表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第4章 古都での静かなる紅蓮の再起

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/94

①血の雨、紅蓮はまだ消えない

※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)

1.



雨が、降り注いでいた。


それはまるで、空が流す血の涙のようだった。

冷たく、重たく、彼女の頭上に突き刺さるように落ち続け、

敗北の記憶と、無力感を容赦なく呼び起こしていく。


彼女――オルディナは、ただ一人、灰色に染まる空を見上げていた。


かつて、鳳凰の加護を宿し、誰よりも高く翔けた自分。

けれど今、その“炎”の残滓すら、指の隙間からこぼれ落ちていた。


……力が、欲しい。

仲間を、守れる力。

そして――

あの狂気に満ちた“影”を凌駕する、圧倒的な力が。


その瞬間、背後から――


『うちと一つになろうよ、オルディナ。

うちがね、あなたの苦しみも、悲しみも……ぜーんぶ、忘れさせてあげる』


どこか甘く、柔らかく、でも確かに狂気を孕んだ声が、耳元で囁かれた。


気のせい。

……そう思いたかった。


だが、耳の奥に残るその声は、確かに“あの女”――カリンのものだった。


オルディナは、自分の頬をパチン!と強く叩いた。


「……誰が、あんたなんかに負けるもんですか!!」


湿った空気を裂くように声が響く。

拳に嵌めた深紅のグローブが、目の前の土嚢どのうへと叩きつけられる。


ドンッ!


「勝負は――ここからよ!!」


その瞬間、空が静かに晴れていく。

雲の切れ間から差し込んだ陽光が、古都クヅラハの濡れた石畳を、金色に染め始めていた。


オルディナの瞳にも、もう迷いはなかった。

ここは、再起の地――

そして、新たなる炎を灯す、修行の始まりである。




2.



――羊の都トゥリムでの激闘から、二ヶ月。


中央リユニエ王国は、確実に勢力を拡大していた。


トゥリムの忠誠宣言、そして、黒影の三使徒による降臨。

その衝撃は、各地の均衡を崩すには十分すぎた。


伝説の三姉妹が不在の間、沈黙を守っていた象徴都市たち――

炎舞の都ルゼア、氷晶の研究都市シグマ、そして霊峰セフィラ。

いずれも、中央への忠誠を誓う形で、影の圧に屈した。


それはすなわち、三使徒による“間接支配”の始まりである。


リユニエ地方は、確実に女王アマリリス――

いや、“影の者”の思惑通りに動き出していた。




3.



「……ここに、いらしたんですね。オルディナさん」


背後からの静かな声に、オルディナが振り向く。


そこに立っていたのは、古都クヅラハを治める巫女、ミカゲだった。

銀色の長髪と、バラの髪飾りが陽光を受けてきらりと輝いている。

黒地に薔薇の刺繍をあしらった上品な着物に、レースのグローブを添え、手には小さな籠バッグを持っていた。


静謐と優雅、そしてどこか芯の強さを感じさせる佇まい。


「起きたら、どこにもいないんですもの。

朝食、まだでしょう? 一緒に食べませんか?」


「……いつもごめん、ミカゲ。

ありがとう。ちょうどお腹空いてきたところだったの」


ほんの少し、オルディナの声に力が戻っていた。




川辺に沿って並ぶ石畳の路地を抜けると、小さな東屋が姿を現した。

その傍らには緩やかに流れるクヅラハ川。朝日が水面に反射して、金色の光の帯がゆらゆらと揺れている。


オルディナとミカゲは、手作りの敷物を敷いて並んで座っていた。

湯気の立つ小さなお重箱と、竹製の箸入れが二人の間に置かれている。


「……やっぱりここ、落ち着くわね」


オルディナがそう呟き、川のせせらぎに耳を傾けた。


「そうでしょう?」


ミカゲは微笑みながら、包みを解いておにぎりを差し出した。


「朝掘りの山菜と、梅干し。それに……ちょっとだけ、私の好みで焼き鮭を」


「うわ、美味しそう……! ありがとう、ミカゲ」


手を合わせて「いただきます」と言うと、

オルディナはおにぎりを一口かじり、目を見開いた。


「……ん、美味しい! なんか……懐かしい味がする」


「それは、きっと“安心”の味ですね」

ミカゲが穏やかに言った。


しばらくの間、二人は言葉少なに食事を進めた。

風に揺れる柳の葉と、鳥たちのさえずりが、空白を心地よく埋めてくれる。


やがて、ミカゲがふと顔を上げ、そっと尋ねた。


「また……あの人のことを考えていたのですね?」


オルディナは、一瞬箸の動きを止めた。

俯いたまま、小さく頷く。


「うん……ここに来てから……というか、あいつに会ってから、毎晩のように夢に出てくる。

気がついたら、またこの川辺に来てるんだ……まるで、あいつに呼ばれてるみたいに」


ミカゲの瞳が、かすかに陰を落とす。


「それは、あなたとカリンさんの魂が……深く繋がっている証拠ですね。

その繋がりが、やがて彼女を理解する鍵になるかもしれません。

でも――それは“呪い”にもなり得る。

あなたの心を縛る鎖になってしまわないか、それが心配なのです。」


言葉は穏やかだったが、そこに込められた思慮深さと慈しみの強さが、オルディナの胸に染み込んだ。


「……ありがとう、ミカゲ」

オルディナは小さく笑った。


「でも、大丈夫。これは私自身の“試練”だと思ってる。

あいつに向き合わない限り、私は前に進めない。」


そして、彼女はミカゲの瞳をまっすぐ見つめた。

「――だから、お願い。“幻界昇華”の力。

ミカゲがトゥリムで見せてくれたあの力を、私にも教えて」


ミカゲは一瞬目を細めたあと、ゆっくりと頷いた。


「ええ。あなたが本気でそう望むなら、私はすべてをお教えします。

……ただし、それは己の“影”と真に向き合う者だけが辿れる道です」


「覚悟なら……もう、とっくに決めてる」

オルディナは拳を握りしめ、静かに、しかし強く息を吸い込んだ。


「かつて、あなたは鳳凰カリエンさんをはじめ、数多の精霊と契約し、その身に“幻界昇華”を宿していた。

でも今、それを完璧に取り戻すには……私とサクヤオロチさんの力だけでは、足りません。


けれど――あなたならきっと、過去の延長ではなく、まったく新しい形で“幻界昇華”を手にできる。

あなた自身の“影”を乗り越えて、真に自分の力として」


「うん」


オルディナの瞳には、もう迷いはなかった。


空はすっかり晴れ渡り、クヅラハの街全体がまばゆい朝の光に包まれていた。


二人の背中に、柔らかな風が吹き抜ける。

それはまるで、新たなる修行の始まりを、そっと後押しするかのように――。



つづくー

ここまで読んでいただきありがとうございます✨

ブックマークで追ってもらえると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ