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三姉妹とリユニエの星環  作者: ケミパパ
第2章 月華に失われし記憶

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Ⅱ.図書館という名の異界

3.


都市中央にそびえ立つ巨大な建造物──それが、ルナエール中央図書館だった。


霧に霞む外観は、白磁のように滑らかで、幾何学的な美しさを極限まで突き詰めたような冷たい威容を放っている。だがその美は、どこか“人の手を離れすぎて”いた。


「ここも変わらないわね。相変わらず……機械が建てたような完璧さ……」


ロゴスが息を呑む。


館内に一歩踏み入れた瞬間、その異様さはさらに際立った。


無数の書架が、完璧な直線と円弧で配置され、迷路のように広がっている。高層階まで続く書棚は、規則的すぎるほどの均一性を保ち、まるで“計算された幻覚”の中を歩いているかのようだった。


だが、最も異様だったのは──人々だった。


読みふける人影は、皆どこか表情が抜け落ちている。無表情ではなく、笑っているのだ。穏やかに、幸せそうに、だがその笑顔は……“貼りついて”いる。


口角だけが引きつり、瞳は虚空を見つめたまま。


「完全に……狂ってるわね」


アクシオンが低く呟いた。


それでも、人々は本をめくる手を止めず、次々とページを捲っていく。まるで、“この空間の外”に意識が存在しないかのように。


「見て」


ロゴスが本を一冊、手に取った。


表紙には《リユニエ女王アマリリス陛下 栄光の記録》と金字が輝いている。


「……嫌な予感がする」


アクシオンが警戒を強める中、ロゴスがページを捲る。


書かれていたのは、女王アマリリスの生誕、即位、統治、数々の偉業、そしてリユニエ各地の安定と繁栄……だが、そのどこにも“本来あるはずのもの”がなかった。


「……三姉妹の記録が……ない」


ロゴスが冷ややかに言う。


オルディナが別の本を手に取り、顔をしかめた。


「精霊との契約の歴史……このページ、本来ならあたしたちの名前が載ってるはずじゃ……?」


だが、そこには《女王アマリリスの叡智により、精霊は完全に女王の意志のもと統一された》とだけ、淡々と記されていた。


「消されてる……私たちの存在が……歴史ごと、改ざんされてる」


アクシオンの言葉に、三姉妹の間に冷たい緊張が走る。


「この都市……記憶だけじゃない。情報そのものが、“歪められて”いるのよ」


本棚の向こうから、また貼りついた笑顔の住民がふと視線を向けてきた。


不自然なほど柔らかな目元と、機械仕掛けのように整った口元。


その“幸福の仮面”の中で、異質なのは──三姉妹の正気だけだった。


まるで、狂気が常識であり、正気こそが排除される“異界”に、彼女たちは踏み込んでしまったのだ。


「……ここが、知の都?」


オルディナが苦笑した。


「違うわ。ここは──“忘却と偽り”の都よ」


アクシオンの瞳が、薄暗い書架の彼方を見据える。


その先に、歪められた真実を暴く鍵──ユメハネが待っているのだから。



4.



重たい沈黙が流れる中、ふとオルディナが視線を逸らす。


「……あ、コミックコーナー……」


場違いなほど明るく彩られた一角に、ポスターが張り出されていた。《知と教養を楽しく学ぼう! 女王陛下の偉大なる歴史をコミックで完全再現!》


「なーんだ、漫画コーナーあるじゃん。ちょっと息抜き……」


そう言いかけて、オルディナは違和感に眉をひそめた。


棚に並ぶ無数の単行本──表紙には、どれも見覚えのある作画タッチが踊っている。昔、読んでいた人気のバトル漫画、冒険ファンタジー、恋愛コメディ……だが、どれもどこかおかしい。


「……全部、女王陛下?」


ページをめくる。 かつて勇者だったはずの主人公は、女王アマリリスに跪き、忠誠を誓っている。 仲間たちは“女王の法”を讃え、戦う理由を見失っていた。


「なにこれ……ふざけてるの……?」


さらに周囲を見渡すと、漫画コーナーに群がる利用者たちもまた、例外なく“貼りついた笑顔”のままだった。ページをめくる手は滑らかに、だがその瞳は空ろで、決して焦点を結ばない。


オルディナの視線に気づいたのか、一人の若い男性が、にたりと笑いかけてくる。


「知らなかったの?正しい知識は、正しい娯楽から学ぶのが、一番効率的なんだよ」


その言葉と共に、周囲の“読者”たちが、無言のまま一斉にこちらを振り返った。


笑顔の洪水。


「漫画も読めないなんて、女王のご意志に逆らうなんて、いけませんわ」


「正しい知識を学ぶ気がない人は、ここにはいられませんのよ?」


冷たい声が幾重にも重なり、オルディナの背筋を這い上がった。


「……なに、この街……」


慌ててアクシオンとロゴスのもとに戻るオルディナ。その表情には、単なる落胆ではなく、深い戦慄が刻まれていた。



5.


貸し借りカウンターに辿り着くと、そこに立っていたのは、顔を黒いレースのヴェールで覆った女性だった。まるで海外の葬儀に参列する未亡人のような、その装いは、場違いなはずなのに、この都市の雰囲気には奇妙なほど溶け込んでいる。


ヴェールの奥から、マニュアル通りの無機質な声が響いた。


「本の貸し借りには、あなた方のルミナの登録が必要です。この装置に右手を当て、ルミナを流してください」


カウンターの上には、薄く輝く透明の装置が鎮座していた。装置の中で、微かに“青白い光”が脈動している。


嫌な予感が、背筋を這い上がる。


この装置に触れた瞬間──自分たちのルミナが“記録”される。それはつまり、この都市全体の監視網に、三姉妹の存在が即座に筒抜けになることを意味していた。


迷いが、表情に滲む。


その時、ふいに横から穏やかな声がかかった。


「……旅の方々、ルナエールの来訪者は、住民とは貸し借りの手続きが異なります。こちらへ」


声の主は、柔らかな布地のローブをまとった女性だった。ルミナの揺らぎからも、ただ者ではないことがすぐに察せられる。


その眼差しだけは、この街の他の誰とも違っていた。曇りのない、正常な、しかしどこか張り詰めた光を宿している。


「……!」


三姉妹が戸惑う間もなく、女性は微笑みながら、しかし強い意志を感じさせる手つきで、彼女たちを別室へと誘導していく。


背後から、ヴェールの下に隠された受付嬢の口元が、ゆっくりと吊り上がった。


その“貼りついた笑顔”は、ヴェール越しでも不気味に滲んでいた。


無言のまま、受付嬢は三姉妹の背を、レースの奥から静かに見つめ続けていた。



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