Ⅸ.輪(つながり)が導く夜明け
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
21.
礼拝堂の地下、精霊ツキハネと邪悪な黒紫のルミナを吸収した教祖は、巨大な“ウサギ”のような異形の姿へと変貌していた。
しかし、対峙するロゴスとモナの表情に、どこか安堵の色が浮かぶ。
「モナ様……礼拝堂の方面から、あの禍々しいルミナが消えました。そして、これは……オルディナ様のルミナ、でしょうか。いつもの紅蓮とは違う……深紅の、真っすぐな輝きを感じます」
「うん、きっとそう……私たちがここに来る前に救った猪精霊イグニファと、その賢者ラオのルミナだよ。オルディナ姉ちゃん、二人とちゃんと“つながってる”」
そう語るロゴスの声は、安堵と誇らしさを隠しきれなかった。
一方、教祖の内心には、焦燥が満ちていた。
(“シスター”め、しくじりおったか……。あの者が紅蓮の娘にやられるとは、完全な想定外……あのお方から授かった“切り札”だったものを……)
(あの娘からは本来のルミナ以外のものも感じる……ええい、面倒だ。とっととこいつらを沈め、情報すべてを持ち帰らねば)
「あなたの“切り札”が消えたこと──あなた自身が、いちばん理解しているはずでしょう? 教祖様」
ロゴスが静かに、だが鋭く言い放つ。
「今度は、私たちの番」
図星を突かれた教祖の顔が、怒りに歪む。
『……調子に乗るなよ、この下等生物どもがっ!!』
黒紫のルミナが荒れ狂い、教祖が咆哮する。
『《奈落幻界》!!』
ツキハネの青碧のルミナと黒紫の闇が混じり合い、巨大な体から触手状の禍々しいルミナが無数に伸び、ロゴスとモナへと迫った。
「ロゴス様、私の手を、握っていてください」
「え、う、うん?」
戸惑うロゴスの手を、モナがしっかりと握る。
「《次元忘却》!」
モナの両眼がまばゆい青碧に輝き、空間の輪郭が歪む。
幾重にも絡みつこうと迫る触手の群れ──その瞬間、ロゴスとモナの姿はその場から掻き消えた。
『な……!?』
驚愕する教祖の頭上から、氷の閃光が降り注ぐ。
「《凍界ノ断晶》!」
触手の影を縫うように現れたロゴスが、冷たい声と共に放つ。
無数の鋭い氷の刃が、教祖の触手を貫き、瞬く間に凍てつかせていく。
『そこか……!』
教祖が叫び、凍った触手を振り払いながら、なおも追撃を試みる。
だが、触手の付け根から氷はさらに広がり、動きを鈍らせていた。
『小癪な……なめるなよ、小娘どもが……!』
怒気と焦りを滲ませながら、教祖の額──第三の目が、不気味に、黒青く発光し始める。
地の底から響くような、低く唸る音が地下室に満ちた──。
22.
地下室に黒青い光が満ちた直後、あたりは漆黒の暗闇に包まれた。
「ちっ、また幻術か……」
ロゴスは《オラクル・アイ》を展開し、周囲を鋭く探る。しかし──
(感じ取れない……教祖のあの、禍々しいルミナが、まるで存在しないかのように……)
それだけではない。隣にいるはずのモナのルミナすら、はっきりとは感知できなかった。
「モナ! 大丈夫!?」
声を張り上げるが、返事はない。ロゴスの背筋に冷たい汗が伝った。
その瞬間、背後から伸びた触手が、彼女の身体を吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
転がり、膝をつきながら、ロゴスは歯を食いしばった。
(どこから!? 私の《オラクル・アイ》の包囲網に引っかからず、攻撃を……それに、音も、気配も──)
まるで、五感そのものを切り裂かれたかのような錯覚。
次の瞬間、耳元でささやくような声が響く。
『……楽しんでおられますか、ロゴス殿? 精霊ツキハネと“あのお方”のルミナが融合した結晶──《漆ノ世界》の素晴らしさを、どうぞ永遠にご堪能ください』
ゾッとするほど冷たい吐息が、耳元を撫でたような錯覚に、ロゴスの心臓が強く跳ね上がる。
だが──
「ロゴス様! ロゴス様、私です、モナです! 聞こえますか!」
ふいに、頭の中にモナの声が響き渡った。
「モナ……! そうか……この幻術の中でも、私とあなたは“ルミナ”で繋がっている……!」
安堵と共に、ロゴスの表情がわずかに緩む。
そして、さらにもうひとつ、懐かしく、温かい声が響いた。
『ロゴス……久しぶり。迷惑、かけてるね……ごめんね』
その声は、疑いようもなく──精霊ツキハネのものだった。
ロゴスの目が大きく見開かれ、かすかに涙が滲んだ。
「いいのよ、ツキハネ……こんな酷い目に遭ってるのに、私……私も、あなたを助けるのが遅くてごめん……」
「ツキハネ様、まだ完全には意識を奪われていなかったのですね」
モナの問いかけに、ツキハネの声が静かに続く。
『……この地下に閉じ込められる前に、自分の力を封印していたの。《月環幻暦》を悪用されれば、あの女王アマリリスの中央集権制は、誰も逆らえぬ“幻の支配”に染まる。だから私は、自ら力を制限した』
「もし、ツキハネがそれをしなかったら……ルナエールだけじゃなく、セフィロス地区、リユニエ全土が……」
ロゴスの問いかけに、ツキハネは静かに肯定する。
『ええ、その通り。捕らわれてからは、黒紫のルミナが私の封印陣に流れ込み、力を奪おうとしてきた。私も、逃げることすら叶わなかった……』
「ありがとう、ツキハネ。あなたがどれほど、街と人々を守ってくれたか……わかってる」
ロゴスの声には、怒りと誇りが入り混じっていた。
「でも、このままじゃツキハネ様が──」
不安げに呟くモナに、ロゴスは微かに微笑んでみせる。
「大丈夫よ。ツキハネのおかげで、わかったの」
ロゴスは瞳を閉じ、意識を集中させた。
「私たちは“ルミナ”を通じて繋がっている。私と、モナと、ツキハネ──この絆がある限り、教祖の居場所も、ツキハネの位置も……はっきり感じ取れる」
闇に沈んだはずの地下室で、青碧色のルミナが仄かに灯る。
ロゴスだけでなく、モナとツキハネにも、確かにそれは感じ取れた。
「モナ……あなたの力を、貸して」
ロゴスの青碧の瞳が静かに輝き、《オラクル・アイ》が再び覚醒する。
次の瞬間、暗闇の中に、一筋の光が走った。
──勝機は、確実に訪れようとしていた。
23.
『ロゴス殿、司書さん──そろそろ終わりにしましょうか。もっとも……ふふふ、もう声すら届いていないかもしれませんが』
教祖が冷たく嘲笑い、漆黒の闇がさらに濃密さを増していく。
だが──
「……そうね。終わりにしましょう。あなたの“狂夢”を」
その声は、闇のどこからともなく、静かに響き渡った。
「《凍界ノ断晶》!」
次の瞬間、闇を裂くように無数の氷の刃が迸り、教祖の巨大な異形の身体──忌まわしき“ウサギ”の肉体を正確に貫いていく。
『な、何っ!?』
驚愕に凍りつく教祖。
(この《漆ノ世界》の完全なる暗闇の中、どうやって……!? 五感も気配も封じたはず……)
その思考が終わるよりも早く──
「ここですわ!!」
モナが疾風のように駆け、教祖の額に輝く“第三の眼”へと、青碧に煌めく双剣を突き立てた。
『ぎぃやあああああああ!!』
教祖の悲鳴が、地下室全体に響き渡る。
そして、まるでその叫びを引き金にしたかのように──地下室を覆い尽くしていた闇が、一気に晴れ渡った。
『お、おのれ……私の《漆ノ世界》が……』
教祖が憎悪と焦燥を滲ませながら呻く。
ロゴスは静かに、しかし断固たる口調で告げた。
「終わりよ、教祖。ツキハネも、ルナエールも、すべて返してもらうわ」
青碧の《オラクル・アイ》が眩く輝き、その光がモナの“ジルコンの刻印”の力と共鳴する。
「《次元刻ノ終刃》!!」
──時を裂き、空間を穿つ一閃。
ロゴスとモナのルミナが融合し、まるで次元の彼方へと届くかのように教祖の肉体を貫いていく。
その光は、教祖の体内に渦巻く黒紫のルミナの“核”──ツキハネを封じ、支配しようとする“分霊”を、次元の狭間へと切り刻み、吹き飛ばしていった。
『ぎぃやああああああああああっ!!』
教祖の第三の眼から、禍々しい黒青の光が溢れ出し、全身の黒紫のルミナがみるみる霧散していく。
気がつけば──そこに異形の姿はなく、黒紫の闇もまた消え去っていた。
その場に、ぽつんと立っていたのは、一匹の純白のウサギ。
──まぎれもない、精霊ツキハネだった。
『……やったね、ロゴス、モナ。助けてくれて、ありがとう』
その声に滲んだのは、静かな安堵と、微かな微笑。
地下室の天井の亀裂から、わずかに差し込んだ光が、次第に強さを増していく。
──ルナエールの、長い夜が、明けようとしていた。
--つづく
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