型抜きクッキー
ハッピーホワイトデー!
ホワイトデー、実は日本発祥のそれは異世界の人たちが知る由もなく。カズヤはホワイトデーを広めることにした。
「エレイン、ホワイトデーって知ってるか?」
「ほわいとでー?」
首を傾げるエレインを見て予想通りだと心の中で笑う。前回のバレンタインも上手く布教できたし、今回も上手くいくはずだ。ここに来て分かったことだが、この国の人たちはイベントごとが好きらしい。カズヤは咳払いをした後、待ってましたと言わんばかりに説明した。
「ホワイトデーは俺の国が発祥のイベントだな。元々は「マシュマロデー」なんていわれてたが、名前が変わって今に至ると言うか」
「ふぅん? ホワイトデーってことは白いものを渡すの?」
「いいや? お返しなら何でも。でもだいたいはお菓子が多いかな」
「お菓子……僕読めたよお兄さん」
「あっ分かった?」
「僕とホワイトデー用のお菓子作って広めようってことでしょ?」
「さすが」
「お兄さんのことは分かってきたからね」
ふふんと鼻を鳴らすエレインの髪を撫で、カズヤは早速お菓子を作ろうと彼を連れ厨房に向かう。エレインは専用のエプロンを着て三角巾を被る。目の前にある材料たちを見て作る気満々だったことが分かってしまいエレインは笑ってしまう。
「お兄さんやる気満々だね」
「これも美味しいものを広めるためだよ」
「んふふ、ところで今日は何を作るの?」
「型抜きクッキー」
「かたぬき」
「簡単だから誰でもやりやすい。あとたくさん作れるからいろんな人に配れる」
「ずいぶん計画的だねお兄さん」
「そうか? カカオ・ウィナーだってクッキーだったし」
「確かに」
てきぱきとカズヤの手伝いをするエレインに順応早いなと感心する。粉類を篩にかけていくエレインの行動は慣れている人のそれだ。彼が慣れるまで月日を共にしたのだと思うと感慨深い。しかし悠長にしている場合ではないので、カズヤもクッキー作りに取り掛かる。室温に戻しておいたバターをボウルに入れっ形をほぐした後、砂糖をエレインに入れてもらう。この時二回に分けてれるのがポイント。砂糖を入れ終えたらカクリーム状になるまでバターを混ぜ、今度は卵を三回に分けていれる。ホイッパーに生地が残りやすいのでよく落としておかないと、薄力粉を入れた時ダマになりやすいので気をつけよう。ある程度混ぜ終えたら先ほど篩っておいた薄力粉を入れヘラに切り替えて切るように混ぜる。生地がそぼろになってきたので、ヘラをボウルに押し付けるようにして生地をまとめ形を整えると紙で生地を包んだ。
「これで生地をしばらく休ませておく」
「どこに?」
「そこの鍋に……あ、氷用意するの忘れた」
氷がないことに気づいたカズヤは顔をしかめる。
「まいったな。冷たいところに置いておかないといけないんだよな……」
「どれくらいの冷たさなの?」
「うーん、十度くらいがいいかな」
「なら近くの河原で冷やしたら?」
「天才か?」
エレインの発想にカズヤは指を鳴らす。生地を鍋に入れ蓋をした後、冷やすために河原へ歩き出した。
「あれ? マスターとエレインじゃない。何してるの?」
近くを歩いていたイリーナが鍋と二人を交互に見て首を傾げる。二人はイリーナの姿を見て軽く手を振った。
「クッキーを作ってるんだ」
「クッキー? ならここに来る必要なくない?」
イリーナの疑問は最もである。エレインは説明できないのカズヤに視線を向け、説明を頼んだ。
「型抜きクッキーにしようと思って」
「型抜き?」
「イリーナもやってみるか? ……と、言っても生地が冷えないとできないんだけど」
「……新しいお菓子ってこと?」
「ざっくりいうならそうだな」
「やる」
即答しイリーナを見てカズヤとエレインは顔を合わせ笑う。鍋を河原から引き揚げ、二人は彼女を連れ喫茶店に戻った。
「こんなもんかな」
生地に包丁を入れ柔らかさを確認する。いい感じに冷やせたようなのでカズヤは綿棒を取り出し二人に渡した。
「これで何するの?」
「軽く叩いてくれ」
二人は言われた通り生地を叩く。少し固めの生地が緩く伸びたのを感じ二人は小さく声を上げた。
「このまま伸ばしていいマスター?」
「いいよ」
「はぁい」
綿棒を横にしてそのまま生地を均等に伸ばしていく。ある程度伸ばしカズヤが最終チェックを行うと、小さな何かを差し出した。
「これ何?」
「型」
「これで生地をくり抜くんだ」
「どうやって?」
「こう」
カズヤが見本として一枚くり抜く。きれいに丸くくり抜かれたクッキーを見て二人は目を輝かせた。
「楽しそう!」
「よーし」
「くり抜き終えたら言ってくれ、生地をまとめるから」
「はーい!」
元気に返事する二人に型抜きを任せ、カズヤはオーブンを温める。その間は暇なので二人の様子を見れば、意外にもきれいにくり抜かれていた。自分が初めてした時は上手くできなかったので、ちょっと悔しい。くり抜かれた生地たちを天板に乗せていく。川の水で冷やしたのは正解だったな、生地に触れカズヤは小さく安堵の息を吐いた。
「くり抜いたよー」
「はーい、ちょっと待ってな」
楽しそうに笑うエレインを見て、カズヤは微笑んだ。
「できた……」
「できたね」
「できたて美味しそうー!」
「熱いから気をつけろよ」
数時間後、できあがったクッキーを見て二人は目を輝かせる。バターの香ばしさが辺りに広がり、呼吸をするのが楽しい。二人は一枚手に取り、一口かじる。
「!」
「あっつ!」
「だから気をつけろって言っただろー」
呑気にお茶を飲むカズヤの声に頷きながら二人は息を取り込む。はじめは熱くて分からなかったが、舌が慣れていくうちに味が分かってきた。サクッとした食感のおかげか、優しく素朴なクッキーの味が軽く感じる。普段食べるクッキーはどちらかと言うとしっとりめなので、少し新鮮に思えた。何枚でも食べられそうだ。もう一枚、もう一枚と食べ進めたくなるが、できたての熱さを思い出し、手を引っ込める。カズヤは一連の行動にひとしきり笑った後、何枚か皿に移した。
「それは?」
「女神さまの分」
「食べ物を供えていいの?」
「気持ちだよ、気持ち」
近くの窓に皿とミルクが入ったグラスを置き、振り返る。
「女神さまだって美味しいもの食べたいだろ」
「それは確かに」
「お兄さんの作るもの全部美味しいもんね」
「そう言って貰えて嬉しいよ。……クッキーもある程度冷えてきたし、何枚かはプレゼント用に残しておこう」
皿をもう一枚取り出し何枚かクッキーを乗せる。残ったクッキーを二人に差し出し、カズヤは言った。
「さて、お待ちかねのお茶会の時間だ!」
「わーい!」
ルンルンでクッキーを皿を受け取り、厨房を去る二人の背中を見送り、カズヤは窓から空を見上げる。そして小さな声で呟いた。
「ここに置いてるんで食べてくださいね……って、こんなこと言っても聞こえてないか」
照れくさそうに笑った後、二人の後を追う。誰もいなくなった厨房はがらんとしていて寂しい。突然、柔らかい光がクッキーの前に現れたあと、暗い影が差した。
「素敵な贈り物をありがとう」
マーシャはそう言うと、クッキーを一枚口に運んだ。
面白い、続きが気になるという方はブックマーク、高評価をよろしくお願いします。
感想、レビューもいただけると嬉しいです!
また誤字を見つけ次第ご連絡下さい。すぐに修正いたします。