③過去に答えがある──ルミアナと蛇の祠
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
5.
すっかり日が昇り、クヅラハは活気に溢れていた。
オルディナは、クヅラハ川沿いに敷かれた石畳の道を、ミカゲと並んで歩いていた。
石畳に沿って建つ家屋からは、人々の声が溢れてくる。
鍋をかき混ぜる音、戸を開ける音、呼び込みの声。
湯気とともに立ちのぼる香草や焼き菓子の匂いが、朝の空気に溶け込んでいた。
家屋を挟んだもう一つの道――蛇大路。
クヅラハの主要な通りのひとつで、商店が軒を連ねている。
商人たちは今日も力いっぱい声を張り上げ、人々を呼び止めていた。
オルディナは、その活気を耳と肌で受け止めながら、ミカゲの横を歩いていた。
胸の奥に、じんわりとした温かさが広がっていく。
何だか、久しぶりな気持ちだった。
数ヵ月前――祠で目を覚ましてから、あまりにも多くのことがあった。
各地を姉妹で巡り、影に囚われた精霊を救えたこともあれば、救えなかったこともある。
なぜなのか。
それは、自分に力が足りなかったからなのか。
全盛の頃の力があれば――
そもそも、その「全盛」とはどれほどのものだったのか、もう思い出せない。
しかし、もし思い出せていたなら、影から救えた精霊もいたのだろうか。
少なくとも、今の自分が、かつて培っていた力も経験も、記憶ごと失っていること。
それだけは、確かだった。
トゥリムでエリシアが言っていた。
逆に考えれば、その記憶を取り戻すことこそが鍵なのだと。
だから、私たち三姉妹はそれぞれの系統のルミナ地区へ散った。
記憶を取り戻すために。
そして、私たちに課せられた運命の意味を、たぐり寄せるために。
――そのとき。
心の奥で、あの声が、ひっそりとこだましそうな気配がした。
まただ。
これに屈するわけにはいかない。
オルディナは、無意識に拳を握りしめる。
ぐっと堪えた、その瞬間――
「大当たり~~!!」
商人――だろうか。
とてつもない大声が、現実へと彼女を引き戻した。
「商店街の方で、年の瀬の福引きが行われているようですね。」
隣でミカゲが、微笑を浮かべながら呟く。
「福引き……あっ」
その言葉をきっかけに、
頭の奥で、長く閉ざされていた箱の蓋が、音もなく開いた。
かつての情景が、鮮やかによみがえる。
まるで自分が、暗い劇場でスクリーンを見つめているかのように。
「オルディナさん?」
ミカゲが心配そうに、彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫……でも、思い出した!」
オルディナは、思わず声を弾ませた。
「わたし、前にもこの時期にクヅラハに来てたよね?」
ミカゲが、くりっと目を見開く。
「……思い出したのですか。」
「うん。前もミカゲと一緒に、この道を歩いてた。ちゃんと覚えてる!」
声に、隠しきれない興奮が滲む。
「その通りです。前も、この時期に、あなたは私と同じ場所を目指していました。」
「『蛇の祠』のこと?」
「ええ。あなたは私と『蛇の祠』へ向かい、同じように修行をなさりましたわ。
そして、私とサクヤさんと、仮契約の儀式も。」
「それって……あの神器暴走の直前ってこと?」
オルディナは、頭の中で必死に時系列を遡る。
「そうですね。あのときのあなたは、今起こっている真相に、かなり近いところまで辿り着いていたようでした。」
「……たぶん、さっき言ってた“ルミアナ”と関係あるよね?」
オルディナは、恐る恐る尋ねる。
「ええ。“ルミアナ”様のことを、もっと知らなければならない、と。」
ミカゲは言いかけて、言葉を止めた。
「……それに?」
「いえ……」
少しだけ視線を伏せてから、静かに続ける。
「“ルミアナ”様のことまで忘れさせられているということは……それほどまでに、当時のあなた方は、影にとって驚異だったのでしょう。」
「当時のあなたは、こう言っていました。 『ルミアナに会わなくちゃ……今のリユニエを救うには、過去に答えがある』と。」
6.
「過去に、答えか……」
オルディナは、その言葉を頭の中で反芻した。
「どういう意味なんだろ?」
素直な疑問が、口をついて出る。
「残念ながら、それはわかりません。」
ミカゲは、当時をできるだけ思い出すように、言葉を選びながら答えた。
「ですが、何かを掴んでいたからこその言葉だったのでしょう。」
二人は、クヅラハ川沿いの石畳を離れ、
蛇の祠が山頂にあるクヅラハ山の参道へと足を踏み入れていた。
やがて、細い石段が現れる。
横幅は一人分ほどしかなく、ミカゲが自然と先導した。
一段、また一段。
登るにつれて、街の喧騒が少しずつ遠のいていく。
代わりに、風の音と、木々のざわめきだけが耳に残った。
「トゥリムで教えてくれたよね。」
ミカゲの背を追いながら、オルディナが言う。
「わたしら姉妹が、実は中央の動きを調べてたって。だから、わたしはクヅラハに来ていた。」
「ええ。そのように理解しています。」
ミカゲの声は、登る歩調と同じくらい、一定だった。
「過去に答えがある……ルミアナに会う必要がある……」
オルディナは、独り言のように呟く。
やがて、石段の先に頂が見えてきた。
振り返ると、クヅラハ川沿いの東屋が、ずっと小さく見える。
山を渡る風が、肌を撫でた。
蛇の祠に近づくにつれ、空気そのものが、柔らかく、温かく変わっていく。
生命ルミナに、包み込まれている――
そんな感覚。
オルディナは足を止め、意識を集中させた。
その流れを、そっと手繰り寄せるように。
――その瞬間。
再び、何かの蓋が、頭の奥で開いた。
ん……?
視界が、暗転する。
彼女はまた、スクリーンの前に座っているような感覚に陥った。
映し出されたのは、どこかの舞台に立つ、一人の女性。
風貌は、巫女のようだった。
蝋燭の灯りに照らされた赤い髪は、オルディナ自身と同じ色で輝いている。
女性は、面をつけていた。
その傍らには、同じく面をつけた銀髪の女性が座り、
筆を走らせている。
――ミカゲ……?
「オルディナさん?」
呼びかけられ、現実に引き戻される。
「……ううん。何でもない。」
そう言って、オルディナは石段を上がりきった。
そこが、頂上だった。
参道を進むと、切妻造の屋根を持つ、大きな木造建築が姿を現す。
柱や梁には、蛇の紋様が彫り込まれていた。
蛇の祠。
「入りましょう。」
ミカゲが、静かに言う。
「サクヤさんが、あなたを待っています。」
「……うん。行こう。」
二人は、祠の中へと足を踏み入れた。
中で待つ、蛇精霊に会うために。
――つづく
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