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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第2章 月華に失われし記憶

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Ⅳ.月華の逃走

8.


「月華の住み人よ、よくぞ今日も集まってくれました」


教祖の声は、温かく、優しく、だが異様なまでに滑らかだった。


讃えよ、麗しき我らが女王アマリリス陛下を。陛下こそ、混沌に沈みかけたこの世界を、慈悲と叡智で導き給うた。

恐れよ、偽りと混乱を撒き散らす古き残滓を。見よ、月の加護のもと、我らは夜の闇すら愛でることができる。

ツキハネ様の慈愛とともに、私たちは忘れ、不安を失い、正しき真実だけを胸に刻むのです


声に合わせ、住民たちが静かに目を閉じ、陶酔した表情を浮かべていく。


「だが今宵、この聖なる礼拝に穢れが混ざった。月光に照らされぬ影の者たちが──」


オルディナの背筋に冷たいものが走る。


「まさか……」


「邪悪な者は、四人いる」


教祖が指を伸ばし、ピタリと三姉妹とモナを指し示した。


瞬間、全住民が一斉にこちらを振り返る。

あの“貼りついた笑顔”が、無数に、無音で、襲いかかるように向けられた。


「住み人よ、今こそ団結の時だ!月と女王とツキハネ様のために、あの者たちを──祓え!!」


不気味に軋む音と共に、住民たちの身体が異様に曲がり、捻れ、蠢きながら、四人に迫ってくる。


「まずいわよ!!」


オルディナが叫ぶ。


「《ルミナ・レクイエム》!!」


アクシオンの一重の螺旋の瞳が輝き、紫紺の光が広がった。


動きが止まった隙に、一行は出口へと駆け出す。


「捕らえろ!絶対に逃すな!!」


教祖の怒声が響く中、住民たちが這い寄るように追いすがる。


「《凍結方陣フリーズ・シーリング》!」


ロゴスの声と共に、教会の入口が凍結し、出口を塞いだ。


「今のうちに、図書館へ戻りましょう!」


モナの言葉に、三姉妹は無言で頷き、月の沈まぬ都市を駆け抜けていった。



9.


氷の封印が崩れる音を背後に聞きながら、三姉妹とモナは夜霧に包まれたルナエールの石畳を駆け抜けた。


だが、静寂はすぐに破られる。


四方から、張りついた笑顔の住民たちが、ぎこちなくねじれた身体を振り乱しながら現れる。まるで歯車の外れた人形たちが、都市全体を埋め尽くしていくように。


「くっ……街ごと包囲されたみたいね」


アクシオンが険しい表情を浮かべた。


「迷路みたいな路地は把握してますわ!ついてきてください!」


モナの声に従い、一行は狭い裏路地へと身を滑り込ませた。


だが、追跡者たちの影は、まるで都市そのものが意志を持っているかのように、次々と出口を塞いでいく。


「ダメだ……これ、まともに逃げ切れる距離じゃない……!」


オルディナの額に汗が滲む。


その時――


「《幻影回廊ファンタズム・ラビリンス》!」


アクシオンの呪文と共に、周囲の霧が不規則に揺らぎ始めた。

次の瞬間、路地の壁が伸び、ねじれ、歪んでいく。


「この幻術で一時的に道を撹乱するわ!急いで!」


アクシオンの声に、一行は再び駆け出した。


霧と幻影の迷路が、住民たちの追跡を遮る中、ようやく見覚えのある図書館の白い外壁が視界に現れた。


「もう少し……!」


だが、安堵する間もなく、図書館の周囲にも住民たちの不気味な影がじわじわと集まり始めていた。


「ロゴス、頼むわよ……!」


「任せて!」


ロゴスが再び氷の呪文を紡ぎ、図書館の入り口周辺を氷で包み隠すと、一行は駆け込むように館内へと滑り込んだ。



10.


図書館の重い扉が、背後で鈍い音を立てて閉ざされた。


薄暗い書架を縫い、白く無機質な廊下を進み続けた三姉妹とモナの足音だけが、静寂に響く。


「……ここまで来れば……」


ロゴスのかすれた声と共に、ようやく辿り着いたのは、図書館の奥深くにひっそりと存在する小さな私室だった。


扉を閉めた瞬間、外の世界の異様な気配が遠ざかる。だが、窓の向こうに広がるルナエールの夜は、そのまま静かに息を潜めていた。


「……ずっと、夜なんだね……」


オルディナが呟く声は、どこか寂しげだった。


その時だった。


部屋の片隅に積まれた古びた魔道書が、誰に触れられることもなく、ひとりでにページをめくり始めた。


「なに……?」


モナが戸惑い、吸い寄せられるようにその書へと手を伸ばした。


ページが捲れるたび、淡く青碧色の光が、そっと漏れ出す。


やがてその光は、部屋全体を包み込み、天井に蒼く揺らめく星図が広がった。


そこに刻まれたのは、果てなき記憶と知恵の軌跡。


そして──忘却に覆われたこの都市の中で、モナだけが“なぜ”正気を保ってこられたのか、その答え。


──“記録する者”──


──“忘却に抗う者”──


──“安寧を灯す者”──


誰のものとも知れぬ声が、モナの内側に静かに響き渡る。


その瞬間、彼女の胸元に宿るルミナが静かに脈打ち、透き通るような青碧色の輝きが広がった。


それは、ただの光ではない。


混乱の中でこそ揺るがぬ《記憶》。


偽りと狂気に覆われた街に、静かに寄り添う《安寧》。


「これが……私の……」


瞳に青碧色の光が宿る。


その色は、夜の闇を払い、忘却を裂き、真実と静けさを取り戻す《ジルコン》の光だった。


「そうよ、モナ」


ロゴスが微笑む。その瞳には、揺るぎない信頼の光が宿っていた。


「あなたは、精霊とともに歩む者。ジルコンが象徴する《記憶》と《安寧》を、この都市に再び刻みつける存在」


アクシオンも頷いた。


「だから、あなたはこの都市に呑まれずにいられたのよ」


モナは小さく息を吸い、目を伏せた。


だが、その心に揺らぎはなかった。


「私も……戦います。ツキハネ様を、そしてこの街を、取り戻すために」


窓の外では、沈まぬ月が静かに輝いていた。


終わりのない夜が続くルナエール。


だがその中で、確かに一つの光が、今、静かに目覚めた。


──忘却と偽りに覆われた都市で、真実を刻むために。


つづく--


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