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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第2章 月華に失われし記憶

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Ⅴ.偽りと歪みの礼拝堂

11.



図書館の奥、薄暗い書庫のさらに奥に、ひっそりと隠された古い扉があった。


「この先に、抜け道がありますの。」

モナが小声で言い、重たい扉を開く。


冷たい空気と共に、石造りの細い地下通路が現れる。

壁には古びた魔法刻印が微かに残り、遥か昔、この道が密やかに使われていたことを物語っていた。


「ここを通れば、教会の庭へと出られますわ」


三姉妹とモナは、灯りもないその闇の中を慎重に進んだ。


しばらくして、古びた井戸の底へと辿り着く。

頭上には夜の空と、沈まぬ月が覗いていた。


ロゴスの魔法で音を殺し、一行は井戸から静かに這い上がる。


「……見て」


アクシオンの声に、庭の外を見渡すと──


礼拝堂の正面、白い石畳の広場に、住民たちが無言で立ち尽くしていた。


顔にはあの“貼りついた笑顔”。

だが、瞳だけは虚ろに光り、まるで月光を反射するガラス玉のように、こちらを見つめている。


そのまま、不自然にねじれた身体を小刻みに揺らしながら、無音でうごめいていた。


「ゾンビね……もはや」


オルディナが低く呟く。


「正面は無理。裏に回るわよ」




12.



教会の裏手へと慎重に回り込むと、木製の小さな裏口が見えた。


「これは使用人や物資の搬入用の扉ね。」

ロゴスが静かに呟いた。


アクシオンが気配を探り、合図を送ると、一行は素早く中へと滑り込んだ。


内部は静まり返っていた。


だが、その静寂は決して“安心”を与えるものではなかった。


通路を進むたび、修道士やシスターの影が、ゆっくりと徘徊している。

誰もがあの笑顔を貼りつけ、ぎこちなく揺れながら、視線だけが時折、不自然にこちらへと向く。


「妙だわ……彼ら、完全に洗脳されてる。でも住民より理性的に見える」

アクシオンが目を細めた。


「まるで、操り人形の“役者”ね」

ロゴスも同意する。


僅かな物音すら慎重に避けながら、一行はさらに奥へと進んだ。


礼拝堂の方角からは、時折、異様にねじれた笑い声やすすり泣きが微かに響く。


その音に怯むことなく、ロゴスが先頭で歩を進める。


「この奥が……教祖の部屋ね」


重厚な扉の前で足を止めると、周囲を警戒するように視線を巡らせた。


幸い、廊下には今のところ、不気味な修道士やシスターの姿は見当たらない。


扉に手をかけ、静かに開く。


室内には、質素ながらもどこか異様な気配が漂っていた。


壁際には書棚が並び、机の上には分厚い聖書と、小さな黒革の手帳が置かれている。


「見て……これ……」


ロゴスが手帳を開き、ページを捲った瞬間、全員の表情が強張った。


──そこに記されていたのは、ツキハネを捕らえ、邪悪なルミナを用いて行われた数々の実験記録だった。


住民への“幻術の強化”、洗脳の効率化、さらにはツキハネのルミナを分解し、黒紫のルミナと組み合わせて、自在に操る試みまで。


「……許せない」


オルディナが拳を握りしめる。


さらにページを捲ると、最後に「地下への経路と儀式の詳細」が記されていた。


──礼拝堂壇上の女王アマリリスの肖像画。

その“目”に、月の光を正しく当てることで、隠し扉が現れるという。


「月の光……?」


「この教会、屋根に月光を取り込むための”開閉式天窓”が設計されているはずよ」


ロゴスが手帳を指差し、図面を示した。


「つまり、そこを操作すれば、女王の肖像画に月光を当てられるってことね」


「時間が惜しいわ。早く礼拝堂へ」


全員が頷き、教祖室を後にした。


だが、誰も気づかなかった。


扉の隙間の暗闇に、わずかに揺れる白い裾と、すすり泣きのような微かな音が、既に忍び寄っていたことに──。



13.



重たい扉を押し開け、三姉妹とモナは礼拝堂へと忍び込んだ。


だが、扉の先に広がっていたのは──異様な静寂だった。


数時間前、ここは住民で埋め尽くされ、狂気の熱気が渦巻いていたはずだった。


だが今、その面影はどこにもなかった。


「……人が、いない?」


オルディナが小さく呟く。


だが、空間は“死んで”いなかった。


むしろ、ここに存在するはずのない“何か”が、ぬるりと蠢いている気配だけが、ねっとりと張りついていた。


礼拝堂の奥。


壇上の中央に鎮座する巨大な女王アマリリスの肖像画が、冷たい微笑を浮かべ、月光を受けて鈍く光っている。


「……見つけたわ。あの“目”に、月光を当てる」


ロゴスが、静かに歩を進めた。


その時だった。


ギイ……ギイ……と、木材が軋む音。


──誰も、いないはずの礼拝堂の隅から。


同時に、かすかなすすり泣きが、耳元にまとわりつく。


「今の、聞こえた……?」


オルディナの声が、わずかに震える。


辺りを見渡すが、礼拝堂の薄闇の中、誰の姿も見えない。


だが、確かに“いる”。


「……この気配、ただの幻術じゃない」


アクシオンが冷ややかに呟き、周囲を睨みつけた。


ロゴスは祭壇脇の階段を駆け上がり、古びた制御盤を操作する。


ギギギギ……と、鉄と木が軋む不快な音を立て、天井の天窓がゆっくりと開かれていく。


外の夜空には、異様なほど大きな満月が、病的な光を放ちながら浮かんでいた。


その冷たい月光が、礼拝堂内部へと降り注ぐ。


──アマリリスの肖像画の“目”に、正確に光が差し込んだ。


カチリ。


機械仕掛けのような冷たい音と共に、壇上の床がわずかに震え、隠し扉が静かに開かれた。


だが。


その隙間から、ひたり、と冷気が漏れ出す。


不吉な、底冷えするような気配が、礼拝堂全体に広がった。


そして。


──すすり泣きが、聞こえた。


誰もいないはずの扉の向こうから、かすかな女の嗚咽が、湿った闇を這って響いてくる。


「気のせいじゃ、ない……」


オルディナが震えた声で呟く。


隠し扉が、完全に開かれる。


そこに──


月光を反射する、真っ白なシスター服。


ヴェールに覆われた顔。


だが、ヴェールの内側は、まるで“影”のように暗く沈み、そこに人間の輪郭はなかった。


ただ、深い闇だけが、ぽっかりと口を開けている。


服はところどころ泥にまみれ、湿った地下の空気に重く沈んでいた。


すすり泣きは、そのシスターから、確かに聞こえている。


だが、肩は微動だにせず、首も腕も不気味なまでに静止したままだった。


「……あれ、は……」


オルディナの声が詰まる。


次の瞬間──


“それ”──白いシスターが、膝を曲げたまま、異常な速度で床を這い寄ってきた。


まるで、影が形を持ったように、音もなく、ぬるりと迫る。


「構えて!」


アクシオンが叫ぶ。


空間はねじれ、すすり泣きが、耳の奥で異様に増幅していく。


歪みきった空間の中、“すすり泣き”だけが、冷たく、そして不気味に響き続けていた。



つづくーー

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