ショートケーキ
カクヨムのブクマ数が100人突破しましたのでお祝いSSです。
いつも読んでくださりありがとうございます。これからも異世界喫茶をよろしくお願いします!
エレインは悩んでいた。それはもちろん、デザートに何を食べるかだ。ここに来てたくさんのものを食べてきたが、いつも決めるのに悩んでしまう。それもこれもここの料理たちが美味しいのがいけないんだ! とカズヤに責任転嫁しつつエレインは今日もメニュー表とにらめっこをする。チーズケーキ、ガトーショコラ、パンケーキにカステラ……たくさんのデザートがエレインを誘惑していく。
しかし今日のエレインはアイスなど冷たいものを食べたい気分ではなかった。なんというか、ケーキが食べたいのだ。サンデーやパフェも魅力的だが、気分ではないので今回はスルーをしておく。悩みに悩んで、エレインはショートケーキを注文した。決してくじで決めたわけではない。
「おまたせー」
「わあ……!」
届いたショートケーキを見て目を輝かせる。つやつやのいちごが乗った美味しそうだ。クリームの白が光沢を帯びている。
エレインはどこから食べようか悩んだ。いつもは先端から食べるが、なにかもったいないような気がしてフォーク片手にうんうん唸っていると、様子を見ていたカズヤが吹き出した。
「……お兄さん」
「ごめんごめん、見てて面白いからつい」
そう話す彼に悪気はないことが分かり、エレインは頬を膨らませる。ふんと小さく言ったあと、ケーキの先端にフォークをさし、一切れ掬い上げる。一口食べ咀嚼すればエレインは目を見開いた。
クリームの口どけが軽く、生地がふんわりしているのであっという間に口の中で溶けるように消えてしまう。ケーキ自体は甘いのに、大きめに切られたいちごが酸味とともに甘さを中和してくれるのでいくらでも食べられそうだ。一口一口と大事に食べても、儚く消えてしまった。エレインはなくなったショートケーキを思い、じっと皿を見つめる。もうないとわかっていても、また食べたいと思うのは仕方ないことだ。
小さくため息を吐き、スケッチブックを取り出す。やることはもちろん決まっている。鉛筆を取り出し先ほど食べたケーキを思い出し線を引く。カズヤはエレインの真剣な表情を見て近くに水が入ったグラスを置いた。この小さな画家は、集中しすぎて飲食を忘れるのでカズヤが時折飲むように勧めている。
静かで穏やかな時間が二人の間に流れる。グラスを見れば水は減っていない。そろそろ声を掛けるか、カズヤはカウンター越しに声を掛ける。
「エレイン、そろそろ水飲みな」
「んー……」
予想通り生返事が返って来たので、小さくため息を吐く。以前は拍手でなんとかなったが、今回はそうもいかないようだ。カズヤは両手を濡らし、エレインの背後に立つ。スケッチブックを覗けば、一面にショートケーキの絵が描かれていた。
「エレイン」
「ひゃっ」
首元が冷たことに驚いたエレインが小さく悲鳴を上げる。
「水を飲め」
「はーい……」
カズヤに言われ渋々水を飲む。その間にスケッチブックを回収し、描かれたショートケーキを見た。
「この角度もいいな、いやでもスペースを考えたらこっちか?」
メニュー表に載せる絵をどれにするか考える。水を飲み終えたエレインは用意していたメニュー表の原稿を広げ指さした。
「こことかどう?」
「うーん、ありだけどそれだとここが寂しくないか?」
「ならこことか?」
原稿に書き込んでいきながら二人は話し合う。意見を交わせば交わすほど正解が分からず二人は頭を抱えた。どうしたらいいんだ。カズヤがそう思っていると、ふと頭の中に声が聞こえた気がした。
「……す」
「?」
「ショートケーキは最初のスペースに描くのです……」
幻聴が起こってやばいかも、カズヤはげんなりした顔でカウンターに突っ伏す。あの女神愉快過ぎない? ちょっと静かにしてもらってもいいですか? 出かかった言葉を飲み込み、エレインに声を掛ける。
「……エレイン」
「なに?」
「とりあえず今日はいったんやめにしよう。疲れた」
「そうだね。僕もそろそろ帰らないとだし、また今度決めよう」
スケッチブックを片手にまたねと帰宅するエレインを見送る。カズヤは天井を睨み、ここにいない女神に呟いた。
「脳内に直接話しかけるなよ……頼むから」
その頃、天上にいたマーシャは首を傾げながら様子を見ていた。
「おかしいですね。私が声を掛けて喜ばない人間はいなかったのですが……」
彼はよく分からない人間ですね、マーシャは小さく呟いた。