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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑧刻まれた紋様──闇から醒めて、涙の再起

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

15.



灰の渓谷アッシュ・バレーに、禍々しい黒紫のルミナが滲み出していた。


それは空気そのものを侵し、息を吸うだけで肺の奥が焼けるように痛む。


——ここに長く留まれば、自分まで呑まれてしまう。


「か……は……」


ラオは耐えきれず膝をつき、前のめりに倒れ込んだ。

喉から漏れる呼吸音は細く、荒い。


オルディナから溢れ出す黒紫の奔流が、

アッシュ・バレーに満ちていた生命と情熱のルミナを、根こそぎ喰らい尽くそうとしていた。


『……オルディナ。呑まれよったか……』


イグニファが低く唸る。


その中心に立つオルディナの身体には、

複雑に絡み合う黒紫色の紋様が幾重にも浮かび上がっていた。


赤かった髪には不規則な黒の筋が走り、

瞳は虚ろと憎悪を孕み、片方が妖しく紫に染まっている。


だが——


その口元だけは、緩やかに歪み、不気味な笑みを浮かべていた。


「…………」


言葉はない。


次の瞬間。


『——来る!!』


イグニファの警告と同時に、オルディナの姿が掻き消えた。


残されたのは、黒紫の炎の残滓だけ。


「イグニファ! 上!!」


ラオの叫びが遅れて届く。


『むぉっ!!』


イグニファは咄嗟に角を掲げ、振り下ろされた黒紫の拳を受け止めた。


——ギギギギギッ。


軋む音が空間を裂く。


イグニファの情熱ルミナと、オルディナの黒紫のルミナが激しく拮抗する。


「あは……」


短く、乾いた笑い声。


オルディナはそのまま、

黒紫の光を纏った両拳で、何度も、何度も叩きつけた。


『……まずい……』


イグニファの額に汗が滲む。


『ここに来て……力が、上がっておる……!』


『ええい、オルディナ!! しっかりせぬか!!

これでは……あのときと“逆”ではないか!!』


祈るような叫び。


イグニファは雄叫びを上げ、自身の周囲に炎を噴き上げた。


それに弾かれるように、オルディナは後方へ翻り、距離を取る。


だが、間を置かず——再び迫る。


迎撃しようとした、その瞬間。


イグニファは見てしまった。


オルディナの目尻から、一筋の涙が零れ落ちたのを。


——オルディナ……。


その一瞬の躊躇が、命取りだった。




「イグニファ!!」




ラオの叫びは、間に合わない。


黒紫の無情な刃が、イグニファを貫こうとした——


そのとき。


天上から、凛とした声が響き渡った。


「《白蛇縛環ハクジャ・シルヴァイン》——」


地を割り、無数の白蛇の緋鎖アマヌキが噴き上がる。

螺旋を描きながら絡み合い、音もなくオルディナを拘束した。


「ミカゲ!!」


ラオの声に、安堵が滲む。


『……ミカゲよ。今のオルディナは、完全に影に呑まれておる……』


「ええ……承知しています」


ミカゲは一歩前に出た。


「サクヤさん。幻界昇華を使用します。よろしいですね?」


『……はい。ですが、無理は禁物ですよ』


一時的に書き手を引き継いだサクヤオロチの声が、アッシュ・バレーに静かに溶けた。


「ありがとうございます」


ミカゲがそう告げた瞬間——


彼女の身体に、血の紋のような神蛇の刻印が浮かび上がる。


橙銀の長髪が輝きを増し、宙を泳いだ。


「《白蛇刻印ハクジャ・エングレービング》!!」


拘束していた白蛇たちが、白銀と緋色に眩く輝き出す。


それはまるで、影を力で抑え込むのではなく、

静かに、優しく包み込み、浄化しているかのようだった。


「あ……ああ……」


オルディナは白目を剥き、もがく。

だが、逃れる術はない。


『……邪魔が入ったね』


意識が遠のく中、彼女の内側で、あの声が囁いた。


『今日は、ここまでにしておいてあげる』


『愛してるよ、オルディナ……』


その言葉とともに、黒紫のルミナは、すっと彼女の身体から引いていった。




——カリン……あなたは、一体……。




思考がそこに辿り着く前に、オルディナの意識は、闇へと沈んだ。


「オル姐!!」


ラオが叫び、駆け寄る。


オルディナの身体には、

確かに——

情熱のルミナの紋様が、深く刻まれていた。




16.



式座の中央で、大きな蝋燭の炎が静かに揺れていた。


炎は呼吸するかのように伸び、また縮み、周囲の影を柔らかく揺らしている。




オルディナは、ゆっくりと身体を起こした。


「……っ」


次の瞬間、全身の節々に鋭い痛みが走った。


思わず息を詰める。


ルミナはほとんど底を突き、身体の奥でかすかに残滓が燻っているだけだった。




身に纏っていた巫女衣装は、血と煤に汚れている。


——まだ、意識が完全に戻りきっていない。




ぼんやりと瞼を開くと、式座の奥で、同じ巫女衣装を纏った一人の女性が舞っていた。


白と緋の衣が、炎の揺らぎに合わせて静かに翻る。




……ルミアナ?




女性は、低く、澄んだ声で詩を詠んでいる。


その言葉は、先ほど——イグニファが灰の渓谷で詠んだ、あの詞だった。




オルディナは息を殺し、その声に耳を澄ませた。


詩が終わると、ルミアナは舞を止め、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「……私の舞は、どう?」


突然、声をかけられ、オルディナは思わず瞬きをした。


「え……?」


「見ていたでしょう?」


「……すごく、綺麗で……」


言葉を探す。


「迷いがなくて……真っ直ぐで……軸が、ぶれなかった」


自分でも驚くほど、率直な感想だった。


「ありがとう」




面をつけているため表情は見えない。


それでも、ルミアナが微笑んだことだけは、なぜかはっきりとわかった。




その瞬間、オルディナの身体が、温かな緋色のルミナに包まれ始める。


「あら……もう、そんな時間ね」


残念そうな声。


「待って……!私、まだ——」


言葉を絞り出そうとしたオルディナの手を、ルミアナは優しく握った。


「焦らないで。ゆっくりでいいの」


静かな声。


「私は、ここでずっと待っているから」


次の瞬間、視界がふっと暗転した。






再び、式座の蝋燭が揺れている。


オルディナは、はっと息を吸い、身体を起こした。


「……っ……!」


先ほどよりも、はっきりとした痛み。

これは——夢ではない。


周囲を見渡すと、神妙な面持ちのミカゲが、すぐ傍で彼女を覗き込んでいた。


「あ……ミカゲ……」


「オルディナさん……意識が戻ったのですね……」


その紅い瞳を見た瞬間、

灰の渓谷での出来事が、奔流のように脳裏を駆け巡った。




イグニファの詩。


五枚目の環。


カリンの囁き。


黒紫のルミナに呑まれた自分。


白蛇の封印。




——私、みんなを危険に……。




胸が締めつけられる。


「ミカゲ……ごめん!!」


そう叫ぶと、オルディナは式座を飛び出した。


「オルディナさん!」


追おうとしたミカゲを、サクヤオロチの声が制した。


『ミカゲ、今は放っておきなさい』




身体は限界に近いはずなのに、足は不思議なほど軽かった。


ただ、ここから逃げ出したい——その一心が、彼女を前へと突き動かしていた。


蛇の祠を出ると、クヅラハは深い夜に包まれていた。


街を見下ろす小さな岩に腰を下ろし、オルディナは、深く息を吐いた。


「……私、何やってるんだろ……」


言葉と同時に、涙が溢れた。


声にならないまま、ただ、夜に溶けていく。




そのとき——


暖かな風が、頬を撫でた。




歌声が聞こえる。


どこか懐かしい、優しい旋律。




「……運命でも、使命でも……


私たちは人形じゃない


運命を変えたっていい


それが、生きるってこと……」




「……アク姉……?」


「大丈夫? オルディナ」


久しぶりに聞く姉の声に、胸がほどけた。


「やっぱり……アク姉なんだね。どうやって?」


「ルミナで繋がっていること、忘れてた?

あなたの流れが乱れていたから……心配で」


「ありがとう……ちょっと、元気出た……さっきの歌、エリシアから?」


「ええ。歌姫直伝よ」


そのとき、もう一つの声が重なる。


「すごく上手だったよ、姉ちゃん」


「ロゴス……!」


三姉妹のルミナが、束の間、重なった。


「オルディナ、随分乱れていたみたいだけど……大丈夫?」


オルディナは、これまでの経緯を簡単に語った。


「……仕組まれた運命、か……」


「でもね」


アクシオンが続ける。


「それが、私たちの意志じゃないとは言い切れない。

始祖様たちは、仕組んだんじゃない……“託した”んだと思う」


「私も、そう感じてる」


ロゴスが頷く。


「ナヤカの文書を読んで、少しずつだけど……」


「……私、焦ってたのかな」


「焦る気持ちは、わかる」


アクシオンは一拍置いて、柔らかく言った。


「でも、ゆっくりでいい。それも含めて、託されているんだと思う」




——ゆっくりでいい。




夢の中で聞いた声が、胸に蘇る。


オルディナは、ぱん、と頬を叩いた。


「……私、もう少し頑張ってみる。

でも、絶対に焦らない。少しずつでいい」




夜明け前の空が、クヅラハの山向こうに淡く滲んでいた。




――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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