ナポリタン 1
今後の展開を踏まえ今回は短めです。
全三話となりますがご了承ください。
エレインは深呼吸をし扉を見つめる。こうして両親の部屋に入ることになるのはいつぶりだろうか。今思えばいつも部屋に向かっていた気がする。上手に話せるかな、不安を抱えながら扉を開ければ、ソファーに座っていた両親がこちらを見ている。エレインは両親と向き合うように座る。
「お前から話があるとは珍しいな。何かあったのか」
父親の一言が冷たく感じる。エレインは両手を握りしめ深呼吸をした後、父親を見つめた。
「聞きたいことがあります」
「聞きたいこと?」
「お父様は、僕のことどう思ってますか?」
「……どう、とは?」
こちらの真意を探るような父の問いかけに思わず息を飲む。しかしここで言わないと始まらない。エレインは拳を握り締め言う。
「僕は、この家にいていいのでしょうか」
空気が張り詰める。重々しい空気に呑まれかけ、エレインは泣きそうになるがなんとか堪える。カズヤたちに言ったんだ。両親と話せるように頑張ると。自分を受け入れてくれる場所がちゃんとあるのだから。カズヤのことを思いだす。あの日彼は自分のことを見てくれた。話を聞いてくれる存在がいるだけで人は安心することがわかった。初めはたどたどしくカズヤと話していたエレインも、今では彼に本音を話せるようになっている。カズヤはそんな自分を受け入れてくれた。この話し合いの結果がどうであれ、彼ならきっと頑張ったなと褒めてくれるはずだ。だから大丈夫。僕なら話せる。震える心を奮起し、エレインは口を開く。
「ずっと、疑問でした」
目の前にいる両親の顔が見えない。
「お父様はお兄様を、お母様はクラウスばかり気にしているので……僕はいなくてもいいのかなって」
「……」
父親は眉を顰め黙り込み、母親はお茶を飲む。部屋に緊迫感が走るがエレインは声を震わせながら話を続けた。
「確かに僕はいつも部屋に引きこもって絵を描いてばかりで、お父様たちとまともに話をすることはできなかったのは認めます。ですがそうだとしても、二人が僕を見たことはあったのでしょうか」
「……」
「僕の目を見て話をしてくれましたか? 僕が描いた絵をちゃんと見てくれましたか? テストで満点を取っても二人は褒めてくれましたか? ……僕は分からないのです。二人が何を思っているか。僕がここにいる意味ってあるのかなって、ずっと思ってました」
鼓動が早くなる。大丈夫、僕はちゃんと言えてる。ここで全てを言わないとエレインは一生思いを言葉にすることができない。頬が熱い。視界が滲む。ズボンの色が濃くなるが、エレインは気づかない。
「この家にいるのが辛い。産まれてこない方が良かったのってずっと思ってた」
息を呑む声がした。彼の言葉を聞いた父親はハッとした顔をしエレインを見つめるが、その表情は滲む視界の中でぼんやりと映っており見ることができない。
「ずっと悲しかった! 僕のことを見てくれないお父様とお母様、いつも二人に褒められる兄様やクランが嫌いだった!」
「エレイン……」
「僕が話をしてもまともに聞いてくれない! ちょっとでも意見を言えば「わがままを言うな」って言われるし。クランを泣かせたら「お兄ちゃんなのに何をしているの」って、それなら兄様も同じだよね!? どうして兄様には何も言わないの!」
涙が止まらない。エレインは袖口で目元を擦り、二人をキッと睨みつけた。十二歳の少年がするにはあまりにも怒りに満ちた顔をしていて、父親は泣きそうな顔をする。どうして父がそんな顔をするのか幼いエレインには何も分からない。
「……なら聞かせてもらうけど、どうかわいがればいいの?」
どうかわいがればいい、予想外の言葉にエレインは目を開く。母親が言う言葉にしてはあまりにも残酷で、エレインの脳が言葉の意味を拒む。どうして。口をはくはくさせながら母親を見つめるが、こちらを一切見ようとしない。隣にいる父親に視線を向ければ、彼は怒りと悲しみが入り交じった──迷子の子どもが親に置いていかれたと思っているような複雑な顔をしていた。
優雅に紅茶を飲んでいた母親が、手にしていたティーカップをソーサーに置く。そしてエレインに視線を向けたあと、冷たい声で言い放った。
「だってあなた、かわいくないもの」
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