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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑦舞いながら、理解せよ──情熱ルミナと影の囁き

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

13.




イグニファの情熱ルミナによって形づくられた灰の渓谷――アッシュ・バレー。


その中心に立つ猪精霊の凛とした声が、乾いた岩壁に反響し、何度も木霊した。


呼応するかのように、渓谷を取り囲む溶岩流がざわめき始める。


赤熱した奔流は、まるで意思を宿した生き物のように脈動し、荒々しく、しかし一定の律動を保ちながら流れ続けていた。


イグニファが詩を詠み終えた瞬間、

そのすべてが、ふっと息を潜める。


灰の渓谷を包んだのは、

耳鳴りすら感じさせるほどの、深い静寂だった。


「……これが……」


オルディナが、沈黙を割るように呟いた。


「これが、ルミアナが……私たちに遺してくれた言葉……」


『そうだ』


イグニファは静かに頷く。


『かつてルミアナは、生命ルミナの系統のひとつ――情熱ルミナを、このように説いた』


猪精霊の視線が、二人を貫く。


『今はまだ、意味を掴めぬ箇所も多かろう。

それでよい』


『その理解は、これから――“舞いながら”得るものだ』


「……舞う?」


ラオが首を傾げる。


「舞うって……どういうこと?」


イグニファの口元が、わずかに吊り上がった。


『無論――わらわが、全力で叩きに行く』


『その過程で、身体で理解せよ』


「……!」


オルディナの口角が、自然と上がった。


「そうこなくっちゃ!」


彼女は拳を軽く打ち鳴らす。


『心せよ』


イグニファの声が低く唸る。


『猪精霊イグニファ――

情熱ルミナの象徴として、全力で参る』


その瞬間。


イグニファの足元から、情熱ルミナが噴き上がった。


渓谷を巡る溶岩流が一斉に呼応し、噴水のように空へと立ち上がる。


赤熱した奔流は円環を描き、幾重にも重なり合い、巨大な炎の鎖となった。


『《深朱の連鎖スピネル・バイン》!!』


轟音とともに、幾重もの炎環が二人へと襲いかかる。


「ラオ、行くよ!」


「うん!」


二人は同時に踏み込み、互いのルミナを編み上げる。


「《紅蓮双璧》!!」


大地が唸り、紅蓮の炎が溶岩のように噴き上がる。


激突。


炎と炎が噛み合い、連鎖の一部が相殺され、霧散した。


「今度はこっちの番!」


ラオが声を張り上げる。


「《深紅ノスピネル・ブレイド》!!」


八本の深紅の護封剣が顕現し、

円環を描きながらイグニファへと飛翔する。


『……む』


イグニファは軽く身を翻した。


護封剣は、その身体を捉えることなく、虚空を切り裂く。


その動きは、まるで舞。


流れるようで、無駄がなく、

どこか祈りにも似た優雅さを帯びていた。


「ここ!!《紅蓮脚》!!」


オルディナが上空から踵を振り下ろす。


だが――


イグニファは、その一撃すらも紙一重でかわした。


空を切る衝撃音。


「……なるほど」


オルディナの胸に、何かが落ちた。


「……舞うって、そういうことか」


詩の一節が、脳裏で反芻される。


――環は火なり。


――火はこころなり。


「……あの詞を……こういうふうに、戦いに……」


彼女は静かに目を閉じた。


イグニファが詠んだ言葉を、

一字一句、丁寧に思い返す。


言葉の奥に込められた意志を、

自身の生命ルミナへと重ねるように。


「イグニファ……」


オルディナは、ゆっくりと目を開いた。


「もう一度。

さっきと同じ攻撃を、私にぶつけて」


「オル姐……?」


ラオが不安そうに声を上げる。


イグニファは目を細めた。


――掴んだか。


――早いな。


『よかろう』


猪精霊が静かに頷く。


『《深朱の連鎖スピネル・バイン》!!』


再び、炎の環が生まれる。


だが――


オルディナは、動かない。


迫り来る環を、ただ真っ直ぐに見据えていた。


「オル姐!!」


ラオの叫び。


「……《命門》」


オルディナの身体を、温かな紅蓮色のルミナが包み込む。


それは、輝く宝石のように、静かで、確かな光だった。


一枚目。


身を翻し、かわす。


二枚目。


流れるように潜り抜ける。


三枚目。


舞うように、前へ。


「……すごい……」


ラオが、思わず息を呑む。


だが――


四枚目。


一瞬の遅れ。


環の側面が、オルディナの脚を掠めた。


「っ……!」


彼女は地に膝をつく。


「オル姐!!」


五枚目の環は、イグニファの意思によって霧散した。


「……いたた……」


オルディナは苦笑し、脚をさすった。


「いきなり全部は……さすがに無理か」


「でも……すごいよ!」


ラオが駆け寄る。


「相殺じゃなくて……受け流してた!

本当に……舞ってた!」


『その通りだ』


イグニファが歩み寄る。


『何かを掴んだな』


「うん」


オルディナは頷いた。


「イグニファが、私たちの攻撃を避けてたのを見て……あ、って思ったの」


「この詞は、こうやって使うものなんだって」


『うむ』


猪精霊は満足げに息を吐いた。


『生還ノ舞とは、生命ルミナを体系化した武道舞踊だ』


『攻め、受け、流し、耐え、生き残るための“型”』


「……やっぱり」


オルディナは立ち上がる。


「もう一回……お願い」


「でも、オル姐……脚が……」


「大丈夫」


彼女は、真っ直ぐに前を見た。


「これくらいで止まってるわけにはいかない」


その瞳に宿るのは、迷いではなく――意志。


『……よかろう』


イグニファの情熱ルミナが、さらに燃え上がる。


『そなたの覚悟、

いや――意志、確かに受け取った』


『もう一度だ』


修行は、まだ始まったばかり。


灰の渓谷に、あたたかな風が吹き抜けた。






14.





本殿の式座で、大きな蝋燭が静かに揺れていた。

橙の炎は天井の梁を照らし、刻まれた蛇の紋様をゆらゆらと歪ませている。


式座の中心。

オルディナとラオは正座したまま、目を閉じ、微動だにしていなかった。

二人の意識はすでに肉体を離れ、生還ノ舞の精神世界へと深く潜っている。


――序の導き手は、猪精霊イグニファ。


その外縁に、ミカゲが座していた。

三人を囲むように配置された位置で、彼女は一瞬たりとも目を逸らさず、修行のすべてを書き留めている。

それは記録であると同時に、維持だった。


かつて、イトが担った役割。

生還ノ舞を書き、世界の輪郭を留める者。


ミカゲは今、その役目を引き継いでいる。

彼女のルミナが、精神世界と現実世界の境界を繊細に支え続けていた。


「……ふぅ……」


思わず、短く息が漏れる。

額を伝う汗を、そっと拭った。


『少し、休まれては?』


傍らでサクヤオロチが、静かに声をかける。

『袖にお茶を用意してあります。』


「……ええ。では、お言葉に甘えて」


ミカゲは一礼し、席を外した。

茶を口に含み、喉を潤す。


――そのわずかな間にも、意識は修行の内へと張り付いている。


『オルディナは……もう、何かを掴み始めていますね』


サクヤオロチは目を細めた。

『呑み込みが、あまりにも早い』


ミカゲは、湯呑みを胸元に抱えたまま、静かに頷いた。


「……ええ。だからこそ、心配なのです」


視線を伏せる。


「急激な成長は、影の助長も孕む……。

オルディナさんが、無理をしていないか……」


『だからこそ、私たちは“外”にいる』


サクヤオロチの声は穏やかだった。


『万が一の時は、止めるために』


ミカゲは、ゆっくりと湯呑みを置いた。

そして、元の位置へ戻る。


「……その時は、私が書き手として止めます。

全力で」


その背には、かつてのイトと同じ、凛とした覚悟が宿っていた。




灰の渓谷――アッシュ・バレー。


生還ノ舞の精神世界に編まれた大地で、炎の連鎖が幾重にも舞っていた。


『もう一度、行くぞ! オルディナ!』


イグニファの咆哮が、空気を震わせる。


「はい!」


オルディナもまた、声を張った。


彼女の動きは、すでに“回避”の域を超えていた。

一歩、半歩、身を翻すたび、攻撃を避ける軌道そのものが舞となる。


――美しい。

あまりにも。


だが、その代償は確実に蓄積していた。

身体も、ルミナも、とうに限界を越えつつある。


『オルディナよ』


イグニファの声が、低く響く。


『次が、今日最後の攻撃だ。

しかと――舞え』


「……わかった!」


『《深朱の連鎖スピネルバイン》!!』


これまでで、最も巨大な炎の連鎖。

五重の環が、咆哮と共に解き放たれる。


オルディナは――迷わなかった。


一枚。

二枚。

三枚。


連続して、無駄のない動きで潜り抜ける。


――ここからが、正念場。


四枚目。

彼女は宙返りで、紙一重の回避。


その勢いのまま、五枚目も――


「オル姐!! やった!!」


ラオの声が弾む。


だが、炎は消えなかった。

五枚目は弧を描き、追従する。


――追従型。


いいわ。

とことん、付き合ってあげる。


オルディナは距離を取り、再び舞う。

避けても、避けても、炎は戻る。


――立ち止まれない。

もう少しで……情熱ルミナの“真意”に、届く。


歯を食いしばり、出力を上げる。

紅蓮の輝きが、彼女の意志を体現するかのように強まる。


だが――その中に。


黒紫の、微かな揺らぎ。


「……あれ……?」


ラオの胸に、嫌な予感が走る。


『見事だ、オルディナ!』


イグニファの声が高鳴る。


『次は――受け流してみよ!』


「……ええ、そのつもり!!」


炎の環は形を変え、炎の猪へと変じた。

真正面から、突進。


オルディナは――受け止めた。


激突。

火花。

均衡。


――突破できる。


そう確信した、その瞬間。


『精が出るねぇ……オルディナ』


背後から、甘く歪んだ声。


『ちょっと、力……貸してあげよっか?』


――カリン。


うるさい……今、来ないで。


『あなたの意志なんて、ただの虚構よ?

か・ん・ち・が・い♡』


違う。

私の意志は――


『その意志がさ、遥か昔から“仕組まれてた”ものだったら?』


……。


『過去に従うことが、本当にこの地を救うと思ってる?』


……やめて。


『もうさ、全部背負うの、やめよ?

楽になろうよ』


抱き締められる感覚。


――仕組まれた、もの?


その瞬間、意識が――沈んだ。


アッシュ・バレーのルミナが、変質する。

暖かさも、真っ直ぐさも失い、

憎悪と否定の黒紫が、噴き出した。


『……む?』


イグニファが異変を察知する。


炎の猪は、闇に呑まれ、消えた。


そこに立つ、オルディナ。


紅蓮と黒紫が交じり合うルミナが、確かに彼女を包んでいた。


「……オル姐……その、姿は……」




――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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