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6.家宝

「あらら、せっかく面白いところだったのに」

「質問に答えてください。いったい、ここで何をしていたんですか?」


 アレク様は怒っているようだった。いつも表面上だけは柔らかい雰囲気を漂わせていたというのに、今は常人が震えあがるほどの威圧感を放っている。その鋭い瞳は、まっすぐにジルニアに向けられていた。


「見て分からない? 姉妹で仲良くしていただけよ」

「仲良く、ですか? そうだとしたら、あなたはよほど残念な頭をしているのですね」

「はあ?」

「だってそうでしょう。炎で炙るコミュニケーションだなんて聞いたことがありませんし、何より本当に仲が良いのであれば一方があんなに怯えているのはおかしいじゃないですか」

「妹は感情表現が下手なの。怯えているわけじゃないわよ」


 「ねえ?」とジルニアに呼びかけられるが、答える余裕などない。空気を必死に肺へと取り込む。震えが止まらなかった。


「ちょっと、返事をしなさいよ」


 苛立ったような声で、ジルニアがこちらに近づいてくるのが視界の隅に見える。しかし彼女を遮るように、アレク様が立ちはだかるのが分かった。


「この行動は、本当に『正しい』とお思いですか?」

「…何よ。ここは学園よ。あんたの仕事場じゃないでしょ」

「そうですね。ここでの俺はただの生徒で、ディアリア嬢の友人です」

「だから口を出す権利があるとでも?」

「友人とは、困っていた時に手を差し伸べるものですから」


 しばし睨み合うふたり。私は深い呼吸を何度も繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻してきた。ジルニアを止めなければと腰を浮かしたのと同時に、「冷めたわ」彼女の低い声が聞こえた。


「あとはオトモダチ同士で仲良くどうぞ」


 ふん、と鼻を鳴らしてジルニアは踵を返した。アレク様はその背中と私を交互に見て、やがてこちらへと足を向ける。ジルニアを追求するべきか、私を助けるべきかを迷って後者を選択してくれたようだ。


「大丈夫ですか?」

「は、はい…」


 思ったよりもか細い声が出てしまった。これではやせ我慢していますと言っているようなものだ。事実、目線を合わせるように屈んだ彼は眉間に皺を寄せている。


「本当に、大丈夫です。ちょっと、嫌なことを思い出してしまったせいで…」

「嫌なこと?」


 思わず口を噤む。言いたくないと目を逸らすが、アレク様はじっとこちらを覗き込んでいた。話すまで許してくれないらしい。

 しばし無言の攻防をして、折れたのは私だった。


「前世で、自分が死んだときのことを思い出しました」


 頭が上手く働かなくて、正直にそう口にする。

 言ってから嘘をつけば良かったと思った。こんな重い話、まだ若い彼に聞かせるには不適切だ。同情されるだろうか。いや、彼は特殊だから面白がるだろうか。

 今はそのどちらの反応も見たくなかった。


「って、こんな話されても困りますよね! 私は大丈夫なので、アレク様は先に戻って――」

「ディアリア嬢はどうしたいですか?」

「え…」

「あなたが話したくないというならこれ以上は聞きません。ひとりになりたければ立ち去りましょう。それが、本心であれば」


 アレク様は、同情も茶化すこともしなかった。ただ普段通りの表情で、じっとこちらを見つめている。


「本心…」

「はい。以前お話した通り、俺は嘘を見破るのは得意なんですよ。今のあなたは、嘘つきの顔をしていますね」

「………」

「あなたは、どうしたいですか?」


 いつも通りの、真面目な反応。静かな彼の赤い瞳を見つめているうちに、じわじわと胸の奥から何かがせり上がってくるのを感じた。次いで、くしゃ、と自分の顔が歪むのが分かった。


「………あ、熱かった、し、苦しかった…です…」


 いつの間にか彼の袖口を掴んでいた。ひとりになりたくないと、無意識に思ってしまったようだ。そう考えたのは、アレク様に抱きしめられて、ひどく安心してからだった。彼の手つきがひどくたどたどしくて、それでもしっかりと感じる温もりに安堵の息が漏れる。


「助けてほしいって、声を出しても、誰も来ないし…声を出すのも、息をするのも、辛くって…」

「はい」


 ぽんぽん、と背中を優しく叩かれる。慣れない様子だが、必死に慰めようとしてくれているようだ。その優しさに、とうとう耐えられなくなった私の目から涙が零れる。


「し、死にたくなかった…!」


 もっと生きたかった。やりたいことだってたくさんあったし、もっと色々な所に行きたかったし、親孝行だってできていない。そんな前世の私の無念が、その一言に込められていた。

 アレク様は何も言わずに、ただ私の背中を撫で続けてくれていた。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 ひたすら泣き続けて、ようやく涙が収まった頃に私は顔を上げた。


「ずみまぜんでした…」


 ずび、と鼻をすする。目がパンパンに腫れているのだろう、視界がいつもの半分くらいしかない。


「もう大丈夫なんですか?」

「はい…ご迷惑をおかけしました…」

「そんなことないですよ。俺たちは友人なんですから」


 何だろう、彼の中の友達の立ち位置がちょっとおかしい気がする。しかし今はツッコミを入れる元気もなければ、助けられた以上彼に何か言える立場でもない。


「ありがとうございました、アレク様」

「何に対してでしょう?」

「ジルニアから助けていただいたことと、慰めてくださったこととか、色々込みです」

「俺としては協力者として当然のことをしたまでなので、お礼を言われるのは違和感がありますが」

「こういう時は素直に受け取っておいてもらえますかね」

「ではどういたしまして、と言っておきますね」


 私は彼から離れながら顔に残っている涙を服の袖で拭った。


「今日は落ち着いたら解散にしましょうか。明日からは炎――ひいては攻撃魔法に対抗できるような防御魔法習得を優先しますか?」

「うーん、物理防御も中途半端な状態で、先に進むのってどうなんでしょうね…」

「しかしあなたの弱点がジルニア嬢に知られてしまいました。今後も同じような手を使ってくる可能性があるでしょう」

「それは確かに…」


 ジルニアには私が火を苦手としていることに気付かれただろう。また先ほどの魔法を使われたら、対抗手段のない私ではただ彼女に高笑いされるだけである。毎回アレク様が駆け付けられるわけではないし、確かにその方が良いのだろうか。でも私は残念ながらそんな器用ではない。一方が中途半端な状態で新しいことを始めて、本当にジルニアに対抗できるような防御力が手に入るだろうか。

 うんうんと唸る私に、アレク様は「ではこうしましょう」と自らの首元から取り出した指輪を、目の前に差し出してきた。リングにチェーンが通っていて、台座には緑色の大きな宝石がキラキラと輝いている。


「この指輪には魔除けの術がかかっています。多少の魔法であれば無効化できるでしょう。お守りに持っていてください」

「えっ、こんな高価な品、受け取れませんよ!」

「友人同士であれば贈り物など普通でしょう」

「友人って、何でも許される万能な言葉じゃねぇですよ!?」


 こんな「自分お高いっすよ」と主張しているような宝石、おいそれと受け取れない。


「流石にこんな物いただけませんって」

「どうしてですか? 俺が良いと言っているんですから問題ないでしょう」

「私から返せるものが何もないからです。私たちは対等な協力関係を結んだはずでしょう。一方的に与えられるわけにはいきません」

「それであれば俺はもうあなたから、『情報』という対価をいただきました。言わばあなたはこの世界の未来の出来事を教えてくれたじゃないですか。本来ならば未来の情報だなんて、大金を積んでも得られないものですよ」

「え、えぇ…?」

「だからあなたにはこれを受け取る資格があります」


 そうなのか? え、本当に?

 混乱している間に、最もらしいことを言いながらアレク様が私の首にチェーンをかけてしまった。ネックレスのように指輪が胸元で光っている。


「魔除けの効果がある指輪だなんて、貴重なものですよね…」

「クリゾベリル家の家宝ですね」

「ひぇっ」


 絶対私が持っちゃいけないやつだって!

 慌てて返そうとチェーンの留め具に手をかけるが。


「あ、あれ? 外れない?」

「俺以外には外せないようになっています」

「はい!?」

「正確にはクリゾベリル当主以外には外せないようになっています」

「今大事なのそこじゃないんですけど!?」


 こんなどでかいエメラルドっぽい宝石が付いた公爵家の家宝とか、持っているだけで手震えるんだが!?


「大丈夫ですよ。むしろあなたに持ってもらった方が、その指輪本来の役割として相応しいですから」

「ちょっと何言っているのか分からないです…」

「いずれ分かると思いますよ」


 楽しそうに笑うアレク様。何で家宝を失った方がそんなに良い笑顔しているんだ。

 その後何度か彼に返品を願い出たが、頑として受け入れてもらえなかった。




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