Ⅱ.目覚める三姉妹と問いの石碑
4. 目覚めと問いの石碑
目覚めたのは、 崖沿いに埋もれた洞の奥、 かすかな燐光だけが揺れる静寂だった。
アクシオンがゆっくりと瞳を開く。
一重の螺旋が、闇の中に微かに光を灯した。
「……ここは……?」
身体が重い。 けれど、痛みはなかった。
かつての力──星詠の巫女としての“記憶視”の精度は著しく落ちていたが、 彼女は空気に含まれる“ルミナの振動”を、微かに感じ取った。
傍らで、火照った皮膚を撫でる風と共に、オルディナが呻く。
「ん……なに、ここ……あたし、生きてるの?」
その肌には、かすかに朱の紋様が残っていた。
カリエンの力は失われたが、“命門”のルミナ回路は、まだ赤く脈打っている。
「この湿気……地下祠か。データが錯綜している……」
ロゴスは眉をひそめ、光学式の術式投影装置をかざしたが、 以前のように構文を即座に展開することはできない。
「機構は壊れていない。でも、演算が追いつかない。解析視界も……初期化に近い」
けれど──彼女の“オラクル・アイ”の初期層は、うっすらと開いていた。
三人は、周囲を見渡す。
岩の天井。
湿った石床。
そして、祠の奥に──
一つの古びた《石碑》があった。
それは、まるで三人を待っていたかのように。
時の流れに風化されながらも、いまだ静かに、問いを湛えていた。
「これは……?」
アクシオンが手を伸ばす。
その指先が石碑に触れた瞬間、ルミナが波紋のように広がる。
──“記録”ではない。“予言”だ。
「この形式、私がかつて記した“問いの記憶結晶”と似てるわ……でも、少し違う」
ロゴスが、目を細める。
「半分は解析不能。けれど、一部は古代構文の“意図的な変換”……これは、誰かが“読ませるため”に残したものだ」
オルディナが石碑を睨むように見つめ、呟く。
「……これ、まさか。“あのとき”の……全部、仕組まれてたって言いたいの?」
アクシオンが石碑の一節を指でなぞり、ゆっくりと読み上げる。
記憶するものは、未来を忘れぬ。
時の末端、問いの娘たちよ──
この地に再び汝らの足が触れるとき、 王の器はすでに歪み、
神器は渇きを覚え、来る日、影の者、現れん。
彼は名を持たず、虚構に名を借り、 “声”をもって真なる意志を封じるだろう。
この地は一度、虚構の平和を取り戻さん。
だがそれは、真なる調律の前奏に過ぎぬ。
忘れるな──
精霊は力ではなく、記憶と誓いにより共に在る。
汝らが“問い”を再び灯すその時、 円環は回り、時の歯車は、逆光を指す。
過去すら設計された、未来のために。
目覚めの石碑より
石碑の表面に、うっすらと三つの文様が浮かぶ。
アクシオンの星環。
ロゴスの演算盤。
オルディナの焔紋。
「……この問い。私たちに“届く”ように書かれてる。誰かが知ってた。私たちがここに来るって」
オルディナが唇を噛みしめる。
「なら……その“誰か”ってのが、あの影の声の正体ってこと?」
ロゴスがうなずく。
「確率的に“影の干渉者”……つまり、女王をそそのかした主因がこの祠の鍵と関連しているのは明白。これは“誘導”──次なる地点への」
アクシオンが目を閉じる。
「……なら、進みましょう。問いが、まだ終わっていないのなら」
三人は、石碑の下に描かれた《失われた地図》に気づく。
南西── そこには、燃えるような赤のルミナが滲んでいた。
「ザンブロス……猪の精霊の聖域。私、あそこに“火を捧げた”記憶がある」
オルディナが、微かに笑う。
「なら決まりだね。やっと……身体も少しずつ動いてきたし。行こう。最初の問いを取り戻しに!」
こうして三姉妹は、喪われた記憶と問いを辿りながら──
再び、“世界の真意”に向かって歩き始めるのだった。
──次なる舞台、戦宴の峡谷へ。
つづく──




