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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

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⑥燃えあがれ、名なきいのち──序の言葉

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

11.



一夜明け、クヅラハに朝が訪れた。


小鳥のさえずりが、山あいに澄んだ空気を震わせている。




オルディナは、久しぶりに深く眠れた気がしていた。


目を覚ました瞬間、胸の奥に残る重さが、どこか薄れている。




ここへ来てから、初めての感覚だった。




毎晩のように耳元で囁いていたカリンの声も、今朝は不思議と聞こえない。


それが、失われた記憶を少しずつ取り戻しつつある兆しなのか――


あるいは、この地に満ちる再生ルミナの加護なのか。




答えは分からない。


けれど、今はただ、呼吸が楽だった。




オルディナは身支度を整えると、まだ朝靄の残る屋敷を静かに後にした。






蛇の祠まで、一気に石段を駆け上がる。


頂に辿り着いた頃には、額にうっすらと汗が滲んでいた。




息を整えながら、眼下に広がるクヅラハの街を見下ろす。




山々に囲まれた盆地の向こう、連なる稜線の隙間から、太陽がゆっくりと顔を覗かせようとしている。


朝が来たことを、世界そのものが告げているようだった。




「……きれい」




思わず、言葉が零れる。




オルディナは大きく息を吸い込んだ。


この地に満ちる再生ルミナの空気が、身体の奥へと流れ込んでくる。


新鮮なルミナは、彼女のルミナ炉を静かに、しかし確かに鼓舞していた。




まるで、これから始まる修行を、土地そのものが歓迎しているかのように。




「……よし」




短く気合を入れると、オルディナは街に背を向け、祠へと足を向けた。






本殿に入ると、昨日と同じように、式座の前に一同が集まっていた。


大きな蝋燭にはすでに炎が灯され、柔らかな光が空間を包んでいる。




その揺らめきは、昨日よりもどこか力強く見えた。




ラオはすでに袴姿に着替えていた。


白地の着物に、深朱色の袴。


その布地には、ルミナの流れを思わせる繊細な紋様が刺繍されている。




「おっはよ! オル姐!」


場に似つかわしくないほど明るい声が響いた。


「おはよ、ラオ。すごく似合ってるよ」


オルディナが笑うと、ラオは照れたように頭をかいた。


「えへへ……ここに来たらさ、サクヤとイグニファに“これを着なさい”って言われてさ」




そう言って、式座の方を指差す。


「オル姐の分も、ちゃんと用意してあるって!」


「ありがとう。着替えてくるね」


式座へ向かうと、そこには一着の巫女衣装が、丁寧に畳まれて置かれていた。


オルディナは、思わず瞬きをする。


――見覚えがあった。


それは、先日、意識の奥に映し出された映像の中で、ルミアナが纏っていた衣。


色も、意匠も、空気までもが、あのとき見たものと同じだった。


「……どうして、これが……」


呟きながら、そっと手に取る。


穏やかな気配と同時に、長い時をくぐり抜けてきた重みが、布地から伝わってきた。




背後から、静かな声がする。




「それは、かつてルミアナ様が、イト様に託されたものです」




振り向くと、ミカゲが立っていた。


長い銀髪を一つにまとめ、ラオと同じ装いを身に纏っている。


ただ、袴の色だけが異なっていた。


潤朱色――再生ルミナの色。


「クヅラハでは、代々、私の家系が管理してきました」


「……そんな、大切な衣を……わたしが着ていいの?」


不安が、声に滲む。


「ええ。あなただからこそ、です」


ミカゲは穏やかに微笑んだ。


「ルミアナ様も、その思いで、イト様に託されたのですから」


「……うん」


まだ完全には飲み込めないまま、オルディナは頷いた。


「さぁさぁ、オル姐! 早く着替えよ!」


ラオに半ば引っ張られるように、オルディナは式座の袖へと向かう。




衣を纏った瞬間、胸の奥が、静かに震えた。




一瞬、錯覚する。


まるで、始祖ルミアナの生命ルミナが、己に重なったかのような感覚。


「……どう、かな」


おそるおそる姿を現すと、

ラオとミカゲは、言葉を失った。


「……きれい……」


ラオが、息を呑む。


「とても、お似合いです。オルディナさん」


ミカゲも、静かに頷いた。


「……ありがとう」


オルディナは、少しだけ照れたように視線を逸らした。




『準備は整ったようですね』


サクヤオロチの声が、式座に響く。


『では、皆、上がりなさい』


三人が式座の中心へ進むと、イグニファが待っていた。


『オルディナよ。これより、生還ノ舞――序の修行を始める』


『ラオと隣り合って座り、目を閉じよ』


顔を見合わせつつも、二人は指示に従う。


目を閉じたまま、オルディナが問いかける。


「……それで、ここからどうするの? イグニファ」


頭上から、声が降り注ぐようだった。


『それは――“あちら”……幕の中で語ろう』


「……どういう意味?」




問い終えるより早く、意識がふっと遠のく。




身体の輪郭が曖昧になり、魂だけが、どこかへ引き上げられていく感覚。




――そして。




『これより、生還ノ舞――

"序" 開幕』


世界が、静かに切り替わった。






12.





熱風が、オルディナの身体を吹き抜けていた。




先ほどまで、再生ルミナのやわらかな流れに身を委ねていたはずなのに、


今は違う。


皮膚の内側から、熱が湧き上がってくる。




それは焼き尽くす炎ではない。


胸の奥で渦を巻き、鼓動とともに脈打つ――


情熱ルミナの熱だった。




オルディナは、ゆっくりと瞼を開けた。




そこにあったのは、蛇の祠の式座ではない。


巨大な岩が弧を描くように連なり、


その中心には、かつて火口であった名残が口を開いている。




崩れた大地の中央に、

かすかな光を放つ印章が刻まれていた。




「……灰の渓谷アッシュ・バレー……」


オルディナは、確かめるように呟いた。


「オル姐……これ、どういうことなの……?」


隣で、ラオが戸惑いを隠せずに声を落とす。


「わからない……。

でも、私たち……ここに“来た”って感じじゃない」


オルディナは周囲を見回しながら首をかしげた。


「……ワープ、なのかな……?」


そのとき、熱風を裂くように、低く落ち着いた声が響いた。


『お主らの身体は、あの式座に置いたままだ』


イグニファが、炎の揺らぎとともに姿を現す。


「……え?」


オルディナとラオは、同時に目を瞬かせた。


「じゃ、じゃあ……これって、幽体離脱みたいなやつ……?」


ラオが思わず口にする。


『似ているようで、異なる』


イグニファはゆっくりと首を振った。


『あれは精神が物理世界を離れる現象。

ここは――生命ルミナ同士が共鳴して形づくる“場”だ』


『肉体ではなく、命の核が呼び合い、重なり合う空間……そう思えばよい』


二人は、理解したような、していないような、不思議な感覚に包まれていた。




「……ってことは、ここは“本物”のアッシュバレーじゃないんだね?」


『左様』


簡潔な答えが返る。


「それで……ここで何をするの?」


オルディナは、真剣な眼差しでイグニファを見つめた。


隣では、ラオが好奇心と不安を入り混ぜた表情で成り行きを見守っている。




『今から、一つ――詩を詠む』


「……へ?」


思わず、二人は顔を見合わせた。


「え、詩……?それが、修行……?」


『結論を急ぐでない』




イグニファは、どこか愉しげに目を細める。


『これより語るは、生還ノ舞・序の詞。

まずは黙して、耳と心を澄ませよ』


「……わかった」


腑に落ちないまま、オルディナとラオは言葉を飲み込んだ。


熱風が、ひときわ強く渦を巻く。

世界が、静かに息を潜める。


そして――

イグニファの声が、詩となって紡がれた。




やみふかく

いきひそみたる よはのはじめ、

ひかりもなく

なもなきこどうのみ

かすかに とどろけり。


そのとき

ただひとつの こゑ、

はるかなる そらより

ありけり。


「おきよ、

いまだ名なき いのちらよ。

もえあがれ、

いまだ形なき ねがひらよ。」




ルミアナの言霊、

あまつをとを ふるはしめ、

こがねの環 ひとつ、

そらに ほのかに灯りぬ。


環は 火なり。

火は こころなり。


いかりも、

くいも、

こがれも――


みな

“いきたし”と願ふ

魂の ほむらなるべし。


おさふるに 及ばず。

きえしめんとするにも あらず。


ただ みよ。

ただ みとめよ。


その炎こそ、

そなたが命の

第一の環なり。


――よろこびも、なげきも、

すべて燃やして

なほ残りたるもの。

これをこそ

「意志」と申す――。




熱風が、ひときわ強く吹き抜けた。


オルディナの胸の奥で、確かに何かが――

応えた。




――つづく

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

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