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勇者様は月を目指す  作者: 世葉
第2章 作戦変更
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第7話 よぶ

 キュンティアは、言い出せずにいた。

 昨日の出来事を、どこまで仲間に話すかを考えていた。

 勇者たちが、すぐそばの町にいたのは、偶然とは考えられない。それに、あの時のロナとかいう女の口ぶりは、我々の居場所が分かっているようだった。その方法までは分からないが、勇者たちが、自分たちを追って間近まで迫っている。

 そのことは、いい。それを、仲間たちに伝えないなんて有り得ない。迷うまでもなく、それはすぐに伝えた。

 ただ、問題は、本物(ニセモノ)理解者(マブダチ)となったトリウィアのことだった。

 彼女のことを仲間にどう伝えるか、キュンティアは分からずにいた。その苦悩は、キュンティアのとても軽い胸を、とても重くした。彼女との関係を、仲間に何をどう説明したところで、持てる者には、持たざる者の気持ちなど到底理解できないのだから……。


『──って、コト。で、キュンティア、ウチの提案(プレゼン)どよ?』

『─…えっ? あ…、ごめんなさい。考え事をしてたわ。』

『マ? ナイわ~、ナシよりのナシ。マジありえん。』

『……ごめんなさい。』

 三人の魔人は、勇者たちがイシュチェル様の奪還に来ることを想定して、対策を練っていた。その会議中、キュンティアは集中することが出来ず、精彩を欠いていた。


『『…………』』

 二人は、そのキュンティアの雰囲気が、いつもと違うことを敏感に感じ取る。

『キュンティアはよく頑張ったニャ。』

 キュンティアの昨日の任務(おつかい)を、最終的に尻拭いしたイラルギは慰める。そして、アタエギナはキュンティアの背中に回ると、肩越しに腕をまわし、そのまま首に絡めてぎゅっと抱きしめた。

『昨日のリンゴ、今まで食べたどんなリンゴより、超絶(バチくそ)美味かった、ゼ。』

 アタエギナの耳元での囁きに、キュンティアは唇をかみしめ、そっとアタエギナの腕に手を添えた。


”──そう…、私がこの二人を裏切るなんて有り得ない

私はなんて愚かなことで悩んでいたのだろう……

私は魔族、人間が理解者(マブダチ)なんて有り得ない──”


 仲間の優しさに支えられ、そこに辿り着いたキュンティアには、もう一切の迷いは消えていた。

 そして、そのキュンティアの表情は、イラルギとアタエギナを安心させた。


『今回の作戦は、アタエギナの案に改良を加えて、イシュチェル様にも協力してもらうニャ。これで失敗ニャどあり得ないニャ。』

 キュンティアにもう心配がいらないことが分かると、イラルギは作戦の成功に確信を得る。

『イシュチェル様の演技力の前では、スズキもアシダも小便漏らす(ダバデュア)ニャ。』

『ちょっ?! マっ? マジお漏らし(ダバジャバ)?』

 アタエギナはそれを想像して驚く。

『そうニャ、だだ洩れ(デュビデュバ)ニャ……』

 そのほくそ笑む二人のやり取りに、キュンティアが割って入る。

『まったく…、何言ってんのよ─…』

『テラダも大洪水(チュピチュパ)に決まってんじゃない!』

 その三匹の魔族の悪魔的な微笑みは、勇者一行に不吉な影を落とした──


 ──トリウィア(あの女)は、私の手で始末する。それが、私が魔族である証──


 キュンティアが決意を固める中、この作戦の要であるイシュチェルは、まだベッドでぐっすりと眠っていた。


●○●○●


 その一方、勇者たちは宿で戦いの疲れを癒したあと、イシュチェル奪還の作戦を練っていた。

 現状分かっている魔人たちが使っていた魔法、能力、技。そして、それらの系統から考えうる戦法、見せていない奥の手の予想。さらには、実際に戦ってみて受けた印象と、そこから割り出される性格、習性など、あらゆることを仲間と共有し、万全の対策を練った。

 しかしそれも、イシュチェルが捕まっている状況、場所によって臨機応変な対応が求められる。そういった途方もない想定を、時間の許す限り語り合った。


 そんな中で、ロナは、トリウィアが無事に宿に戻ってきたことに安堵していた。それどころか、果物屋でみせた張り詰めた表情は見る影もなく、晴れやかな顔をしたトリウィアは、緊張する勇者たちを明るく照らした。


「トリウィア、何か良いことがあったんですの?」

 何も知らないセレーネは、トリウィアのほくそ笑む顔を見て、何気なく尋ねた。

「え? んー…。 教えなーい。」

 良いことがあったと、丸分かりでそう答えるトリウィアの無邪気な笑顔は、この先苛烈な戦いが待ち受けるであろう今の状況にあっても、周りを笑顔にさせる。

 そして、その周りにイシュチェルがいないということが、ノクスに戦う理由を噛み締めさせた。


●○●○●


 翌日、万全の準備を整えた勇者たちは、聖刻の指し示す先へ、気を引き締めて向かった。

 そして、辿り着いた先は、町はずれにあったまるで人影のない朽ちた魔石の廃坑だった。

 聖刻はただ静かに、廃坑入口のその先を確かに示していた。そしてそれを裏付けるように、『─危険─立ち入り禁止』と書かれた木製看板が、ごく最近割られた跡を残し打ち捨てられ、その先には、ご丁寧にも坑道を照らす明りが灯されていた。

「─…この先で、間違いないですね。」

 ロナの呟きに、皆が頷き、そして、迷いなくその先へと足を踏み入れていった。

━【00:00:00】─


 坑内に入ると、空気が急に重くなる。埃と鉄と湿気が混ざり、不快な匂いが鼻をつく。

「こんなところにイシュチェルは……」

 ノクスは拳を握り、そう呟く。廃坑内の不潔さと陰湿さは、人間にとって決して良いものではない。まして、幼児であればこの環境は危険ですらあった。そんな場所にいるイシュチェルを想うノクスの心を焼くように、地面に転がる魔石の欠片が薄ぼんやりと足元を炙っていた。

━【00:05:30】─


 しばらく進むと、道が二手に分かれていた。そして、そのどちらにも、明りが灯されている。

「──こっちですね。」 ロナは、聖刻の動きを見て、正しい道を指し示す。

「目印になるように、結界を施しておきましょう。」

 セレーネはそう言うと、帰りの目印を兼ねて、魔族が逃げられないように結界を施す。

 分岐のたびにそういったことを繰り返し、勇者たちは、敵がどこに潜んでいるか分からない状況で、警戒を怠らず慎重に進んでいった。

━【00:22:51】─

……──”吾輩たちは、勇者たちがどんニャ手段を使って、こちらの位置を把握しているニョか、知っておく必要があるニャ。たとえ、その手段までは分からニャくとも、どの程度の精度で分かるのか、試しておくのニャ”──……


 そして、勇者一行は、坑道の奥、かつて魔石の主脈があったと思われる広間に辿り着いた。

 多くの設備が打ち捨てられたままのその場所は、かつてここに大勢の人がいた気配を、微かに漂わせていた。そこらに転がる純度の低い魔石が、不気味に光り斑の影を落とす。その床は一部崩落し、地下のさらに深い闇へと続く裂け目が開いていた。

━【00:46:49】─


 勇者たちは、辺りを警戒しながら、広間の中心まで歩みを進めた。

 すると、更に奥へと続く二本の小道の片方の影から、イラルギが単独で姿を現した。

 それを見た勇者たちは、すぐに臨戦態勢に移る。

「イシュチェルはどこだ!」

「イシュチェルちゃんを返しなさい!」

 こちらに攻撃してくる意志がないような、イラルギの無防備な姿に、勇者たちは警戒を続けながら、言葉を浴びせる。

『─…落ち着くニャ…。よくここまで来たニャ、どうやってここが分かったニャ?』

 イラルギの望まない返答に、勇者たちは答えるわけもなく、姿を見せない他の魔人への警戒を強めながら、イラルギを包囲するように陣形を少しずつ固めていく。


『──まあいいニャ…。

そこの娘、今返せといったニャ? それは違うニャ、奪ったのは貴様らの方ニャ……。』

 イラルギは勇者たちの動きを把握しながらも、会話を続けた。

「イシュチェルちゃんは、人間でしょう? なら、最初に奪ったのはあなたたちでしょう!」

 セレーネは、イラルギの言葉に反射的に反論をした。

『……。都合の悪いことは答えニャい貴様らに、それを教えてやる義理はニャいニャ……。

これ以上の話し合いは無駄ニャ……。』

 そう言うと、イラルギは無防備なまま、一歩前に出た。

 その動きを受け、勇者たちの武器を構える手に力が入る。すると──


『ノクス~。』 と、イラルギの背後の小道からイシュチェルの声が微かに響いた。


「「「「!!」」」」

 四人がその声に反応したまさにその瞬間、広間は暗闇に閉ざされた──

━【00:49:36】─

……──”警戒を強める敵に、奇襲を仕掛けても成功しないニャ。奇襲を成功させるにはまず、陽動を仕掛け、敵の警戒心を別の方向にむけてやるニャ。そうやって扇動された心にこそ、隙が生まれるニャ。だから、奇襲は成功するニャ”──……


 この敵の仕掛けに対し、ノクスは視界が闇に閉ざされながらも瞬時に、イラルギと仲間の間に入り、接敵線を潰す。当然、仲間もイラルギの動きに警戒した。

━【00:49:36】─


 だが、イラルギの攻撃は来なかった。それどころか、その気配すらいつの間にか消え失せた。

 異変に気づいたロナが即座に魔法を唱え、周囲を照らす。

 だが、そこにはもう、イラルギの影すらなかった。まるで最初からいなかったかのように、何の痕跡も残さずに消えた。敵が何もせずに姿を消した理由はわからない。不気味な沈黙が周囲を支配する中、ノクスたちは一層警戒を強めた。


『ノクス~。』 すると、再びイシュチェルの声が響いた。


 その声がする方へ、ノクスたちはすぐに小道へと向かった。しかし、その前に立ちロナは、慌てて声を上げた。

「ちょっと待ってください! 声が聞こえる方を、聖刻は指していません。」

 それは、二本の小道のどちらが正解なのか、勇者たちを混乱させた。

『考えたってしょうがないじゃない! 私とノクスが声の方、ロナたちは聖刻の方に、二手に別れましょう。』

 トリウィアの鋭い檄に、ノクスたちは考える間を惜しみ、二手に分かれ進んでいった。

━【00:51:37】─

……──”──ねぇ、その作戦、少し変えてもらっていい? あのエルフと一対一で戦わせて欲しいの。”

”いいぜ、お前がそうしたいなら。” ”問題ニャいニャ。”

”ありがとう。この借りは、あとで絶対返すから──”──……


 ──魔人たちが立てた作戦は、ここまで完璧に進行していた──


━【01:03:07】─

 ロナとセレーネが小道を進んで辿り着いた先は、また別のひとつの広間だった。そこからさらに複数の小道が四方へと伸び、まるで迷路のように入り組んだ坑道が広がっていた。

 それを見て、ロナは気づく。

「すぐに戻って勇者たちと合流しましょう!

こんな入り組んだ場所で二手に分かれたのは、得策ではありませんでした。この小道がどこにどう繋がっているのか、聖刻ではわかりません。」

 そう言って、振り返り戻ろうとするロナを、セレーネが前を向いたまま引き留める。

「─…こちらは、ハズレだったようですわね……。」

 セレーネが正面に見据えた先では、イラルギとアタエギナが鋭い視線をこちらに向けていた。


━【01:05:06】─

 ノクスたちが進んだ先に現れたのは、無骨で頑丈そうな一枚の鉄扉だった。ノクスが道を塞ぐ扉に手を掛け、力を込めて開くと、その先に明るく灯る坑道の待避所が姿を現した。

 ノクスがその中に入ると、奥にはイシュチェルだけがちょこんと座っていた。


「イシュチェル!!」 思わず声を上げ、ノクスは駆け寄る。


 しかし、イシュチェルとの再会に安堵する間もなく、鉄のきしむ音が鳴り響き、背後の鉄の扉は外側から閉められた。その音に振り返ったノクスは、トリウィアがいないことに気付いた。そして、慌てて外に戻ろうと身を翻す。

 その時──

『ノクス、まってたよ。』 そのノクスを引き留めるように、イシュチェルは呟いた。

━【01:08:30】─

……──”あの勇者相手に正面から戦うのは、阿呆のやることニャ。あんニャ力を持つ勇者を、吾輩たちがまともに相手してやることはニャいのニャ。

いっそ望み通り、イシュチェル様に会わせてやればいいのニャ。


イシュチェル様には、今回の作戦を『|勇者とサプライズ再会《勇者どっきりマル秘報告》』だと伝えてあるニャ。

イシュチェル様は、ノリノリだったニャ。その為の演技もセリフも、恐ろしいほど覚えが早かったニャ……。


誤解はして欲しくはないのニャ、まさか、吾輩たちが勇者を楽しませるために、そんニャことをする訳はニャいのニャ。

わかるかニャ? この作戦の本当の狙いが、吾輩たちが、ニャにをしようとしているニョかを……”──……


━【01:08:31】─

……──”この作戦(どっきり)本当の狙い(裏企画)は──『勇者闇落ちRTA』ニャのニャ”──……

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