第7話 よぶ
キュンティアは、言い出せずにいた。
昨日の出来事を、どこまで仲間に話すかを考えていた。
勇者たちが、すぐそばの町にいたのは、偶然とは考えられない。それに、あの時のロナとかいう女の口ぶりは、我々の居場所が分かっているようだった。その方法までは分からないが、勇者たちが、自分たちを追って間近まで迫っている。
そのことは、いい。それを、仲間たちに伝えないなんて有り得ない。迷うまでもなく、それはすぐに伝えた。
ただ、問題は、本物の理解者となったトリウィアのことだった。
彼女のことを仲間にどう伝えるか、キュンティアは分からずにいた。その苦悩は、キュンティアのとても軽い胸を、とても重くした。彼女との関係を、仲間に何をどう説明したところで、持てる者には、持たざる者の気持ちなど到底理解できないのだから……。
『──って、コト。で、キュンティア、ウチの提案どよ?』
『─…えっ? あ…、ごめんなさい。考え事をしてたわ。』
『マ? ナイわ~、ナシよりのナシ。マジありえん。』
『……ごめんなさい。』
三人の魔人は、勇者たちがイシュチェル様の奪還に来ることを想定して、対策を練っていた。その会議中、キュンティアは集中することが出来ず、精彩を欠いていた。
『『…………』』
二人は、そのキュンティアの雰囲気が、いつもと違うことを敏感に感じ取る。
『キュンティアはよく頑張ったニャ。』
キュンティアの昨日の任務を、最終的に尻拭いしたイラルギは慰める。そして、アタエギナはキュンティアの背中に回ると、肩越しに腕をまわし、そのまま首に絡めてぎゅっと抱きしめた。
『昨日のリンゴ、今まで食べたどんなリンゴより、超絶美味かった、ゼ。』
アタエギナの耳元での囁きに、キュンティアは唇をかみしめ、そっとアタエギナの腕に手を添えた。
”──そう…、私がこの二人を裏切るなんて有り得ない
私はなんて愚かなことで悩んでいたのだろう……
私は魔族、人間が理解者なんて有り得ない──”
仲間の優しさに支えられ、そこに辿り着いたキュンティアには、もう一切の迷いは消えていた。
そして、そのキュンティアの表情は、イラルギとアタエギナを安心させた。
『今回の作戦は、アタエギナの案に改良を加えて、イシュチェル様にも協力してもらうニャ。これで失敗ニャどあり得ないニャ。』
キュンティアにもう心配がいらないことが分かると、イラルギは作戦の成功に確信を得る。
『イシュチェル様の演技力の前では、スズキもアシダも小便漏らすニャ。』
『ちょっ?! マっ? マジお漏らし?』
アタエギナはそれを想像して驚く。
『そうニャ、だだ洩れニャ……』
そのほくそ笑む二人のやり取りに、キュンティアが割って入る。
『まったく…、何言ってんのよ─…』
『テラダも大洪水に決まってんじゃない!』
その三匹の魔族の悪魔的な微笑みは、勇者一行に不吉な影を落とした──
──トリウィアは、私の手で始末する。それが、私が魔族である証──
キュンティアが決意を固める中、この作戦の要であるイシュチェルは、まだベッドでぐっすりと眠っていた。
●○●○●
その一方、勇者たちは宿で戦いの疲れを癒したあと、イシュチェル奪還の作戦を練っていた。
現状分かっている魔人たちが使っていた魔法、能力、技。そして、それらの系統から考えうる戦法、見せていない奥の手の予想。さらには、実際に戦ってみて受けた印象と、そこから割り出される性格、習性など、あらゆることを仲間と共有し、万全の対策を練った。
しかしそれも、イシュチェルが捕まっている状況、場所によって臨機応変な対応が求められる。そういった途方もない想定を、時間の許す限り語り合った。
そんな中で、ロナは、トリウィアが無事に宿に戻ってきたことに安堵していた。それどころか、果物屋でみせた張り詰めた表情は見る影もなく、晴れやかな顔をしたトリウィアは、緊張する勇者たちを明るく照らした。
「トリウィア、何か良いことがあったんですの?」
何も知らないセレーネは、トリウィアのほくそ笑む顔を見て、何気なく尋ねた。
「え? んー…。 教えなーい。」
良いことがあったと、丸分かりでそう答えるトリウィアの無邪気な笑顔は、この先苛烈な戦いが待ち受けるであろう今の状況にあっても、周りを笑顔にさせる。
そして、その周りにイシュチェルがいないということが、ノクスに戦う理由を噛み締めさせた。
●○●○●
翌日、万全の準備を整えた勇者たちは、聖刻の指し示す先へ、気を引き締めて向かった。
そして、辿り着いた先は、町はずれにあったまるで人影のない朽ちた魔石の廃坑だった。
聖刻はただ静かに、廃坑入口のその先を確かに示していた。そしてそれを裏付けるように、『─危険─立ち入り禁止』と書かれた木製看板が、ごく最近割られた跡を残し打ち捨てられ、その先には、ご丁寧にも坑道を照らす明りが灯されていた。
「─…この先で、間違いないですね。」
ロナの呟きに、皆が頷き、そして、迷いなくその先へと足を踏み入れていった。
━【00:00:00】─
坑内に入ると、空気が急に重くなる。埃と鉄と湿気が混ざり、不快な匂いが鼻をつく。
「こんなところにイシュチェルは……」
ノクスは拳を握り、そう呟く。廃坑内の不潔さと陰湿さは、人間にとって決して良いものではない。まして、幼児であればこの環境は危険ですらあった。そんな場所にいるイシュチェルを想うノクスの心を焼くように、地面に転がる魔石の欠片が薄ぼんやりと足元を炙っていた。
━【00:05:30】─
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。そして、そのどちらにも、明りが灯されている。
「──こっちですね。」 ロナは、聖刻の動きを見て、正しい道を指し示す。
「目印になるように、結界を施しておきましょう。」
セレーネはそう言うと、帰りの目印を兼ねて、魔族が逃げられないように結界を施す。
分岐のたびにそういったことを繰り返し、勇者たちは、敵がどこに潜んでいるか分からない状況で、警戒を怠らず慎重に進んでいった。
━【00:22:51】─
……──”吾輩たちは、勇者たちがどんニャ手段を使って、こちらの位置を把握しているニョか、知っておく必要があるニャ。たとえ、その手段までは分からニャくとも、どの程度の精度で分かるのか、試しておくのニャ”──……
そして、勇者一行は、坑道の奥、かつて魔石の主脈があったと思われる広間に辿り着いた。
多くの設備が打ち捨てられたままのその場所は、かつてここに大勢の人がいた気配を、微かに漂わせていた。そこらに転がる純度の低い魔石が、不気味に光り斑の影を落とす。その床は一部崩落し、地下のさらに深い闇へと続く裂け目が開いていた。
━【00:46:49】─
勇者たちは、辺りを警戒しながら、広間の中心まで歩みを進めた。
すると、更に奥へと続く二本の小道の片方の影から、イラルギが単独で姿を現した。
それを見た勇者たちは、すぐに臨戦態勢に移る。
「イシュチェルはどこだ!」
「イシュチェルちゃんを返しなさい!」
こちらに攻撃してくる意志がないような、イラルギの無防備な姿に、勇者たちは警戒を続けながら、言葉を浴びせる。
『─…落ち着くニャ…。よくここまで来たニャ、どうやってここが分かったニャ?』
イラルギの望まない返答に、勇者たちは答えるわけもなく、姿を見せない他の魔人への警戒を強めながら、イラルギを包囲するように陣形を少しずつ固めていく。
『──まあいいニャ…。
そこの娘、今返せといったニャ? それは違うニャ、奪ったのは貴様らの方ニャ……。』
イラルギは勇者たちの動きを把握しながらも、会話を続けた。
「イシュチェルちゃんは、人間でしょう? なら、最初に奪ったのはあなたたちでしょう!」
セレーネは、イラルギの言葉に反射的に反論をした。
『……。都合の悪いことは答えニャい貴様らに、それを教えてやる義理はニャいニャ……。
これ以上の話し合いは無駄ニャ……。』
そう言うと、イラルギは無防備なまま、一歩前に出た。
その動きを受け、勇者たちの武器を構える手に力が入る。すると──
『ノクス~。』 と、イラルギの背後の小道からイシュチェルの声が微かに響いた。
「「「「!!」」」」
四人がその声に反応したまさにその瞬間、広間は暗闇に閉ざされた──
━【00:49:36】─
……──”警戒を強める敵に、奇襲を仕掛けても成功しないニャ。奇襲を成功させるにはまず、陽動を仕掛け、敵の警戒心を別の方向にむけてやるニャ。そうやって扇動された心にこそ、隙が生まれるニャ。だから、奇襲は成功するニャ”──……
この敵の仕掛けに対し、ノクスは視界が闇に閉ざされながらも瞬時に、イラルギと仲間の間に入り、接敵線を潰す。当然、仲間もイラルギの動きに警戒した。
━【00:49:36】─
だが、イラルギの攻撃は来なかった。それどころか、その気配すらいつの間にか消え失せた。
異変に気づいたロナが即座に魔法を唱え、周囲を照らす。
だが、そこにはもう、イラルギの影すらなかった。まるで最初からいなかったかのように、何の痕跡も残さずに消えた。敵が何もせずに姿を消した理由はわからない。不気味な沈黙が周囲を支配する中、ノクスたちは一層警戒を強めた。
『ノクス~。』 すると、再びイシュチェルの声が響いた。
その声がする方へ、ノクスたちはすぐに小道へと向かった。しかし、その前に立ちロナは、慌てて声を上げた。
「ちょっと待ってください! 声が聞こえる方を、聖刻は指していません。」
それは、二本の小道のどちらが正解なのか、勇者たちを混乱させた。
『考えたってしょうがないじゃない! 私とノクスが声の方、ロナたちは聖刻の方に、二手に別れましょう。』
トリウィアの鋭い檄に、ノクスたちは考える間を惜しみ、二手に分かれ進んでいった。
━【00:51:37】─
……──”──ねぇ、その作戦、少し変えてもらっていい? あのエルフと一対一で戦わせて欲しいの。”
”いいぜ、お前がそうしたいなら。” ”問題ニャいニャ。”
”ありがとう。この借りは、あとで絶対返すから──”──……
──魔人たちが立てた作戦は、ここまで完璧に進行していた──
━【01:03:07】─
ロナとセレーネが小道を進んで辿り着いた先は、また別のひとつの広間だった。そこからさらに複数の小道が四方へと伸び、まるで迷路のように入り組んだ坑道が広がっていた。
それを見て、ロナは気づく。
「すぐに戻って勇者たちと合流しましょう!
こんな入り組んだ場所で二手に分かれたのは、得策ではありませんでした。この小道がどこにどう繋がっているのか、聖刻ではわかりません。」
そう言って、振り返り戻ろうとするロナを、セレーネが前を向いたまま引き留める。
「─…こちらは、ハズレだったようですわね……。」
セレーネが正面に見据えた先では、イラルギとアタエギナが鋭い視線をこちらに向けていた。
━【01:05:06】─
ノクスたちが進んだ先に現れたのは、無骨で頑丈そうな一枚の鉄扉だった。ノクスが道を塞ぐ扉に手を掛け、力を込めて開くと、その先に明るく灯る坑道の待避所が姿を現した。
ノクスがその中に入ると、奥にはイシュチェルだけがちょこんと座っていた。
「イシュチェル!!」 思わず声を上げ、ノクスは駆け寄る。
しかし、イシュチェルとの再会に安堵する間もなく、鉄のきしむ音が鳴り響き、背後の鉄の扉は外側から閉められた。その音に振り返ったノクスは、トリウィアがいないことに気付いた。そして、慌てて外に戻ろうと身を翻す。
その時──
『ノクス、まってたよ。』 そのノクスを引き留めるように、イシュチェルは呟いた。
━【01:08:30】─
……──”あの勇者相手に正面から戦うのは、阿呆のやることニャ。あんニャ力を持つ勇者を、吾輩たちがまともに相手してやることはニャいのニャ。
いっそ望み通り、イシュチェル様に会わせてやればいいのニャ。
イシュチェル様には、今回の作戦を『|勇者とサプライズ再会《勇者どっきりマル秘報告》』だと伝えてあるニャ。
イシュチェル様は、ノリノリだったニャ。その為の演技もセリフも、恐ろしいほど覚えが早かったニャ……。
誤解はして欲しくはないのニャ、まさか、吾輩たちが勇者を楽しませるために、そんニャことをする訳はニャいのニャ。
わかるかニャ? この作戦の本当の狙いが、吾輩たちが、ニャにをしようとしているニョかを……”──……
━【01:08:31】─
……──”この作戦の本当の狙いは──『勇者闇落ちRTA』ニャのニャ”──……