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空に唄えば……

作者: 執行 太樹

菅野幸太は、仕事の傍らに小説を書いていた。小説を書き始めた理由は、高校の頃に出会った、園田翔かけるという友だちがきっかけだった……。




『セルロイは悲しみに暮れた。

 それは、突然の別れだった。

 幼なじみのアミルが、遠くに旅立ってしまうのだった。

 今朝、セルロイの家の郵便受けに、アミルからの別れの手紙が入れられていた。その手紙には、最後の別れを伝えたいと、ある場所と時刻が書かれていた。

「何も言わずに、急に遠くに行ってしまうなんて……。アミル、お前がそんな勝手なやつだとは思わなかったよ」

 セルロイは、アミルの手紙をぐっと握りしめた。

 アミルのことなんて、もう知らない。勝手にしろ。

 セルロイは、握りしめた手紙をゴミ箱へ放り投げて、自分の部屋に閉じこもった……。』


 菅野幸太すがのこうたは、ペンを机に置いた。そして、原稿用紙の横に置いてあったコーヒーカップを手に取った。すっかり冷えてしまったコーヒーは、苦かった。 

 幸太は、社会人3年目だった。一般企業に勤める、サラリーマンだった。その仕事の傍ら、小説を書いている。

 小説を書き始めたのは、大学の3回生の頃だった。趣味で始めた執筆は、こうやって仕事終わりに自宅の書斎で行うことが多くあった。

 小説は、なかなか売れなかった。世間に出回っている「面白い小説の作り方」が書かれた本を読んで勉強しているが、あまり結果に結び付かなかった。

 自宅の書斎の壁には、学生の頃の数々の写真が飾られてあった。高校で陸上をしていた頃のものや修学旅行でのもの、友だちと遊んでいる何気ないものなど、様々だった。幸太は、その写真の中の、ある1枚に目が止まった。

 それは、幸太の高校の卒業式の写真だった。友だちの園山翔そのやまかけると肩を組んで、笑顔で写っていた。



「幸太、何考えてんの」

 急に自分の名を呼ばれ、幸太は驚いた。教室の自分の席から空を眺めていた幸太は、声のする方に向き直った。そこには、園山翔が立っていた。

「わっ、何だよ。急に話しかけるなよ」

「だって、さっきから何度も話しかけてるのに、幸太が無視するからでしょ」

「そうだったのか。いや、高校を卒業してからの進路のこと考えてたんだけど、何しよっかなと思ってな」

「ああ、さっき、進路説明会があったもんね。ふーん、幸太も、そんな事考えてたんだ」

「翔、お前は卒業してから、何をしようと思ってるんだよ」

「僕は、保育士さんになりたいんだよ。ほら、子ども好きだし」

「保育士か。お前には、ぴったりかもな」

「でしょ。それはそうと、これ見てよ。やっと買ったんだ。『空に唄えば……』。読みたかったんだよ、この本」

 よく見ると、翔は1冊の文庫本を胸に抱えていた。その本を、幸太の顔の真ん前に突き出してきた。その本には、『空に唄えば……』と書かれていた。このタイトルは、幸太も聞いたことがあった。最近話題の作品だ。たしか高校生が主人公の、青春小説だったと思う。

「へぇー、良かったじゃん」

「あっ、また出た。幸太の「良かったじゃん」。幸太はいつも、テキトーなんだから」

「何だよ、いつもって。俺は、小説なんて読まねぇから、分からねぇんだよ」

 幸太と翔は、高校1年生からの友だちだった。たまたま名前があいうえお順で近いということから、教室の座席が近くなった。それが理由で、事あるごとに会話するようになった。会話をするときは、翔の方から話し始めることがほとんどだった。


 翔は明るい性格だった。心を許した相手には、ずけずけと自分から積極的に話しかけにいく程だった。

 翔はまた、気弱な性格だった。自分の悩みを誰にも話すことなく、自分でどうにかしようと溜め込んでしまうところがあった。そして、1人で落ち込むことが多くあった。

 そんな翔は、小説が好きだった。学校でも、休み時間はいつも小説を読んでいた。翔の家に遊びに行ったときも、部屋にたくさんの本が並んでいるのを見て、幸太は圧倒されたのを覚えている。そんな翔から、幸太は色んな小説を紹介されていた。しかし幸太は、紹介された本を1度も読んだことが無かった。

 幸太は、そんな翔のことを、全く気にかけていなかった。幸太と翔は、お互いに気を遣い合うことなく、高校生活を過ごしていた。

 そんな2人の関係は、卒業式の日まで続いた。

 幸太は、胸にコサージュをつけ、満開になった桜を見上げていた。

「幸太、おめでとう」

「おう、翔か。お前も卒業するんだぞ。何で俺におめでとうなんていうんだよ」

「いいじゃん、別に。本当に、めでたいんだから」

「変なやつだな、お前は」

「あはは……。今日で、離れ離れになっちゃうね」

「何だよ。まるで最後の別れみたいに。また会えるだろ」

「そうだよね……。そうだ、幸太。一緒に写真撮ろうよ」

「えっ。写真なんていいよ、別に。お前とは、またいつでも会えるんだから」

「そういう事じゃないよ。今日は卒業式なんだから、記念に撮ろうよ。今日は、今日しかないんだからさ」

「何言ってるか分かんねぇけど、写真なんて面倒くせぇよ」

「いいから、いいから。あっ、先生ー。幸太と写真撮ってくださーい」

「全然、人の話を聞いてないな。あいつは」

 翔は、先生にスマートフォンを渡し、幸太の横に並んだ。

「幸太。僕たち、卒業しても友だちだよね」

「……」

「えっ。ちょっと、無視は無いでしょ。いじわるしないでよ」

「バーカ。何を今さら、聞いてるんだよ。俺たちは、ずっと友だちだ。当たり前だろ!」

「……ありがとう」

 幸太は、翔の肩に手を掛けた。嫌がりながらも笑っている翔と一緒に、幸太も笑顔で写真を撮った。


 その後、幸太は経済系の大学に、翔は保育系の専門学校に、それぞれ進学した。進学してからも、初めのうちは連絡を取り合っていた。たまに会って、それぞれの近況を話し合ったりもした。しかし、幸太は大学で新しい友だちができ、翔も勉強が忙しいと、2人は少しずつ疎遠になっていった。

 連絡を取り合わなくなって1年ほどたったある日、知らない連絡先から電話があった。幸太が電話に出ると、聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。

 向こうは金子と名乗った。翔の父だった。翔の父は、改まった口調で話を始めた。そして、翔の父が告げた言葉に、幸太は耳を疑った。それは、翔が亡くなったという内容だった。

 翔の父の話は、こうだった。翔が進学した専門学校は勉強が大変で、いつも課題に追われていた。授業料など、家計で家族に負担は掛けられないと始めたアルバイトも、なかなか上手くいかず、長続きしなかった。そして、そんなつらさを話し合える友人に恵まれなかった。そんな状況が続いてしまったのが原因だったのかもしれない、翔の父はそう話した。

 突然の事で、幸太は初め、翔の父の話を受け入れられなかった。落ち着いて事実を受け止めるまでに、1週間ほどかかった。

「翔のやつ。俺に何の相談もしないで、勝手なことしやがって。バカ野郎……」

 翔が亡くなったのは、追い詰められた末のことだったのかもしれない。翔は、自身のつらさを幸太に相談しなかった。それは、新しい友だちができた幸太に相談しても、気を遣わせてしまうだけだと遠慮したのかもしれない。

 本当のところは、誰にも分からない。

 高校を卒業して、2年目の春のことだった。



 幸太は、冷めたコーヒーを全て飲み干した。しかし、なかなか頭は冴えなかった。少し疲れているのかも知れない。

 幸太は気分転換に、外に出掛けた。特に当てもなく、街を歩いた。

 途中で、本屋を見つけた。幸太は、本屋に入った。何気なく、本棚を見つめていると、ある本のタイトルが目に入った。

『空に唄えば……』

 懐かしいな。幸太は、翔のことを思い出した。高校の頃、確かあいつが読んでいたな。幸太は、おもむろにその本を手に取り、中身を開いてみた。

 そこには、主人公の高校生が、友だちに支えられながら成長していく友情の物語が描かれていた。

 翔は、この本を読んで、何を感じたのだろう。翔にとって小説は、どんな存在だったのだろう

 幸太は、翔が自分にこの本を薦めてきた時のことを思い出していた。そして、ゆっくりと本を閉じた。



『セルロイは、自分の部屋のベッドに飛び込んだ。何も考えたくなかった。

 アミルが目の前からいなくなってしまう。アミルと、もう2度と会えなくなってしまう。そんなこと、信じたくもなかった。

 セルロイは、アミルと過ごした日々を思い出していた。ともに遊び、ともに助け合った、かけがえのない思い出ばかりだった。

 不意に、感情が溢れてきた。涙がこぼれた。つらく、悲しい気持ちで、胸がいっぱいになった。

 これから自分は、どうすれば良いのか……。


 気がつくと、セルロイはベッドの中で眠っていた。

 セルロイは、壁に掛けられた時計を見た。アミルの手紙に記されていた時刻に、もうすぐ迫ろうとしていた。』



 昼下がり、幸太は海岸沿いに続く堤防に来ていた。高校の頃に、よく遊びに来た場所だった。

 沖から吹く海風が、温かかった。ふと、翔とこの海岸に来た時のことを思い出した。


 ある夏の日の夕暮れ、幸太は翔と自転車で海岸に来ていた。夕日が、海や堤防、停泊している船など、目に見える全てをオレンジ色に染めていた。

 幸太は、堤防から身を乗り出し、打ち寄せる波を眺めていた。翔は、幸太の隣で、小説を読んでいた。

「翔、さっきから何してんだよ」

「えっ。何って、小説を読んでるけど」

「せっかく海に来たのに、こんな所で本なんか読んでんじゃねぇよ」

「良いじゃん、別に。読みたいんだから」

「お前は、本当に本が好きなんだな。何で、そんなに本が好きなんだよ」

 幸太がそう翔に問いかけると、翔は少し黙り込んだ。いつもと様子が違った翔を見て、幸太は不思議に思った。しばらくして、翔は静かに話し始めた。

「……僕はね、些細な悩みを抱え込んじゃうことが、よくあるんだよ。よくそれで、つらくて悲しくて、どうしようもなくなっちゃう時があるんだ。そんな時、僕は決まって小説を読むんだ。小説は、つらい僕に、勇気をくれる。悲しい僕に、元気をくれる。僕は、今までに何度も小説に助けられたんだ。だから、僕は小説を読むんだ」

 幸太は、翔の話を黙って聞いていた。

「小説って、すごいんだよ。こんな僕を、何度も救ってくれた。小説は、人を幸せにすることができるんだ。本当だよ」

 翔の言葉は静かで、力強かった。幸太は、そんな翔の言葉が胸に響いた。


 幸太は堤防にもたれかかり、心の奥底にあった翔との記憶を思い出していた。

 遠くの沖に、一隻の船を見つけた。空と海との境界線が分からないほど、青々とした景色の中に、1つ寂しく浮かんでいた。

 幸太は、勢いよく堤防を駆け上がった。堤防に上がると、大きな海原が目の前に広がっていた。眩しいほどの陽の光が、体の全てを照らした。

 幸太は少しの間、突っ立っていた。海から吹く心地よい風が、幸太の顔を優しく撫でた。

 幸太は目をつぶった。何も聞こえなかった。ただ、時折吹く風の音だけが響いていた。しばらく、幸太は自然に身を委ねた。


 おーい、翔。

 そっちは、元気でやってるか。

 俺、お前の好きな小説を書いてるぞ。

 まだまだ下手くそだし、面白くないけど……。

 でも、お前みたいに小説を読むのが好きなやつのために、小説で幸せになってもらいたくて、書いてるぞ。

 俺、お前の分まで、人生を楽しんでるぞ。

 翔、見ていてくれよな……。


 幸太は、ゆっくりと目を開けた。空を見上げると、白い鳥が1羽、青空を羽ばたいていた。



『「来てくれて、ありがとう」

 セルロイの目の前で、目を潤ませたアミルが立っていた。

 セルロイが言った。

「遅くなって、すまなかった。アミル、離れ離れになっても、俺たち友だちだよな」

 アミルは、笑顔で応えた。

「ああ、俺たちは友だちだ、セルロイ。この先、何があっても、ずっと友だちだ」

 そう言うと、アミルはセルロイに手を差し出した。セルロイは、アミルの手を強く握った。

 青空の下で、2人は固く握手をした。

「またな・・・・・・」

 2人は、笑っていた。

 離れ離れになっても、永遠に消えない友情を誓って……。』








この物語はフィクションです。実在の人物や場所、団体などとは関係ありません。







お読みくださり、ありがとうございます。


ご感想等ございましたら、よろしくお願い致します。

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