないか……』


「……うん……」


『心配はいらぬ』


低く、力強い声が割って入る。


いつの間にか、イグニファがそばに立っていた。


『その時は、またわらわたちが引き戻してみせる』


「……イグニファ……」


オルディナの視線は、彼の角に残る傷へと向かった。


胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


『何も案ずるな。

破の修行とは、己の影と向き合うためのもの。呑まれることがあったとしても――』


『私たちが、います』


サクヤオロチの声は、凛として揺るがなかった。


「……ありがとう……二人とも……」


オルディナは、心からそう言った。


守るだけではない。


一人で背負うだけでもない。


仲間を信じ、頼ること。


それもまた、生還ノ舞の一部なのだと――

そのとき、ようやく理解した。


式座には、二人の賢者の穏やかな寝息が静かに響いている。


オルディナと精霊たちは、言葉なく、柔らかく微笑み合った。


やがて訪れる“破”の修行を、誰もが静かに見据えながら。






18.





「ふぁぁ……よく寝たぁ……」


式座の袖で丸くなっていたラオが、ゆっくりと上体を起こした。


大きく伸びをすると、窓から差し込む朝の陽光がその金髪をやさしく照らす。


朝だ。


小鳥のさえずりが、どこか近くで弾むように響いている。


ラオは一瞬、胸の奥がざわつくのを感じた。


昨夜のことが、夢だったのか現実だったのか――その境目が、まだ曖昧だったからだ。


恐る恐る、式座の奥を覗く。


……いた。


オルディナは、式座の中心でミカゲと向かい合い、何かを話している。


その背筋は真っ直ぐで、昨日のような危うさは感じられない。


その気配に気づいたのか、オルディナがこちらを振り向いた。


「あ、ラオ。おはよ!」


澄んだ声だった。


「おはよ、オル姐!」


思わず声が弾む。


オルディナの表情は、まるで長い雨が上がった後の空のように、晴れやかだった。


――ああ、戻ってきてくれたんだ。


それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


ラオは、それ以上何も言う必要はないと感じていた。


「さっきまで、何の話してたの?」


軽い調子でそう尋ねると、重厚な声が静かに応えた。


『序の修行は完了した』


イグニファだった。


猪精霊は目を細め、昨夜の光景を思い返すように続ける。


『まだ不安定ではあるが――

オルディナの情熱ルミナは、確かにかつての水準に近づいている』


その言葉に、ラオは思わず息を呑んだ。


『ゆえに――』


今度はサクヤオロチが、ゆっくりと言葉を継ぐ。


『本日より、生還ノ舞・破の修行に入ります』


空気が、すっと張りつめた。


「……今度は、あたしじゃなくて……」


ラオは視線をミカゲへ向けた。


「ええ。そうなります」


ミカゲは静かに頷き、赤い瞳でラオをまっすぐに見つめる。


「そしてラオさん。あなたには――

一時的に、私の代役をお願いしたいのです」


「え?」


嫌な予感が背中を走る。


「まさか……」


「“書き手”として、です」


ミカゲの言葉は、迷いがなかった。


「破の修行は、内側が激しく揺らぎます。

だからこそ――

外で見届け、記録し、世界を繋ぎ止める存在が必要なのです」


「ええええ……!」


ラオは思わず声を上げ、肩を落とした。


「あたし、字を書くの苦手なんだけどなぁ……」


式座に、しんとした沈黙が落ちる。


大きな蝋燭の炎だけが、ゆらり、ゆらりと揺れていた。


その静寂を破ったのは、オルディナだった。


「ラオ……お願い」


紅蓮の瞳が、まっすぐにラオを射抜く。


「この修行、絶対に成功させたいの。

だから……あなたの力が必要なの」


その目には、確かな覚悟が宿っていた。


影から逃げないと決めた者の、強さと脆さが、同時に滲んでいる。


「オル姐……」


その瞬間、ラオの脳裏に、灰の渓谷で交わした誓いが鮮やかに蘇った。


――精霊イグニファ。

このラオ、あなたと契約し、

《炎の環の守護者》として、

オルディナ様を支え、

命のために尽くすことを、

ここに誓います――


ラオは、ゆっくりと息を吸った。


「……わかった」


そして、にっと笑う。


「オル姐。あたしはあなたを守る賢者――

《炎の環の守護者》よ」


胸に手を当て、はっきりと言い切った。


「今度はね……“幕の外”から、ちゃんと支える」


その言葉に、オルディナはふっと微笑んだ。


「ありがとう、ラオ」


『では』


サクヤオロチの声が、式座に響く。


『三人とも、式座へ』


オルディナとミカゲは並んで腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。


「オル姐、ミカゲ!こっちは任せて!」


ラオの声は、いつもより少しだけ真剣だった。


二人は、静かに頷く。


次の瞬間――


頭上から、蛇精霊の威厳ある宣言が降り注ぐ。


『これより、生還ノ舞――破、開幕』


世界が、再び反転する。


オルディナは、意識が深く沈んでいくのを感じていた。




――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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