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1.決意

「よし、ダイヤモンドになろう」


 たった今そう決意したのは、私、ディアリア・アルマースだ。一応、公爵令嬢である。そう、一応。



 ここはデルシュタイン王国。

 剣も魔法も存在するファンタジー世界。

 ―――そして、私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だ。


 『宝石箱の輝き』

 そんなタイトルの乙女ゲームを、前世の私は友人の勧めで遊んでいた。

 舞台はデルシュタイン王国にある学園で、主人公のクリスタルが高等部に編入してきたところから始まる。学園は通常、初等部から高等部までエスカレーター式で、貴族が通うのが一般的だ。しかしクリスタルは平民でありながら特別な魔力を持っていたため、高等部から入ってきて――その境遇から、入学早々に学園中から注目されることになる。

 そんな彼女は3人の攻略対象をはじめ、学園生活で色々な人たちと絆を育み。なんと物語の終盤で、かつてこの世界を滅ぼしかけた魔王を悪役が復活させたことで、魔王へと立ち向かうことになる。最終的に、クリスタルとプレイヤーが選んだヒーローと共に魔王を倒し、エンディングを迎える。

 そんなはた迷惑な事態を引き起こした悪役の名前は、ジルニア・アルマース。彼女は『宝石箱の輝き』での悪役令嬢で、ディアリアの姉だ。アルマース公爵家の長女である彼女は類稀な魔法の才に恵まれ、両親から将来を期待されて育った。それはもう、甘やかされて。結果、自分が世界の中心でなければ気が済まないような女性になる。そんな彼女の前に、特別な魔力を持った存在など現れようものなら…ここから先は言わなくても分かってもらえるだろう。

 特別な存在であるクリスタルに嫌がらせの数々を繰り返した挙句、最後には魔王復活までやらかすのである。


 前世の私は友人ほど熱中していたわけではないが、3人全員のエンディングは見るくらいにはゲームを楽しんでいるプレイヤーだった。友人曰く「隠し要素もある」と聞いていたのでもっと遊ぶつもりだったのだが、残念ながらそうなる前に命を落としてしまった。


 さてここで、『宝石箱の輝き』での私こと、ディアリア・アルマースについて思い出してみよう。

 ディアリアの名前は出てくるのだが、ゲームでの立ち絵は一切ない。そもそもクリスタルとの関わりがない。いっそ出番がない。

 彼女の役割はただ一つ。魔王復活の際、生贄になることだ。

 哀れ実の姉によって殺された彼女は、さらに可哀想なことにその事実を地の文で語られることになる。イベントの一つもない。所謂ナレ死ってやつだ。





「いや、ふっざけんなよ!?」


 その事実を思い出した私は、腹の底から声が出た。我ながらどすの利いた声だったが、今はそんなことどうでも良い。

 がばりと体を起こすが、目の前には誰もいない。

 ここはデルシュタイン王国の学園中等部にある裏庭だ。普段から人通りの少ない場所だが、今回は事前にジルニアが人払いをしていたこともあって、今は人っ子一人いない。

 そもそも私がこんな所でひっくり返っていた原因は、他でもないジルニアだった。

 ジルニアが新しく覚えた魔法の実験をしたいと、裏庭に連れてこられたディアリアはとんでもない魔力が籠った、何かよく分からない光の玉をぶつけられたのだ。幸か不幸か、そのショックで『私』は前世の記憶を思い出したのだけど。

 怪我は大したことないが、前世の膨大な記憶を思い出した影響があるのか頭がひどく痛い。もしかしたら昏倒した際にぶつけた可能性もあるかも。

 ジルニアは気絶させた妹を放って立ち去ったらしい。悪魔か。悪役だったわ。


「こんなことならモブとして生まれ変わりたかった…!」


 名もなき脇役1として、クリスタルや攻略対象を遠くから眺めながらニヤニヤするだけの奴になりたかった!


「どうせ魔王と一緒に倒されるんだから、自分で生贄になれっての!」


 ここにはいないジルニアに盛大に悪態をつく。

 そう、彼女は最期、クリスタルたちに倒されるのだ。悪は滅ばないとだからね。因果応報があるなら少し溜飲が下が――らないわ。


 ディアリアとして生きていた記憶も残っている。

 ディアリアの今までの人生は、搾取されるだけだった。両親は姉ばかりを可愛がり、妹のことは目に入っていない。姉にいくら虐められようが見て見ぬふり。使用人にも空気のように扱われている。

 我慢しよう。何も考えないでいよう。そうひたすら自分に言い聞かせ、ジルニアの横暴に耐えている光景しか思い出せない。

 彼女が徹底的に心を殺して生きてきたからだろうか、今の自我は完全に前世の『私』である。ディアリアとしての感情はない。

 彼女の心にトドメを刺したのが『私』だと思うと申し訳ないが、今は感傷に浸っている余裕はない。


「このままだと、私は殺される…」


 ジルニアは2歳年下の妹にも容赦のない悪役。今までディアリアがされてきたことを思うと、いっそよく15歳まで生きてたな、と思うくらいだ。

 ゲームのシナリオとかどうでも良い。何とか生き残る方法を探さなければ。

 しかし相手は化け物みたいな力の魔法を使ってくる相手で――


「そっか。魔法だ…」


 皮肉にもあのジルニアの妹だからか、ディアリアも魔法の才があった。姉と比べると笑ってしまうくらいの差はあるが、それでも間違いなく平均よりもだいぶ上だ。

 ジルニアは全分野カンストしているくらいの実力だが、何か一点を極めたディアリアならば。その分野に関してはジルニアに対抗できるのではないだろうか。


「(問題は何を極めるかだけど…)」


 私は辛うじて人差し指に引っかかっている、ぶかぶかの指輪を撫でた。その台座には陽の光を受けて輝くダイヤモンドがはめられている。

 この世界で魔法を使うには、宝石を媒介とする必要があった。決して何でも良いわけではなく、人によって合う合わないがあるのだ。私は――というかアルマースの人間は、基本的にダイヤモンドを使う。だいたい一族ごとに相性の良い宝石があるようだ。

 このどう見てもディアリアのサイズに合っていない宝石は、学園に通うのなら必要だろうと母親が与えてくれたものだ。普通ならその子のサイズに合ったものを新調するのだが、ジルニアのお古をぽいと放り投げられたことを覚えている。本当にあの両親もろくでもないな。

 ただ皮肉にも、ゴミのように与えられたこの指輪が、私の目指すべき道を示してくれた気がした。


「よし、ダイヤモンドになろう」


 正確に言えば。

 どんな攻撃も通さないような防御力を手に入れよう。イコール、ダイヤモンドみたいにこの世で一番固くなる魔法が使えるようになろう。

 確かゲームでも身体強化だったり、身体の性質を一時的に変えるような魔法が出てきた。たぶんできる。ジルニアのどんな攻撃にも耐えられるようになれば、そもそも殺されることにはならない。

 そうと決まれば魔法書を漁りに行かなければ。とりあえず図書館で良いか。そう考えて痛む頭を押さえて振り向けば、人影が見えた。

 少年だった。黒い髪を風に靡かせる、恐ろしく顔が整った子ども。幼い顔立ちには似合わないほど、ぞっとするような冷たい赤い瞳がこちらを見下ろしている。

 はて誰だろうか。中等部の制服を身に纏っていることから、生徒ではあるようだ。少なくとも攻略対象ではない。3人とは髪も瞳も色が違う。ディアリアの記憶にも覚えはなかった。というか、彼女は世界への興味を極限まで削ぎ落して生きてきたせいか、クラスメイトの顔も名前もまともに覚えていなかった。

 ゲームっていうのはその辺のモブも美形みたい。そう思いながら、私はひとまず挨拶をしてみる。


「こんにちは」


 すると僅かに赤い瞳が開かれるのが分かった。しかしすぐに少年はにこりと笑みを浮かべる。


「こんにちは。ダイヤモンドレディ」

「は?」


 予想もしていなかった単語に、思ったよりも低い声が出てしまった。


「…失礼いたしました。驚いてしまって」


 公爵令嬢にあるまじき言葉遣いに、すぐに私は口元を手で覆って愛想笑いを浮かべた。

 目の前の少年は特に気分を害した様子もなく、「それは悪かったですね」と上品な笑顔を崩さなかった。誤魔化せたかはともかく、見逃してくれたようだ。


「具合が悪そうですが、大丈夫ですか?」

「はい。問題ありません」

「あれだけの攻撃を受けて、しばらく昏倒していたのに?」


 口元が引き攣るのが分かった。まだ手を添えておいて良かった。


「(気付いてたんなら助けろよ!?)」


 ジルニアを止めなかったのはまだ分かる。彼女は公爵家の人間で、魔法の実力も飛びぬけているせいで学園でも一目置かれており、逆らえる人はそうそういないのだから。いっそ教師ですら強く言えないくらいだし。

 ただ気絶していた私を助けることはできたはずじゃないのか。ジルニアの性格を考えれば、私が意識を失ったら早々に立ち去っただろう。そうなれば咎める人はいないのだし、医務室に運んでほしいまでは言わなくても、一声かけてくれても良かったのではないのか。


「…ええ、問題ありません」

「本当に? 頭を押さえたり、何か意味不明なことを叫んでいたように思いますが」


 一瞬で、目の前の少年は『顔が良いだけのクソ野郎』という印象になった。

 何だ、こいつ一部始終をただ眺めていただけだったのか。まだ何も言わずに立ち去ってくれていた方がマシだったわ。


「お気になさらず。ここで見たことは忘れてくださいませ」


 魔王とか生贄とか、人様に聞かせるにはだいぶまずい単語を口走った気がする。ほほほ、と上品な笑みを心がけながら後ずさった。


「失礼いたしますね!」


 これ以上話すつもりはねぇ!

 そう心の中で叫んで、私は脱兎のごとく逃げ出した。今だけは頭の痛みは吹き飛んでいた。






「――――ずいぶんお喋りになったんですね、ディアリア・アルマース嬢」




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