Ⅲ.星の間、揺らぐ想い
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
3.
黄金色に染まる地平が、ゆるやかに夜の帳を押し返していく。
その光は雲の隙間を縫い、川面を、石畳を、山裾を、そしてトゥリム城の尖塔を、静かに照らし始めていた。
「……久しぶりに来たけど、トゥリムは朝日がほんとに似合うわね。」
列車を降りたアクシオンは、紫紺の瞳を細め、朝焼けに輝く街並みを見つめた。
石造りの高い城壁が海と陸を区切り、その内側には、羊毛で知られる穏やかな家々が寄り添うように並んでいる。
さらに視線を上げれば、切り立つ岩山の上に広がる城郭群。
その最上にそびえるのは、豊穣と信仰の都を象徴するトゥリム城だった。
陽光を浴びて、城壁も屋根も、まるで金色の星屑をまとったように輝いている。
朝霧に滲むその光景は、まるで幻想そのものだった。
「なんだか、絵葉書みたいだね……」
ロゴスが感嘆を漏らす。
「だけど……妙じゃない?」
オルディナが目を細めた。
「街の空気が、どこか張り詰めてる」
街道を歩く住民たちの表情は、一見、朗らかで忙しげだった。
大展覧会に向け、各地から商人や旅人が集まり、町中や広場は活気にあふれている。
露店には羊毛製品が並び、花屋の少女が黄色い花冠を売り歩き、楽師が笛を吹き鳴らす――
だが、その裏側に、微かな違和感が忍び寄る。
よそ者を見つめる視線が、どこか鋭い。
笑顔に混ざる、張りついたようなこわばり。
トゥリム城の衛兵の巡回は異様に多く、道端にはリユニエ王国の紋章旗がはためいている。
そして――
三姉妹の姿が目に入ると、通り過ぎる人々の笑顔が一瞬、凍りついた。
「あ……」と、小さく息を呑む声。
母親が子供の肩を引き寄せ、足早に立ち去る。
老紳士が帽子を目深にかぶり、目を逸らす。
その反応に、三姉妹は互いに顔を見合わせた。
「……やっぱり、噂が先に広まってるのね」
アクシオンが低くつぶやく。
七ヶ月前の“あの夜”から、三姉妹は王国によって“裏切り者”の烙印を押されていた。
真実を知る者は少なく、民は、王国の言葉と圧力に従うしかなかったのだろう。
だが、ただの恐怖だけではない――
微かに感じる、期待と、戸惑いと、祈るような眼差し。
それが、この街の本音を物語っていた。
「大展覧会の準備で、街は華やいでるはずなのに……」
ロゴスが小さく首をかしげる。
「どうして、こんなに重たいんだろう」
アクシオンは城を見上げた。
黄金の光をまとったその姿は、まるで不変の権威を誇示するかのように、どこまでも美しく、どこまでも冷ややかだった。
「まず、情報収集ね。全員が歓迎してくれることはないと思うけど、話をしてくれる人もいるはずよ」
アクシオンは呟くと、ふたりは頷いた。
三姉妹は衛兵の目に注意しながら、活気づく広場を見て回った。
広場はこのリユニエ地方の文化と精霊、そして人々が濃縮された宝箱のようだった。
ザンブロスの火山を模した《イグニファの煌き》
赤橙の球体は湯に入れると霧が立ち昇り、猪精霊の咆哮が微かに聞こえるという。
古都クヅラハの《サクヤノウロボロス札》
蛇精霊の象徴、白蛇が絡み合う文様が刻まれた木製の護符で、「魔除け」と「再生」の力があるとされている。
ルナエールの《ツキハネのしおり》
ウサギ精霊をかたどった銀のしおりは、光にかざすと月の模様が浮かび上がる。隣には《ルミナ学概論》と刻まれた専門書が並んでいた。
幻影都ナヤカの《ミラージュブレード》
刀身が幻のように揺らめき、暗闇で青白く輝く小刀は、次元の狭間に触れる力を秘めるとも噂されている。
そして、トゥリム名物の羊毛製品と、羊精霊を模した快眠・開運グッズ。
ふわふわの《ソレーユの抱き枕》は、白羊の姿をした柔らかな抱き心地と、微細なルミナ繊維の穏やかな癒し効果で人気だ。
さらに、ソレーユの角を模した《夢見の角飾り》は、安眠のお守りとして多くの子供たちに愛されている。
果物市場には、トゥリムの陽光をたっぷり浴びた果実が並び、甘酸っぱいジャムや琥珀色の果実酒の香りが漂っていた。
天空都市アステリアのブースには、銀白のペガサス精霊の羽根飾りや、青く輝く《アクアマリン・ルミナプレイヤー》が置かれていた。
その傍らには、桃色の髪に金の瞳、蝶の装飾を纏ったエリシア姫の微笑むポスターが、夜空のような背景の中で優雅に輝いていた。
「エリシアは相変わらず人気ね」
アクシオンが微笑む。
「姫というより、もう“歌姫”よね!私もエリシア推してるよ!!」
オルディナが目を輝かせながら、エリシア姫のキーホルダーを物色する。
「この《ルミナプレイヤー》、すごいよ。アステリアのアクアマリンで作られてて、ルミナを流すとエリシア姫の歌声が再生されるの。技術的にどうなってるんだろ?」
ロゴスが不思議そうにプレイヤーを眺める。
「ちょ、ロゴス見せて見せて!私も聴きたい!てか、全種類買うわ!」
オルディナは興奮を隠せない。
「……エリシアの熱烈なファンがここにいるとはね」
アクシオンは苦笑を浮かべた。
エリシア姫グッズを手に騒ぐオルディナを横目に、アクシオンはふと視線を巡らせた。
街の活気の裏側で、衛兵たちの視線が鋭くこちらを監視しているのを感じ取っていた。
そのとき――
低く、落ち着いた声が背後から響く。
「……変わらんな、君たちは」
アクシオンが振り返ると、そこに立っていたのは銀髪交じりの壮年の男だった。
緋色の外套に、羊の角を模した装飾が刻まれた胸章。
トゥリム城の衛兵隊長――カリオスだ。
「カリオス……隊長」
アクシオンの瞳がわずかに揺れた。
「久しぶりだな。伝説の三姉妹。」
カリオスは微かに笑ったが、その表情の底に緊張と葛藤が滲んでいた。
「大展覧会が近いこの時期に、君たちが堂々とトゥリムに現れるとはな」
「裏切り者を捕らえに来たのなら、今ここでやって…….」
オルディナが挑むように言い放つが、カリオスは首を振った。
「誤解するな。私は今、公式の任務では動いていない」
彼は人目を避けるように歩み寄り、声を潜める。
「エレナ姫が……君たちに会いたがっている」
その名を聞いた瞬間、三姉妹はわずかに顔を見合わせた。
「城へ……案内する」
カリオスの表情は硬いままだったが、その声音には、微かな信頼と、複雑な思いが滲んでいた。
「……時間はそう多くない。城の中ですら、今は誰を信じて良いかわからない」
アクシオンはほんの一瞬、思考を巡らせたのち、静かに頷いた。
「わかったわ。案内して」
重厚な扉が、静かに、ゆっくりと開かれた。
そこは、トゥリム城の奥深くにある《星の間》。
天井には夜空を模した紺青の天幕が張られ、金の星々が瞬き、羊と星の意匠が壁を彩る。
朝の光が静かに差し込み、空間全体を、柔らかな光と影で包んでいた。
その中央に、少女が佇んでいる。
翠緑の髪をやわらかく結い、金の星飾りとイヤリングがきらめく。
夜空を思わせる藍色のドレスに、金糸の星々が瞬き、腰元の宝石が朝陽を受けて淡く光る。
金の瞳には、懐かしさと安堵、そして隠しきれない葛藤が揺れていた。
「……アクシオン、オルディナ、ロゴス」
エレナ姫の声は震えてはいなかった。だが、その響きは、どこか脆く、張り詰めていた。
三姉妹は、思わず息を呑む。
最後に会ったのは七ヶ月前――あの夜、すべてが崩れ去る前のことだった。
「生きて……いてくれたのね」
エレナ姫の微笑みは、安堵と、抑えきれぬ戸惑いの入り混じったものだった。
「こっちの台詞よ、エレナ」
オルディナが、迷いなく駆け寄る。
強く、力強く、その小さな肩を抱きしめた。
「あなたが無事で本当に良かった。ずっと心配してたんだから」
その声音は、揺るぎなく優しかった。
エレナ姫は驚いたように目を見開き、だが、すぐに小さく息をつき、そっと腕を回す。
「ごめんね……私、何もできなくて……」
「いいのよ、そんなこと」
アクシオンが歩み寄り、紫紺の瞳に静かな微笑を湛える。
「全部、事情は察してるわ。あなたが黙ってたのは、私たちを、そしてトゥリムを守るためでしょ」
エレナ姫の瞳が揺れる。
「中央に……言われたの。トゥリムを大展覧会の開催地にするなら、羊精霊ソレーユへの“干渉”を最小限にすると」
言葉を選びながら、エレナ姫は打ち明ける。
「でも、逆に言えば、拒めばソレーユを……もっと黒紫のルミナで汚染するって」
唇が震え、かすかな怒りと悲しみが滲んだ。
「中央のやり口なんて、想像つくわ」
オルディナがきっぱりと言う。
「エレナが無理に抗えば、ソレーユだけじゃ済まない。トゥリムごと潰される」
「エレナ姫」
ロゴスも近づき、優しく微笑む。
「ずっと、あなたが心配だった。だから今は……会えただけで十分」
エレナ姫の金の瞳に、涙が滲む。
だが、それは悲しみではなく、安堵の涙だった。
「ありがとう……みんな……」
その声は震え、けれど確かな温かさが宿っていた。
重苦しい空気を破ったのは、カリオスだった。
「姫様、時間がありません」
衛兵隊長は、厳しいながらも穏やかな声で言った。
「この城の中ですら、すべてが安全とは限りません」
エレナ姫は小さく頷き、再び三姉妹をまっすぐに見つめた。
「今夜、星環大展覧会の前夜祭が開かれるわ」
その声には、王女としての覚悟が宿っていた。
「その時、あなたたちにも“招待客”として顔を出してほしいの」
「わかったわ」
アクシオンが静かに頷く。
「あなたを信じてる。私たちも、この地の真実を確かめるために」
「うん、任せて。私も……できる限りのことをする」
エレナ姫は、かすかに微笑んだ。
窓の外、朝陽を浴びて、トゥリムの空に羊雲が流れていた。
ーーつづく
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