Ⅳ.星環大展覧会・前夜祭
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
4.
トゥリムの夜は、まるで星が地上に降りたかのようだった。
羊毛と果実の市場が、そのまま華やかな前夜祭の会場へと姿を変えている。
石畳の広場には幾重にもテントが立ち並び、無数の灯りが温かな輝きを放つ。
行き交う人々の笑顔と、楽師たちの軽やかな音色が交差し、夜の冷たさを忘れさせる熱気に包まれていた。
空には丸い月が昇り、トゥリム城の尖塔を金色に照らし出す。
その光の下を、三姉妹とエレナ姫がゆっくりと歩いていた。
「すごいね……昼間とは別の街みたいだ」
オルディナが感嘆を漏らす。
「こうして見ると、やっぱりトゥリムは……美しいわね」
アクシオンも、穏やかに微笑んだ。
だが、その美しさの奥に、拭えぬ緊張が滲んでいることに、誰もが気づいていた。
広場の警備は異様に厳重で、王国の旗が風に揺れている。
それでも今夜だけは、民衆も賢者たちも、表向きは“前夜祭”を楽しんでいるふりをしているのだ。
エレナ姫が小さく呟いた。
「この祭りも、ソレーユを守るための条件のひとつ……皮肉ね」
三姉妹は何も言わなかった。
彼女の苦しみを、よく知っているからだ。
そんな時だった。
「姐さんたち、久しぶり!!って言ってもこの前ぶりか!」
陽気な声が響き、振り返ると、鮮やかな赤と金のドレス姿の女性が手を振っていた。
「ラオ!来てたんだね!」
オルディナが目を輝かせて駆け寄る。
ラオ――ザンブロスの炎の環の団長にして、猪精霊イグニファの賢者。
焼けるような瞳と、屈託のない笑顔は変わらない。
「この前はありがとね!マジで助かった!ラオとイグニファがいなかったら、ほんとにやられてたかも……」
オルディナはルナエールでの月華の教会で、絶体絶命のときにラオとイグニファが力を貸してくれたことを思い出し、礼を述べた。
「いいってことよ!オル姐が無事でほんとに良かった!あの“繋がりの力”?っていうの? あたし、まだ慣れてないけど、すごいね!なんか、気持ちが通じ合うのが分かるんだ!」
「たしかに!」
オルディナとラオはお互い手を繋いで、キャッキャと盛り上がった。
「ザンブロスはどう?」
アクシオンが静かに尋ねる。
「お陰様で平和だよ。不気味なくらいに。イグニファと再契約してから、王国の憲兵の巡回がピタリと止まったの」
ラオは不思議そうに続ける。
「イグニファもルミナは安定してる。黒紫のルミナは全く気配がなくなったよ」
「そう……しばらく様子を見ましょう」
アクシオンは僅かに目を細めつつ、冷静に答えた。
そのとき、ラオの肩にふんわりと小さな生き物が跳ね乗った。
「わ、なに? わぁぁぁ、めっちゃ可愛い!! あなたはツキハネ?」
ラオが声を弾ませる。
『そ!兎精霊のツキハネだよ!お話しするのは初めてだね、ラオ』
「きゃ~小さくてもふもふで、めちゃくちゃ可愛い……」
ラオは目を輝かせ、頬を緩めた。
「ツキハネ、来てたんだね!」
ロゴスも嬉しそうに駆け寄った。
「ちょっと……ツキハネ様、あまりわたくしから離れるのは……あ、皆さん」
静かな歩みで現れたのは、夜のように落ち着いた黒のドレスをまとった女性。
長い黒髪と知性に満ちた瞳が印象的だ。
「……この前ぶりですわね、三姉妹の方々。そして、お久しぶりですわ、ラオ様」
ルナエール中央図書館の大司書にして、兎精霊ツキハネの賢者、モナだった。
「モナ……! トゥリムに来れたんだね! 図書館のお仕事は落ち着いたの?」
ロゴスが彼女の手を握った。
モナは静かに微笑む。
「ええ、お陰様で。司書の皆さんが快く送り出してくれました。つかの間の休暇ですわ」
『モナが優秀なお陰だよ。読むスピード、他の人と全然違うし!』
ツキハネが胸を張って言った。
「大司書になったの? めちゃくちゃ大出世じゃん、おめでとう!」
ラオが祝福すると、モナは少し頬を赤らめて言った。
「ありがとうございます、ラオ様。せっかくの休暇ですもの。このトゥリムのあとは、ザンブロスの火山温泉、行きたいですわ」
「いいね! ちょっとずつ観光客も戻ってきてるし、いつでも歓迎だよ」
ラオが明るく答えた。
「皆さん、あそこに座りませんか? お店のご飯や飲み物を持ち寄って、ゆっくりお話ししましょう」
エレナ姫が広場の端に空いている木製のテーブル席を指さした。
「いいね、エレナ! でも、今日の前夜祭、あたしたちと話してて平気なの?」
ラオが尋ねる。
「大丈夫よ。大展覧会が始まったら、そうもいかないけど。今夜だけは、私も自由なの。
護衛もいるけど、カリオスの配慮だわ」
エレナ姫は安心させるように微笑んだ。
「やったね! 今日はプチ同窓会だ!」
ラオの明るい声に、一同の笑いが広がった。
「せっかくだから、私たちが手分けして、料理と飲み物、取ってくるよ! いい? 二人とも?」
オルディナが言うと、アクシオンとロゴスも頷いた。
「え? いいの? では、お言葉に甘えて……」
エレナ姫が言うと、
「三人で、まずはガールズトークしてて。あとで加わるわ」
アクシオンが微笑みながら言った。
三姉妹は、それぞれ広場へ散らばった。
「色んな料理があるなぁ、どれにしよう?」
オルディナは鼻をひくつかせながら、屋台を見渡した。
トゥリム名物の黄金果を使ったタルト、ふわふわに焼き上げられた羊乳チーズ入りのパン、果実酒がしみ込んだ焼き菓子。
ザンブロスの火山塩をまぶした燻製魚、ルナエールの月花ハーブと青碧のルミナを模したサラダ。
クヅラハの黒米を包んだ小さな蒸し餅、アステリアの天空蜂蜜を使った琥珀色のゼリー菓子――
異国の恵みと香りが広場に溢れ、どこか夢の中のようだった。
そんなとき、静かな、でも温かな声が背後から響いた。
「やっぱり、生きていたのですね。オルディナさん」
「え?」
驚いて振り向いたオルディナの視線の先に、艶やかな黒地に赤薔薇が咲く和装風のドレスをまとった女性が立っていた。
気高く、しなやかで、夜祭の灯りの中に凛とした存在感を放っている。
「ミカゲ!!」
オルディナは目を輝かせて駆け寄った。
蛇精霊サクヤオロチのゆかりの地、古都クヅラハを治める巫女、ミカゲだった。
「ミカゲも来てたんだね! 元気?」
「ええ、おかげさまで。あなたたちが“準備”していてくれたおかげで、サクヤオロチさんも、クヅラハも中央の影響を受けずに済んでいます」
ミカゲは穏やかに微笑む。
「準備……?」
オルディナは引っかかりつつも、今は追求しないことにした。
代わりに、目を輝かせて言う。
「よかった……あ、ミカゲ、時間ある? 今、みんなで集まってるの。プチ同窓会みたいな? ラオもモナも、エレナもいるよ!」
「それは……素晴らしいですね。ぜひ、ご一緒させて」
ミカゲは感情を抑えたように見せつつも、瞳の奥に微かな興奮を滲ませた。
二人は、黄金果のタルトやパン、焼き菓子を大皿に盛り、再びラオたちが待つ席へと戻った。
テーブルには、煌めく琥珀色の果実酒が並び、星屑のような泡がグラスの中で踊っていた。
羊乳チーズのタルト、ハーブ香る焼きパン、果実の盛り合わせ――
どれもが、豊穣の都トゥリムならではの恵みを象徴している。
ラオたちに加え、美しい女性が二人座っていた。
一人は、青碧の輝きをまとったサイバーなデザインのドレスに身を包んだ女性。
猿精霊シエンのゆかりの地、幻影都ナヤカの女剣士、カゲツだった。
もう一人は、銀白のペガサス精霊ラファルの象徴を思わせる気品漂う夜会用ドレスの女性。
天空都市アステリアの姫君であり、歌姫でもあるエリシアだった。
「……あっ、オルディナ! おっす~! 久しぶり!」
カゲツが手を振る。
「オルディナちゃん、元気そうね」
エリシアが微笑んだ。
「きゃあああ、カゲツ、エリシア! 久しぶり! 元気だった?」
ミカゲとオルディナが、大皿の料理をテーブルに置くと同時に、
「再会を祝して、乾杯~!」
琥珀色のグラスが夜の灯りの下、優しく鳴り響いた。
広場の片隅には、懐かしい絆と温かな再会の光が、そっと灯っていた。
星環大展覧会の前夜祭が開かれるトゥリムの広場には、灯火と音楽、香ばしい匂いと熱気が満ちていた。
その片隅、木製のテーブル席を囲む美しい女性たちの笑い声が、夜空に弾けるように響く。
テーブルの上では、黄金果のタルトや焼き菓子、琥珀色の果実酒のグラスがきらめき、まるで星屑が舞い降りたかのようだった。
「アンタたちは絶対、生きてると思ってたよ。それに“裏切り”なんて、ありえないわ」
グラスを軽く傾けながら、カゲツがきっぱりと言った。
「ありがとう、カゲツ」
ロゴスが、ほんの少し目を潤ませて微笑む。
「あなたたちの街は、中央からの影響は比較的軽微で済んでそうね」
アクシオンが静かに言葉を繋いだ。
ミカゲ、カゲツ、エリシアに視線を送る。
「ええ、おかげさまで」
ミカゲが静かに頷き、エリシアが続けた。
「ザンブロスやルナエールも、あなたたちの活躍のおかげで、中央の露骨な圧力は消えたわ。そして次は、ここトゥリムね」
エリシアは、さりげなくエレナに視線を向けた。
「エレナちゃん、私たちもアクシオンちゃんたちと同じ気持ちよ。トゥリムと、あなたが置かれてる状況は理解してる」
エリシアの声は、優しくも揺るぎなかった。
「ありがとう、エリシア……今日、みんなに会えて本当に嬉しい。……もし今日、誰にも会えずにこのまま大展覧会を迎えてたら、私……本当に、心が折れてたかもしれない」
エレナはわずかに声を震わせ、涙ぐみながらも微笑んだ。
「エレナ……」
オルディナがその名を優しく呼ぶ。
沈黙が一瞬だけ漂い、それを破るようにロゴスが問いかけた。
「そういえば、リーヴァ、レナリス、セナはトゥリムに来てないのかな? あの子たちにも、また会いたかったな」
途端に、ミカゲ、カゲツ、エリシアの三人が顔を見合わせた。
その表情には、戸惑いとわずかな痛みが滲んでいる。
「……どうしたの?」
オルディナが怪訝そうに尋ねた。
「あなたたちのせいでは絶対にありません。ただ、あの子たちは……“裏切りの三姉妹”という中央の嘘に、深く傷ついてしまっていて」
ミカゲが、静かに語り始めた。
「私たちも、何度も誤解を解こうとしたんだ。でも、願いは届かなかった」
そこからは、カゲツが引き継ぐ。
「そこに、中央が巧妙につけこんだ。……あの子たちがいる国も、精霊たちも、結局アマリリスに“忠誠”を誓わされた。そっからは……もう、音信不通。何の連絡もないんだよ」
カゲツは悔しそうに拳を握りしめた。
一同に、再び重たい沈黙が落ちる。
それを破ったのは、明るい声だった。
「……こんな話ばっかじゃ、湿っぽくなっちゃうな! せっかくだし、さ!」
ラオがグラスを掲げ、にっと笑った。
「エレナ、あのさ……トゥリム城って、確か『羊の湯』あったよね? あそこ、今も入れるの? せっかくだし、みんなで入ろうよ!」
「えっ、羊の湯……もちろん、開いてるわ。ちょうど、今夜は貸し切り状態みたい」
エレナは驚きながらも、微笑んで頷いた。
その時だった。
カゲツの背後で、ふわりとルミナが揺れた。
青緑に輝いていたはずの猿精霊シエンの象徴、アレキサンドライトの光が、角度を変えるように妖しく揺らめき、深いガーネット色に染まっていく。
それはまるで、下心がにじみ出た瞬間のような色だった。
「……シエン……」
カゲツが半眼になり、低い声で名を呼ぶ。
「この……エロジジイが……」
カゲツはグラスをテーブルに置くと、ずいっと指を突きつけた。
「ぜってえ、覗くなよ!! このエロジジイ!!」
広場の片隅が、パッと明るい笑い声に包まれた。
その瞬間だけ、重たい空気も、不安も、消えていくようだった。
――つづく
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