⑤生還ノ舞──命門が語る、生命ルミナの物語
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
9.
「……ぉるねぇ……!」
遠くで、誰かが呼んでいる。
「おるねえってば!!」
……あれ?
私、さっきまで……何をしていたんだっけ。
サクヤから、ルミナの話を聞いて――
それから……。
――ルミアナ。
その名が、胸の奥で弾けた。
オルディナは、はっと目を開いた。
勢いよく上体を起こす。
「わぁぁっ、オル姐!?」
驚いた声とともに、視界いっぱいに金色が揺れた。
「お、おはよ~……!」
陽光のように温かな雰囲気をまとった、金髪の女性が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「……ラオ?」
猪精霊イグニファの契約者、ラオだった。
「もう、めちゃくちゃ心配したんだから~。
あたしがここに着いたら、オル姐、気ぃ失ってるし……」
いつもの明るい調子だったが、その声の端々には、確かな安堵が滲んでいた。
「はは……ごめん、ごめん。」
オルディナは苦笑しながら、頭を押さえる。
「サクヤからいろいろ教えてもらってたらさ……急に、頭の中に映像みたいなものが浮かんできて……」
言葉を探しながら、できるだけ丁寧に、先ほどの体験を説明する。
「……不思議な体験だね。」
ラオは、蝋燭の炎にきらめく金髪を指でかき上げながら言った。
「あたしは、そんな感覚に出会ったことないから……正直、よく分かんないけど。」
少し考えるように間を置いてから、続ける。
「でも、その巫女の人……オル姐が前から会いたいって言ってた人なんだろうね。
それに、そばにいた銀髪の人も気になるな。ミカゲに似てたんでしょ?」
その言葉に、ミカゲが小さく息を呑んだ。
「……サクヤさん。
もしかして、その銀髪の女性は――“イト”様ではないですか?」
式座の奥で、サクヤオロチがゆっくりと瞳を細める。
『そのようですね。』
エメラルド色の眼差しが、静かにオルディナを捉えた。
『オルディナ……あなたは、私たちが語らずとも、生命ルミナの起源、そして――ルミアナが残そうとしたものに、自ずと近づいているようです。』
「……やっぱり。」
オルディナは静かに腰を上げた。
「私が見たあの巫女……あの人が、ルミアナなんだね。」
胸の奥で、確信に近い何かが脈打つ。
「ねえ、サクヤ。
私が見たあのシーン……今度の修行と、関係があるんだよね?」
紅蓮の瞳で、まっすぐに問いかける。
サクヤオロチとイグニファは、互いに一瞬だけ視線を交わした。
まるで、この流れが遥か昔から定められていたかのように。
『……これも、あなたの計画の一部なのですね。ルミアナ。』
サクヤオロチは、誰にともなくそう呟いた。
隣で、イグニファも同じ思いを抱いているようだった。
「……え? どうしたの?」
首を傾げるオルディナに、サクヤオロチは静かに首を振る。
『いえ……失礼しました。
その通りです。あなたが見たものは、これから行う修行と深く関わっています。』
その時、イグニファが一歩前に出た。
『オルディナよ。
そなたの生命ルミナの力――命門には、いくつかの型があることを覚えているか?』
「……うん。今はほとんど失ってる……というか、忘れちゃってるけど。」
『では、その命門が、生命ルミナの原理を“物語”と“舞”として語り継いできたものだということは?』
オルディナは、はっと目を見開いた。
物語と舞――
それは、先ほどスクリーンの中で巫女が表そうとしていたもの、そのものだった。
「……まさか。私が見たあのシーンって……」
『そうだ。』
イグニファは、低く、しかし確かな声で告げる。
『命門とは、かつて――
そなたの始祖、ルミアナが、このクヅラハで生命ルミナの原理をまとめ上げた舞踊。』
一瞬、空気が張り詰めた。
『名を――
生還ノ舞という。』
10.
「……ふぅ……」
オルディナは湯船に肩まで浸かり、ゆっくりと身体を伸ばした。
一日の疲れとともに、胸の奥に溜まっていた緊張が、湯の中へ溶けていく。
瞼を閉じると、今日、蛇の祠で知り得た出来事が、ひとつずつ頭の中に浮かび上がってきた。
――生還ノ舞。
それは、はるか昔。
生命ルミナの始祖ルミアナが、このクヅラハの地で紡いだ、物語と舞。
生命ルミナの集大成であり、
生命の原理と意義、そのすべてを表現したもの。
湯気の向こうで、本殿で交わされた精霊たちの言葉が、静かに甦る。
「……生還ノ舞、か……」
その名を、ひとつひとつ噛み締めるように呟く。
言葉を発するたび、胸の奥――
生命ルミナの炉が、どくん、どくんと強く脈打つのを感じた。
まるで和太鼓を打ち鳴らすような、確かな鼓動。
『そうだ……この舞は、
かつてルミアナが己の集大成として、
そして未来へ託すために紡ぎ上げた物語……』
イグニファの言葉に、サクヤオロチが静かに続いた。
『クヅラハの創始者――イトが、ルミアナから聴き取り、書き記した物語でもあるのです』
――なるほど。
オルディナは、あのとき見た映像を思い返した。
面をした巫女と、その傍らで筆を走らせていた銀髪の女性。
あれは、
ルミアナがイトに、生還ノ舞の物語を伝えていた瞬間だったのだ。
「それじゃあ……私が見た、あの銀髪の女性がイト?
イトって……ミカゲの?」
「はい。イト様は、私のご先祖にあたります」
ミカゲは、穏やかに微笑みながら答えた。
「……そっか」
オルディナは、少し照れたように笑う。
「こうしてミカゲと一緒にいるなんて……
なんだか、運命的だね。ロマンチックだな……」
「アクシオンさんのようなことを仰るのですね」
ミカゲも、くすりと微笑んだ。
「さすがは三姉妹、といったところでしょうか」
「ねえねえ、オル姐!」
ラオが身を乗り出す。
「私たちが、ご先祖様と同じ場所に立って、
こうして精霊たちと向き合ってるって……
なんだか、すごくない?」
その声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。
その場にいた全員が、
自分たちをここへ導いた“運命”の意味を、静かに噛み締めていた。
『さて、オルディナ』
サクヤオロチが、穏やかに口を開いた。
『今日は最後に、この物語の構成だけを伝えて、終わりにしましょう。
もう、夕暮れの刻です』
「……うん」
『生還ノ舞は、生命ルミナ系統の精霊の数にちなみ、四幕から構成されています――
序・破・急・結』
イグニファが、その言葉を引き継ぐ。
『序は、わらわイグニファの情熱ルミナ。
破は、サクヤの再生ルミナ。
急は、ケルヴァスの闘気ルミナをまとめた幕だ』
「……ってことは」
オルディナが、そっと問いかける。
「結は……カリエン?」
『その通りだ』
イグニファは、静かに頷いた。
『結は、生命ルミナの象徴であるカリエンをまとめた幕。
これまでの三幕と共鳴し、すべてを集約する』
サクヤオロチが、続ける。
『オルディナ……今回の修行では、
この生還ノ舞を、もう一度“捉え直す”必要がある』
『それは、かつてのルミアナと同じものになるかもしれない。
……ならないかもしれない』
『すべては、お主次第だ』
精霊たちの言葉を受け、
オルディナは、しばし沈黙した。
頭の中で、情報と感情が渦を巻く。
やがて、彼女なりの理解に辿り着き、口を開いた。
「……わかった」
「生還ノ舞を、もう一度身につけ直すこと。
それが、私にとっての幻界昇華の修行なんだね」
だが、ふと表情を曇らせる。
「でも……未完成になるよね。
ケルヴァスも、カリエンも……今は影に囚われてる」
「ええ……そこが、今回の修行の要です」
ミカゲが、静かに頷いた。
「影に囚われた精霊が不在の中で、
生還ノ舞がどのような形を取るのか……
私にも、サクヤさんにも予想がつきません」
「ですが」
ミカゲは、まっすぐオルディナを見つめる。
「私は、あなたを支えます。
ラオさんも、サクヤさんも」
「あなたは、かつての“ルミアナ”様のように――
あなただけの物語を紡げばよいのです」
その瞳には、
かつてイトが持っていたであろう“書き手の意志”が宿っていた。
「……ありがとう、ミカゲ。みんな」
オルディナは、深く息を吸い、言った。
「私、やってみせるよ。
ルミアナに……少しでも近づけるように」
その声には、迷いの中にも、確かな決意が込められていた。
クヅラハの街に、夜の帳が降りていく。
家々に灯りが入り始め、川面にはやわらかな光が揺れる。
それはまるで――
これから始まるオルディナの物語を、静かに祝福しているかのようだった。
――つづく
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