押し付けほど厄介なものはない
お久しぶりです。異世界喫茶、再開します。
皆さんは見たことない食べ物を食べたいと思いますか?
カズヤの一日は早い。起床して軽めの朝食を摂り、市場に向かう。これがカズヤのルーティンでもあった。いつものように懇意にしている店に挨拶がてらいくつか品物を購入し去っていく。王都には珍しいものがたくさんあるので思わず目移りをしてしまう。冒険をしてみたいところではあるが、堅実に行った方がいいことを知っているのでスルーを決める……はずだった。
「なんだこれ……?」
見たことがない果物が目に入り、思わず立ち止まる。見た目はオレンジのようなのに、桃色で味の想像がつかない。オレンジと桃を合わせたものだろうか。じっと見つめていると、視線に気づいた店主が声を掛けた。
「これが気になるのかい?」
「え、ええ。見たことない果物なので気になって」
「ああ、それ野菜なんだ」
「野菜!?」
勢いよく顔を振り、それを見る。どう見ても桃色のオレンジだ。これが野菜? 味の想像以前に概念がとんちんかんなため混乱しかけたが、店主は気にせず話を続ける。
「見た目がオレンジと似てるからよく間違えられるけど、こいつは野菜だ」
「へえ……」
「だいたいスープに入っているな。見た目はこんなんだが美味いぞ」
「ちなみに名前は……?」
「tybbvstpritbipaeだ」
「なんて???」
この世のものとは思えない発言が聞こえた気がして聞き返す。店主はカズヤの反応にきょとんとしつつ、もう一度言う。
「だからybbvstpritbipaeだ」
「???」
野菜の名前だけ上手く聞き取れずカズヤは困惑する。おかしい、この世界の言語でやり取りできるように頼んだはず。この世界の言葉ではないのかもしれない。眉間に皺が寄っていると何を勘違いしたのか、店主はそれをカズヤに押し付けた。
「え?」
「味が気になるんだろ? 今回は特別だ」
「あ、いや。そうじゃなくて」
「まあまあ、今度感想を聞かせてくれ。それじゃ」
「えっちょっと!」
店主はウインクをした後、様子を見ていた客に声を掛ける。割り込むのもどうかと思い、小さくため息を吐いてその場を後にした。
「……どうしたもんかなこれ」
目の前に置いた野菜を見てまたため気を吐く。押し付けられたところで持って帰ってしまう運命だったのだろう。しかし同時にわくわくしていた。今まで異世界の食材を食べることをしなかったので、こんな形ではあるが、こうして食べられるのはありがたいことだ。ここで悩んでいても仕方ない。店主はスープに使うと話していたし、試しに作ってみよう。これも経験と思い皮を剥くと紫色の実が顔を出した。
なんだこれは。皮を剥く手が止まる。あべこべすぎやしないだろうか。止まらない困惑を抱えながら皮を剥く手を動かし再開する。見た目は桃色のオレンジで中身は紫。しかも固い。包丁を取り出し切ろうとしても固くて刃が通らない。
「えぇ……」
困惑しすぎて頭が回らず頭を抱える。まさかこのまま鍋に入れてスープにするのではないだろうか。押し付けられた時に店主に聞けばよかったと思いつつ鍋に水を張りそれを入れ蓋をする。もうどうにでもなれ、なんて諦めの気持ちを抱きそのまま放置した。
ぐつぐつと湯が沸く音が響く。手が空いているのでこのまま朝食を作ろうと買っておいたパンを取り出ししトースターに入れる。焼いている間に目玉焼きを作ろうとしてコンロに目を向ければ、鍋の蓋がものすごい勢いで震えていた。
「うわっ」
蓋を取れば中身が自然と目に入り、カズヤは硬直した。スープの中がおびただしい紫に染まっていたからだ。紫キャベツで作ったものとは違うそれにカズヤは火を弱め、そっと蓋を閉めた。朝から見るのは刺激が強いので見なかったことにしたい。そう思ってもあの紫が頭から離れず、恐る恐る蓋を開けた。紫が見えてまた蓋を閉める。その時に鼻につくような香りがしたが無視した。
「俺にどうしろって言うんだよ……!」
見たことない食材にどう調理したらいいか分からず顔を覆い、さめざめと泣いていると香りが強くなった気がした。顔を引きつらせながら顔を上げると、香りの正体は鍋からしている。無視できなかったか、と遠い目をして鍋の前に立ち、深呼吸をする。ここまでやってしまったのなら仕方ない。責任を持って調理して食べるしかない。カズヤはお玉を持ち、人生の岐路に立った時の気持ちで蓋を開けた。
「……いやさすがに無理があると思うっ!」
ガバっと身を起こし叫ぶ。見慣れた机が目に入り、先ほどまで見ていたものが夢だと分かると、安堵の息を吐いた。
「夢でよかったよ……」
鶏が大きな声を上げ、朝の訪れを告げる。カズヤは大きく伸びをした後、ベットから降りた。
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