Ⅲ.帰郷、炎の環
5. 帰郷、炎の環
風は乾いていた。
ルゼア南西、黒鉄の峡谷地帯。
燃え尽きたような赤茶の岩肌に囲まれた町──《ザンブロス》。
かつて防衛拠点として築かれ、今は“ギルド自治区”と呼ばれるこの地は、中央の手も、王国の掟も届かぬ場所。
その中にあるのは一つの絆だけだった。
盗賊も、傭兵も、踊り子も、王家の落人も、戦争孤児も。
誰もが等しく「今を生きる者」として暮らす共同体──《炎の環》。
三姉妹は、石の門を抜けてその中心に立っていた。
「……懐かしい匂い」
オルディナが呟く。
火の香り、獣の汗、干し草の温もり。
すべてが彼女の帰る場所だった。
「えっ? ……オル姐!?」
建物の影から現れた少女が、信じられないというように目を見開く。肌は褐色、快活で太陽のような動き。その名は《ラオ》。
「生きてたの!? 姐、ほんとに!? ばっかじゃないの……マジ泣くわっ!!」
「少しは落ち着け」
後ろから凛とした声。
黒紫の戦装に身を包んだ女──副団長。
かつて王家の軍に属していたと言われる、静かなる守護者。
「お帰りなさい、オルディナ様……いえ、“姐さん”」
「ただいま。ラオ、ヴェーラ、二人とも元気そうね。」
「……ずっと信じてた。あの夜、姐が裏切ったなんて……あたしは一度も思わなかったよ……っ」
ラオの背を軽く叩きながら、オルディナが微笑む。
「ありがと、ラオ」
だがその直後、ラオの顔色が変わる。
「姐さん! 今、正面から入っちゃ駄目! 王国の連中が今日も張ってんのよ! ついてきて、こっちから──!」
彼女は三人の手を取り、岩壁の裂け目へと走り出す。
「ここ、裏口。あたしらの秘密ルート。あなたたちなら通れる!」
狭く湿った岩道を抜け、ギルドの裏手に出た三姉妹は、再び息を整えた。
「……まさか、王国兵がザンブロスを見張ってるなんて」とロゴスが言うと、ラオが肩をすくめる。
「最近じゃ月に一度の巡察どころか、週に二度も来やがる。表向きは“治安の視察”ってね……はっ、笑わせるよ。。」
ギルド本部へ案内されると、広間には次々と懐かしい顔ぶれが現れた。
「姐さん!?」
「生きてたのか……!」
「ほんとに、ほんとに……!」
「みんな、ありがとう……戻ってこれて、よかった」
再会の嵐が落ち着いた頃、オルディナはふと問いを口にする。
「……ねえ、ラオ。いま、何年……何日なの?」
「……え? あの夜から、今日でちょうど七ヶ月」
三人の表情が曇る。
「……そんなに」
アクシオンがつぶやいた。
「眠っていた間の記憶が、まるで切り取られてる……」
ロゴスが頷く。
「時の断絶……これは、意図的な封印かもしれないわ」
ラオは小さく頷いた。
「あの夜の後、王国は精霊の暴走を口実に、統制を強めた。“裏切り者”としてあなたたちの名を黒く塗って、でも……ザンブロスの連中は信じてた。姐さんたちが真実を知って、戻ってくるって」
その言葉を受けて、三姉妹は目覚めた祠のこと、石碑に刻まれた言葉を語り出す。
「問いの娘たちよ……」
「記憶の核を問え……」
アクシオンが詠唱するように呟く。
「それって……」とラオが顔を上げる。
「大ババ様に聞いてみよう。昔のこと、よく知ってるから」
ギルドの奥座敷に現れたのは、干し草の束に腰かけた老女──《大ババ様》。
「……火の声が、泣いておったよ」
人々が静まり返る。
「精霊の声じゃ。問いを忘れた我らに、火を灯せぬことを、悔いておるのさ」
オルディナが歩み寄る。
「……どういう意味? 問いって、精霊が何を訴えてるの?」
「問いは、命の記憶じゃ。お主は……忘れておるかもしれぬが、あの子は忘れておらんよ。イグニファは、お主との“誓い”を今でも信じておる」
「だがな……ある日を境に、声が変わった。“そなたらを焼け”と囁く声が、火の中に紛れ込んでおるのじゃ」
ロゴスがすぐに演算盤を起動する。
「核が混濁してる……精神構造に複層の“支配層”がある。精霊の主意識が沈められてるわ」
アクシオンの眼が揺れる。
「記憶の層が歪んでる……イグニファ自身が、自己と他者を識別できないほどに」
オルディナは拳を握る。
「……ババ様。まだ、私の声……アイツに届くと思う?」
「届くとも。炎が凍ることはあっても、命の火は消えはせん。──お主の声、あの子ならきっと、まだ聞いておるよ」
ラオが強く拳を握る。
「姐さん──あたしらも行くよ。イグニファは、あたしらの仲間でもある。だから、今度は“みんなで”取り戻そう」
周囲の仲間たちが次々に頷く。
武器を手に、装備を整える者たち。
「お主ら……頼もしくなったのう」
と大ババ様が目を細める。
オルディナの瞳が熱を帯びる。
「うん。頼もしいよ──これが、あたしの誇りだ」




