Ⅱ.揺らぐ王国、歪む光
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
2.
リユニエ王国――その中心、リユニエの宮廷。
高くそびえる尖塔の影が、朝焼けを拒むように冷たく地を這っていた。
王の間に響くのは、硬質な靴音と、伏し目がちに交わされる小声のざわめき。
「……この数字では、到底、計画通りの進捗とは言えませぬな」
広間の長卓を囲んだ各省の大臣たちが、緊張に包まれた声を交わす。
並べられた地図と書類には、リユニエ各地の都市と精霊たちの名が記されている。
そのうち、王国に“忠誠を誓った”とされる地の印は、思いのほか少なかった。
「なぜ、ルゼア、セフィロス、ノアグリフの各地区で三大精霊を祀っている中心都市――炎舞の都ルゼア(鳳凰カリエン)、氷晶の研究都市シグマ(白虎ソリウス)、霊峰セフィラ(竜王アメジス)は全て王国に忠誠を誓っているのに、その他の準大精霊の都市は賛同しないのだ!」
統治省のクラウス・ヘルデン大臣が苛立ちを露わにし、声を荒げた。
「落ち着きなさい、クラウス大臣。各地区の中心都市が我々に従っている以上、焦ることはない。他の都市がこちら側に着くのは時間の問題だ」
女王の側近、親衛隊隊長ルーガ・フェンディアスが優しく、しかし鋭い視線で宥めた。
「しかし、ルーガ隊長。三大都市が我々に忠誠を誓ってから、もう七ヶ月も経ちましたぞ。このままでは王政の進め方を見直す必要があるのでは?」
国政庁のレオニス・ヴェルナー長官が、言葉を慎重に選びながら疑問を呈した。
「それは、あなたの仕事ではなくて?レオニス長官」
その声は冷たく、乾いた響きを持って広間に落ちた。アマリリス女王が、氷のような視線を向ける。
「そう思うのであれば、国政庁から私たちへ、早急に打開策の提案が必要なのではなくて?ただ、現状を淡々と報告し、疑問を呈するだけなら、誰にでもできることですもの。」
広間に重く冷たい空気が流れた。誰もが息を詰め、次の言葉を待った。
そのときだった。
『アマリリスよ、そう責めるでない。我々は、少し急ぎすぎているのかもしれぬ』
アマリリスの背後から、炎のような揺らめきとともに、鳳凰カリエンの姿が揺れた。
だが、その声音には、かつての誇り高い響きはなく、どこか歪んだ不気味さが滲んでいた。
アマリリス女王が中央集権と十二精霊の一元管理を唱えて以降、三大精霊は、影のものの気配とともに、この王の間に幾度となく姿を現すようになっていた。
『ルゼア地区のザンブロスの精霊イグニファは新たな人間と契約し、どうやら我々になびく気はないようだ』
カリエンが言い添える。
『セフィロス地区のルナエールでも、“月華の教団”は壊滅したようだな。精霊ツキハネと民は解放され、王国には屈しないと結束しておる』
白虎ソリウスの声もまた、微かな嗤いを孕んでいた。
「ええ、すべて把握しておりますわ」
アマリリスは微笑した。
だが、その笑みは、魂の抜け落ちた人形のように冷たく、無機質だった。
次の女王の言葉に、広間の空気が凍りつく。
「こうなっているのも、すべて三姉妹のおかげですものね」
「……!?」
「女王、いま“三姉妹”と……?」
大臣たちの間に、ざわめきが走る。
「アマリリス女王、ご無礼を承知で申し上げます。三姉妹は、あの夜、本当に裏切ったのですか?なぜ女王陛下は、ただ一人、無傷で――」
レオニス長官が言葉を紡ぎ切るより早く。
広間に、異様な重さと不気味な冷気が満ちた。
黒紫のルミナが、王の間を覆い、三大精霊は口元を歪ませ、まるで女王と同調するように、不敵な笑みを浮かべた。
「《ルミナ・レクイエム・三重奏》」
アマリリスの低く冷たい声が響き、紫紺と黒紫の織りなす眩い光が、広間を
包み込んだ。
その瞳――紫紺の瞳は、アクシオンのものと酷似していた。
ただ、そこに刻まれる螺旋の紋様は、幾重にも重なり、まるで終わりなき迷宮のように、深く深く渦を巻いていた。
誰も、その問いの続きを口にすることはなかった。
紫紺と黒紫の光が消え、広間に静寂が戻った。
だが、空気は以前とどこか異なっていた。
先ほどまでの緊張と疑念は霧散し、代わりに、甘やかな従属と奇妙な安心感が広間を満たしている。
「……ご安心ください、女王陛下。我々は、必ずや忠誠を果たします」
レオニス長官がそう口にしたとき、その瞳の奥に微かに宿っていたはずの恐怖や疑念は、まるで初めから存在しなかったかのように掻き消えていた。
それでも、ほんの一瞬、彼の眉間が僅かに寄った。
……なぜ、私は今、こう言ったのだ……?
その違和感は、一陣の風のように脳裏をかすめ、すぐに霧の中へと消えていく。
「よろしいわ。広報省を中心に展覧会の準備は、予定通り進めなさい」
アマリリスの声は、氷のように冷たいが、なぜか心地よく響く。
「リユニエ各地に、我らの力と統一の意志を示す時が来たのですもの」
その言葉とともに、王の間の奥――
黒紫の影が、まるで空間ごと歪んだかのように揺らめいた。
すでに女王の背後に控えていた三大精霊が、その影の内から、より鮮明な姿と圧倒的な気配を顕現させる。
竜王アメジス、白虎ソリウス、鳳凰カリエン。
その姿は、かつての威厳と神聖を失い、今や黒紫のルミナに染められた歪んだ輝きを放っていた。
『我ら、女王陛下の意に従い、トゥリムへ同行しよう』
『羊精霊ソレーユが、王国の名の下に、正式なる従属を果たす舞台となるのだな』
『フフ、楽しみだな……民も、精霊も、全てが“ひとつ”になる光景を』
その声に、不気味な歪みと嗤いが混ざっていることに、誰も気づかない。
いや、気づこうとすらしなかった。
アマリリスは、ゆっくりと立ち上がる。
「トゥリムの大展覧会――その華やかな舞台で、私はこの国の“真の力”を知らしめましょう」
「そして……」
紫紺の瞳が、虚空の一点を見据える。
そこに浮かぶのは、夢幻に揺れる三つの影――
アクシオン、オルディナ、ロゴス。
「三姉妹も、”観客”として招いてあげなくてはね。彼女たちが、この国の現実を、しかとその目に焼き付けられるように」
その言葉とともに、広間に再び黒紫の影が揺らいだ。
歪んだ力と、ゆがみ始めた王国。
その影は、静かに、しかし確実に、リユニエを覆い尽くそうとしていた。
ーーつづく
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