シフォンケーキ 2
前回の続きです。
カルディス王国
・王政。沿岸国。昔は国土面積が広かったがメーレ帝国との小競り合いで今の大きさになる。漁業が盛ん。特産品も魚が多いのはそういうことらしい。
・浸透している宗教は二つ。創造神(であってるのか?)マーシャを主とした女神教と海と音楽を司るトレモンを主としたトレモン教。
漁業が盛んなので漁をする時の安全を願って信仰されているのかもしれない。
・都市は王都、アレイヤ、ナルマーン、フラべ、クーガの全部で五つ。
王都 中央。俺たちが住んでるところ。
アレイヤ 北。商業都市、港があるから貿易が盛ん。魚食べたい。
ナルマーン 西。芸術都市、なにかしらの祭典はここで行われるらしい。エレインが好きそう。
フラべ 南。辺境都市、メーレ帝国との国境がここにある。危ないからあまり近づかない方がいいかも。
クーガ 東。地方都市、美味しい料理が多い。一度足を運びたい。
「うん! ちゃんとまとまってて分かりやすいよ」
「イリーナ先生のおかげだな」
「褒めても何も出ないわよ」
「ところどころお兄さんの感想が入ってるの面白い。いつもこうなの?」
「こういうのは入れて置いた方が覚えやすいからよくやってたけど……え、やらない?」
「やったことない」
「ノートに落書きとかしないの?」
「落書きは別物でしょ」
「えぇ……?」
どうやらエレインはきれいにノートにまとめるタイプらしい。落書きは感想と変わらないと思うんだけどなぁとカズヤは思ったが口にするのはやめた。この小さな画家は絵を描くことにこだわりがあるので、変に刺激させるのは得策ではない。イリーナはそんな二人のやり取りを笑いながらカズヤに声をかけた。
「明日以降教えられそうな日があったらまた教えるね」
「ああ、よろしく頼むよ」
「お姉さん、今度僕にも教えて」
「いいよ、教科書持ってきてね」
「やった!」
カズヤはノートを閉じ椅子から立ち上がる。釣られて二人はカズヤを見るが、その様子が雛鳥を思い出し、カズヤは笑ってしまう。なんだと眉を顰める二人をよそにカズヤはお礼のお菓子を持ってくるよと言い、厨房に向かう。二人は顔を見合せニヤリとしたあと、カズヤの背中に飛びついた。
「うおっ」
「今日のお菓子はなにお兄さん!」
「私たちに教えてよ!」
「危ないからいきなり背後から飛びかかるな、ビビるし怪我するから」
「はーい!」
「返事だけは元気だなぁ……。今日はシフォンケーキだ」
「シフォンケーキって何?」
「ケーキの一種」
「マスター! 私だってそれくらいはわかるわよ!」
ひっつき虫のようにくっつく二人をカウンターに連れていく。やいやい言う二人を見てここに来た時よりずいぶん元気になったなぁとほっこりした気持ちでカズヤは笑う。
「説明するのが難しいから実物見せた方が早い。昨日作ったからすぐ出せるよ。二人の好きなフルーツをデコレーションに使うから教えてくれ」
「私はいちご!」
「僕も!」
「いちごな、旬だしちょうどいいな」
二人を席に座らせ、カズヤは厨房に引っ込む。シフォンケーキ、どんなものか分からない二人は彼が戻ってくるのをわくわくしながら待っていた。彼の作るお菓子や料理は見たことないものばかりで、ハズレがない。シフォンケーキとはなんだろうと二人で話し合っていたら彼が戻ってきた。
「おまたせ」
そうして差し出されたお皿には横長のケーキらしいものとクリーム、そして切られたいちごが飾られていた。
「これがシフォンケーキ?」
「あれみたい。フィナンシェ」
「あ〜確かに材料は一緒だな」
「でも違うんでしょ?」
「食べてみればわかる」
「いただきます」
二人はフォークを手に取り、ケーキを一口サイズに切る。そして口の中に運び咀嚼をはじめた。口溶けの軽いふわふわした生地から卵の風味が漂い、シンプルながらに美味しい。添えてあるクリームにつけて食べれば、口溶けの軽さはそのままにケーキの卵とクリームのミルクの風味が上手く混じりあい、さらに美味しくなっていた。ケーキに合わせて作られたクリームは滑らかで、二人は黙々と食べ進める。いちごと一緒に口に放り込めば酸味が加わることでさっぱりとした味わいになっている。
美味しい。二人は無我夢中で食べ、フォークを動かす。カランと音がして二人は手元にあったシフォンケーキが既になくなっていることに気づく。もっと食べたい。じっとカズヤを見つめれば彼は笑いを堪えた様子で二人に視線を向け、声を震わせながら言う。
「今日はもう終わりだよ」
「やだ! おかわり!」
「私も!」
「ちゃんと自己主張できてえらいがダメでーす」
「マスターのケチー!」
「二人とも育ち盛りなんだから夜ご飯食べられなかったら困るだろ。特にエレイン」
「僕ちゃんと食べてるから問題ないよ!」
「私はこれ以上成長することないからおかわりもらってもいい?」
「駄々をこねるんじゃないよ」
「あだっ」
カズヤにデコピンされ渋々ながら二人は諦める。気に入ってもらえたようでなによりだ。カズヤは皿を回収し洗い場に置き、二人に言い聞かせる。
「今度また作ってやるから今日は我慢しな」
「はーい……」
「あ、でも絵に描きたいから見本は欲しいかも。これもメニューに載せるんでしょ?」
「ああ、お願いしてもいいか?」
「任せて」
「はは、頼もしいよ。ところで話が変わるんだけど」
「なに?」
「このシフォンケーキ、店頭販売をしようと思ってるんだけど……」
「売れるから絶対した方がいいよマスター」
「うーん勢いがすごい」
「僕もそう思う。あ、でも……」
「ん?」
「他の味があると嬉しいかも、チョコレートとか」
「ああ、作ろうと考えてるよ。ただ上手くいかなくてな……」
「シフォンケーキって作るの難しいんだ?」
「そうだな。言うなら上級者向けだな」
「上級者向け」
「材料とか作り方は一見簡単に見えるけど、実は技術がいるタイプ」
「基礎ができてないと応用ができない……みたいな感じ?」
「うーん、ちょっと違うな。気温とか湿気で結果が変わるって言うか……」
「お菓子にも気温とか関係あるんだ」
「そりゃあるさ。その分やりがいがあるけどな」
これがまた難しいんだよな〜と話すカズヤをエレインはじっと見つめる。これはほんのちょっとの好奇心なのだが、彼は受け入れてくれるだろうか。彼は労働の対価になるからと絵を描く度に料理を振舞ってくれるが、少し違うこともしてみたい。エレインはカズヤと共に過ごす中で、彼に甘えることができはじめていた。
「ね、お兄さん」
「ん?」
「今度僕もお兄さんと一緒に作ってみたい」
「あ、私も!クッキーとか簡単なものからやってみたい!」
これはエレインの甘えでありわがままだ。断られても仕方がないとは思っている。でもできることならやってみたい。話を聞いてカズヤはしばらく考え込み、二人に視線を向ける。
「時間があればな」
「え、いいの!?」
「マスター太っ腹〜!」
「そりゃ美味しいものを作れる人が一人でも多くいたら俺にとっても好都合だからな。協力するって言うなら快く教えるさ」
「じゃあ今度教えて!」
「ああ、最初はクッキーからな」
「やったー!」
心臓が爆発しそうだ。エレインは胸元を抑え高揚感を受け入れる。彼は僕を見てくれる。そう再認識し、思わず泣きそうになり俯く。ここで泣いたら二人はきっと心配するだろうから。そんな思いとは裏腹に、エレインの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……どうしたの?」
涙に気づいたイリーナが声を掛ける。エレインは涙を拭い、顔を上げると二人に微笑む。
「嬉しくて泣いちゃっただけだから気にしないで」
カズヤはエレインの頭に手を伸ばす。彼の頭を撫でた。
「エレインにとってここが安心する場所って思えてもらって嬉しいよ」
こちらの気持ちをわかっていると言いたげに撫でられ、エレインはまた涙を流す。イリーナはエレインの涙を拭い、話しかけた。
「ここ居心地いいよね。安心するのも分かる。私も迷った時は足を運ぶようにしてるんだ」
「どうして?」
「んー」
イリーナは口元に手を当て、しばし考える。
「マスターの作る料理が美味しいのもそうなんだけど、話とか聞いてもらってるうちに自然と答えが見えてくるっていうのかな、霧がかってたことが次第に鮮明になっていく感じなんだよね」
今までのことを思い出しながら言葉を選んでいるのか、少し思考がおぼつかない。それでもエレインの中に彼女の言葉はまっすぐ入った。
「多分マスターが否定しないって言うのは大きいかも。否定しない上でこうしてみたらってアドバイスをくれるから自分の中で整理がつくって感じかなぁ」
「やりたい事を否定されたら誰だって悲しいだろ?」
カズヤは言う。その声色はどこか刺々しい。彼にもきっと苦い思い出があるのだろう。二人はカズヤの話に耳を傾ける。
「だから俺はなるべく肯定してる。もちろん、さすがにダメなことは否定するさ。話を聞いてもらえないのは悲しいからな。だからエレインはすごいよ」
「僕?」
「俺にちゃんとやりたいことを言えた。これは大きな一歩さ。自分を取り戻すのは難しい、でもエレインは少しずつ成長してる。今は家族が怖くて言いたいことが言えなくても、いつか話せる時が来るさ」
だからそれまでここで自分を愛することを学んで欲しい。
そう話すカズヤの瞳は優しさに満ちていた。エレインは彼の瞳を見つめ返し、小さく頷いた。
「僕、お父様とお母様に話せるように頑張るよ」
「おう、応援してる」
「大人ってさ、子どもの気持ちなんて分からないんだよね」
イリーナが呟く。
「でもそれと同時に子どもも大人の気持ちってわかんないんだよね」
その言葉にエレインは衝撃が走る。確かに両親はいつもなにを考えているのだろう。
「私のお父さんは女の幸せが結婚だと本気で思っているから結婚をしろっていうのであって、それは私のことが嫌いだからとかじゃないんだよね。私のことが大事なんだなぁってのは話してて伝わってくるし、ここはやっぱり価値観の違いかなぁ」
両親とまともに話したのいつだっけ? いつも話を聞いてくれないと決めつけて、部屋に引きこもってばかりだった。両親と向き合おうとしてなかったのは自分ではないか? 初めての見解になんていえばいいか分からず固まっていると、イリーナはエレインに向けてウインクをした。
「だから言いたいこと全部吐き出しちゃえばいいよ。そうしたらきっとエレインのお父さんとお母さんも全部話してくれるからさ。それで考え方が違うなら「この人達はそういう人達なんだ」って終わらせればいいんだよ」
「そうそう、ちゃんと君を受け入れてくれる場所や人はいるから今度思いっきり話してこい」
エレインは二人を交互に見つめたあと、何度か目を瞬かせる。エレインの中で霧がかっていたものが鮮明に見えた気がした。
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